自萌他萎、他萌自萎、それぞれの好みは尊重し合うべきなのですわ!

「やったーー! わーい! うれっすぃーー!!」



 するとシレンティ、文字通り飛び跳ねちゃった。表情は相変わらず変化に乏しいままだけれども、声はこの上なく嬉々としている。

 うわ、後方倒立回転飛びを五連続で決めたわよ!? すごい身体能力の持ち主ね!


 それにしても、ここに来るまでの時と随分と私への対応と雰囲気が違う。

 シレンティの興奮が収まるのを待って、その点について尋ねてみると。



「周囲を常に警戒しておりましたから。いつ何時、アエスタ様を狙う輩が現れるかわかりませんので。ああ、表情筋が固いのは生まれつきです。母曰く、産声を上げた時も表情が動いておらず、その様が下手な人形腹話術のように見えてツボに入って、一週間ほど笑いが止まらず大変だったと言っておりました。この屋敷の中に入っても、気を張りっ放しで……ここは安全だと理解し、肩の力を抜くことができたのは、ベニーグ様のおかげです」



 言葉を区切ると、彼女は白い頬をほんのりと赤らめた。



「ベニーグ様、素敵な方でしたね。つい見惚れてしまいました。こんな気持ちになるのは久しぶりで……あの方を思うと何だか胸が熱くなって、その熱で体が浮いてしまいそうな、不思議な心地がします」



 えっ、趣味悪。

 あんなのがいいの? 根性悪そうだし性格悪そうだし、短気でおバカでそのくせ上から目線で偉そうで、いいところなんて全くなかったじゃない。


 なんて言えないよね……好意を抱いてそうな雰囲気なんだから、言っちゃいけないよね。そのくらいの空気は私にだって読めますわ!



「うんうん、わかるわー。気難しいと言われるモナルク様の信頼を得ている方ですものね。そうよね、素敵に決まってるわよね。それであの、参考までに聞きたいんだけれど、ベニーグのどのあたりがシレンティは気に入ったのかしら?」



 引きつりそうになりながらも笑顔を作り、私は尋ねてみた。


 きっとシレンティはあの彼にいいところを見出したのだ。ならば是非とも参考にさせてほしい。この一月はもちろん、モナルク様の婚約者となり夫人の座につくなら尚更、執事を担うベニーグとは必然的に良い関係を築いておくべきなのだから。



「耳と尻尾です」



 が、シレンティの答えに私は脱力した。


 えー……そこー……? よりにもよりやがりましたわね……?



「獣人を目にするのは初めてでしたが、驚くよりも幼い頃に飼っていた犬にそっくりで息が止まりそうになりました。遊びが好きなくせに、お高く止まって興味ないフリをしているようなところも本当によく似ていて」



 そこでシレンティは、急に真顔になって私に向き直った。



「あの、アエスタ様……ベニーグ様のどこが気に入ったかとお尋ねになったのはもしかして、アエスタ様も彼が気になっている、ということでしょうか? あの方、獣人ではありますが、耳と尻尾を抜きにしても美しい容姿をしておりますし……アエスタ様とお並びになったらそれこそ美男美女すぎて、私など近寄るどころか遠目に眺めて溜息をつくくらいしかできませんので、どうかご安心を」


「待って待って待って! どうしてそこいったのかしら!? ちっとも気になってないし、むしろ気に食わなくて困ってるの! 私には全くいいところが見当たらなかったから、教えてもらおうとしただけなんですけど!? あと勝手に並べないで! あなたの想像の中だけだとしても、ものすごく嫌だわ!」



 勢い余って、本音をぶちまけてしまった。一度吐き出してしまうと止まらない、止められない。



「大体、私には人の顔の美醜がわからないのよ! 目が二つ、鼻と口が一つずつっていうシンプルな作りなのに、ちょっとしたサイズとバランスが異なるだけで褒められたり貶されたりすることが理解できないの! つまり私にとってはベニーグなんて、いちいち腹の立つ嫌味な奴でしかないのよ! わかった!? わかったらあなたこそ安心なさい!」


