第104話 アズモデとの決戦を前に

 結婚式場風ラストダンジョンは騒然としていた。


 八人目のヒロインはなんと魔王だった。


 一応、その条件を纏めておこう。

 ゲーム内、プレイヤー目線で見て行こう。

 まず大切なのはレイモンドを放っておかないことだ。

 そうすることでレイモンドはアルフレドに一定の信頼を置き始める。

 そしてミッドバレーで仲間に入るソフィアが初期で所持している女王様マスクをレイモンドに持たせておく。

 更に、新島礼は知らないが、このゲーム中にフィーネのパンツを手に入れられるエロイベントが存在する。

 しかも鈴木P曰く、アーマグ大陸後のイベントらしい。


 つまり普通にプレイすると、辿り着けない。


 誰得ヒロインだから、辿り着けないとしても誰も損をしない。


 以前にも言ったが、レイモンドを落とすくらいなら、乙女ゲームをやるべきだ。


 とにかくデバッグモードというか、ゲーム制作者しか知らない隠しコマンドを入力しない限り、そこには辿り着けない。


 因みに、このゲームは名前の変更は出来ても、レイモンドでプレイは出来ない。

 だから、今の状況は製作者の思惑とは外れている。


 だから、そこはとりあえず置いておこう。


 レイモンドの好感度が下がらない選択肢を他のヒロインイベントで選択し続ける。

 そうすることでレイモンドの好感度が上がっていく。

 そして、その状態でフィーネを拐かすイベントに突入する。

 するとレイモンドはフィーネを襲わずに一人で殺される。

 ここでは暗転の意味が変わってくるらしい。


 元々想像の余地を残していた暗転だったので、この場合はそう解釈するというわけだ。

 そのルートのレイモンドはアルフレドのことを大切に考えている。

 だが、見かけ上は魔族のような振る舞いをしている。

 けれど主人公の裏では、アルフレドの為に行動をしているという解釈になる。


(いや。不可能なルートだけどね?でも、ゲームを壊しながら、ゲームの強制力の影響を受ける。その結果、このルートが選ばれた訳だ。)


 魔王がいる部屋へと侵入すると、レイの本当の死にイベントが待っている。

 でも、そのイベントはキャンセルされてしまった。

 今となっては二度と再現できない。


(俺がヘルガヌスになっていたからだ。アルフレド達に自分たちが殺したと思わせるようなイベントだったことだけは分かっているけど。いや、俺は死にたくないから別にいいんだけど。考えられるとしたら、これしかないんだよ。俺と同じ動機だ。)


 再現できないが、かいつまんで説明すると、そのムービーに出てくるレイモンドは偽物だ。

 彼はデズモア・ルキフェを欺く為に自分の替え玉を用意した。

 そしてレイモンドはヘルガヌスとこっそり入れ替わっていた。

 だから、サラというキャラが登場した。


 ——これが、ゲーム制作チームがこっそり用意した八人目のヒロイン登場の流れである。


 レイが気付けるかといえば、絶対に気付けなかったルートだ。

 勿論、バトルにも条件があった。三十ターン以上必ずかけること。

 そして、どちらもどのキャラも死んでいないことが絶対条件だ。

 そうすると、魔王は真の魔王の存在を明かし、自らを殺せと言ってくる。

 これが到達不可能な八番目のヒロイン・レイモンドの実績解除方法である。


「って、いうか。無理じゃねぇか!」

「それでいいじゃん。そういえばソフィアに先起こされたんだった。先生……いや、レイ。あたし、レイのことが大好き!だから、一緒にいれて嬉しいよ? だって勇者と魔王が一緒に行動するんだから、レイはもうヘルガヌスにならなくてもいいんでしょう?」


 そのエミリの言葉を聞いて、彼は確かに、と変身魔法を解いた。

 勿論、彼女のいう理屈だけではない。

 ヒロインになったからには、レイモンドの死亡イベントはこのゲーム上から消えたことになる。

 だから、玉座の魔の死亡イベントは既に無効化されている。

 その瞬間、リディアがぎゅっと体、特に胸部分を押し付けながら、抱きついて来た。


「あー、この感じです。私が一番安心する御方。私が一番、レイ様をお慕いしておりますの!」

「えー、僕には?僕は?僕もレイのこと好き。前に言わなかったっけ?」

「あー、そうだ。キラリ、カギッコホネッコを後で頼む。あれ、ドラグノフが壊しちゃったんだ。えと、俺もキラリのこと、もっと知りたい。ほとんど絡みがなかったからな。」


 魔王という肩書きがあるせいか、普通にハーレムが許される雰囲気でもある。


「うー。アイザもー。アイザとお姉たまとレイで一緒に結婚しゅるの!」


 幼女とて、魔王は嫁にする可能性がある。

 歴史を振り返れば、そんな事例もあろう。


「レイ、俺も……、少し不安だ。手を握っていいか。」

「あぁ、勿論だ。」


 男は駄目?

