第88話 世界の破壊者

 銀髪の悪魔は突然の来訪者に目を白黒させていた。


 入ってきたのがエルザ、今の名前はエルだが、彼女はまだ分かる。

 それ以外の女性の駆け込みに、彼は度肝を抜かされていた。


 それはそう、ここが魔王軍一のVIPルームへと変わったのだから。


「マロンさん、カロンさん、ボロンさん? そしてワットバーン?」


 VIPルームはレイの頭の中でだけ騒然としていた。

 ワットーバーンは分かる。

 彼がエステリア大陸配属になったことは知らなかったから、先のエルの言葉に彼が登場した。


 きっと、ここでも彼女の補佐をしていたのだろう。


 ただ、歌姫三姉妹がここにいる理由がが分からなかった。


 いや、それも気付けたに違いない。

 レイの思考回路は、それくらいパンパンだった。


 ゲームの設定をレイは完全に忘れている。

 『戦場の歌姫』なのだ。

 すでに、ほとんどの魔王軍拠点は落とされているから、彼女たちが鼓舞するべき拠点はない。


 それに、ここには全ての娯楽が集まると、さっき彼自身も考えていた。


「ご主人、さっき歌姫様が歌われてたじゃないですか。もしかして、聞いてなかったんですか?」


 それでも彼は首を傾げてしまう。 

 そんなキョトンとした顔のレイが面白かったのか、カロンが彼の膝の上に座った。


「私たちの歌声を知らないなんて、魔王軍失格モノだよぉ? それとも、そんなにVIPルームできゃっきゃうふふすることで頭がいっぱいだったのかしら。だって、君。すごーく元気だもんねぇ。」

「カロン、やめなよ。レイ……、いやなんというか、レイ様? レイ様の様子がおかしいのは、カロンにも分かるでしょ?」

「そうよー。それにそこ、カロンだけの席じゃないの。肌の接触で言ったら、私の方が——」

「ボロンも‼レイ様は大切な話をする為に、ここへいらしていた。それくらい分かるでしょう?」


 格の違いが席順に現れたのか、ラビはいつのまにやら押しのけられ、レイの左右、そして上を歌姫三姉妹が取り囲む形となった。

 普段の彼であれば、この状況は大興奮モノだろう。

 もしも、ドラゴンステーションワゴン・魔王サイドという恋愛ゲームがあれば、これは間違いなくイベントスチルものだった。


「とかなんとか言って、みんな私のご主人にくっついてるじゃないですか!」

「あらあらー。ラビちゃんはいつも一緒でしょー。今日くらい、いいじゃない。それにマロン達はぁ、ただくっつきたくてここに来たわけじゃないのぉ。でも体が自然にくっついちゃうのは抗えないけれどぉ。私たちの属性はヴァンパイアハニー。強い男に惹かれる本能には逆らえないのぉー。」

「そうなの。ラビちゃんは聞いてないの? レイ様がここ最近ずっと研究所に通っていたのはね、私たちにデスキャッスルに行くなって説得に来てたからなのよぉ。」


 レイの左から抱きついているマロンと、膝の上のカロンが、ラビには話していない情報を明かしてしまった。

 ラビは寂しくなってしまったが、なんで言ってくれなかったの理由も分かる。

 レイの行動は、明らかに魔王軍に対する離反行為だ。

 それを気にして言わなかったのだろうことも、彼女には分かる。

 部下にも何らかの沙汰があるだろうに、彼はそんなことも気付けない程、色んなものを抱え込んでいた。

 そんな所も彼女のご主人様らしい行動、だからラビも許してしまう。


「でも、この状況は許せません!」


 少女は、膝の上に乗るカロンだけは強引に引き剥がした。



 そんなすったもんだの末、VIPルームの中央にレイがポツンと座り、その周りを美女悪魔が取り囲み、イーリとワットが門番をするという図式へと変わった。


「で、ご主人はどうして、そんな行為をしていたのですか? 部下の私にもわかるように説明してください。」

「えっと。救える命は救いたい。そう考えていたのは知っているよな、ラビ。」

「はい、ウチも助けてもらいましたし、それは分かってます!」


 あの時は単にいつか魔王軍所属になるから、と思っていた。

 エルザを助けた時には、目の前にある命だけでも救いたいと考えたから、と思っていた。

 そして、マロン、カロン、ボロンもそう思っていた。


「その時は本当になんとなくだった。自分自身でもよく分かっていなかった。だから、どう説明すれば良いのか分からなかった。……いや、正直に言うと、あの時からずっと胸の中にモヤモヤを抱えていた。最初のバグに遭遇してから。」

「それって——」

「いや、その前にこれだけ集まったんだから、はっきりさせたいことがある。ラビ、さっきの続きだ。俺はなぜか最初から戦えた、という話だ。今思うと、俺は自分が思っているよりもずっと強かった。そして、その理由が……、実は俺の前世が勇者だったから……って言ったら、みんなはどう思う?」


