第93話 銀の悪魔の城落とし
銀髪の悪魔がデスキャッスル、いや禍々しいオーラを放つオーロラウェディングキャッスル会場を睨め付けていた。
これは賭けである。
だが、過去の自分の意志である『この世界を壊したい』とゲームキャラ・レイモンドの意志を両立させるにはこの方法が一番だった。
この方法しかないとまで考えている。
「いいか。城落としは俺一人でやる。俺以外、誰もついてくるなよ。」
「もうー、ご主人、ウチくらい連れて行ってもいいじゃないですか。」
「いやいや、俺っちも連れて行ってくださいよ。俺が生き残るって方に10万G賭けちゃったんすから。これでほんとに借金がチャラになるんすよ。どっちに転んでも地獄! これぞ、人生じゃないっすか?」
頼れる相棒である二人。
けれど、流石にそれは出来ない。
「イーリ、お前。どんだけ自分の強運を信じてんだよ。ってか、負けてる時点でいい加減悟れ。ラビも今回ばかりはダメなんだ。条件が極めて限定的すぎる。中途半端な力で中に入れば、まず死ぬ。そしたら俺の作戦の意味が無くなってしまう。俺だけ中に入れない可能性もあるからな。真の支配者デズモア・ルキフェことアズモデが不在中のこの城を落とせば、俺がこの世界を一時的にでも掌握できる。イーリの負け分のチャラに出来るだけの財を手にすることができる。だから二人とも準備までで良い。これは、俺と過去の俺たち、そして全てのゲーマーと女神メビウス、そして鈴木Pの信頼関係でしか成立し得ない攻略法だ。って、鈴木Pとは会ったことないけどな。とにかく、イーリの博打が霞んで見えるほどの大博打なんだよ。」
彼の表情は自身と不安、そして焦りと緊張がごちゃ混ぜになっている。
でも、そんな顔なのに、彼はどこか楽しそうだった。
それはギャンブルで負けが混んでいるイーリの顔でも、凶悪なモンスターと対峙している勇者の顔でもない。
彼女はこんな顔をしている彼を見たことがなかった。
「確かにイーリの言う通り、オーブを入手しやすくしてしまった。そのことで焦っているのも確かだ。だが、そのリスクと引き換えに、我が軍は大いなる力を手に入れた。それは即ち、このタイミングでしか成立しない作戦。名付けて‼結婚式場破壊作戦・ぼっちの方が世の中には多いんダークネスだ‼」
銀の悪魔は声高らかにそう言った。
「ぼっち……なんですって?ご主人!」
「聞き返すな!こっちが恥ずかしい‼」
少女には魔王の座を奪わんとする彼の気持ちが、壮大すぎて理解できない。
彼の顔を頼もしいと思って良いのか、危ういと思うべきのか、それとももっと別の感情で見てあげるべきなのか分からなかった。
そして彼女が彼の横顔を見ていると、牙が突き出ている口角がゆっくりと上がった。
「ラビ、イーリ。お前達にも指揮を取ってもらうぞ。」
「ええ?ウチ、ただのサキュバスバニーですよ?」
「お、俺っちもイエローコウモリんっす。指揮できる立場じゃあ……」
「なーに言ってんだ。俺は今やただの勇者待ち状態の腑抜けになった魔王軍の八割以上を手中に収めた。鬼の居ぬ間にではあるがな。だが事実は事実だ。ほとんどの役を食った俺の直属の部下であるお前達は立派な中ボスなんだよ。」
彼は犬歯を鮮やかに光らせた。
彼はもはや脇腹をどうこうしなくても犬歯をぎらつかせられるらしい。
というより、野心に燃えた時にこそ、あの犬歯は鮮やかな青に光り輝くのだろう。
そして。
その銀髪の悪魔は右腕を
「MKB全軍!特にゾンビ犬部隊、エンペラースラドン部隊、チューリッヒネズミ王国部隊、ヘラクカブト部隊、傾注せよ!我が名はレイ、いやラスト・オブ・レイである。既に知っている通り、勇者共はオーブを既に二つ入手している。それにも関わらず魔王軍は一切の行動を取っていない。これは一体どういうことだ? それに……、皆の者、一度は考えたことはないか?どうして我らは勇者に殺される為に生まれるのかと。どうして経験値を食われるために存在するのかと。どうして世界の片隅で蠢かねばならないのかと。我がここに断言しよう、そんな必要はどこにもない‼そして無作為に命を差し出す今のやり方は愚行でしかないと!そして敢えて言おう!今の魔王軍はゴミクズだと‼——だから我はここにいる。だから我は立ち上がる。しかし誤解はしてほしくないものだ。これは決して謀反ではない。何故なら元来魔王とは一番強い者が名乗る資格があるからだ。そして今から行われるのは神聖な戦いである‼創造神『鈴木P』に捧ぐ戦いである‼そして女神メビウスに叩きつける、——ゲーム愛の挑戦状である‼」
