第96話 新魔王誕生

 魔王ヘルガヌスは二周目以降は影を潜めてしまう。


 ただ、居なくなったわけではなく、ちゃんとバトルシーンは存在する。

 彼が傀儡と分かったていでの話となるので、彼の言葉に威圧感が無くなる。

 そして今から出会う魔王ヘルガヌスは絶対に二週目以降の彼になっている。


「ここが俺の死に場所、死にムービーの場所か。ちょっと待ったコールをするという古臭い演出……」


 だから、ここでは敢えて一周目のヘルガヌスから振り返っておこう。


 彼は闇より出し存在であり、光を司る女神メビウスの対局として存在している。

 そして一周目ではまさに魔王の風格を漂わせているし、彼を倒せばヒロインからの告白シーンが流れるし、その後はエンディングロールが流れる。

 だから間違いなくラスボスである。

 ただし二周目以降になると彼の歯切れが悪くなる。

 そして彼の正体は女神の対局などではなく、その対極の存在である闇の邪神から力を授かったことを告白する。

 そこで登場するのがデズモア・ルキフェである。

 レイが今まさに通っている魔王への道ではアズモデは登場しない。

 その割にアズモデは出番が多いので、発売前から彼がラスボスでは言われていた存在だ。


 だって、一周目でも、あれだけ目立つアズモデと戦わない。

 お前とは戦わないんかい!と、ツッコむべきだが、あからさま過ぎて誰もツッコまなかったやつだ。


「この奥に魔王がおられる筈ですが……」


 悲しい存在のヘルガヌスだが、彼の見た目は不気味な魔法使いと悪辣な王様を足して二で割ったようなデザインがされている。

 そのことから、彼はリディア姫と結婚する筈だったのに、悪辣な性格から婚約破棄された恨みで、邪神の力を借りたのではないか、だからリディア姫を大切に囲っていたのではないか、とも言われている。


 そんな考察がされていた中でのリメイクなのだ。

 今作ではさらにそれを匂わせる演出が加えられている。

 ただ、そんなこと言っても、このゲームの主題は勇者と七人の花嫁である。

 今更、元フィアンセが何かを匂わせたところで、リディアは振り向きもしない。

 だから、もっと可哀想な存在になっているという彼。

 そんな彼に今から会いに行くのだが、レイも自分自身の設定を死に場所を先ほど見たばかりだ。

 不憫繋がりで、彼も胸が痛い。


「なんか、すごく不憫なことをしてるような気がする。俺はヘルガヌスから魔王という王位まで奪い去るのか……」

「しかし……、魔王様は一歩も外に出てきませんし、もしやご病気なのかも知れませぬ。だとすれば、レイ様のような力ある方が跡を引き継がれる方が、よもや彼のためになるのでは……」

「うわ、突然俺の回想に乗り込んでくるなよ、びっくりしたぁ。いやぁ……、事情を知っているだけに親近感が湧いてしまうんだよなぁ。つーか、王の間っていうかあの玉座から一度も動いていないなんて……、今までのキャラと何かが違うような……」


 以前にも触れたが、デスキャッスルは結婚式場の形をしている。

 そしてバトルするという設定上、それが単に拡大されただけだ。

 だからレイは今ものすごく長いバージンロードをドラグノフと共に歩いている。

 そこに違和感を感じるのもあるが、あまりにも魔王の存在感が無さすぎた。

 だから、なんと言うか……


「おい!本当に大丈夫なのか? そもそもヘルガヌスの精神的HPは0みたいなもんなんだぞ!」


 言葉は悪いが、今はそんなことは言っていられない。

 今のヘルガヌスは婚約者に捨てられて、真のボスにも登場され、ただの置物と化した形だけの魔王だ。

 存在価値があるか、ないかと言えば全くない。

 そんな彼が全く動かないとなると、流石に最悪の事態も考えられる。


 ただ、本当にそうならば、この世界が成立しない。

 冷静に考えれば、最悪な事態になっていないと分かる。

 けれどレイは純粋に彼の安否が心配になって、玉座へと走った。


「ヘルガヌス!魔王!無事か!」


 孤独なおじさんがこんな広い空間で一人で過ごしていた。

 そんな事実がレイの人間部分の焦りを掻き立てていた。

 王位を奪いにきたことも忘れ、ただ彼の安否確認を優先する。

 だが、玉座に彼の姿はどこにもなかった。


 そんな筈はない。


 彼はここに座っているとばかり思っていた。

 しかもご丁寧に巨大な玉座はすでに横にスライドされ、その奥に進めるようになっている。

 その道を通れば真のラスボスの登場だ。

 そしてこの先でデズモアを倒して迎える真エンディングはオープンウェディングのイベントスチルだ。

 そっちのイベントスチルの方がキャラも可愛いし、露出度も高い。

 それに好感度によって取得できる画像も変わるとあって、ファンの中では『二周目からが本番』などと言われている。

 ヘルガヌスは本当に可哀そうなのだ。


「だめだ。最悪の考えしか浮かんでこない!魔王だってちやほやされたいんだぞ!」

「はぁ……。ですが何度か扉をノックしたのですが……、返事がありませんでしたし……。その……。無断で入るのは失礼かと……」

「馬鹿野郎! お前のように自分の厳しく出来る人間なんて一握りなんだよ。っていうか、この距離でノックが聞こえるか!皆、どこかで救援信号を出してるもんなんだ!だからせめて魔王がどうなったか……」