 レイは床で正座をしている。

 そして口の字型のソファに美女が座っている。

 これは何てプレイなんだろう。


 勿論、レイにそこを考える余裕はない。

 今までの彼の判断が、全て誤りだった可能性があるのだ。

 そして彼の発言に、ほんの少しの静寂が訪れた。


 ——でも、それは一秒くらいの短い時間


「納得ね」

「うん、私たちの勇者様だし」

「はい、ウチも納得です」

「そりゃ、兄貴。あんな序盤で一瞬で大量モンスタージェノサイドしちまうんですぜ?」


 呆気なく全肯定がされていく。

 そしてそれは、彼の予想通りでもある。

 だから、次の質問も用意していた。


「もしもその勇者が、ここと同じ世界。繰り返されるこの世界で同じ運命を辿るこの勇者とだったと言ったら?」


 これは流石に全員の思考が止まる。

 それが空気として伝わってくる。

 レイもどう説明すれば良いか、分からなかった。相応しい言葉をそれしか見つけられなかった。

 ただ、この中で一人だけ。

 レイの言っていることが正しいと、絶対にそうだとしか思えない人物がいた。


「あたし……は信じるよ。だってあたしが今ここにいるのって、レイがその先に来るあたしの死、エルザの死を予期していたから……。」


 ただ、その言葉は意外にも、いや意外でもなんでもなく悪魔達を混乱させた。


「え?」

「待って、どういうこと?」

「今、なんて言った?」


 そんな声が漏れる。

 レイ自身、ここに彼女がいるなんて思っていなかったし、そもそも歌姫がいることも知らなかった。

 そして、その事はレイが推測する、別の事象の一つの証明に繋がっていた。

 最初に彼女に問いかけたのは、マロンだった。


「ちょっと、待って。あなた、エルザ……? 髪型とか雰囲気とかオーラとか、全然違うけど、本当に……?」


 レイが伝えたくても伝えられなかったこと。

 それが、ここで果たされる。


「はい。レイに助けられました。今は『エル』と名乗っています。見つかってはいけないかもしれないんですけど、ここでは大丈夫かな……って。レイ、ゴメンね。お久しぶりです。マロン様、カロン様、ボロン様。」


 これはこれで大誤算ではあった。

 勿論のこと、この後しばらく会話にならなかった。


「生きてたのね!良かった……」

「生きてるなら生きてるって……、いえ、言えなかったよね。そうだよね。」

「レイ様……、本当にありがとう……。エルザぁぁぁぁぁ」


 良い声が台無しになるくらい、歌姫達は彼女の生還を涙で祝福した。


 ちなみに「ワット」と名前を変えた彼には1mmも言及がなかった。

 だが、彼は彼で「うんうん」と頷きながら、大号泣しているので問題はないだろう。

 レイも声を出したいのだが、ボロンのたわわに顔を圧迫されて声が出せない。

 更には後ろ方向に関節をきめられて、ラビがひっぱっているので、余計に喋りづらい。

 いつもは触らせてくれないくせに、こういう時は無礼講のようだ。

 でも、後ろの白兎が触らせてくれない。

 ただ、レイが彼女達の元に訪れていた理由は、すでにバラされているから、そんなアクションをする必要もない。


「あの……、それくらいにしてください。まだ、終わっていないので。」


 航海に2週間かかるといっても、あの男だけは別の筈だ。

 だからレイは強引にボロンの体を引き剥がした。

 本当に何の力もかけてないほどに呆気なく、引き剥がすことができた。


 これこそが彼女達の強さが格で決まるといったところだろう。

 そして今は引き剥がせたが、本編ではそれさえも難しいだろう。

 それがレイの存在の歪さを体現している。


「秘密にしていたのは、あの男の動きが読めなかったからです。あの男が魔王軍の動きを観察していると思ったから、迂闊なことは口にできなかった。」

「その男っていうのがアズモデのことよね?」

「そうです。以前、エルは魔王学と言って、勇者の行動パターンを魔王軍が分析をしていると作戦で話していた。そしてその通りに勇者の行動パターン、とくにイベント発生があのタイムスケジュールには記載されていた。だからその時は、魔王軍がイベントを管理しているものだと思っていた。それでその時は言えなかったんですが……」


 そこで彼は真剣な顔に切り替えた。

 格の違いにより、皆も押し黙る。


「ただ、もう時間がない。今から俺は独り言を言う。無視してもらっても構わないし、意見があるなら言って欲しい。」


 そして彼は凍りついた空気の中で一人、独白するように話し始めた。

 口にしなければ忘れそうな気がしていたので、この場を早く設けたかったくらいだ。


「まず、この世界にはメビウスという女神が宿っている。そしてメビウスの輪というのはファンタジー世界において、『循環』を意味することが多い。あまりにもあるあるだったから、何も考えなかった。そして、彼女の作ったこの世界に巻き込まれた……のかな?とにかく、そこからこの世界は始まった。」