大人になった白兎は、今も変わらず紫のマントをはためかせる悪魔の声を、一言も聞き漏らさないように、耳をぴーんと立てて聞いている。
けれど、彼の言っている言葉は理解できても、内容は一部理解できなかった。
でも、彼女はちゃんと気付けた。
彼が笑っている理由だけは伝わってくる。
聞いている魔族にも、それはちゃんと伝わっている筈だ。
彼は誰よりも魔王に相応しい。
——だってレイは、この
「この戦いを鼓舞するため、戦場の歌姫様がお越しくださっている。皆、今度はステージを注目せよ。彼女達は今日、MKBシスターズを結成した。そしてその最初のデビューソングをこの戦いの戦闘歌、ウォークライとする。配布した資料の3Pを確認するように!5秒で歌詞を覚えろ‼……では、聞いてください。MKBシスターズで、『ドラステはCS専用!』」
謀反指揮官ラスト・オブ・レイがそう言った瞬間、闇魔法により空が暗転。
そして光源魔法により、一部のステージに光が差した。
そこには艶やかな衣装に身を包んだマロン、カロン、ボロンの姿があった。
戦場の歌姫たちは拡張音源も無しに生声で歌い始める。
その旋律は美しく、その声だけで彼女達の艶やかな容姿が想起できるものであった。
『我らは~この世界に~生まれた~奇跡の種。そして~銀髪の彼は~、恋の負け犬さ~♪ 彼は~ヒロインを選ぶ資格もないし~、そんなムービーは~、一枚も作られない~♪ (ここからセリフ)でも俺は諦めない。この世界の為と思えば、勇者の好感度が上がったって気にしない。いや、本当はすごく気にしているけれど、俺、もう何千回もやったってことだよね⁉ そうだよね⁉ 俺、全然記憶に残ってないけど、やれたってことだよね? え、でも残ってる?残ってない?残ってる?残ってない?記憶に残ってないなら、ヤッテナイってこと⁉(セリフ終了)そう言った彼は~、嫉妬の心を~野心に変え~立ち上がる~♪ (ここからラップ)そう、我らは今こそ攻城戦だ!狙うは憎きあの式場だ!誰かが見えない壁があると言う!だけど言えない訳がワールドYOU‼グラボで勝負の認識変えろ!俺らは丈夫だこの野郎!ドラステはCS(家庭用ゲーム機)専用だろう!女神がそれを知らぬなら教えてやろうぜ!『描画バグ』SAY‼(ラップ部分終了)そして~上り詰めて~、不可侵領域の彼方まで~♪ その先にこそ~、語らう未来が待っている♪ これが~~、鈴木Pへ捧ぐゲーム賛歌~~~♪』
白兎、いやラビは唖然としていた。
歌姫様に何歌わせてんだよ!とツッコミたかった。
でも、何故か知らないけれど、モンスターたちは号泣していた。
そしてツッコミたくて仕方ないのに、ラビも涙が溢れていた。
隣ではイーリが泣きすぎてコウモリんの形に戻っている。
「今こそ行くぞ、全員。溜めに溜め込んだ出現する筈だったモンスターをポップさせろ。そして、この世界の表示限界を超えてみせろ!」
もしもこの世界がゲームの世界なら、あっという間にバグが成立するだろう。
このゲーム機は家庭用ゲーム機だ。
表示できるグラフィックには限界がある。
そしてこの世界が本当に普通の異世界ならば、この作戦は何の意味も持たないだろう。
だからこれは、大博打だった。
でも、彼には確信があった。
この世界は異世界で間違いない。
ただ、あのゲームへのリスペクトがされた世界であることは間違いない。
ならば、見えない壁ごときでゲーマー魂が壊れることはない。
無意味な空間への突撃は当たり前、壁だと分かってる部分への突撃も当たり前。
そこ見えない壁でいけないけども!という場所さえ、どうにかこうにか隙間を縫って到達してしまうことだって当たり前なのだ。
ただ、この世界はあまりにも精巧に作られている。
だから、リアルと言っても過言ではない。
