第90話 歪みの探求

 レイは無限ループを抜け出す道を探す。

 だから彼はその為の準備に向かう。


 一人プレイ用RPG『ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜』の世界は恋愛メインストーリーの方が本編と言われる。


 そのため、周回プレイ要素として女神メビウスの世界が描かれていた。

 ヒロイン分岐のある恋愛アドベンチャーゲームは何度もクリアをする必要がある。

 だから、タイムリープ系ストーリーとのシナジーが高い。


(女神の名はメビウス、安直だけどそこを考えなかったのは不味かった。っていうか、安直すぎるだろ……)


 その名の女神である限り、エンディングを迎えてもスタート地点に戻ってしまうことは、簡単に想像がつく話だった。

 彼がレイモンドとして生を受けた瞬間に発生した、本来ならばグレイアウトしている筈の選択肢が解放されていた。

 あの時点でも簡単に予測できることだった。


(ピーンと来た、なんてガラじゃない。いきなり死亡ルートを進まれたから、流石に焦って止める。でも、その行為さえ無意識の俺の——)


 この世界はレイ自身で穴が開くほどクリアを繰り返した世界である。

 そして彼は未だにこの世界にいるのだから、当然この世界からは解放されていない。


 一応、彼そして過去の彼の考えを補足すると、名前が変更できるキャラはプレイヤーキャラ全員である。


 ただ、最初からプレイできるキャラはアルフレドとフィーネとレイモンドのみ。


 他のキャラは途中から登場する為、彼女達には成り代われない。


 新島礼は男性である為、フィーネに成り代わりたいとは思わないし、成り代わったが最後、今度は彼がレイモンドの被害者となる。

 さすがに彼と過去の彼らもレイモンドに犯されたいとは思えない。


 そして何よりフィーネはアルフレドと共にいる。

 だからこそ、未回収ルートを探す手段は、レイモンドしか考えられなかった。

 そしてレイの記憶はレイモンドを選択した時点で消去されている。


(あそこが最初の分岐点。そう、暗闇の中でアルフレドと浮かんだ瞬間だ。そこで俺の意識が一度途絶えている。……っていうか、過去の俺はそこで何故か寝た‼これは覚えている‼なんで寝たのかって?あそこではまだ死んでないと思っていたからだ‼だから、俺は悪くないよね⁉)


 オープニングでアルフレドに自分の名前を入力した瞬間の記憶は、一番最初のもの。

 そして名前を修正したのはレイモンドになる前の最後のレイだった。

 ただ、その瞬間に記憶が無くなるので、レイ自身はそれを覚えていない。


(寝て起きたら、レイモンドだった。びっくりするよ、それは)


 レイが目指すのは謎のアップデートによる新イベントの発見である。

 そして彼は自分自身のゲーマー魂を信じている。

 だから今までの何百、何千の自分が発見出来なかったのだから、アルフレドに戻ったところで同じことの繰り返しだ。


 最終手段としてレイモンドになった彼は、当然ながら記憶を持たない。

 けれど彼の深層意識はこの世界の破壊を目論んでいた。


 ——そして、ここからはレイの憶測である。


 本当に世界の破壊を目論んでいたかは定かではない。

 ただ、彼はレイモンドにはあるまじき行為をいくつも行っていた。


(記憶がないから、当たり前かもしれないけど。俺は逃げることだけを考えていた。そしてアルフレド達だけで冒険をさせようとした。でも——)

 

 その度に何度も強制力に弾き飛ばされた。

 しかも、死にイベントを迎えた後にその浅はかさを知った。

 レイモンドがいなければ、このゲームは途中で進行不可能となる。


 だが、その時はまだ気付かなかった。

 蓄積が爆発したのが、エルザとの入れ替わり。


 そして、彼はこの世界の歪み、端に触れる事ができた。

 その後もレイモンドでありながら、役を食うことに専念する。

 これも『世界を壊す』行為の一環だと、今の彼は考えている。

 蓄積されたレイモンドにあるまじき行為は、他のキャラクターにまで影響を及ぼすことになった。


 ——即ち、勇者達がレイモンドを敵視していないという、ドラステの根底を覆す現象。


 その状況に見かねた『とある本』を持つアズモデは、その本に書かれた内容を駆使して、勇者にレイモンドを倒させることに成功した。

 ただ、それらのありえない状況が、レイに再び世界の端を掴ませた。 

 これが、クリア後のレビュー画面を彼に視認させたバグである。

 

