第97話 噂と決意

 久しぶりに医療研究施設のベッドの上に寝転んでいた。


 ここで目覚めたのはいつぶりだろう。

 ここまで来るのが本当に既定路線であっているのか。

 考え出すとキリがないし、どうせ碌な言葉は浮かばない。


 新しく魔王になった悪魔が考えているのは、『ネイムドは絶対に殺さない』という誓いに近い何かである。

 最初、ただの偽善から始まった行為だった。

 今やチューリッヒとなった彼を助け、ラビを助け……。

 勿論、その頃の二人は名前なんてないモブキャラだった。

 今もゲームシステムでは、ラビはモブキャラかも知れないが、流石にレイの直属だけに無視はできない存在だろう。

 その後、エルザを助け、マロン、カロン、ボロンと仲良くなった。

 そして、あの事件が起きた。


『謎のアップデートのイベントを探せ、でなければこのゲームのオープニングとエンディングを繰り返すだけ。無限地獄に陥ってしまう』


 という話を聞いた。

 いや、見た。

 そして、それは確定情報でもなんでもない。

 だって、それは過去の自分からのメッセージだから。

 過去の自分の記憶力や知識量が、今の自分より優れていたなんて思わない。

 けれど、少なくとも彼らが言う、「イベントはやり尽くした」という言葉だけは信じている。

 そして謎のアプデがあったのも事実だ。


 今は過去の自分が辿り着いた結論に、結局辿り着く自分がいる。


 勿論、人間サイドでしか物事を見れないアルフレド、悪魔サイドで物事を見るレイモンドの組み合わせは、イベントを探す上で必要だったかも知れない。

 だからこの判断は間違っていない気もするが、どうして自分の番なんだという悔しい気持ちも、そこには存在する。

 そして何より。


「ここから、何を探せばいいんだよ……」


 話を戻すがレイの誓い『ネイムドは絶対に殺さない』という縛り。

 実は、あのメッセージを見た後から、明確な目的となった。

 善人に目覚めたから? いやいや、そんなことはありえない。

 レイはリスポーン可能なモンスターの命はなんとも思っていない。

 ラビとイーリに関しては単なる依怙贔屓えこひいき、我が儘でしかない。

 では、何のためにネイムドの不殺ころさずを誓ったのか。


「理由は簡単だよな。小学生でもわかる。もしも隠しイベントがあるのなら、ネイムドが生きている方がいい。隠しイベントは必ず勇者がきっかけで始まる。だから、俺が魔王軍のネイムドだと思われるモンスターを全部はべらせとけば、どっかで引っかかるかも知れないっていう単純思考だ。勿論、死んでいるからこそ発生するイベントもあるけど。……いや。流石にその可能性はないかな。多分、殺すイベントだったら、前の俺がやっている筈だ。」


 彼は自分は打算で動いている、と思っている。

 この無限地獄を繰り返すのがそんなにつらいことなのかは、記憶を失っているので分からない。

 でも、確実に過去の自分は何度も壊れかけ、その度に記憶リセットして続けていた。

 結局、どのターンも精神は壊れていった。

 だからこれは打算だ、必要な善意だと彼は心のどこかで誓っていた。

 つまり彼は人の好意、モンスターの好意に気付けないでいる。

 自分には愛の言葉を語る資格なんて持っていない、そう思っているから。


「あの……、レイ……様……じゃなくて、魔王様……でいらっしゃいますか?」


 レイが不貞腐れてベッドで寝ていた時、知らない女の声がした。

 歌姫三姉妹の部下の悪魔かと思い、「いや、魔王って……」と言いながら、レイは上体を起こしてみた。

 すると本当に知らない、ほとんど人間、いや人間にしか見えない魔族の少女が立っていた。

 何か既視感がある。彼女の雰囲気はアイザに似ていた。

 けれど今更だ。

 アイザはきっと今頃勇者との好感度をかなり上げている。


(水着イベントなんかも熟しているって、アイザは幼女なんですけども!)


