天才と天災と魔法少女
「魔法少女なら最初に言ってくれればよかったのにー」
旧校舎の地下の一室、そこにソファやテーブルなど明らかに私物を置き勝手に占領している女性が文句を言っている。
「ウチはバブル。こっちは実聡美々、みみちゃーんって呼んであげて」
「私は二年生なので実聡先輩か美々先輩と呼んでください。もちろん敬語で」
「厳密には魔法少女ではなく家系が魔法使いの一族でして」
その言葉を放った彼女は辺りをキョロキョロ見渡していた。
まるで秘密基地のようなその場所は花園りりなの感情を湧き立たせるのに十分だった。
「とってもワクワクしますー……」
「上の空ってこういうこと言うんだね」
「会話が進まない」
今にも立ち上がって部屋を探検しそうなりりなを面白そうにバブルは見ていたが、実聡美々は少し呆れていた。
こんな子が私より強いなんて。
フェアリーゲージは相手を妖精で囲み、360度から魔力を放出する魔法だった。
私が苦戦していた敵を一瞬で倒すほどの威力……
「もしよろしければ先ほどのステッキを使っても?」
「必要ないんじゃない?」
「さっきは慣れを優先したんです! 魔法少女のステッキは全女の子の憧れなんですよ!」
「そーなん?」
「さあ」
「ロマンが足りない!」
ロマンが足りないロマンが足りないロマンが足りない……
ぶつぶつ言いながら花園りりなは座りながら地団駄を踏み始めた。
「ほ、ほれステッキ。落ち着けー」
念じるようにステッキを放り投げると、花園りりなは立ち上がり右手でパシッと受け取った。
かと思ったら右に一回転し、
「ピュアリーメアリーキュート……」
「なんだなんだ? この子面白いよ美々!」
「うっわ……」
だが口上を言い終わる前に異変が起こる。
「いたっ」
「どした? ダイジョブ?」
「今謎の痛みが……」
「んー? なんだろ不具合とか?」
「単に相性が悪いんでしょう。没収します」
「……は?」
生まれてから一番低い声が出た。
後日、魔女と魔法少女は相性が悪いのだという仮説が三人の中で結論づけられた。
◇
「魔怪出ませんね、あれから全然見ていません」
朝の教室、私以外にはまだ誰もいない。
一人ため息をつく。
魔怪……入学式の日に現れた怪物の名前だ。様々なものを取り込み、暴れ回る。
出現直後は普通の人には見えないが時間が経つと周りの魔力を吸い取り、実体を持つらしい。
実体化する前に倒し切ること、それが私たちの役目。
「アニメのようにはいきませんね」
半月が経った。魔怪は全く現れない。
ついでに友達もなかなかできない。
会話は成立している……授業中だけだけど。
深見さんとも話しづらくなってしまった。
初対面の時より疎遠になってしまっている……。
原因は明白だ。私は奇数だと余る子なのだ。
深見さんはいつも明星さんと一緒にいる。決して明星さんが悪いのではない。混ざることのできない私が悪い。
ただちょっとだけ、明星さんを羨ましく思ってしまう私が……
「憎いー……」
「難儀な性格だねー」
「っ!?」
机に突っ伏していると聞き覚えのある声が聞こえた。
急いで顔を上げるとバブルが両手で頬杖をしていた。
「最初からオタク全開で行きゃーよかったのに。ウチと美々の前ではできたじゃん」
「あれは浮かれてて……あの後とんでもない羞恥心に襲われたんですよ?」
「ま、がんばれー」
バブルはそう言うと腰に手を当て、背を伸ばしていた。
「それを言いに来たんですか」
「いや、今日起きてから感覚が変でさー。そろそろ魔怪くるかも」
「それって」
「用心しといてねー」
彼女は手を軽く振り、教室を後にした。
「用心って一体……!」
「独り言?」
「んっ!?」
急に話しかけられて変な声が出てしまった。
「おっはろんろん! 花園さん!」
「お、おはようございます明星さん」
「うんうん!」
明星さんの話し方は少し独特だ。まるでアニメのキャラのような……ん?