 アズモデは間違いなく何かを知っている。


 その男に立ち向かう為、レイは魔王になる決意をした。


 その立役者たるレイモンド役のレイが今、何をやっているか。


 彼はアーマグ大陸に戻っていた。

 彼がいるのはアーマグ大陸の北西、大陸最大の街エクレアより北に数十km進んだ先にあるビスケット砦の中だ。

 そこは先日、勇者一行に壊滅させられた砦であるが、モンスターがポップしなくなるということはない。

 だからスラドンの最上級モンスター『エンペラースラドン』が居たとしても不思議ではない。

 元々レイはこの砦に呼び出しを喰らっていた。

 だから彼は今、『エンペラースラドン』の前で土下座をしている。


「遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした‼この通りです‼ 」


 皇帝はスライムで作られた玉座に座っているため、どこからどこまでが本体か分からない。

 王冠の下にある巨大な目玉付近が顔であろう。

 ただ、そんなことは今の彼には関係ない。

 必死の土下座中だ、彼の自慢の犬歯も地面に突き刺さっている。


「皇帝陛下!どうか、どうか!」


 皇帝の機嫌如何ではこの先が立ち行かない。

 そして、レイの犬歯は実は汚れていない。この後の歯磨きも必要としない。

 流石、スラドンの洞窟である!


「イイヨ!水ニ流ソウ!」


 皇帝は、レイが考えているよりもずっと高い声だった。

 その高さ故に彼は両肩をビクッと跳ね上げてしまう。

 流石はスラドンの皇帝、斜め上を行くと思いながら、彼はゆっくりと顔を上げた。

 そして魔王の座を狙う銀髪の悪魔は、ニヤリと笑った。


「ありがとうございます、陛下。」


 そして彼は踵を返して皇帝の元を去った。

 だが、背を向けた後の彼の表情は歪んでいた。


(また、これだ……)


