第94話 武人設定ドラグノフ
レイの視界は一瞬だけ暗闇に包まれた。
そして、その瞬間『ビーー』っという効果音と、体が引き戻される感覚に襲われた。
高周波の効果音はどうでも良いが、引き戻されるのは不味い。
「くそ、羽が壁に……」
隙間は狭かったのか、コウモリの羽が引っかかり、強制的に画面外への排除されかけていた。
だから彼は本体だけでも抜けられるように、自身の羽を根本から引きちぎった。
収納しようとすれば、見えない壁認定を受けて、一緒に押し出されていたかもしれない。
侵入する前、数匹のゴキブリが弾かれていたのは、そういう見えない壁めり込みバグの強制排出だと、彼は瞬時に理解していた。
そんなレイのファインプレイもあり、彼は見事に城への侵入を果たしたのだった。
「んで……、やっぱここに出るのか。」
レイは痛む筈の背中を意識することなく立ち上がる。
アドレナリンが放出しているのだろうか。
さっきの侵入の興奮、それも勿論ある。
だが、目の前の強敵、四天王第一席「破壊王ドラグノフ」の殺気を感じ取ったからだ。
それが彼に痛みを忘れさせた最大の要因だった。
辿り着いたのは、見えない壁を越えた先の壁の向こう側。
つまりデスキャッスルの内部である。
この異世界が、あのゲームとほとんど同じ性質を持っていることが、今ので証明完了した。
現実世界でも、在り得ないくらい低い確率で壁抜けは出来ると言われているが、それは机上の空論レベルであろう。
だが、ゲームでは稀に見かける現象である。
つまりはレイの完全勝利に終わった。
——ただ、これは当然の結果だった。
今までだって散々ゲームの仕様を利用してきたし、それに苦しまされてきた。
だったらレイ自身に都合の良い結果が出たとしても、それはズルではない。
「世界を支配するメビウスにも分かっていたってことだろ。バグもゲーム文化の一部ってこと。さて、どうするよ。四天王第一席、ドラグノフ。俺としては平和に穏便に冷静に丁寧に、この場を収めたいんだけどさ。あ、そういやあの時ぶりだったよなぁ。あの時は肝を冷やしたよ。……それとも、お前が見逃してくれたのか?」
破壊王ドラグノフと会うのは初めてではない。
勿論、それはレイモンドとして生きたこの世界でもだ。
そして無かったことになった世界線での話だ。
だからといって記憶からも消えることは無い、二重の記憶として存在している筈だ。
「人間?……いや、魔族か。」
彼は4本の腕を自在に動かすばかりではない。
体長5mを越えた超絶怪力の鬼神であり、赤黒い素肌も頑強でドラゴンの鱗と同等、いやそれ以上とも言われている。
そして何よりあの時と状況は1mmも変わらない。
ゲームの進行上、まだ彼を倒すことは出来ない。
アルフレド達がオーブを手にする、もしくはこの城に辿り着くまでは彼への攻撃は1pたりとも入らない。
「ふむ。思い出したぞ。なぁるほど……。貴様か……。」
彼が口を開き、声を発するだけで地鳴りがする。
圧倒的な力を感じるのは、彼が純粋にパワー系ファイターだからだ。
魔法も使えるという設定だが、基本的には剣での攻撃しかしない。
「貴様があの時ぶりと言うことは、あれは夢ではなかったということか。胸糞悪い悪夢だと考えていたが、成程。我から逃げ切った貴様がこの事態を仕掛けたというのなら納得がいく。この騒がしさ、甚だ許し難き。あろうことか魔王様への侮辱。ただの謀反人の裁きで済まぬと知れ。」
空気の一瞬のズレ。
それを感じた時には、すでに彼の拳は石畳を突き破っていた。
勢いはそこに留まらず、容易に数mを地面を陥没させた。
「おっと、武人的な設定は無かったっけ?いきなり殴りかかってくるとか、ただの乱暴者かよ。」
レイは天井の梁に手をかけて、そこにぶら下りながら言った。
彼も伊達に謀反を企てたわけではない。
——銀の悪魔が本気を出すのは何時ぶりだろうか。
彼自身もおそらく記憶にない。
彼はいつだってサポート役だった。
思えば、最初の戦闘から彼は味方の援護をしていた。
それに今まではずっとアルフレドを演じていた。
この世界の役者達にもプレイヤースキルが引き継がれているのであれば、今のアルフレドはとてもかわいそうな立場だったに違いない。
突然、レイという役者が降板し、いきなりお前が主役を張れと言われたのだ。
動きが悪くて当然だった。
勿論、それはただの考えすぎで、他のキャラと同じ条件かも知れないが。
「我が乱暴者? 盗人猛々しい。勝手に侵入してきた謀反人に茶を出す筈がなかろうが!」
