第89話 レイの計画

 レイは淡々と自分が見た内容を話した。


 勿論、かいつまんではいるし、なるべくわかりやすく解説もした。

 そしてその書き込みが自分とどう繋がりがあるのか、そして何の為にレイモンドになったのかを話してきた。


「これが最初の質問につながる。俺は記憶を無くしてはいるが、この世界でずっと勇者をやってきた。この世界に取り込まれる前の俺は戦闘経験は皆無に等しい。でも、あの時は生きる為にと色んなことを割り切れた。だから、聞いた。俺は勇者の生まれ変わりと信じられるか?」


 ——そこがあまりにも迂闊な誤算だった。


 いきなり魔物と出会しても、怯えて逃げることもない。

 いくらアルフレドとフィーネがいたところで、その後の関係値は最悪。

 基本的にレイ一人で戦えていた。

 ゲーム登場キャラといっても、この世界はコマンド入力、ボタンを押して戦うを選べば良いものではない。

 ちゃんと敵に斬りつける、殴りつける。

 それが、レイモンド役になったから、という理由だけで出来て良い筈がない。


「あの……、ご主人? ウチは……、ウチはなにがあってもご主人の味方だもん。全部含めて、レイのことが大好き。だから全部受け入れるよ?」

「あたしも。後輩に先に言われたのは癪だけど、レイのことを信じている。それにレイのこと、アイザとは関係なく……好き」


 レイは純粋に照れた。

 だってこの世界には、彼女達とのそういうイベントスチルは存在しない。

 だからこれは正真正銘、彼が初めて見る光景なのだ。

 だからこそ、ここから先が重要なのだ。


「俺っちは金貸してくれたら何でも信じる……どぼほへぇぇぇぇぇ!」


 一人、どうしようもない部下がいるが、ラビが鉄拳制裁してくれたので彼も立ち直ってくれることだろう。

 いや、スロカスは果たして立ち直れるのだろうか。

 因みにワットも頭を下げているので、彼も事実ではなく、レイを信じるというスタンスだろう。


「ここにいる皆に言っても、分からないことだし、言っても無意味だと思うけど聞いてほしい。人間だった頃の俺は、今考えると実におかしな行動をとっていたんだ。」



 そして、これこそが彼がずっと苛まれていた違和感。

 おそらく、ここまで彼と冒険をしてくれた方々が、ずっと思っていた彼の行動の矛盾点。


「当時の俺はそれが当たり前と思っていた。死を恐れて逃げるという選択肢を取り続けていたんだから、その時はそれが当然だと思っていた。でも、おかしな点がいくつもある。俺は俺しか車を運転できないと知っておきながら、自ら進行バグを起こしていた。それを見ないとストーリーが分からなくなり、勇者達が詰みに至るイベントキャンセルをした。仲間同士の不仲を敢えて作って、バッドエンドに導こうとした。俺は何度も世界を滅茶苦茶にしようと試みている。おそらく、あれは今までの俺から託された無意識の俺の願望だったんだ。今にして思えば、だけど。」


 本能的にか無意識的にか分からないが、生き残ろうと脇目もふらずに行動してきたアレは、全てが過去の自分から託された意志だったのかもしれない。

 そしてバッドエンドを回避しようと頑張っていた行動こそが、この世界の強制力だったのかもしれない。

 もはや、どの自分が本当の自分か分からない。

 だったら、やはり自分もキャラクターの一人なのかも知れない。

 逃げ延びたとて、このメビウスの輪からは抜け出せないのだから。


 皆、彼の人間の頃の行動を知らない。

 だから、今はただ彼の話を聞いているだけだ

 でも、ここからは彼女たちにも関わってくる。


「そしてそれは魔族になった今も続いている。エルを助けたこと、ラビという存在を作ったこと、それにおおねずみのジュウもいたな。そしてスロカス・イーリ。ワットもそうだ。本来ならば死ぬべきキャラ、そしてネイムドではないモブをネイムドに仕立て上げている。だからもしかすると、それも過去の俺の意志なのかも知れない。そしてマロンさん達を助けたいと思ってしまっているのも、ただの俺の破壊願望なのかもしれない。」