 そんな筈はない。

 古代ギリシャでも——


(もういいから!リアルな話を持ち出さないで!ここはファンタジーでしょうが!……っていうか真面目な話。このままで本当にいいのか?)


 過去の自分が言うにはこの先にこそ、この無限地獄を抜ける道があるのだという。

 でも、今のレイにはデズモアと戦う為の道しか見えない。

 そして、これが正真正銘、最後の戦いである。

 さっきコンプリートと出た。

 だから、これ以上はないということだ。


 つまり、今までのアルフレドでは到達できなかったところに、レイモンドは踏み入れているし、これ以上は存在しない。

 無論、あの条件ならアルフレドルートでは不可能である。

 ワンチャン、フィーネに土下座すれば……。

 いや、彼は超能力者ではないのだ、その二つのアイテムが必要と思う筈がない。

 元々、鈴木Pが、どこかの審査用に用意した実現不可能イベントだったのだ。

 

 実質到達不可能だったからこそ、レイモンドならという、前の周回プレイのレイの読みは正しかったということ。


(今はそう思うしかない、よな。……さて)


「今まで思っていたことがある。」


 レイは全員に体のどこかを掴まれた状態、彼が親猫で皆は生まれたての子猫のような図式で、真面目な話をする。

 ソフィアには首輪をつけられたので、実は彼女が飼い主かもしれないが。

 あと、フィーネとやけに目が合う。

 今さらだが、あのイベントが起きるということは、フィーネがレイのことを好きだったということ。


 あの時そうだっただけかもしれないから、なんか気まずい。


「えっと、それは私たちのこと……?それとも私のこと?」


 フィーネがすごく意識しているが、それはどういう意味で意識しているのか分からない。

 ただ、彼女のことではないので、彼は首を横に振る。

 そこから、レイの解説が始まる。


 そしてこれは本当に大切なことだ。


「アズモデは、おそらく俺のせいで強くなっている。だから今までの敵とはレベルが違う。考えてみてほしい。見えない壁を持っていたとはいえ、秘密の塔であれだけの強さを見せた。そして……」


 レイは秘密の通路を進みながら、全員に言い聞かせる。


「おそらく彼は今、荒れ狂っている。だから覚悟しておけ。序盤が大切だ。話を聞こうともしないんじゃないかな。」


 その理由も察しがついている。

 流石に終盤も終盤。

 レイには彼の真意を分かり始めていた。

 だから今すでにビリビリと殺気を感じている。

 そして彼らがオープンウェディグ会場に足を踏み入れた時、空は禍々しい色に染まった。


「このバグどもが……。僕を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいものだ。どうして勇者と魔王が共にいる‼ こんな世界間違っている。僕が綺麗に消してあげるから、勇者様はもう少しだけ待っていてね……」