「はぁ……アエスタ様はご自分のお美しい顔を見慣れてしまっているものだから、他はみんな同じに見える、みたいな感じでしょうか? 取り敢えず、ベニーグ様はアエスタ様のお好みではないということは了解いたしました」


「ええ、ベニーグなんて私の好みにかすりもしていないわ! 私が気になって気になって気になりすぎるほど気になっているのは、モナルク様よ! モフモフでピンクで大きくて、頼り甲斐がありそうなのに守ってあげたさが炸裂していて! しかもどのアングルから見てもどこを拡大しても可愛いのよ!? どうなっているの!? ピンクは彼のため生み出された色だと、世界中に知らしめるべきだと思うわ!」


「……ああ、いらっしゃいましたね。桃色の太ましいのが。ベニーグ様に気を取られて、あまり見てませんでした」



 初めてシレンティが表情を動かしたと思ったあの時――彼女の見開いた目が向けられていたのは、モナルク様でなくフードが脱げて耳を顕にしたベニーグだったんだって。

 モナルク様については、これが辺境伯かーへー大きいなーって程度の感想しか抱かなかったんだって。



「しんっじられない! あの可愛さが目に入らなかったの!? ちょっとシレンティ、あなたこそ嘘を言っているんじゃないでしょうね!? 本当はモナルク様に心奪われたのに、それを悟られまいとベニーグを当て馬にしたのではなくて!?」


「冗談じゃありません! あんな動く度にホコリを吸着して回りそうな方、私は嫌ですよ! 抜け毛もすごそうですし、言うなればご本人が歩く巨大ホコリじゃないですか! ベニーグ様のように、ツヤと適度な束感ある毛質が最高なのです!」


「ツヤなんてどこにあったのよ!? 頭髪も耳も尻尾も、モッサモサでゴワッゴワで固そうだったじゃない! 悪いけれど、モフモフ大好きなモフリストを自称する私には少しも刺さらなかったわ! モナルク様のような、柔らかそうであったかそうなモフモフこそが至高よ!」


「アエスタ様がモフリストなら、私はこれからモサリスト兼ゴワリストを自称しますよ! どうです!? これで文句ないでしょう!?」


「ええ、ないわ! 大満足よ! 互いに好みのお相手を愛でていくとしましょう!!」



 …………話は大いにズレてしまったが、私とシレンティは大いに好みが違うらしいということはわかった。それはもう、清々しいほどに。


 ここで私達は申し合わせたように激しい言葉の応酬を止め、互いに確認し合った。



「……つまりアエスタ様は、モーリス様が大変気に入られているのですね」


「……そういうシレンティは、ベニーグがお気に入りなのね」



 そう言って、私達はやっと笑い合った。



「改めてこれからよろしくね、シレンティ。あなたとは仲良くやっていけそうだわ」



 笑顔で告げると、シレンティも頷いた。



「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします、アエスタ様。微力ながら、アエスタ様がモーリス様と早く打ち解けられるよう私も精一杯お手伝いいたします。ですからアエスタ様も、私がベニーグ様にお近付きになるためにほんのりと手助けくださればと思います。うっかりを装って彼の尻尾にうまく巻き付くように突き飛ばしてしまうとか、ついつい彼の耳掃除係に命じてしまうとか、何気なく彼の入浴時間を見計らってバスルームに閉じ込めて、そのままわしゃわしゃ洗わせてブラッシングまでさせてしまうとか」



 うんうん、例を挙げてくれたのはわかりやすくていいけれど、どれもこれもほんのり手助けの範疇を超えてるわね?


 まあいいわ。私もシレンティに協力するとしましょう。

 あの面倒臭げな獣人執事は今後も何かと私に絡んできそうだし、その度にシレンティに押し付け……いえ、任せられれば、少しは気が楽になるかもしれないものね。


 よーし、明日から自分のためにシレンティのために! そしてモナルク様のために頑張るわよ!!

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