◇
「まりーん! シャー芯無くなっちゃったー!」
「なんで予備持ってこないのよ!」
横目で二人の会話を見る。
できるだけ空気、できるだけ空気、できるだけ空気、できるだけくう……
「花園さんはありあに頼まれごとされても無視したほうがいいよ、付け込まれるから」
「そんなこと」
ふふっ、と握った拳を口元に寄せ笑う。
なんでお嬢様キャラでいけると思ったのか。
「夜カレーだぜい! ハッピーだね!」
「子どもか」
にしてもこの話し方……どこかで聞いたような……。
◇
「私は北側に、バブル様は中央に、あなたは南をお願いします」
実聡先輩、バブルさんのこと様付けなんだ。
「この子最初っからこうなんだよねーやりづらーい」
「異変があればスマホで連絡、できなければ結構です。音で分かりますから」
「じゃ解散!」
魔怪が現れてから実体化するまで平均30分。個体差はもちろんある。だから学園内の敷地を捜索する。
魔怪が現れるのは学園内だけ。
先の戦争で政府側の拠点が置かれていたため魔力が溜まっているらしい。
「確かに言われると魔力を感じます」
「プラシーボね」
そんな会話をした。
ここまで情報を持っている二人でも分かっていることは少ない。
政府や他勢力の拠点は他にもある。
学園以外の魔力の溜まり場で何故魔怪が現れないのか。
もしかしたら他にも魔法少女がいるのではないか。
そもそも魔怪の目的は?
それにバブルは結局何者なのかも分からない。
ただの人間とは思えない。魔法少女でもない。ならば私と同じ魔女の家系か?
「謎は深まるばかり……」
個人的にはワクワクが止まらないので全然オーケーです。
謎解き感覚でいきましょう。
「花園さんが花園にいるー!」
「え、あ、明星さん!?」
セイブル学園の南に位置する花壇には色とりどりな花々が咲いている。
それを見に来たのだろうか、明星ありあと出会ってしまった。
「この花壇いいよねぇ! ピュアッピュアッて感じでさ!」
ピュアッピュアッ……
「アタシ花園さんとも仲良くなりたいなって思ってるの! フレンドリーにグットな感じで……」
「……」
「もっとお話し」
「魔法少女ピュアリーメアリーってご存知ですか?」
「……え?」
雰囲気が変わった。笑顔は変わらないが明らかに眼光が鋭くなるのを感じた。
「どうして分かったのかな?」
「は、話し方がオレンジに似ているなと」
「ふーん」
「話し方以外も真似していますよね」
言及することは怖かった。でも仲良くなれる糸口を掴める気がした。
「あのアニメは今から十年前に放送されてた上に深夜アニメ。これを知っているといるということはキミ……オタクだな?」
「オタクというかアニメが好きというか」
「ねえ花園さん」
少し空いていた二人の距離を一気に詰め、明星ありあは逃さないとでも言いたげな目で真っ直ぐこちらを見た。
「自分を偽る事を否定しないでね。悩んだ結果なんだから。誰かの真似でも私は私」
真っ直ぐな瞳にはほんの少しだけ迷いがあるように感じた。
「言いませんよ、あなたが考え抜いた結果ならなおさら。それに私も似たようなものですから」
少し困惑したような表情の明星ありあの手を取る。
「私もキャラ作ってます。本当はふふっだなんてお上品に笑いませんしアニメ見てゲラゲラ笑ってるんですよ?」
「……マジマジ?」
「マジです」
「なんだ似たもの同士じゃん!」
なんだか嬉しくて笑いあってしまった。
「アタシのこと、ありあって呼んでよ。ありあちゃんでもいいよ!」
「ではありあちゃん、私のことはりりなと呼んでください」
「ばっちこいりりな!」
名前呼び……嬉しい。
あの二人とは違う関係だ。
「そういえばありあちゃんはどこ花を見に来たんですか?」
「あーアタシは花目当じゃないんだよねー」
「では一体……」
「入学式の時さ見たんだよね不思議な蝶」
「蝶?」
あの日のことは深見さんに言われてありあちゃんは謝罪をしていた。
だが何故教室にすぐに戻らなかったのか理由は誰にも話さなかった。
「どんな蝶ですか?」
「えっとねー全体は紫で黄色い模様が入ってるんだけど透明感がすごくてー」
ふわっとしたそよ風が地面近くで駆け抜けていった。
「すっごく綺麗だったんだよね」
バサッと何かが羽ばたく音がした。
それもかなりの音だ。
「そうなんで……」
眼前の林の中から大きな紫色の蝶が羽ばたいた。
「えっ……魔怪!?」
思わず声に出てしまう。
見たところ、ありあが話した特徴通りの蝶だ。
それが魔怪に?