 気付いていると思うが、ムービーイベントが見れるのは、それに参加しているキャラと、プレイヤーであるレイである。

 だから、彼は色々とアルフレドの色々を全部、色々見ている。


 ただ、逆にアルフレドが居ないイベントをアルフレドは見ることが出来ない。

 それは、リディア救出編で確認済みである。


 あんなムービーを流されて、アルフレドが直ぐに駆けつけない筈がない。


 と、そんな補足情報はさておき。


「えと……、誰……ですか? ってそうか三姉妹の部下のモブか……。えと、ヘルガヌス様の病態はいかがですか? 精神的なものだとは思うんですけど、なんていうかもしかしたら食事もほとんど取っていないのではと、俺、結構心配しているんだけど……」


 すると看護師さん?っぽい……、いや侍女っぽい服装をした少女はクスリと笑った。


「新しい魔王様は優しい方だと聞いていましたが、本当にその通りでした。あんなのですが、彼は一応血筋的には私の叔父なのです。叔父のせいで私も魔族になっちゃいましたから、文句の一つも言ってやろうと思ってたんですが、あんなに衰弱していたなんて……。魔王様が発見していただけなかったら、その文句も言えずじまい……」


 レイは呆然としていた。

 彼女は一体何を言っているのか、分からなかった。

 それに話の途中で急に涙を流し始めてしまった。


「す、すみません。彼のやったことは許せないとは分かっています。でも、私に取っては残されたたった一人の家族なんです……。でも、あのお城には近づくこともできなくて……。それで私はずっと遠くで門が開くのを待っているだけで……。そしたら急に救急車がやってきて……、その……。」


 そしてまた彼女はより一層大粒の涙をこぼし始めた。

 あまりにも泣きすぎて少しピンクの入ったクリーム色の髪がべったりと少女の顔に張り付いている。


「この度は、叔父を救っていただき、ほんとうに、ほんとうに……。ありがとうございました。私にできることがあれば、なんでも申しつけてください。魔王様。この身が欲しいとおっしゃっていただければ、何でもいたします。あまり……、自信はありませんけど。マロン様やカロン様やボロン様、それにラビ様……エル様……。魔王様の周りには美しすぎる女の方が多くいらっしゃいますから。」


 レイは目を大きく剥いた。

 そして唾をごくりと飲み込む。

 魅惑的な彼女の体に垂涎した……というのは半分くらい。

 本当は別の理由がある。


「え、えと、君……、名前を教えてくれない?」

「ええええ、そ、そんな魔王様の前で語れる名など持ち合わせておりません。」

「そっか名前がないってことは、そういうことか……。君はどこか安全な場所に隠れていた方がいいよ。」


 彼は明らかに落胆したが、流石に今入院中の叔父を持つ彼女に見せてよい顔ではない。

 だから、なるべく優しい顔で彼女に避難するように伝えた。


 実は先ほど、アルフレドが三つ目のオーブを見つけた。


 だから、これから勇者がやってくる。


 きっとヒロインの好感度もレイに対するモノとは比較にならないほど上がっているだろう。


 城落としにどれだけ時間が掛かるか分からなかったから、かなりのイベントを回らせた。

 その度にレイのハートはズタズタである。

 他人の色恋など、毒にしかならない性格である。

 更にNTR耐性はほぼゼロ。


(吊り橋効果とかさぁ、そういうのと同じだって。ムービー中にドキドキしてるんだから、それは容易く恋心に変わるって)


 アルフレドは意気揚々とやってくるだろう。

 だから障壁となるモンスターに情けをかけることはしない。

 結婚というゴールに一直線の彼らの邪魔をする者は、馬にもゾウにもキリンにも蹴り上げてられてしまう。

 そして複数コンボであっという間に殺されそうだ。

 せっかく生き残ったモブなのだから、ちゃんと生きていて欲しい。


「え、私……、魔王様のためなら……命も……。その……、私、『サラ』は魔王様のお背中だって流しますし、そのえと……、時々でもよろしければ……その……」


 やはり目を剥いたのは正解だったらしい。

 明らかに自分の身を投げ打って、全ての欲を手に入れようとする魔王へ何かを返したいのだろう。

 発言がかなり暴走気味になっている。

 でも、重要なのはそこではない。

 つまり、彼女はネイムドだ。しかもレイは彼女を知らない。


「いや、そこまでしなくていい。んじゃあ、俺の身の回りの世話……えとそういう世話はしなくていいから、なんというか、サラは普通の女の子でいて欲しいな。でもちゃんと俺の部下ってことにはしておくから。サラは歌姫、ラビ、エルザにも負けないほど、かわいいんだから!」

