第103話 八人目のヒロイン

 リディアの口からサラという名が出たことに、レイは愕然とした。

 既に彼はサラを、しかもどういう人物かも知っていた。

 だから、ムービーでリディアが彼女の名を出しても違和感がなかった。


 彼の知識にはいないネームドだったというのに。


(サラは八番目のヒロインではなかったのか?やっぱり場所が違っていた?もしくはあの場所に続きのイベントがあった⁉例えば、彼女達が死んだ後に?でも死んだら、ゲームオーバーの筈だ。だってヒロインなのだ。この後には告白イベントだってある。彼女を呼び戻すべき?……いや、もう遅い。あの場面からやり直せる筈がない。俺のせい?俺が熱くなっていたせい?何千の俺が……、あんなに沢山用意してくれたメッセージが、俺のせいで無駄になった……)


 彼はこの状況に絶望している。

 しかも変身しているので、魔王の顔には出ていない。


 でも、彼の仲間は幸せムードだ。

 これがハッピーエンドだ、という顔をしている。


 だから尚更辛い。

 彼女たちとの再会は嬉しいが、これは失敗エンドなのだ。


 でも、うかうかしていられない。

 戦っていない状況が続けば、どうなるか?

 それは彼らも知っている筈だ、結局バッドエンドになってしまう。


(どうすればいい? 俺はどうしたらいい? 無駄な嫉妬心。彼や彼女たちを信用していなかった俺が全て悪いに決まっている。だったら、だったら……!時間がない!時間がない‼早く、早く伝えなきゃ……)


 だから、彼は話す。


 ——皆の喜びを台無しにしてしまう言葉を。


「みんな、聞いて欲しい。実は……、この戦いもあの時と同じなんだ。魔王ヘルガヌス、俺が死ぬことで先に進むイベントだ。だから、今から俺と本気で戦って欲しい。」


 その言葉に全員の笑顔が止まる。

 止まって消える。


「え……?レイ、何を言ってるの? だって、マリアたちは今すでにハッピーエンドだよぉ?レイを見つけた!これがマリア達のハッピーエンドだよ?」

「そうですよ。もう良いじゃないですか。だってレイは優しい魔王様ですよね?」

「そうなのらよ。もう、戦争はおしまいなのら!」


 だが、彼は続ける。


「違う!俺は最後のボスじゃない。アズモデが真のボスなんだ。だって彼はいないだろう?姿を見せないだろ。あんだけ出しゃばってたのに、アイツと戦わないなんておかしい!アイツを倒さないと、この世界は平和にならないんだ。……でも。……でも安心して欲しい。これはあの時と同じだ。ほら、俺が死んで、くそーってムービーがこの後入る……んだ……」


 だから彼は嘘をついた。

 ここで死ねば、レイは本当に死ぬ。

 そしてゲームオーバー、そう考えるとゾッとする。


「あ、あれだぞ。アズモデはデズモア・ルキフェっていう、この世界の邪神なんだ。だから……、この世界はまだ平和になってないんだよ。戦いはまだ続くんだよぉ!」


 こういう時、どうやったらちゃんと嘘をつけるのか分からない。

 いつも、どうやって嘘をついていたっけ?

 どうすれば、仲間たちは騙されてくれるのだろう。


「じゃあ、俺たちでその悪魔を倒しにいけば……」

「違う‼そうじゃない‼これはそういうイベントなんだ。スイッチがつかなきゃ、フラグが立たなきゃ先に進めない。そういう世界なんだ。だから俺が死ななきゃ先に進めないっていうイベントなんだ!……で、でも、あれだぞ、大丈夫だぞ。俺は二回も生き返った。あの時もむちゃくちゃ痛かったんだぞ。でもほら、この通りに完全に治っている。二度あることは三度あるだ。だから、俺と戦え。じゃないと……」