 その時、何か空気の波紋が……、ごくわすかに微振動にしか感じられないほどの1dbデシベルもないのではないかと、疑ってしまうほどの何かが聞こえた。

 レイが、魔族が、地獄耳で本当に良かったと思う。

 そして聞こえてきたのは、ちゃんとモンスターの言葉だった。


「魔王辞める……辞めない……辞める……辞めない……辞める…………はぁ……」


 そしてその後にブチッと音がして、再び呪怨のような言葉がリピートされる。


「魔王辞める……辞めない……辞める……辞めない……辞める…………はぁ……」


 そしてその後にブチッと音がして、再び呪怨のような言葉が……


 その瞬間にレイはこの巨大なバージンロードで何が行われていたのかを全て理解した。

 元々、この内部は勇者がやってくるまで見ることができない。

 つまり今は解放されていない。

 そして勇者が来たこの場には結婚名物の新郎新婦が選んだであろう花が並んでいる。

 その花は新郎新婦の好みによって、華やかなものからおとなしいものまで種類が在ったであろう。

 その在ったであろうが重要なのだ。

 二周目は勇者目線では全ての花が摘み取られた状態の荒廃したバージンロードとして描かれる。

 勇者が来るまでの間、ずっと花占いを行っていたという設定が、ここのイベントを担当した製作者によって作り出されていた。


「俺まで病みそうだな」


 何より凶悪なのが、彼が今もやっている『花占い』のテーマである。

 彼は自分自身の存在意義を賭けて、花占いをやっている。

 どの結果が出たとしても、彼は仮初の魔王として存在するしかない。

 何度やっても無意味な花占いを彼はずっと行っていた。

 これはもう、酷いを通り越して精神的に病んでいる。

 だからレイは自分の立場も弁えず、彼に問いかけた。


「占いの結果はいかがですか? 良い結果が出たのなら、きっと願いは叶いますよ?」


 優しい言葉をかけたかっただけだ。

 レイの言葉は嘘とか本当とか、そういう結果を知らせたいのではなく、ただ彼が納得できれば、ただ彼の心の支えを取れたらという、曖昧なものでしかなかった。


 それで彼が聞く耳を持ってくれるかどうかは定かではない。

 だから、彼はレイの言葉が聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのかは分からないが、あの呪詛のような言葉を続けるだけだった。


「魔王辞める……辞めない……辞める……辞めない……辞める…………はぁ……」


 でも、ここからが違っていた。


「……ねぇ、君の言っていたこと、本当?」

「え?……ま、多分。きっと上手くいくって。」


 なんでもいいから衰弱した彼の力になれたら良いと思った。

 だから、魔王ヘルガヌスはこう言った。


「なら、ワシ……、魔王を辞める。全てが上手くいくならそうする。」


 そして彼はパタリと倒れた。

 レイは彼の安否を再確認するために、倒れた彼のバイタルを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。


「大丈夫だ。相当追い込まれていたのだろうな。でも、今は穏やかな顔で眠っている。ちゃんと医療研究施設で見てもらったほうがいいけれど……今は……」

「失礼ながら、レイ様……、いえ、魔王様。既に準備は整っているようですよ。」


 部下の言葉にレイははっと顔をあげた。

 デスキャッスルの様子が変わっていた。

 見た目は変わっていない。

 でも……


「見えない壁がなくなっている? 勇者が来た……、もしくはオーブを入手したからか?」


 今日ははちゃめちゃな一日だ。

 そして目まぐるしく環境が変わる一日だった。

 だから、これくらいの見落としは許してやってほしい。

 彼は本気で元魔王様を心配したのだ。

 だから彼は自分の身に起きた変化に気付けなくても仕方なかった。


「それは分かりません。ですが……陛下。ご指示を頂けますか?」


 目の前で突然、ドラグノフが真剣な表情で跪いた。

 勿論、跪いたところで、彼の方が頭の位置は高い。

 でも彼はレイを見ることをせず、じっと地面を見つめている。

 そこでレイは自身のお気に入りだった紫マントが、厚手のマントに変わっていること気がついた。


 勇者が来たのではなく、彼は権限を手に入れていた。


「え……、俺。もう、魔王になったの?」


 あまりにも、あまりにも呆気ないクーデターがここに成立した。

 そしてレイはついに念願の転送魔法イツノマニマゾクを入手していたのだ。

 彼から、非公認が外れた瞬間である。


「イエス、マイファーザー!」

「お、おう」


 ——これが新魔王誕生の瞬間である。


 見えない壁が解除されたデスキャッスルから、魔族専用救急車で元魔王ヘルガヌスが緊急搬送されたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る