第95話 ドラグノフとの決闘

 ドラグノフは破壊王と呼ばれている。


 その名の通り一度勇者達を壊した事がある。

 けれど、それは彼の真の姿ではない。


 そして、先程までのドラグノフも同じく正しくはない。

 本当の戦闘イベントでは、彼は四刀流で描かれる。


 今、彼はそれぞれの腕に白、黒、赤、金の剣を持っている。


 白は通常攻撃、黒は全体攻撃、赤はHP吸収攻撃、そして金色は5%の確率で痛恨のダメージを与えるというぶっ壊れ鬼畜武器である。

 四刀流とわざわざ言っているのだから、二回に一回、その四つの攻撃が同時に来る。

 だから通常の「たたかう」などを選択するコマンド入力方式のバトルでは全体回復魔法を持ったキャラがいないと話にならない。


 レイはフィーネとソフィアを必ず入れていた。

 だが、主流はフィーネとアイザ、もしくはアイザの代わりにキラリを入れるらしい。

 四人パーティで戦わなければならないため、相当MPを削られる。

 特にあのHP吸収の赤い剣が厄介であり、肉弾戦を思わせながら、ケロッと回復を挟んでくる。

 そして、なんと言っても突然やってくる痛恨ダメージが厄介だ。

 HPが低い敵ならいざ知らず、ドラグノフのHPはデズモア・ルキフェの次に高い。

 つまりはこの世界で二番目に体力が高い。

 だからその5%が驚異となってくる。


「一人で戦える相手じゃないんだよなぁ……」


 一定のリズムで戦っているのに、突然完全回復魔法もしくは蘇生級の魔法が必要となる。

 だから、ヒーラーはそれに備えて、常に回復魔法を唱える形となる。

 後衛が狙われたら一気に優劣が決する、最も厄介なボスである。


 勿論、デズモア・ルキフェの方が強い。

 ただ、ラスボスなら全てのアイテムを投下しても問題ないが、そうではないから厄介なのだ。

 それに少々ネタバレになるが、デズモア戦はこれまでとは違うバトルが楽しめる形式になっている。

 だから、通常のRPG目線で考えれば、事実上のラスボスである。


 ちなみにレイはゲーム上では、いつもソフィアを守るような戦い方を……


「う……、頭が……。ソフィアはあのイベントで何を感じたんだろうか……」

「ふ、この状況で女の心配か。我も舐められたものだな。」


 レイは彼の初撃である白と黒の同時攻撃を掻い潜って、ドラグノフの背中側に回って頭を抱えていた。

 ちなみに頭を抱えると言っても、それは言葉の綾である。


 銀髪の悪魔は鱗化した右腕に焔を纏った剣を構え、左腕には茨の呪鞭ヴァンパイアウィップしならせている。

 直後、撓らせた鞭を弾き、バチンとドラグノフの左足を打った。


「うるさいなぁ。分かっていても傷つくんだよ!俺は前の記憶が無いから!っていうかさ。……これはただの負け犬の遠吠えなんだ。悪いけど、ここで憂さ晴らしをさせてもらう。」


 同時に払った足をドラグノフは軽快に上方向に飛び、身を捩って回転力をつけ、残りの二刀である赤と金色の剣を風車のように連続して斬りつける。


「そうは見えぬが?お主が負け犬とはとても思えぬ。それにお主程の実力があるならば、女など諦めるべきだ。そして我と共に剣の道を極める方が良いぞ。」


 レイは金色の剣の攻撃だけ注意深く避け、赤の剣は掠める程度しか避けず、竜の鱗で受け流した。

 羽をちぎったことで、最初から背中に傷を負っていた。

 その傷をエナジードレインで癒す為に敢えてそうした。

 そして、そのままドラグノフの剣を受け流す。

 更に、待ってやる必要はないので、そこから連続攻撃を叩き込む。


 銀髪の悪魔の攻撃は正に悪魔じみている。

 彼は焔剣でドラグノフの金色の方の腕を躊躇なく斬りつけた。


「確かに剣の道を男二人で進む……か。確かに四天王二人分の力、それにボロンさんに貰った鞭で本物の武士道と戦えているなんて良いかもな……、——って言うと思うか!なんで俺が武士道の道を突き進むんだよ!このゲームは恋愛要素が強めなの‼俺は恋愛ゲームの中で生きたいの‼それより今のうちだぞ、ドラグノフ。俺に従え。それが一番手っ取り早いんだよ。俺はハーレムルートをまだ諦めていないんだからな。」