 レイは何度も繰り返す世界の話を始める。

 その根拠となった、あのどう考えても夢ではない何かについて、思い出しながら懇々と説明する。


『ここまで来てわかってきた。いままでの書き込みは全て俺のものだ……。だからここからは記録としてここに記すことにする。これからの者も記憶がなくなっていたとしても、ちゃんと書き込むように。全て俺自身だということを忘れるな。』


「俺はその文字列に目を奪われた。前の人間がここの世界に来て、クリア後に書き込んだんだと思ったんだけど、彼はそれらのクリア後の書き込みが全て同一人物だと指摘した。つまり、この世界は勇者がクリアをしても、再び最初の画面に戻ってしまう。そして勇者以外の設定はリセットされ、再びこの世界は動き出す。だからたぶん、ここいるみんなも本当は何度も経験しているか、もしくは消滅して新たに生まれたんだと思う。その証拠が次に俺が目に止まった言葉だ。」


『だめだ。どうやってもこの世界から抜け出せない。クリアしてもクリアしても最初から最初の名前決定画面に行ってしまう。ひとまず纏めよう。まず、強い状態で一からを選択すると、装備は勿論、ステータスも勿論、そして記憶までもが引き継げる。そして0からゲームスタートを選ぶと記憶が消える。』


「そういう設定、と思って欲しい。つまり彼はいろんなことに挑戦をし続けた。だが彼は次第に壊れていく。」


『やはりそうだ。結局ここに行き着く。だから俺は途中でバッドエンドを選んだ。ずっとメビウスに囚われ続けるなら、死んだ方がマシだ。』


『前回選んだのはバッドエンドA、今回はBを選んだ。』


『全てのバッドエンドは揃った。でも結局同じ毎日だ。だから次は進行不能バグを狙う。こんなゲーム、壊れてしまえ。』


『今回も狙った。だめだった。もういやだ。このゲームをぶっこわしたい。そして俺をこの無限地獄から解放してくれ!第一、願い事を聞いてくれるって言っているくせに、どうして解放してくれないんだ……』


 レイは淡々とループ地獄に陥った人間の話をしていく。

 理解してくれているかどうかなんて関係ない。

 ただ、事実としてその話をしていく。


「そして魔王軍のあり方について、彼は考えた。」


『魔族が勝手に自滅する。バグが起こる前に何もしなくてもクリアできてしまう。』


「この言葉は俺も納得だ。魔族は死にたがりすぎる。でもゲームなのだから当たり前だ。主人公が幸せにならなければならない。悪は滅びなければならない。だからマロンさん、カロンさん、ボロンさんは俺が何を言っても、デスキャッスルにいく意志を変えなかった。この話を聞いても尚、そう思っていますよね?」


 できれば、ここで考えを改めて欲しい。

 レイも自分で言っていることがおかしいとは思っている。

 だって、これはそういう物語なのだ。

 それを否定するなんて、既に決まったストーリーを否定するなんておかしいすぎる。

 そしてレイの予想通り、三姉妹は悲しそうな顔をしながら、「そう思っている」と言った。

 その言葉にレイの胸のモヤモヤが棘となって、さらに強く心に突き刺さる。


「えっと、そのことは置いといて、ここからはおそらく最近書かれた文章なんだけど、ここから俺が関わってくる。」


『だから本当になにもしないことにしてみた。だが、周りの問題だけじゃなかった。俺の体は、おそらく脇腹なんだとおもうが、そこを刺激されると、勇者に相応しい行動を取ってしまう。だから結局俺もゲームの一部なのかも知れない。メビウスが憎い。メビウスが憎い。最初からメビウスという名前に引っかかってたんだ。単なるギャルゲーのネタだと思っていたのに』


「この特徴は俺と類似する。これはラビやイーリ、エルならば分かってくれるよな。そしてここから、俺が取るべき行動が示される。」


『もう、これしかない。そしてこれは賭けだ。初期メンバーで名前が変えられるキャラ、レイモンドに俺の名前を入れてみようと思う。知られざるイベントも見つかるかも知れないし。そうすれば脱出できるかも知れない。だが、うまくいかなくてもあのキャラならゲームをめちゃくちゃにできるかもしれない。そうすれば……、きっとこのゲームを壊してメビウスに一泡吹かせられるかも知れない。ただ、ニューゲーム扱いだから、記憶は消える。うまくやってくれよ、俺。レイモンドでこの世界を壊し尽くしてやる‼』


「このレイモンドというのは俺のことだ。そして彼はどうやらレイモンドになるつもりだったらしい。つまり俺は何百、何千とこの世界を循環してきたアルフレドであり、この世界を『飽きた』というだけで壊す為に生まれた存在だ。」

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