美人台無し面白顔を褒められましたわ!

 ベニーグがいなくなると、私は今更ながらに室内を見渡した。

 広すぎず狭すぎず、豪華すぎず質素すぎもしないバランスの良い空間。片隅に持参してきた荷物が置かれている。どうやらここが今日から一ヶ月の間、自分の部屋になるらしい。


 そう、一ヶ月。これから一ヶ月が『婚約者選定期間』となる。


 モーリス領辺境伯は一ヶ月の期間、相手を婚約者に相応しいかどうかを見極めて結論を下すという条件を設けていた。私に対してだけではない。娘を婚約者にしたがる貴族や婚約者になりたがる令嬢達は全員、この試練を与えられた。

 恐らく『人嫌い』な辺境伯が精一杯譲歩して提示した条件なのだろう。



「アエスタ様、お疲れでしょう。気持ちが落ち着くハーブティーをお淹れしました。どうぞ召し上がってください」



 シレンティが部屋をうろついてきた私に声をかけてくる。振り向くと、小綺麗なテーブルにティーセットが用意されていた。


 不覚にも、うるっとしてしまった。

 何よ、この子すごくいい子じゃない……何でこんなに優しいの? フォディーナ邸からここに来るまでの間、ずっと無言の無表情で話しけるなオーラを出し続けてたのに。まるで別人じゃない。


 ……あれ? 本当にどうして? 何故ここにきていきなりシレンティは私と普通に接するようになったの?



「あの、シレンティ」

「アエスタ様は、私達お付きの者全員を、明日フォディーナ家にお帰しになるおつもりですね?」



 私が尋ねる前に、シレンティは先制攻撃とばかりに質問を繰り出した。質問というより確認に近い言い方だ。



「どどどどうして」

「旦那様が仰っておりました。アエスタ様なら間違いなく付き添った使用人達を気遣ってそうするだろう、と」

「お父様が……」



 シレンティの言う旦那様――私にとっては義理の父であるクレーメン・フォディーナ伯爵は実父の弟、つまり叔父に当たる。常に我が道ゴーゴー・フルスロットルだったお父さんと違って、お父様――と僭越ながら呼ばせていただいている――は良く言えば慎重、悪く言えば気弱な人だ。

 王太子から婚約の申し出があった時もそれを破棄された時も、例の公爵家からモーリス領辺境伯の婚約者のお話をいただいた時も、あわあわオロオロするばかりだった。

 けれど、それでも私程度の小娘が考えることくらいはお見通しだったらしい。



『アエスタ、お前のせいじゃない。運が悪かっただけだ。だから自分を責めるな。つらかったら戻っておいで。家のことなら気にしなくていいから』



 モーリス領に向かうと決意した私を、お父様は止めなかった。けれどとても悲しげな顔で、とても苦しげにそう告げた。



「ですので、他の者は明日帰還するよう既に旦那様から命じられております。ごねた者もおりましたが、アエスタ様に余計な憂いを抱かせてはならないと説得されて渋々了承いたしました」



 シレンティはさらりと言ってくださったが、私はさらりと聞き流せなかった。



「ごね……? しぶ……? え、何で? みんな、私の被害者よね? 私、みんなの敵よね? みんなが勤めるお家を貶めた張本人よね? 私のせいで後ろ指をさされたり悪口を言われたりして、肩身の狭い思いをしているのよね?」


「は? 誰もそんなこと思っておりませんよ! むしろ被害者はアエスタ様ではありませんか!」



 恐る恐る尋ねた私に、シレンティはカッと目を見開き声を荒らげた。



「アエスタ様はご自分を過小評価しすぎなのです。私はまだフォディーナ家に仕えたばかりの新参ですが、ちょっとおバカ……いえ、あまり賢くないところがとても親しみやすくて、ぼけーっとした表情なんて顔貌の美しさを台無しにする面白さですし、誰にもバレてないと思って裏庭の木に登って下着丸出しになった挙げ句、下りる時に盛大にドレスを破いて、自分で直そうとしてさらにひどくして、結局ボロ布をまとったような状態で『ちょっと転んでしまったの』なんて苦しいにも程がある言い訳をお淑やかに気取りつつ口にする姿も非常に楽しくて」


「やめてやめてやめて! ちょっと、こっそり木登りしてるところ、見てたの!? いやもうそれはいいわ、その件はなかったことにするわ、あなたも忘れて、ね!? というか褒めてるの貶してるのどっちなの!?」


「もちろん褒めているのですよ。それに私一人が忘れたところで、皆が仕事の手を止めて楽しく観覧しておりましたから無駄だと思います。そんなわけでフォディーナ家の者は皆、そんな愉快でお間抜けなアエスタ様が、悪女と呼ばれるような器用な所業などできるはずないと理解しております」



 ぽかんと、シレンティの言う台無し面白顔で私は固まった。



「私達はアエスタ様を信じております。皆がアエスタ様の味方です。ですからどうか、私が皆を代表し、お側にお仕えさせていただくことをお認めくださいませんか?」

「えっ……」



 言葉に詰まる私に、シレンティは続けた。



「私はこの時のために、フォディーナ伯爵閣下からお声をかけていただき、数ヶ月前に雇われたのです。アエスタ様のお側につき、どんなことがあろうとお守りするようにと仰せつかっております。さらに身の上を明かしますと、フォディーナ家に来る前はケントル都立第二騎士団に所属しておりました」


「何ですと!? 騎士団!?」


「現騎士団長くらいなら剣など使わずとも体技だけで余裕でぶちのめせますので、そこそこの腕前だと自認しております」


「そこそこなんてレベルじゃない!」


「女だからという理由でずっと評価されず、ずっと下っ端のまま騎士団員達の世話係として長年こき使われておりましたので、使用人歴は浅いものの家事全般は得意です。どうか安心してお任せください」


「いろいろとパーフェクトすぎませんか!?」


「もしアエスタ様がお認めくださらなくとも、私はおめおめフォディーナ家に戻るわけにはいきません。その場合は、周囲の森に住み着くかこの館のどこかに潜むかして、アエスタ様を見守らせていただくことになります」


「選択肢が両方デンジャラス!」


「それでは、お認めくださるのですね?」



 シレンティが顔を寄せてくる。こうまで言われては、頷くほかない。



「…………わかりました。シレンティ、あなたを私の専属侍女と認め、共にこちらで暮らしてもらいます」



 これでいいのかな……と不安はあったけれど、私はシレンティの申し出を受け入れた。

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