第101話 揺れる気持ち

 アイザが無防備な、そして無邪気な顔で魔王の膝に抱きついてくる。

 そして、大嫌いだった筈の竜人が土下座している。


「あぁ、私はなんってバカなことを。おお、姫もやはり‼」

「ゼノスは関係ないのら!突然死するのら!」


(あぁ!なんかすげぇややこしいことになってる! 確かにアイザが自分の姉を見分けられない筈がない。当たり前の反応だ。……ってか、ゼノスのまで!ゼノスに関しては意味が分からない……、いや。ゼノスとヒロインのムービーイベントだってあった。でも、俺はそこには誘導していない。だってNTRエンドが怖かったからだけど、……こいつ、もしかして不遇……だった?)


 ゼノスには何のアドバイスもしていない。

 キラリ、アイザの為に危険を冒した。

 そして、リディアに至っては、必要のない死にイベントに参加してまでフォローした。

 それのに、魔王様は彼には何のフォローもしていない。


(ま、それはいいか)


 そう、それはいい。

 だって、バッドエンド回避のためだ。

 ただ、アイザとゼノス、二人が言った言葉が引っ掛かる。


「新しい?……って、どういう?確かに二人は前の魔王の顔を知っている。でもアズモデは俺をスルーした筈だ。これは……」


 新魔王様の頭の中がこんがらがっていく。

 先のムービーをしっかり見ておけば、彼には気付けた筈なのだが。

 そして、彼らの反応をもっとよく見ていれば、彼らが何を考えていたのかも、ちゃんと分かる筈だった。

 でも、レイは八番目のヒロインという言葉に執着している。

 だから、どこに何を繋げてよいか分からない。


「魔王、何を戦いの中、破廉恥なことを言っている。それより、まずはアイザを返せ!アイザは魔族に虐げられていた少女だ!お前はまたそれを繰り返そうとしているのか‼」


 アルフレド、お前にだけは言われたくない!

  そんな思いを胸に抱きつつ、レイは彼に反撃を試みる。

 だが、アイザが邪魔をする。

 彼女がくっついて離れない。

 そして、絶賛大混乱中のレイは、これも作戦かとも疑ってしまう。

 だが。


「勇者大旋風!」


 かわいいアイザ、だけど強いアイザ。アイザなら平気かもしれない。

 けれど、フレンドリーファイアの危険がある。確率とか関係なく会心の一撃が出る世界だ。

 だから、怯えているアイザを抱えて、魔王は勇者の攻撃を躱す。


 そしてアイザの頭を撫でながら、彼はこう言った。


「アイザ。危ないから、避難しとけ。」

「ヘルガヌス!何処へ行く‼キラリ、バリアの準備だ!後衛!気を付けろ!」


 アルフレドがちゃんとリーダーをやっている。

 だが、そんな男が愛の巣として利用していた車が魔王の眼下に見える。

 瓦礫を落としたが、多少凹んだだけのようだ。

 アレを思い出すだけで、何かが壊れそうになる。


「新魔王たま、痛いのら!」

「あ、あぁ。済まない。ちょっと考え事をしていた。よ、よし、この辺りなら大丈夫だろう。」


 新魔王はアイザを扉の入り口、つまりバトルフィールド外に運んだ。

 翼がなくとも、それくらい飛べる。

 あのコウモリの羽で飛べていたとは思えないが、そういう設定かもしれないから、本当に脚力だけでここまで飛んだ。


「エルザはエルと名前を変えてはいるが無事だ。彼女もヒロイン候補だと思ったから、ここに連れてきたのだ。だが、この事実をアズモデに漏らすわけにはいかない。だから、今は秘密だ。」


 すると幼女は両手で自身の口を押えた。


「よし、いい子だ。アイザ、ここでおとなしくしてくれるか?」


 すると彼女は手を口に当てたまま、うんうんと頷いてくれた。

 そして新魔王レイは踵を返して戦いに戻る、ただその前にやることが残っているらしい。

 魔王様はドラグノフの力も持っているので、当然後ろも見えている。


「分かったから!その連続フライング土下座はやめてくれ!アイザが怯えている。魔王軍に復帰だったか?まぁ、それならバッドエンドも回避できるし、面倒くさいからそれでいい。但し、全裸装備無しでいけよ。どのみち格を失ったお前だ。勇者パーティでもなくなったお前だ。たった一人で歌姫に勝てるとは思えないが。とにかく、戦う意思がないなら全裸装備無しで歌姫三姉妹に土下座してこい。」