だが『見えない壁』というゲーム上の設定がある限り、レイに超えられない筈がない。
——ただ、その隙間はあまりにも狭いだろう。
だからこの世界に発生するはずのモンスターの9割をキャッスル周辺に集結した。
残る1割はカモフラージュのためにその辺りを徘徊させている。
「本来ならばランダムエンカウント、つまりモンスターは見えない世界だった筈だ。そしてそれがシンボルエンカウント、フィールドにモンスターが見える状態になった。そしてさらにはオープンワールド化してシームレスにアクションバトルが楽しめる設計になったって訳だ。元々女神がそう作ったのか、それとも過去の俺がそうするように言ったのか。どっちでもいい。苦しいだろう、吐き出したいだろう? さぁ、どうする?フレームレートを下げてくれて、全然かまわないぞ?」
「あ、その前にラビが失神しました。」
「やむを得ないだろう。集合体恐怖症というやつだ。イーリ、安全な場所に匿ってやれ。」
「はい。でも集合体恐怖症って言っても……アブブブブブブ」
レイは隣でラビを介抱する筈だったイーリが即効で泡を吹いて倒れる姿を目の当たりにした。
そしてイーリとラビを仕方なく目覚めさせようとした時、レイの視界の中に黒い何かが横切った。
そしてレイも意識が……。
気がつけば目の前のほとんどが虫系のモンスターで埋め尽くされていた。
さすが虫モンスターの王・ヘラクカブト。
MKBシスターズのサイン色紙だけでここまで奮発してくれたらしい。
ちなみにゾンビ犬には成功の褒賞として『ドッグラン』という、この世界にはない異世界の何かをプレゼントすることが決定している。
その言葉だけでダックスプードラゴン(犬)は尻尾を振って喜びを表現していた。
ただ、実のところはサイン色紙一枚で達成可能だったらしい。
「……って、違うだろ!あれも作戦だっての! 巨大昆虫型モンスター『大昔ゴキブリ』だよ、お前らが失神してどうする。起きろー!」
その言葉に、顔を青くしたラビが力なく手を挙げた。
イーリはレイがガンッと背中を蹴って無理やり起こされた。
「いやいやいや、無理ですよ!気持ち悪いじゃないですか‼」
その衝撃でイーリが目を覚まして、開口一番で「気持ち悪い」と言った。
その言葉はおかしい。
「は?だって、イーリはコウモリの時は虫食ってるだろ? それにうさぎだって草食べてる時に虫を一緒に食ってるって聞くぞ? むしろ垂涎ものだろ。」
コウモリが虫を食べることは有名だ。
だからコウモリを食べてはいけなかったり、病原体を運んできたりする。
それに野うさぎなら、なんでも食べていそうだ。
うさぎ用の餌にはちゃんとそれなりのタンパク質も入っている。
海外ドキュメントでも『貴重なタンパク源』とか言って食べているではないか。
「違うますよ‼ウチはもう人型です‼この姿でゴキブリ食べてたらおかしいでしょ‼ それに小さい頃だってなるべく避けて食べてましたし……。時々混じってることもありましたけど……。プチっていう食感とジャリッていう食感が苦手で……。」
「俺っちは違いの分かるコウモリんでしたからねぇ。食ったことねぇっすよ。あぁ、弱肉強食の森の頂点だった頃が、懐かしいっす。」
「いや、お前の仲間、モンスターに食われてるからね? ツッコミにくいボケしないでくれないかなぁ。あれは申し訳なかったけれども……、え⁉消えた!今、一匹のゴキブリが消えた。」
レイは目を見開いていた。
もちろん目の前の光景は気持ちが悪い。
だが、消えたモンスターがいたのだ、だからそちらの方が重要だった。
そして、ここからがラスト・オブ・レイ、一人だけの城攻めの始まりだ。
「お前達、ここは任せた。俺は消えたように映る筈だ。それを確認したら全員撤収の号令を掛けてくれよ。」
彼は大昔ゴキブリの群れの中に突撃した。
そして見えない壁の隙間を目指す。
数匹のゴキブリが消えている。
しかも80cmを超えるサイズのゴキブリだ。
ならば大柄とはいえ、レイも飛び込める。
「バグも、ゲームの醍醐味の一つなんだよ!アズモデ!次はお前の正体を掴んでみせるからな!」
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