 そう、自分だけの問題ではないのだ。

 彼は、レイは最大の過ちを犯したのだから、死ぬのは仕方ない。

 でも。


「じゃないと、お前たちが死んでしまう!仲間が……、消えてしまう……」


 レイはただ空回る。

 だってどうしたらいいか、分からない。

 イベントを逃したのだ。なんて説明すれば良い。

 説明したって分かりようがない。


 だったらレイは次に繋げれば良い。


 本当に次があればだけれど。


 でも彼はまだ何も掴めていない。


 どんなメッセージに残せば良いか分からない。


 レイモンドで始めて、いや記憶が残る確証は……


(えっと、えっと、なんなんだよ。次に繋げない。ここから分かること。俺しか分からなかったことを探せ!俺はレイモンドだ。レイモンドに俺はなったんだ!つまり……、分からない。前の俺は俺に何をさせたかったんだ?俺は何を探せば良かったんだ……)


 その時、目に見える変化が起き始めた。

 知っている変化だ、ネクタの街で起きた現象と同じ。

 車に乗るのを諦めた勇者が引き起こした、高速エンディングロール。

 異常なほどの太陽の動き。

 彼らは朝にやってきたのに、既に南中を越えて、地平線に向かおうとしている。


「アル……。あれを見て!太陽が……。動き始めてる……。これってもしかして……」

「あぁ、だけど俺は……」


 このままでは全員が死ぬ、最悪のバッドエンドだ。


 彼らはどうなってしまう?

 レイは良い。だって次がある。

 勿論、記憶を失っているかもしれないけれど。


 そして彼らの行く末は知っている。

 彼らは記憶が引き継げない。


 だから今の仲間たちとは二度と会えない。

 それって不公平だ。


 だったらやっぱり——


「アルフレド、俺は何度もこの世界をやり直している。だから死んでも大丈夫なんだ。でも、お前たちは……」

「レイ、訳わからないわよ。なんで……、どうして……、せっかく謝れたのに……、これから私も貴方のことをもっと知りたいって思ってるのに……」

「アタシもやだ!これ以上、レイの死ぬとこ見たくない‼」

「私もです。もしもそうなら、ご一緒したいです。」

 

 好感度が高いのは嬉しい。嬉しすぎる。

 でも……、そんな彼女たちが死んでしまう方が嫌だ。

 おそらく、このままいけば彼らはクリアできる。

 だったらこの場で。


「アルフレド!お前が……、決めてくれ。成長してくれたお前なら、きっと正しい判断が出来る筈だ。仲間が全員死ぬか、俺だけが死ぬかだ。ほら、簡単だろ……? だから、俺を——」




 殺してくれ





 その瞬間、太陽は夕陽の位置で止まった。




          ▲


 魔王は自分の正体を明かした。

 魔王ヘルガヌスと伝承では語られていた。

 だが、魔王ヘルガヌスの正体は、なんとレイだった。


 彼は今までずっと仲間のために戦っていた。

 悪魔となってからも必死に戦って来た。

 彼の目的は別にある。

 だから、魔王になって世界を変えようと誓った。

 そして……、彼は仲間たちと再会したのだ。


レイ「アルフレド、実はな。……俺が魔王なんだ。今まで黙っててゴメン。それに魔王ってことはさ。お前の敵ってことなんだ。……だから俺はここでお前に殺されるべきなんだ。そのために俺は……、魔王の座を奪ったんだ……」


アルフレド「お前はあの時死んだ。そう思った。そして悪辣な悪魔になった、そう思っていた。……でも、そうだったのか。俺は……全然気付かなくて……」


レイ「そりゃそうだ。勇者の道と魔族の道は交わらない。でも、ここでなら交わると思ったんだ。」


アルフレド「確かに、ここでなら交わる。そう……だったのか。だが、俺はお前を殺したくない!」


レイ「何を言っているんだ!俺は魔王、お前は勇者だ!この、分からず屋!俺が死ねば仲間が全員助かるんだぞ! だったら……、だったら俺を殺せよ!」


アルフレド「レイ……。なんでそこまでしてくれるんだ。だってお前は……」


レイ「俺、昔からさ……。お前を見て、ずっと思ってたんだよ。真っ直ぐなお前みたいになりたい。俺がお前だったらいいのに。……だってお前、かっこいいじゃん。」


アルフレド「フィーネのこと……、お前意識してたもんな。フィーネは綺麗だし、頭もいい。だから自分には勝てないって。……でも、それ。俺も同じ。俺はそんなお前のことずっと見てたんだぞ。」