この部屋は5mの巨体をフルに活かせるように広大な部屋として描かれている。
部屋も広ければ、天井も高い。
その高さ30mはあろうかという天井の一部に、レイは片手で掴まっている。
だから今はドラグノフの死角になっている、と思いきや彼の目は後ろにもついている。
因みに頭髪が無い為、非常に分かり易い。
そのスキンヘッド破壊王は侵入者に向かって大跳躍をした。
左右2本ずつ生えた腕の、上側の両腕をレイにぶちかます。
「茶まで要求してねぇよ。……聞く耳を持てって言ってんだよ。」
レイの話の続きである。
彼は記憶を失っているものの、この世界の戦い方を何千回も体に叩き込んでいる。
そして記臆野は抹消されたとしても、中枢神経の記憶野だけに影響を受けていると思われる。
それがあのレビューの言葉、『俺の体は、おそらく脇腹なんだとおもうが、そこを刺激されると、勇者に相応しい行動を取ってしまう』で証明されている。
最初はこの世界の知識不足が故に戸惑っていたが、初日にレイがゴブリンの矢からフィーネを救った事実を忘れてはならない。
彼のプレイヤースキル、プレイヤー経験値はとっくの昔に、次元を越えた存在になっていた。
そして今のレイは人間レベルは70で止まったものの、ステータスはカンスト状態。
更には魔族の階級は非公認だが、四天王と肩を並べるレベルだ。
それはマロン、カロン、ボロンによって証明されている。
だから当然、ドラグノフの二撃目もぬるりと躱す。
そして、そのままつるりとした頭に両足でストンピング、つまり豪快な踏み付けを行なった。
「なるほど、見えない壁は健在ね。」
だが、弾かれる。
彼はその見えない壁の反発を利用して、ドラグノフとかなりの距離を取った。
そしてドラグノフは自身の頭に手をやり、レイを睨みつけた。
「今の一撃、見事だったはずだ。だが、痛くもかゆくもない。どうして攻撃をしない。なぜ逃げ回る。そもそもそれだけの動きが出来ながら、どうして姑息な手段で侵入してきた?」
レイの蹴り攻撃は的確にドラグノフの後ろの目を攻撃していた。
だからドラグノフにはレイの攻撃が、目に届く手前で引いたように映った。
それはまさにドラグノフにとって屈辱的な行動。
自分は当てるつもりで攻撃しているのに、彼奴は寸止めをした。
まるで遊ばれている気分になる。
その怒りは怒髪天を通り越し、彼に一種の冷静さを取り戻させていた。
「攻撃が通らないからに決まってるだろ。少しはこの世界の勉強をしておけ。ここでお前が倒れたら、誰がこれから来る勇者と戦うよ。神様が作ったシナリオが崩れちまうだろう。」
レイは少しは聞く耳を持ってくれたのかと思い、両足に力を込めた。
そしてそこからドラグノフに向かって突撃をした。
「
四天王第二席、竜の力を司る攻防一体のスキル。
古龍ベンジャミールを一撃で仕留めた技だ。
全身に竜の鱗が出現しての攻撃、レイは両拳をドラグノフの素肌が露出している胴体に突き立てた。
だが、当然の如く見えない壁に弾かれる。
そしてその反動でレイは別の場所へと移動した。
「勇者がオーブを揃えないとその見えない壁は無くなんねぇんだよ。だからまず俺の話を聞けと——」
そこが重要だった。
デスキャッスルに入る以上、彼が一番厄介だと踏んでいた。
下手をしたら魔王よりも厄介なのが、この脳筋武士道かぶれのドラグノフだった。
いや、下手をしなくても、はっきり言って魔王よりも強い。
無論、そこにはアズモデは含んではいない。
アズモデに来られては困る。
だからこそ、「涙拭けよ」と言われるような、勇者達の愛の道案内を提案したのだ。
この瞬間のみ彼だけと対峙ができる。
あの男が居れば、再びバグとして処理されるだろう。
だから、ここまではレイの読み通り事が運んでいる。
そして、これからもそのつもりだった。
だが、この脳筋武士かぶれ鬼神は、ここから思わぬ行動に出る。
「なるほど。我が悪夢の中でつまらぬと思った理由は、その神の都合とやらのせいだったか。」
「あぁ。だから俺の攻撃も通らないんだよ。でも、このままじゃあ……」
「つまり、貴様はこの戦い、我が負けると言いたいのだな。
巨体を揺らしながら、彼は壁をぶん殴っている。
彼が怒りをぶちまける度に、部屋中の装飾が台無しになっていく。
その様子にレイはハラハラしている。
これはもう、結婚式場がなんぼのもんじゃいと言っている場合ではない。
こんな呪われた式場では、誰も結婚したがらないだろう。
この責任はどっちにある?