     ◇


 勇者パーティはレイが暗躍していることを知らない。


 理由はレイの暗躍を知っては不味いから、単純な話だ。

 ヒロインイベントはヒロインがフラグを立てる事が多い。

 だが、冒険シナリオのイベントは勇者から発生する。


 だから彼らはアズモデに監視されている可能性が高い。

 事実として、最初の街ネクタ、そしてミッドバレー村、ヴァイス砦、秘密の塔とアズモデは定期的に姿を見せている。

 それらの事象と彼が本を持っていた事実から、レイはアズモデがこの世界のシナリオを管理していると踏んでいる。


 今は四天王第三席という化身状態ではあるが、彼は真のラスボスである。


 最初に登場する敵キャラであり、最後までいる敵キャラ。

 シナリオを管理するには持ってこいの人物、このゲームの制作者がそんなイメージを持って作ったのではないかと、レイは推測している。


 それは、ある意味で正解であり、今もアズモデは勇者から発するイベントを見る為、アルフレドの監視を続けている。

 アズモデ曰く、今回の光の勇者は動きが悪いので、頻繁に確認する必要があるのだろう。

 だからアーマグ大陸ではアズモデの目撃談が、数日途絶えている。


 ——そして、このパーティに一人、可哀そうな男がいる。


「あの……、アルフレド様でいらっしゃいますか?」


 アルフレド達がフェリーから降り、車で一走りしようかという時に中年の男性が声を掛けてきた。

 どこからどう見ても普通の男性であり、単純にデスモンドの街の人に見える。

 そして、アルフレドはとても紳士的で優しい男である。

 当然、話しかけられたら、礼節をもって対応をする。


「はい、そうですが。如何されました?」

「おお、やはり。デスモンドの南にある変わった建物には行きましたかな?」

「いえ、そこには何かあるんですか?」

「行ってみればわかりますよ。是非とも皆様ご一緒に。」

「一体何があるんですか?」

「行ってみればわかりますよ。是非とも皆様ご一緒に。」


 その言葉を聞いて勇者は得心した。

 だから会釈して皆と一緒に車に乗り込んだ。

 そして中年紳士の言っていた場所まで車を走らせた。

 自動運転なので、彼が後部座席に乗るだけで行きたい場所に辿り着く。


 完全に未来の車だな、なんてアルフレドは考えないが、過去のアルフレドはそう考えていた。


 ちなみに実は今、アルフレドはハーレム状態にある。

 彼女達がレイを慕っているのは、今までの会話で誰もが知っている事。

 だが、ここに一味加わるだけで、関係性が変わって来る。


 即ち、ゼノスの存在である。


 男性キャラが一人増えた事で1か0ではなくなった。

 つまり、100、10、-100であり、順番にレイ、アルフレド、ゼノスである。


「勇者たま、どこいくの?」

「さっきの情報を確かめに行くんだ。大丈夫、心配するな。」

「うん、分かった!」


 アイザはゼノスに怯えてアルフレドにくっついている。

 彼女はゼノスが自分を連れ去るバッドエンドの存在を知っている。


「そこに重要な情報があるのね。」

「多分な。レイは俺達が最強のアイテムはオーブ探し後に手に入ると言っていた。」

「それは私がレイから直接聞いた情報ですわよ?」

「もう。相変わらず、過保護ですね。アルフレド様もご自身で考えないと。」

「そうだな。ソフィアに言われると耳が痛い。」


 一応、レイが一番上には違いない。

 だが、その関係値により、アルフレドは恋愛ゲームの一端に触れている。

 その一方のゼノスがとっても可哀そうな立場に立たされている。

 車の隅っこで。


 隔離された運転席にいるのと、勇者とばかり話をするヒロイン集団と相席するの、どっちが辛いだろうか。


「こんな筈ではなかったのに。」


 ゼノスはイケメンだ。

 そして強いし、甘いセリフも吐く。

 そして気を抜くと、NTRバッドエンドを発生させるから、プレイヤーのストレス要員でしかない。

 それが故に、レイの破壊活動の一番の被害者となった。


「なんで俺が端っこなんだ。」


 彼にもしっかりと二重の記憶を説明すべき状況だった。

 謎のメイド三人娘が街を救ったエクレアの街、立ち上がりから失敗をしてしまった。

『レイのお陰』だと丸解りの状況で、『ゼノスのカッコよい』が無かったことにされた。

 

 その後、ビスケット砦で戦闘力を見せつけ、それなりに活躍できる姿を見せたものの、次のイベントであっという間にやられてしまった。

 しかもその終盤、レイが現れて悲劇が起きた。

 彼は迂闊にも「レイ、運のいい奴め」と言ってしまった。

 彼にとっては当然のセリフ、でも仲間になったばかりのリディアにさえ、白い目を向けられる発言。


 即バッドエンドという煙たい存在には違いないが、彼の扱いは可哀想をとっくに通り越している。


 だから現在の彼は虚無を感じて、車窓から呆然と空を眺めている。

 だが、彼女達は容赦がない。


「ゼノスっち、一緒に魔王と戦ってくれるだよね。だったら先生の戦い方を勉強するんだよ。」

「そうだよぉ。いくらカッコつけてもぉ、ちゃんと戦えないとダメだよぉ。急所攻撃は基本だよ!マリアはねぇ、人型モンスター股間を蹴り上げる瞬間が大好きなんだ! 何かがぐちって潰れる感触がすごく気持ちいいの!」

「ふふふ。マリアはいつもそれをやっていますよね。それでは、私はモーニングスターで痛みを知って頂くところが好きかしら。やはりモンスターは罪深い存在です。相手の痛みを知るべきなのです。モーニングスターで死ぬほどの痛みを与えています。レイはそれを救済と教えてくださいました!」

「えー、ソフィア、それひどくない? アタシのはもっとカッコよいよ!先生も好きなスキルって言ってくれたもん!『エミる斬り』でポロっと頭が落ちるのが大好きぃ。あれなら痛みとか感じないだろうしね。師匠曰く、優しい攻撃って言ってた! あれ?師匠が言ってたのは、『干天かんてん慈雨じう斬り』だったかなぁ……」


 

 やはり何か、いや色々とイメージが違い過ぎる。

 非情、卑怯、残忍な殺し方、彼女たちの考え方は悪魔のようだ。

 設定上、中立である筈のゼノスは、今の勇者たちの戦い方に正直引いている。


「そ、そういうものか。苦しまずに死なすのは道徳的……、ん?——あれ?俺、入るパーティ間違えたのか?姫、彼女たちの言葉を聞いては——」

「んと、わらわには分からないのら」


 アイザも魔族である。

 だが、彼女はまだ残酷さを理解していない。

 彼女にとってこれは児戯、蟻んこを踏み潰す感覚で魔物を蒸発、そして氷漬けにしている。

 そして、その先に姉と彼が待っていると信じている。


「……ぐ。こいつら、何と言うことを。で、光の!ここに何があると言うのだ⁉」


 つまり、この中でゼノスが一番、世界の歪みを体感できている。

 思ってたのと全然違う。


「ゼノス、いずれ分かるさ。ここには俺が行くべき場所があるらしい。これが世界の歩き方なんだ。」

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