 バッドエンドラッシュもやったらしいから、ゼノス絡みのイベントもやったということだ。

 だったら、彼に用はない。

 それに歌姫の格は奪っていないので、現時点でレイの次に強い。

 いや、ラビもそれくらい強いかもしれないが、とにかくゼノスに負けるとは思えない。

 ただ、心配だから最強武器、防具は外してもらう。


「え!いいんですか‼全裸でいいんですか⁉ 全裸で歌姫に土下座を⁉ど、ど、どうしよっかなー。えー、そんな好条件が……。ま、魔王軍も変わったんすね‼ゼノス、頑張っちゃうぞーー‼全裸で‼」

「そうそう、全裸でな。——って‼」


 そして彼は戦いの最中、装備を全て外した。

 いや、それどころか本当に全てを脱いだ。

 そして本当に全裸で、しかも笑顔で尻尾を振りながら城を出て行った。

 そんな全裸魔をアイザは軽蔑の眼差しで見送っていた。

 本当に彼に何があったのだろうか、と魔王も半眼になっていた。

 

「元々、勇者と七人の花嫁だからな。実はあいつがいなくても問題はない。っていうかあいつはレイモンドの替えの嫌がらせ役だしな。……って、おいおいおいおい。キラリ、そんなものをこっちに向けるな!アイザも魔族なんだぞ!」


 レイはアイザを安全圏に運ぶために建物の反対側に飛んでいた。

 そしてアイザには居てもらわなければならない。

 だが、アルフレドに指示されたのか、それとも自ら考えたのか、キラリがスコープを向けていた。


 人間には効かない兵器、だが魔族には。

 アイザには、それが効いてしまうかもしれない。


「キラリ、俺だけを!魔王だけを狙え!」


 だからレイは必死になって走った。

 その斜線をアイザからできるだけ剥がす為に。

 彼は再び跳躍して先程のエリアに戻ろうとした。

 だが、そこでキラリがポツリと言った。


「あ、そっか。じゃあ爆爆爆弾快グラフトブーン砲、発射!」


 実はキラリもちゃんと考えていた。

 あれは魔物破壊兵器ではなかった。アイザのことを考えての攻撃。

 しかも魔王が自分を狙えと言っている。

 だから魔王目掛けて撃った。


「ガハッ‼」


 竜の防護ドラゴニックスキンを展開するも、必死過ぎてそれが一歩遅れてしまう。

 少女に当たらないように、彼は自ら当たりに行った。

 彼は自分の行動が制御できない程に焦っていた。

 そして、アイザとゼノスの行動に、精神的に揺さぶられてもいた。


「アル、どういうこと? アイザが魔王の言いなり。ゼノスもそう。結局、魔族は魔族だったってこと?」


 ただ、それは勇者パーティも同じだった。

 そも、アイザとエルザの関係を知らない。

 公式設定とはいえ、それが中で語られるとは限らない。

 そして、ゼノスに関しても同じ。

 レイはゼノスのイベントを教えていない。


「いや、そんな筈は……、だがレイが死んだ今、なんて言っていいか。」

「あれじゃないのかな。あたしとフィーネが覚えてる誘惑魔法マジムラムラ。それで敵味方が分からなくっているとか?」

「そう……?マリア、あの魔王からは、私たちに向ける敵意をあんまり感じないかも」


 アイザもゼノスも彼を魔王と呼んでいる。

 そしてレイの計算通り、レイモンドの死にムービーは起きていない。

 つまり、イベントキャンセルは成功している。

 キャンセルされているということは、レイは死んだことになっている筈だ。

 魔王レイは生きているが、魔人レイは死んでいる。


 つまり半分以上は予定通りなのだ、だがあのサスペンションが、脳裏を過ぎる。


(俺が死んだあとにあの行為に及んだ……?っていうか、あいつらのラブラブっぷりを俺はずっと見せられて来てんだぞ!何なら、俺が教えていないイベントも消化したよなぁ!俺が死んだことで吹っ切れたみたいな?俺の生死で、アルフレドの…………、とにかく‼人の死で性の方を解放してんじゃねぇよ! あーーーーー、見えない聞こえない!今は考えない!今は何にも考えない‼俺はイベント探ししてんだよ‼)


 ラブラブムービーイベントがプレイヤーのレイには見えてしまう。

 それは彼の心をやはり蝕んでいた。

 必要だったとはいえ、無意識に仲間を避けてしまう自分がいる。


(……今は関係ない。今やらなければならないことが俺にはあるんだ!拾えていないイベントを探さないと、世界が終わってしまうんだぞ?もう、エンディングは間近だ!)