レイ「え?……なに?アルフレド、それってどういう……」


アルフレド「お前が俺を見ていたように、俺もお前を見ていたってことだ。……その、同じような気持ちで。懸命に頑張るお前をカッコいいって思ってた。強がっているとこ、可愛いと思ってた。」


レイ「アル……フレド?じょ、冗談だろ?だって……」


アルフレド「冗談なんか言わない。俺はお前に本気なんだ。」


レイ「俺に……本気……。それって……」


アルフレド「お前と同じように本気ってことだよ。」


 二人は砂浜で夕日を見ながら座っていた。

 さらさらした細かい砂が、少し心地よかった。


レイ「お、お前……、俺を弄んでいるのか?その……、本気とか、同じとか。ちゃんと言えよ。……ずりぃぞ。」


アルフレド「ふ。そんなことはない。でも……、そうだな。もしかしたら……、お前の口からその後の言葉を聞きたかった。だから待ってたのかもなぁ。……勇者って言われてても、そういうところは勇気がないんだ、俺は。」


 その時、レイの右手の小指とアルフレドの左手の小指が軽く触れた。

 たったそれだけなのに、レイの顔は真っ赤になっていた。

 でも、夕焼けだからバレる心配はない。

 だから彼はちょっと冒険しようと思った。

 だから彼は彼の手を握り——


レイ「分かった。俺の口から先に言う。こういうことには勇気のない勇者様だからなぁ。そうだよ。俺は……、お前のことが、す——


(ちょーーーっと待ったぁぁぁぁぁ!待った待った待ったぁぁぁ!おいおいおいおい!さっきの戦い何処いったよ!俺、顔面蒼白だったんだぞ⁉俺を殺せっていう、めちゃくちゃ辛いシーンだったんだぞ‼いや、このシーンも別の意味でめちゃくちゃ辛いけれども!それに、なんで砂浜?なんで俺達砂浜に座ってるの?さっきまでデスキャッスルにいたよねぇ?血とか飛び散って、ガラスとかも散乱して……って!あれ、そういうこと? あの太陽がぐーーーーって動いてたのって、この場面の為だったってこと⁉)


鈴木「あー、このシーンねぇ。まぁ、なんだろ。とりあえず入れたって感じだよな。砂浜に座らせとけーってね。」


原田「だって、鈴木さん。これ入れるの、めちゃくちゃ嫌がってたじゃないですか! でも、ここのシーンって。今見たら繋がりが、めちゃくちゃですよね。」


鈴木「そりゃあ、いきなり親会社が方針決めちまったんだよ。なんていうか、声優さんの調整とかめちゃくちゃ大変だったんだって。脚本も時間が無くて、俺が一晩で書いたんだ。締め切り迫ってただろ?だから、朝になってなんじゃこりゃって、な?」


(おいおいおいおいぃ! なんで、オーディオコメンタリー風にスタッフの声が流れんだよ!これゲームムービーやぞ! 円盤のサブオーディオ部分じゃないからね?っていうか原田って実在したのかよ!っていうか、「な?」じゃねぇんだわ!だったら直せよ‼)


原田「お、もうすぐですよ。ここ、みんな苦笑いしてましたよねー。」


アルフレド「おい、聞こえないぞ。ほら、もっと側によれって。」


レイ「ちょ……、聞き逃したってこと? ずるい!俺、めちゃくちゃ勇気振り絞ったのに!」


(勇気振り絞ったんだよ!だって、俺は死ぬ覚悟だったからね!って、近!アルフレド、近‼一体、俺は何を見せられてんだよ‼)


アルフレド「いいから!もっと、あ……」


レイ「あ……」


(あ……ってなんだよ。そこ映さねぇのかよ‼逆に気になるわ‼あ、嘘‼いい、いい、いい、いい‼映さなくていいから‼暗転まだですかー?暗転仕事してくださーい‼)


 そして彼らは夕日に溶け込んでいった。

 けれど砂浜に伸びる二つの果実は、まるで最初からどこかで繋がっていて、さくらんぼのような、落花生のような——

 夕日が照らす影が、二人の——


(あーーーー!あーーーー!あーーーー!あーーーー!聞こえなーーい。もはや文学的とかを超えて訳わからんわ。っていうか!それはもう、やっちゃってない?大丈夫か?これ)