どうにかしないと。
倒しても元となった存在は壊れない。
とにかく今はっ!
「あれだ……」
「ありあちゃんごめんなさい! 私急がないと」
「運命運命ディスティニー!」
上空の蝶を見つめながら明星ありあは走り出した。
「ありあちゃん!? と、とにかく追わないと!」
◇
それにしてもありあちゃんにも魔怪が見えてる?
魔怪が見えるのは魔法少女の素質がある証拠だ。
「仲間獲得展開?」
蝶が校舎の屋上にとまった。
ありあちゃんはいつのまにか見失ってしまった。
とにかく屋上に行かないと。
指を横にスライドさせ、空間を切る。
見慣れた箒が現れる。
「フェアリーべール」
これで周囲からは見えないでしょう。
実聡先輩は変身すれば周りから見えないし、バブルさんは元から見えていないようだ。
魔女のほうが魔法少女より不便だなんて。
モヤモヤしながら箒にまたがり、地面を蹴った。
◇
「花園、遅い」
「機動力は魔法少女の勝ちみたい」
屋上には既に二人がいた。
「あの、ここに他に誰か来ませんでしたか?さっき私のクラスメ……と、友達が蝶を追いかけて行ってしまって」
蝶は寝ているのか羽を休めている。
「来てないねー。てか、魔法少女の素質あるじゃん」
「では来る前に片付けましょう。この魔怪は今バリアに覆われています。花園、壊せる?」
「後でその子のこと教えてね」
「やってみます」
一点集中型の魔法の方がいいか。
持っていた箒を杖に変える。
「フェアリー……」
「疲れたー」
ありあちゃん!?
走ってきたのか、屋上の扉に寄りかかっている。
明星ありあの声に反応するかのように、蝶の魔怪は空に浮かんだ。
「蝶が!」
羽ばたきは屋上にいた全員の体勢を崩し、りりなの魔法もあらぬ方向に暴発してしまった。
触手が真っ直ぐとありあに向かう。
「マズい」
「ありあちゃん避けて!」
「見えてんなら受け取れー!」
バブルが投げたステッキは、まるで元々収まることが決まっていたかのように明星ありあの手に収まった。
「何……これ……」
ありあは光に包まれた。
◇
「ありあちゃんって頭いいよね」
「でも変な子だよ」
悪口なら私がいないところで言って。
「塾? そんな金ないわよ」
「でも母さんが天才にも環境が大切だって」
「母さん母さん母さんってうっさいのよ!」
どっちもうるさい。
「明星さん、学校は勉強をするだけの場所じゃないのよ!」
うるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
「ピュアリーメアリーキュートオレンジ!」
深夜、目が覚める。
お母さんテレビつけっぱなしだ。
「ピュアッピュアッね、キミ!」
こんな夜遅くにアニメなんてやってるんだ。
「とってもとってもグットだよ!」
可愛い女の子。私とは全然違う。
……名前なんて言うんだろう。
「魔法少女ピュアリーメアリー?変な名前」
その時点で再放送だった昔のアニメ。
一目惚れだった。
こんな子になりたい。
ただそれだけ。
ずっと願っていた。
◇
「これって……!」
光が晴れるとリボンとレースが大量に使われた衣装を纏った明星ありあが現れた。
「かわいいー!ありあちゃんかわいいー!」
「りりながバカになっちゃった」
「確実に動きづらい」
明星ありあは魔法少女になった。
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