 更にそう言って、レイは後方宙返りをした。

 ドラグノフの太刀筋を避けながら距離を置く。

 と言ってもリーチが違いすぎるので、本当にギリギリを飛んでいる。


「俺はお前を殺したくないんだよ!」


 この世界、欠損は薬では癒せない。

 切られると片腕くらい簡単に持っていかれる。

 だから、そうさせないように全力で戦っている。


「バカを言う。その程度の言葉で寝返るくらいなら、貴様の言葉でいう見えない壁は無くならないだろう。」


 それはその通り。

 彼はドラグノフの上側の白と黒の剣を躱し、そのまま茨の呪鞭ヴァンパイアウィップを、彼の下側の腕の金色の剣へ伸ばす、そして左下腕の手首に巻きつけた。


「そう言うなよ。この世界をもっと楽しもうぜ?俺はこの鞭のように嫁を束縛したいんだ‼」

「まだ、そのようなことを。二つの武器をこれほど使いこなすお主には軟派なセリフは似合わんぞ‼」


 ドラグノフは絡めとられた腕を逆に利用して、レイをぶん回す。

 茨の棘など、彼には心地よい程度の痛みなのだろう。


「ぬわ!どんだけ馬鹿力なんだよ‼」


 レイはそのまま後ろに下がろうとするが、そのまま振り回されて、ついには広大な部屋の端に追い込まれてしまった。

 どんなに広い部屋でも、ドラグノフが大きく踏み込めば10mほど進む。

 そして、そこから剣が伸びるのでさらに5mも攻撃範囲が増す。

 数回剣を振っただけなのに、レイは容易く壁際に追い込まれてしまった。


「クソ!」


 こうなるとやはりあの攻撃が怖い。

 だからレイは必死に彼の腕の動きを読む。


「そのように女にうつつを抜かすから、斯様に追い込まれるのだ。まぁ、分かる。女を守る為に戦うのも男の姿ではある。だが、その覚悟では、我が士道『武士道とは死ぬことと見つけたり』と、……言えばカッコよくてモテるかも精神には勝てぬのだ。」


 彼の脳内設定はさておき、ドラグノフはしっかりと読み切っていた。

 一撃死を伴うこの一撃を彼は嫌がっているのだ、と。

 勿論、その太刀はあまり使いたくない。

 彼にとっては、せっかくの戦いの場なのだ。

 そして、ツワモノなのだ。

 だが、見込みのある男の目を覚ますためには必要なこと。

 彼は開眼し、そう判断した。

 そして無慈悲な痛恨撃がレイを襲う。


「ま、ドラグノフ。お前は車の運転だけは絶対にするなよ!」


 レイの姿はドラグノフが持つ金の剣の切先から、跡形もなく消えていた。


「我が渾身の一撃を躱した……だと?」


 その代わり、HPの9割を持っていく無慈悲な攻撃は、レイが居た筈の場所、その後方の『扉』を突き破って、奥で何かを爆発させた。


「もしくは喋らずに運転に集中。もしくは勝ったと思った時には負けている理論を学んどけ。ほい、容易く鍵ゲットだ。お前、本当なら人身事故だったんだぞ。悪魔司祭カギッコホネッコは……」


 魔人レイは長身だが、流石に5mもあるドラグノフと並ぶと小人に見える。

 そんな小人がニヤニヤしながら、鍵を摘まんでいる。


「あー、壊れちゃったかなぁ。この世界では珍しいマシーン型モンスターだ。今回は、物損事故扱いで済むかもだけど?」


 悪魔司祭カギッコホネッコは魔王のいる祭壇に向かうために必ず倒さなければならないモンスターだ。

 そして彼の言う通りマシーン型モンスターで、防御力が非常に高い。

 勿論、本来なら倒さなければ手に入らないが、この世界はゲームのようでゲームではない。

 そして大切なものを奪う為に必ず殺さなければならない、なんて物騒なルールはゲームの世界だから許される。

 そう思った時、カギッコホネッコのスピーカーから音声が鳴り響いた。


「カギ……、カギ……、オカアサン……ト……オトウサンヲ……ボク……ハ……マッテナキャ……、カ……エ……セ……」


 悪魔司祭カギッコホネッコは大破していた。

 だが、中央演算装置と音声発生装置は無事だったらしい。

 それに鍵を奪われたという意志、もしくはセンサーはちゃんと起動中らしい。

 因みに、この攻撃が見えない壁を無視できるエリア外攻撃だったのは言うまでもない。


「お母さん……? お前、鍵っ子ってそういう意味だったのかよ。そうか……、お母さんとお父さんを待ってるって設定だったのか……、悪い……ことを……した。俺はここまでさせるつもりは……なかったんだ。——おい、ドラグノフ。俺の計画、ネイムドモンスターは絶対に死なせないが崩れたんだぞ!どう責任をとってくれるんだよ!」