原田「あ、やっちゃったんすかね。これ。」


(おい、原田。同じこというなよ!やったとか言われても、何か分からんし‼)


鈴木「流石にセーロがあるから、そこはあれだよ。想像にってやつだって。でもあれだねぇ。今は自由恋愛っていうの?それとも性の自由っていうのかなぁ。色々あるらしいからねぇ。」


原田「そうそうそうそう。そういう表現入れないと……。うーん。でもこれ、あれですよね?」


鈴木「そりゃそうだよ。じゃなきゃ声なんて入れねぇって。一応そういう表現もありますよって会議で見せるために入れてるだけだから。」


原田「でも、奇跡的に辿り着けるプレイヤーいるんじゃないんすか?」


鈴木「あぁ? レイモンドに実は好感度があって、その好感度を80以上にした状態。しかも何故か死ぬ予定のレイモンドにそんな貴重なアイテムを持たせたままって無理だろう?ソフィアの女王様マスクとフィーネのパンツだろ?あれを見つけるのも大変なんだし、第一フィーネのパンツイベントはアーマグだろ?つまり行ける奴はいねぇんだよ。つーか誰が見てぇんだよ、こんなシーン!」


(本当にそうだよ!誰も見たくねぇよ‼っていうか、ご都合主義の発動条件だな‼)


原田「そっすね(笑)。でもまぁ、発動条件は置いといて、好感度だったらなんか分かるっすよねぇ。だってレイモンドは実はアルフレドのことが好きで、そして彼のために魔王になって、俺を殺せーーっていうんでしょ(笑)。」


鈴木「まぁ、レイモンドを虐めすぎたっつーのもあるからなぁ(笑)。デスモンドの暗転が違い意味を持ってくるっつーわけ。意外と考えられてんだよ、これ。寝ながら書いたけど、な?」


(だから、な?じゃねぇんだわ‼)


原田「確かに(笑)。僕、この展開ありだと思いますから、実績解除の項目に入れちゃいますよ。」


鈴木「いいんじゃね?幻のトロコンって感じでな。八人目のヒロインがまさかの……」


原田「あ、暗転しますよ。幸せになってくれると……いいっすね。」


鈴木「永遠に!(笑)」


原田「あ、じゃあ、この辺でお別れです。えっと無事、このイベントに辿り着けるかな!って、辿り着いたから見れてるんですよねー。では、おなじみ原田と」


鈴木「鈴木プロデューサー自らの出演でしたー。ありがとうございましたー。」


          ▲


「え……?」

「え……?」

「え……?」

「え……?」

「え……?」

「え……?」

「え……?」

「え……?」

「え……?」


 九つの「え?」がならんだ。


(いや、マジでなんてことしてくれたんだよ。この空気どうすんだよ! ってか後半ほとんどオーディオコメンタリーじゃねぇか!そして暗転、最後に仕事をするな‼俺……、どうすんの?この空気どうすんの⁉)


「レイ。この場合、俺が攻めってことでいいのか……な?」


(アルフレドさん⁉ 何言ってんのー?)


「と、とりあえず、私たち、拍手しながらおめでとうって言えばいいんじゃないかな?」


(フィーネ……、まさかぁ?)


「違うよ。フィーネ。笑えばいいんじゃないかな。」


(エミリ?……おまえ!)


「レイ、いつまでも酸っぱい葡萄やってないで、さっさと行きましょ! ムービーに振り回されても仕方ありませんよ!」


(ソフィアーー、ほんと好きーーー!でも絶対に酸っぱい葡萄の使い方違うー!)


 そして、その瞬間、レイの頭に『ぴろりん』という電子音が鳴った。


 更に、視界の右上に『八人目のヒロイン』、『世相に配慮』、『真・トロフィーコンプリート』という文字が浮かび上がった。


「——って!噂のとこから想像ついてたわ‼ っていうか、神視点の皆にも絶対にバレバレだったわ‼八人目のヒロイン、絶対に俺だろってな‼」

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