「もう一発!」


 その時、魔王レイは殺気を感じで空中で身を翻した。

 直後、ドンという爆発音と、バリンという破裂音が聞こえた。


(危な‼……ってか、キラリが容赦ない。空中だと彼女に狙われる。早く玉座の方に……。っていうか、今の音‼俺の後ろ、……ガラス天井だ)


 コマンドバトルでは発生し得ない背景の建造物の破壊。

 まだまだそのバトル方式が抜けきらない彼らが計算したとは思えない。


 だって、その鋭利なガラス片の落下先には、ヒロインが数名いる。

 ガラス片が雨のように降り注ぐ、これまたクリティカルを生みやすい状況だ。


 皆、避けてくれるだろうか?

 避けてくれると信じたい。

 でも、無意識に背景は関係ないと思ってしまっていたら?

 もしも、ヒロインの命が失われたら、他のイベントを探す前にゲームオーバーだ。


「クソ、間に合うか⁉審判の隕石ジャジメントメテオ!」


 重力魔法により、超加速したレイは地面に落下、そして拳をその地面に突き立てた。

 重力魔法とスキルを併用した攻撃方法だが、そんなことを言っていられない。

 真下に居たソフィアを強引に抱え、地面を蹴って真横に飛び、マリアとキラリ、そしてフィーネを蹴り飛ばす。


「わ!突然、攻撃してきた‼」

「今度はソフィアが連れ去られたよ!一人一人洗脳するつもりなのかなぁ。」

「何を考えているのか、全然読めない。アル!先ずは陣形を!…………あれは?」


 皆が今いた場所にガラス片が突き刺さる。

 しかもただのガラスではない。

 この巨大な建築物の天井に使っても問題ない程の材質。

 彼らが持っている剣にも引けを取らない強度を持つ。


「とりあえず、これで大丈夫か。……いや、俺も避けなきゃだ。ソフィアもいる。俺のHPはあとどれくらいある?被害を最小限にするには……」


 魔王レイにとっても上から降って来るオリハルコンクラスの殺人武器と化したガラス片は危険極まりない。

 だが、彼にはドラグノフから譲り受けた後方視覚がある。

 一番密度の薄い場所を狙って、そのまま上方に飛び上がる。

 ソフィアが傷つかないように、彼女を体で守りながら。


「だが、また空中だ。それなら‼」


 次の狙撃に備えて先ほど生まれた死角、つまり屋根に空いた大穴から屋根の上に着地する。

 

 そして、さっきからポカポカと体を叩かれている。


「どうして!どうして魔王が私を助けたんですか!一体何がしたいんですか‼」


 ソフィアから一番聞きたくない言葉を聞いた。

 彼女がアルフレドと何をしたとか、かなり気にしているが、ここはそういう世界。そういうゲーム。それで世界が滅びるわけではない。

 そも、このゲームは勇者ハーレムゲーム。


 そして、最大の問題は『八人目のヒロイン』がいなかったことだ。


 レイはそこに全てを賭けていた。

 そしてそれが正解だと信じていた。


 ——でも失敗だった。


 あの中に八人目のヒロインはいなかった。

 それとも場所が悪かったのか。

 それどころか、あのムービーにより、自分が正真正銘の魔王認定された。

 そして、魔王もレイモンドと同様、ムービー死をする。



 今は『勇者とヒロインの魔王退治』というバトルイベント中、だから魔王を倒さなければシナリオは先に進まない。



 魔王を倒すことで、ラスボス・邪神デズモアへの道が出現する。



 だから始まった瞬間から決まっていた。



 彼には分かっていた。



 あの時点で自分は失敗したのだと。



 この戦いは全て、言ってみれば茶番。



 詰んでいると知りながら、玉を逃がしているだけ。


 

 苦し紛れに引き伸ばしをしているに過ぎない。



 魔王としてではない、レイとして息が出来なくなる。


 

 だからレイは魔王だと糾弾するソフィアの言葉に声を失った。



 あなたは失敗したの、と言われたも同然だった。



 ——そんな時、彼の大きな犬歯に感触があった。



 犬歯は根が長い。



 だから、感覚受容器が多い。



 だから、動物は犬歯を器用に使う事が多い。



 というより、触られている?



 視界いっぱいにエメラルドグリーンのベールが広がる。



 外に出たのだから、日の光を受けてキラキラと光っている。



 そして。



「レイ。貴方は何がしたいの?」

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