「どどどどど、どうって、物損じゃ、なかったのか。わ……我……いや、私は……」


 レイは鍵をポケットにさっと仕舞い込んで、中央の広いスペースに戻っていた。

 笑っていることから分かる通り、全てレイの計算だ。

 ドラグノフの一辺倒の攻撃も、実はギリギリを狙って避け切れるものだった。

 しかも彼はご丁寧にも、一本ずつの攻撃、しかも上の両腕でしか攻撃をしなくなっていた。

 そうでなくとも彼は単調になりがちな巨大な剣を振り回しているのだ。


「人間が作ったデザイン。でも、人間が扱う手は二本。……当然、イメージが難しい。寧ろ無い方が良い、まであるな。その下側の二本。」


 だからレイは最も簡単に、彼の喉元に剣を突きつけられた。

 それも、いつの間にか拾っていた毒付きのナイフを。


「チェックメイト。どうする? お前は死んで詫びるつもりだったよなぁ。それがお前の考える武士道だ。」

「ぐ、ぐぬぬ……。何故……だ。いつ俺は負けていた……。まだ、始まったばかりだというのに……」


 その瞬間、彼の体がじわじわと見えない壁が浮き上がり始めた。

 つまり彼の意志が折れてしまった、ということだ。


「おや?見えない壁で命乞い?」


 この段階で彼は死すべきではない。

 だから彼が負けを宣言したことにより、強制的に世界のシステムが再起動し始めた。


「なんたる。いや、待て。このままでは我は生き恥を晒してします。まだ間に合う。我を……殺せ……」


 だが、なんとも潔い男だった。

 彼の中で逃げることは死よりも屈辱的なことなのだろう。

 だから彼は言ってやるのだ。


 彼の頭に手を掲げて、——レイはこう告げた。


「スキル・強奪! お前の大切なものを奪った。一つは知っての通り、四天王第一席の座。そしてもう一つはお前自身の『生殺与奪の権利』だ。」


 レイがスキルを発動して役を奪えるのは、その相手よりも自分の役が勝っている場合のみ。

 だから彼が負けを認めた以上、ドラグノフは第一席は名乗れない。

 それは簡単に奪えると思っていた。

 そして、なんとしても奪いたかったのが、彼を死ねなくさせる権利だった。


 彼は「生き死に」に拘るとカッコよい、という性格を持っていた。

 そしてそれがネイムドを死なせない、というレイの目的には大きな障壁となっていた。

 だから彼は敢えての心理戦でドラグノフを追い込んだ。

 というよりハナからレイの敵ではなかったらしい。


 レベルが同程度なら、プレイヤースキルが大きく左右する。


「それを奪う……か。もう、我はカッコよくない。納得はいかぬがな。我は普通に戦えていた筈だ。だが、お主の動きが異常に素早かった。あぁ、もう我は女子にモテぬ。女子にモテることこそが武士と見つけていたというのに……」

「えっと、そっちは分からないけど。戦いに関しては経験の差だ。お前がまだその体に慣れていなかったというだけ。もっと動き回る性格だったら、やばかったと思う。それだけだよ。だから、こんなところで死ぬと格好悪いぞ。お前はまだ、自分の体を使いこなしてないんだからな。」


(いちいち、そこに拘るのはやはり恋愛メインゲームだからか?——っていうか、本当に武人なのか?)


 つまり、ドラグノフは生まれて初めて剣を振ったのだ。

 前のイベントの時は剣を持っていなかったから、本当に今回が初めての四刀流だった。

 これはレイの弟子、アルフレドにとっても朗報だろう。

 この世界に存在する、レイ以外の存在は世界再創生と同時に生まれたらしい。


「お前は今からが本当の始まりなんだよ。もうお前は俺の部下だからな。俺はそんな命令を絶対にしないから覚悟しておけよ。」

「……むぅ。」


 そしてレイはポケットにある鍵に触れた。

 その鍵を摘みながら彼に見せつける。


「因みに、悪魔司祭カギッコホネッコの設定はリメイク後のキラリの登場により、一部改変というか考察が付け加えられた。キラリルートのエンディングのイベントスチルの背景に、このメカの一部が映り込んでいるんだよ。……って言っても分からないか。とりあえず!コイツはちゃんと直るから、心配するな。ほら、立って!行くぞ!」


 肩を落とす彼を宥め、彼に立つように指示をした。


「ムービーがないから大丈夫だとは思うけど、今すぐ勇者が来て、今のお前に勝負を挑んでくるかもしれないから急ぐぞ。ほら、お前も一緒に来てくれ。俺は魔王になる。その為に魔王様に退位してもらわないといけないんだ。お前も説得に協力しろよ。」

「ぐぬぬ……。」

「ん? なんだ?」

「いえ、御意に……ございます。」


 因みに、レイは途中で説明を省略したが、カギッコホネッコの意味深な言葉。

 あれはキラリがロボットのことをおじいちゃん、おばあちゃんと表現している、そこに繋がると言われている。

 キラリとおじいちゃんとおばあちゃんの間に来るのがカギッコホネッコという超理論だが、車に彼のパーツが組み込まれているのだ。

 今はそういうことにしておこう。

 彼はもうすぐ両親に会えるのだから。


 ——敢えて語らないことで、考察を捗らせる。それもゲームあるあるである。


 レイは四天王元第一席を従え、目的の祭壇へと繋がる扉を開けた。


 そして、魔王が居るであろう玉座を目指した。

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