と訳のわからない思考回路に彼が突入している中、ドラグノフはぴたりと動きを止めた。
「我自身に怒りを覚える。武士道とは死ぬことと見つけたり。それを格好よく女子の前で言いたいが為に強くなったというのに——」
「いや、だからそういうのじゃなくて……。って、ちょっと待てよ。お前の設定、どうなってんだ?一体……、どうして?」
レイは目を剥いた。
彼の動機が不純だったからではない。
「そんなこと……、あり得るのか?」
彼は予想外の事態に周囲を見渡した。
すでに勇者が来ているのか、それともアズモデがいるのかと息を潜めて、全周囲を警戒する。
「そんなに不思議がることもあるまい。貴様の言う通りだ。我が死ねばシナリオは進まない。だが、我が死なぬと誓えば、世界の意志など無視できるというものだ。さぁ、準備は出来たぞ。これで存分に
「——な⁉マジかよ‼」
ドラグノフの体から見えない壁が消えた。
その様子を見て、レイは勇者が来たのではと直感的に思って周囲を見まわした。
そうであれば、タイムオーバーである。
三つ目のオーブを取得した瞬間に海にかかる結界は消える。
つまり、ファストトラベル解禁である。
だから、三日も掛からずにこの地に到達できるだろうとは考えてはいた。
あのバグ行為にどれだけの時間を要したのか把握できていない。
バグだからこそ、先が読めない。
でも、それは杞憂だった。
つまり、今は目の前の彼を称賛すべきだろう。
「確かに理屈には適っている。設定上でも『結界』としか言われていない。それでもすげぇな。まさか俺以外に世界の理に抗う奴がいるとは。そんな漢気を見せられたら、俺も卑怯な手を使うわけにはいかねぇなぁ。」
レイはそう言って身構えていた。
そして、その言葉にドラグノフは仁王のような顔を歪ませた。
おそらくは笑っているのだろう。
「ふふふ。誤算という顔をしておるが、嬉しそうだぞ。今の理屈では其方は勝てないと分かっていて、我に挑もうとしたことになる。それほどの実力に加え、狡猾な性格。どうせ別の勝ち筋でも描いていたのだろう。ならば、我の考えも同じこと。」
「あぁ。そういうことだなぁ——」
そう言ってレイはナイフを放り投げた。
彼が狙っていたのは今は不在のマロン、カロン、ボロンの部屋を跨いだ別方向からの攻撃だった。
エルザが攻撃を受けた状況を参考にした。
『エリア違い』ならダメージが入ることが証明されている。
そしてあのナイフには毒毒スラドンの毒がたっぷりと仕込んであった。
彼がエンペラースラドンに土下座していたのは、土下座してまで教えて貰いたかったことがあったからだ。
『水に流して使えばいい』
単純かよ!という、毒毒スラドンの毒の抽出方法だった。
そもそもレイを呼び出していたエンペラーは勇者パーティに殺されている。
だから今のエンペラーは彼のことを知らない。
だから土下座損……、とまでは行かないだろうが、毒が無駄になったことは確かだった。
「……毒が無駄って訳じゃないけど。これは俺の我が儘だ。フルパワーで戦ってみたかったんだよ。それでいいんだよなぁ、ドラグノフ‼」
「良いとも。胸が躍る思いだ‼貴様との殺し合い、楽しませてもらおう‼」
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