     ◇


 結婚式場のさらに奥。そこは美しい景色が展望できる幻想的な空間だった。

 そんな背景が一瞬見れる筈だが、今は禍々しい景色に埋め尽くされている。

 そして瓦礫の上、バグを見下すようにピエロが立っている。

 彼にとって、今の状況は腸が煮えくり返る事態だろう。

 だって彼は、この世界のタイムキーパーだ。

 ある意味で責任者と言っても良い。

 いつも通りに事が運ばないことに苛立っているのだろう。


「本来なら、勇者様に負けてあげるつもりだったんじゃないのか、アズモデ・・・・?」


 レイの言葉を聞いてもピクリともしない。

 バグに用はない、の意思表示なのだろうが、こんなに睨め付けられては、返事をしているのと同じである。


「どっちみちもうすぐだ。今すぐお前達を消す。バグは消さなければ——」


 その時。

 ゲームの管理者と思われるアズモデとゲームを知り尽くしていたと思われたレイ。


 ——この二人が知らない出来事が起きる。


『ご主人!なんだか分からないけど、上手くいったみたいですね!』

「は?ラビ、どうして?」

『なーにを言ってるんですか、ご主人。突破口を見つけたんでしょう?どうせならぱーっと行きましょうよ!それにその方が多分上手くいく!ってウチは思うんです!』

「パーッとって。ここが最終決戦上だけど。確かに今から移動しても何の制約もないだろうけど……」

『ですよ!ですよ!だから、ウチたち!カジノ地下格闘技場を用意したんですよー!あそこなら全力で戦えるじゃないですか!しかも、歌姫もみんなも揃ってますよ!』

「は?みんな……って」


 レイは目を剥いた。

 こんな話は聞いていない。

 だが、なんだかワクワクする響きだった。


『せっかくのエンディングです‼みんなでゲームクリアしましょうよ‼』



 アルフレド達が成長していたように、考え続けていたように。

 魔族の仲間たちも、レイの為に動いていた、考え続けていた。


「いつの間にそんな準備を……。まぁ、そっちの方が俺も分かり易いか。——おい、アズモデ。俺たちは今からデスモンド・カジノ地下格闘技場に全員を連れて転移する。俺たちはいつでもこの戦いから離脱できるが、敢えてあの場所を選ぶんだ。……お前ならさ。この意味、分かるよな?」

「レイ!俺たちの方が理解できてないぞ。そんなことをしたら……」

「勇者さま、アタシのレイがそう言ってるの。だったら大丈夫なんですよ!」

「そうそう。この感じぃ! 大好きだよー、レイ!」


 エミリとマリアが調子づいた発言をする。

 あの時の嫉妬する景色が嘘のようだ。

 いや、こいつら結局手の平返し……とまで思ってしまう。

 レイは彼らと一緒に冒険した期間は短い。

 魔族になってからの方が長いくらいだ。

 勿論、前世を合わせれば別だけれど。


「アイザ、おねえさんに会いたいだろ?」

「うん!レイ、だいちゅき!」

「キラリ、何もぶっこわれねぇところで戦いたいだろ?」

「僕が何をしてもいい場所……、素敵な響きだね。」


 それに出番が少なかったヒロインは活躍の場を求めているだろう。


「とかなんとか言って、さっき作ってた美女悪魔にあんたの戦っているところを見せたかったりして……、でも、ダメって言ってるわけじゃないんだからね。って、やっぱやだ!私も活躍する‼」


 フィーネも重い荷物がなくなったのか、明るい表情を見せてくれるようになった。

 あとからエミリ様とマリア様が鉄槌を食らわすのかもしれないが、その時は一緒に謝ろう。


「優しい姫、リディア。そこにはサラもいる。設定的にヘルガノスが可哀想な気もするが、彼は今は気にいいおじさんだ。大目に見る必要はないが、そこにはあのラビもあんなイーリもいる。俺たちの戦いをしっかり見てもらおう。」

「はい。優しいレイ。大好きなレイ。レイのためなら、私、がんばります!私が一番レイが好きです!」


 こんなところで戦うよりは、ちゃんと仲間の前で戦いたい。


 全部上手くいったのかはまだ分からないけど、皆に見て欲しい。

 何より魔王軍のみんなが自主的に動いてくれたのが嬉しい。

 今の魔王には好き勝手、それはそれで困る気もするが、彼らが自分の為に動いてくれたことは素直に嬉しい。


 いや、魔王とか部下とかじゃない。


 仲間として嬉しい。


「というわけだ、ラビ。準備できているよな。」

『はーい。ヒロイン候補の一人、ラビです。準備できていますよ。ご主人!』


 人間も魔族も、みんなが色々な意味で成長している。

 それを嬉しく思う。


「ずっと無視しているようだから、勝手に行くぞ。皆、俺に捕まれ。……ってそうか。俺ムービー挟んだから羽戻ってんのか。じゃあ、この人数分でも十分に包むことができるな。アズモデ、勇者が移動する、勇者イベントは起きるかもしれない。だから絶対に……来てくれるよな?」


 彼はずっと無言のまま睨みつけている。

 理由は簡単、レイの言葉は大正解だ。

 だから悔しそうにギザギザの歯を食いしばっている。


「レイ、その前に戦い方を……、弱点を……」

「いや、今回はコマンドバトル、しかも四対一で戦うつもりだ。俺もその戦いがしてみたいんだよ。それにいつもの戦い方だと、皆と共闘って感じじゃないじゃん。俺はお前とも、フィーネとも、エミリとも、マリアとも、ソフィアとも、キラリとも、アイザとも、リディアとも一緒に戦いたいんだよ。いつもお前ばかりずるいんだよ。俺もみんなと一緒がいいの。キラリ、車の所持を忘れるなよ。」

「うん、分かってる。家族だもん。」


 レイはキラリにニコリと笑顔を向けた。

 みんなとても素直で良い子だ。

 やっぱりこの世界が好きだと思った。

 だから最後はちゃんとこの世界の流儀で戦い抜く。


「アズモデ、変身は向こうでとっとけ。全人類、全悪魔どもを平伏すほどの演出をお前には期待してる。……じゃあ、またあとで。転送魔法イツノマニマゾク!」

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