 但し、関わってくるということは、自分たちの意志が関与してくる。

 だから。


「うーん、それはどうかな。レイ様、それは多分違うわよ。レイ様、私たち姉妹の勇者様。勇者様は、やっぱり勇者様だもの。貴方はこの世界を壊したいなんて、一つも考えてないんでしょう?」

「そうですよ。あたしは命を助けてもらっているんですよ?ワットだって。破壊とは反対の行動じゃない!」


 マロンが優しい言葉をかけてくれた。

 そして、エルザとワットも。

 ただ、エルザを助けた時に世界が一瞬だけバグった。

 だから、彼にはそれも破壊行動なのだろうと思えた。


「それにもしもよ?もしもそう考えているなら、私たちに自白なんてしないわよねぇ? それって、少なくとも今のレイ様は壊したくないって思っているということ。そうでしょう? もっと、より良い世界にしようと思っているってことよね?……今思い出した。レイ様、実はエルザを助けたことで、おかしなことになっていないか、確認に来ていたのよね?だったら、やっぱり壊そうとしていないわ。」


 カロンが姉の言葉を引き継いで、レイに優しさを分けてくれた。

 あの時、彼女は抱きしめてくれた。

 あの時だって、彼女は癒してくれた。


「その後、私のところに来たのも同じ理由ね?レイ様!レイ様は優しい悪魔ですよ!それより、なんでその話を今の勇者とそのお供に相談しないの?魔王様の呪縛で動けない私たちよりは、ずっと行動の自由があるし、力もついてるし、それこそ、レイ様が鍛え上げたんでしょう?それに今のレイ様なら、返り討ちなんてあり得ないでしょ?」


 ボロンも優しい。

 彼がずっと抱えていた違和感を、彼女もあの時癒してくれた。

 でもそれがレイの心を締め付けた。

 本当だったら彼に彼女達にこの話を聞かせたかった。

 勿論、ここにいる仲間に話すことだって、レイの心の汚れを優しくすすいでくれている。

 けれど、アルフレド達に話すことは出来ない。

 それができないから苦しい。


「先の話のせいだ。アズモデはおそらくは勇者の行動を管理している。あの男はイベントやムービーの概念を、ある程度理解している。そしてあの本、あれはなんだ?ただのデザインじゃないのは明らかだった。それこそが魔王学の書ではないかと思っている。だから勇者に近づけば。……勇者が別ルートをとろうとすれば、必ず邪魔が入る。そして今の俺ではあいつには勝てない。」


 あれは運が良かった。

 アズモデはレイをNPCだと思っていたから、堂々と本を読んでいた。

 それにアルフレドに対して、メタ発言を何度も繰り返していた。

 でも、だからこそ恐ろしい。


「仕組みを知っているのであれば、リセットという概念を知っているのであれば、不用意な行動は取れない。あいつが勇者を殺して、世界のリセットを強行する可能性がある。今、勇者は船に乗ってこの地デスモンドに向かっている筈だ。だから、ここいるのも危うくなってくる。だから、本当は手短にここだけで、ラビとイーリにだけ話そうと思っていた。」


 けれど、ここに来て沢山の温かさに気付かされた。

 ここを勧めたラビとイーリに考えがあったとは思えないが、正に二人のファインプレイだった。


「本当は誰にも聞かれないようにしたかった。ただ、俺一人じゃ……、できることが何もなくて……。正直、この話も意味がなくて……」


 ただ、誰かと罪を共有したかっただけなのかも知れない。

 このことがバレても問題なかったかも知れない。

 ゲームクリアしてくれたら、もう一度世界は始まるのだ。

 そしてアズモデはそれには協力的だ。

 アルフレドで始めれば、確実に記憶はリセットされて無限地獄だ。

 レイモンドで始めたら、またあの死を経験する。

 レイモンドで始めたからといって、記憶が引き継がれるとは限らない。


 どうしたらいいのか分からない。

 過去の自分が上手く行かなかったのだから、今回も上手く行かない可能性の方が高い。 


「し、失礼ながら申し上げます。レイ様はその話をするためだけに、ここに来たのでしょうか? レイ様は本当は別のお考えを、何かお持ちなのではないでしょうか? あんな状況で無茶をして私まで救って頂けたようなお方です。私には貴方が何かを考えているようにしか見えません。」