「そ、そんなことありません!で、では失礼します!」


 サラはレイの言葉に顔を赤くしてどこかへ消えてしまった。

 けれど、レイはその彼女の様子には気付けなかった。

 いや、気付く必要がなかった。

 彼はここまでずっと苦労をしてきた。

 自分はどうしたらいいのか、分からなかった。

 確かにレイモンドコースには、目新しい何かがあったのかもしれない。

 そんな時に新しいキャラ。


「謎アップデートの正体は、売り上げのテコ入れとして、秘密キャラが登場したんじゃないかとも囁かれていた。つまり『八番目のヒロイン』の登場。あくまで噂だけど。でも、アルフレドの時は見つけられなかった。この時期はヒロインの好感度上げで忙しい。だから頻繁にイベントが起きる。そんな中でこの魔王軍の片隅に、実は隠しキャラいるとは……。いや、待てよ……」


 それはレイの心を少しだけ照らす光となった。

 八番目のヒロインが本当に実装されたのかは分からない。

 でも、可能性は十分にある。

 そして、今までのアルフレド達が見つけられなかったとすれば、それは魔族サイドの隠しキャラだったから。

 重箱の隅をつついたら、もしかしたら発見できたかも知れないが、お察しの通り、この時期の勇者はてんやわんやだ。


「いや、待て。待て待て。そうだ。ちゃんとアイザは魔族じゃないか。ということはラビも後から実装されたキャラってことは考えられないか? そもそも歌姫なんて可能性ありまくりだ……。そして可能性が一番低いとはいえ、本当にエルザの生存ルートが存在していたなんて可能性もある。基本的に脳死状態でこの辺はプレイしていたから、考えてもいなかったけど……。ってかエルザって本当に母性の塊というか……。ならば、あり得るのか?」


 まさか、こんなところで新しいネイムドが登場するとは思わなかった。

 そしてそれはレイの残された希望である。


 ——更に言えば、可能性のあるヒロインはまだまだ複数存在する。


 ただ、新イベントは勇者アルフレドがいなければ発生しない。

 レイがこっちでいくら頑張っても、イベントは起きないから、探しようがなかった。


「知らないことは探しようがない。……だが、最後の希望だ。試すしかないのか。」


 だからレイは魔王として、勇者と会う決意を固めた。

 それが何を意味するのかは分からないが、レイモンドの死のイベントは回避できたという確信がある。


 理由は簡単だ。

 レイモンドには魔王という使命がある。

 レイがエルザを救った時に言ったセリフそのままの条件が適応される筈なのだ。

 つまり役者が降りてしまった魔王、そしてその前で最後の足掻きで殺されるレイモンド。

 流石にプレイヤーもこの時期のレイモンドの登場には飽きている。

 この世界に取り込まれる前に、レイ自身がすでに飽きていた。

 ということは、今度はレイモンドの役よりも魔王の役の方が重要になる。


「でも、憶測ばかり。失敗したとして、レイモンドから記憶を引き継げるかは不明。最後の悪あがきか……」


 八番目のヒロインがいるかもしれない。

 過去の自分が残した最後の希望、レイモンド。

 だから、最後の最後まで粘るしかない。


「現状、それ以外の道はもうない。魔族側のネイムドキャラを生かすことしか出来ていない。でも、過去の俺よ。この中に隠しイベントが存在するってことなんだろ?……なら、魔王を華やかに、艶やかに演出してやるよ。」

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