 赤いスーツではなく、カジノの制服になって、お前誰?という雰囲気になってしまったが、真面目な性格で彼がワットなのだと分かる。


 そんな彼が、そんな一番格下になってしまった彼の疑問、質問。


 ——その通りだった。


 本当はラビとイーリだけに話そうかと思っていた無謀な計画。


 本当に幼稚な計画だから、大人数の前で話すのは恥ずかしい。

 

 今までの行動はこのゲームを破壊しようとする無意識が関与している。


 でも、この計画はどちらとも取れる計画なのだ。

 ゲームの設定上、無理がない計画。

 つまり、言葉上は何でもない計画なのだ。


 ただ、少しだけ恥ずかしい。


 でも、レイモードになってはいけない。


 これはレイモンドではなく、レイが立案することに意味がある。


「俺はこれから魔王の座を奪おうと、魔王になろうと考えている。」


 レイモンドは魔王になろうとしていた。

 そして、彼もまた魔王になろうと考えた。


 だから、この計画に強制力は働かない。


 そして、皆も目を丸くしている。

 彼の口から出たのが、あまりにも普通のことだったから。

 エルとワットは面接会場でレイモードのレイから同じ発言を聞いているくらいだ。


 だが、レイモンドには不可能だった。

 だから、彼の願いを叶えてやるだけ。

 但し、その時間は限られている。


「チャンスはあまりない。アズモデが自分がラスボスであることを明かせばゲームオーバーだ。でも、それまでに俺が魔王になれば、マロンさん、カロンさん、ボロンさんは俺の命令を聞いてくれますよね?」


 そして。

 皆はその言葉を待っていた。

 目をらんらんと輝かせている。

 だから、姉妹は綺麗にハーモニーを奏でた。


「勿論です!新魔王様‼‼」

「いや、言うは易しなんだけど……。でも、そうなれば他の魔族も勇者への無駄な特攻をやめてくれる。」


 レイモンドが元々抱いていた魔王への道を叶え、ゲームバランスも崩す。

 それこそが自分に残された道に思えた。

 そしてゲームの抜け道だからこそ、隠しイベントを見つけられる気がしていた。


 過去の自分だって自分自身だ。

 以前話したように、レイがアルフレドだったら、この世界の全てを練り歩いて当然だ。


 だから、アルフレドでは辿り着けない場所が何処かを考えた。

 だから、レイモンドになろうと思った、そうとしか思えない。


「でも、私たち三姉妹はあの中に入れるけれど、レイ様を連れては流石に無理ですよ。それに私たちが魔王に直談判するわけにもいかないし……」

「そっか。勇者がオーブを集めるのを待つってことですね!ご主人!」


 マロン、ラビは既にその気になっているのか、レイの考えを探ろうとしている。

 レイだってそれくらいは考えている。

 ここ1週間そればかりを考えていたのだ。

 そして、行き詰まっていた。


 でも、ここにこれだけの魔族が集まっているのなら可能かも知れない。


 ——だから彼は計画を公表した。


「それでは遅すぎる。俺は勇者がオーブを集め揃える前に城を落とす。それがアズモデの隙を付ける最後のチャンスだ。」


 勿論、これだけでは公表にはならない。

 だから彼は全員の顔を見渡し、一つ深呼吸をした。


「デスキャッスル落としは、……俺一人でやる。」


 でも、それは不可能。それは何度も行っていた下見で分かっている。

 そしてその程度ではアズモデが動かなかったことも分かっている。

 だったら、出来ることが見えてくるというものだ。


「だからその為に、皆に頼みたいことがある。皆には——」


 そして、ここに集まった全員が彼の言葉に賛同した。


 レイが死んだ街デスモンドで、レイは自分が生き残る為、そして世界を終わらせない為の最後の作戦を企てた。


 過去の自分から与えられた使命とレイモンドの設定の隙をつく計画。



 ——彼はこの世界を壊さない為に、この世界を壊す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る