第87話 クライマックスの入り口

 VIPルームは本当に何をしても良さそうなほど、重厚な装甲な壁で密封された空間だった。


 二週目以降に解放される高額カジノはここで行われる。

 ダウンロードコンテンツで追加された場所。

 ここでもヒロインとのイベントはあるし、普段は手に入れられない装備もアイテムも手に入る場所だ。


 そこでレイは軽くお酒を飲み干して、一息ついていた。

 イーリは予定通りというか予想通り、スロカス化して部屋の外で見張りをしながら何かをしている。

 でも、絶対に見張っていない。

 イーリもちゃっかりレイがばら撒いたチップを受け取った一人だ。

 とんだ部下を持ったな、と上司は思ったが、オスカーに絶対に金を貸すなと念を押した。

 だから暫くは問題ないだろう。


「それにしても、レイはすごいですね。なんでもできちゃいます!」


 二人っきりを意識したのか、ラビはいつものご主人様呼びをやめていた。

 ラビには、これまでのことがとても不思議に思えていた。

 レイの理屈で言えば、彼はすでに解放された身である。

 勿論、それまでの苦労は計り知れない。

 けれど彼は見事に勇者へのアシストを成し遂げたのだ。


 後は、逃げたら問題ない。

 ここから先は、ただ命を落とすための道しかない。


 それなのに、彼はこんなにも深刻な顔をしている。


「何でもは出来ないよ。俺はあくまで俺でしかない。俺の役をこなすしかない。」

「でも、非公認だけど四天王の二つの役をゲットしました。それにウチの記憶が確かだと、レイは既に、えっと……」


 そこでラビは一度座り直してレイを見つめた。


「もう!もうもうもうもう!どうして、そんなに苦しそうな顔をしているんですか? レイは全部やり遂げたじゃないですか!」


 その言葉で、レイは漸くため息をついた。

 ラビも気がついている。彼はあまりに抱え込みすぎだ。

 自分達のことまで、モブモンスターのことまで、彼は気遣っていた。

 でも、それはもう終わった。終わった話の筈だ。

 そして、ここに来たのは何かを話すため、どうしてまだ何も言おうとしないのか、……それに、どうして自分を頼ってくれないのかと思う。


「……全てが当てはまってしまうからだ。最近、色々おかしいんだ。最近の俺はどうかしている。夢なのか、俺の妄想なのか……。これは……、どこから話せばいいんだろう。まず、俺が説明したゲームって概念があるだろ。それで俺はクリアを目指していた。」

「うん。あとは勇者が魔王を倒せばいいんだよね!そしてウチたちはここで逃げる!その予定でしたよね?ヒロインも全員集まったんですよ‼」


 ラビの自信満々な顔、それを見てレイは机を叩きたくなる衝動に駆られた。

 でも、ラビは間違っていない。


 あれが幻でなければ、間違っていたのは、おかしかったのは自分自身なのだ。


「俺がレイとして、この世界に来た時には、ゲームの選択肢が全て解放されていた。二巡目以降、いや、魔法のスティックに至っては少なくとも五巡目以降だ。フィーネの闇落ちもそうだ。エミリのヤンデレもそう。全部一巡目では在り得ない。」


 単に、全てがアンロックされた状態で始まった、当時はそう考えていた。


「でも、在り得る状況だったとしたら?あのメッセージが真実だったら、そうなっているのが当たり前なんだ。」

「あのメッセージ? どこかにメッセージなんてありましたっけ?」


 レイはまだあの話をしていない。

 いつかこれが真実だとカミングアウトした時のことが、トラウマになっているのかもしれない。


 コンコン


 そんな時、扉がノックされた。

 そして、開いた扉からイーリが転がり込んできた。


「無一文の客はお客様ではありませんので。」


 どうやら黒服のアークデーモンがこの部屋まで運んだ、いや連行したらしい。

 そして、こんな短時間でイーリは一万G近くを溶かしてしまったようだ。

 そこでまた土下座からの土下座からの土下座をしてきたが、流石にこれ以上恵んでやる金はない。


「ご主人!イーリは無視して、本題に入ってください!ウチを……、頼ってくださいよ……」


 二人だけの時間が終わってしまった。

 そのことで、ラビの喋り方が戻る。

 でも、その喋り方の方が、彼女にはあっていたのか、やっと喉まで出かかった言葉が出る。


「そうだな。ラビ、有難う。そろそろ話すよ。二人にはちゃんと話したい。今度こそ、本当の真実かもしれないから。……俺は勇者にぼこぼこ殴られてた時に、夢なのか分からない何かを見たんだ。」

「お、そういえば、アズモデ。あいつあんなに強かったんすね。俺っち上から見てたけど、ずっと鳥肌立ちっぱなしでしたよ!」


 イーリは切り替えが早いらしく、すでにレイの隣に座っていた。

 そしてレイが頼んでおいたお酒をがぶ飲みしている。

 無礼講とは一言も言っていないのだが。


「アズモデか。当たり前だな。あいつはこの世界のラスボスだ。現状、世界で一番強い。それは二週目以降の世界戦だが、どうやらここは二周目どころか、とんでもない周回をしている世界だ。アイツがラスボスで間違いない。」


 その言葉に一瞬だけVIPルームが凍りついた。

 でも、それは本当に一瞬だけ。

 理由は簡単だ。そして簡単な理由を嬉しげにイーリが語る。


「いやいや、レイ様。流石に魔族に成り立てでも、魔王様の存在はご存知でしょう? ヘルガヌス様が魔王っすよ? まぁ、四天王はどれも強いとは思いますけど、その四天王を従えているのが魔王様っすよ?だからー、アズモデは——」

「イーリ、ちょっと黙りなさい。ご主人がそう言うってことは、そうなのよ。でも、それなら、彼はどうして四天王なんですか?」


 ラビがイーリを諭しているが、彼女も実はなんのことか分かっていない。

 そして、その反応も当然である。


「ラビもイーリも勘違いしている。アズモデはあくまで四天王第三席だ。ただこれもRPGあるあるだ。二周目以降のクリア後に真のラスボスが登場する。そしてここでもそれが言える。真の魔王、いや邪神の名は『デズモア・ルキフェ』。前半部分はアズモデのアナグラムだから分かりやすいだろ?そして俺が考えるに、アイツはこの世界のタイムキーパーのような役割をしている。その証拠の一つが本、アイツは事あるごとにあの本を読んでいた。」


 ただのキャラデザインだったかもしれない。

 でも、そういう意味を持っていたのかもしれない。


「俺が人間だった頃、一人で戦うことが多かった。理由はまぁ、仕方ないことなんだけどな。特にラビ、えっと当時はトリケラビットか。ラビと出会ったのは冒険も何も知らない若者が旅立って二日目だぞ。あれは、あの時の俺は、お前にはどう映った?」


 レイはあの時、生きるのに必死だった。

 いつか死亡ルートから抜け出た後に、生きる為の術を身につける為、必死に戦った。

 レイモンドが弱いと知っていたから、必死に戦った。


 でも、それは本当?


 今は疑う余地がないほど、違う事実が存在したと考えている。

 そして、彼らの目にはどう映っていたか。


「ウチは……、——レイが勇者だと思ってました。」

「俺っちもそうだぜ。一人で俺っちのグループ一瞬でのしちまったんだぜ。あぁ、これが勇者かと。これで俺っちも伝説になるって思ったくらいっすよ。」


 この二人と出会えたのは偶然か、余計なことまで考えてしまう。

 魔族の循環サイクルを見れば、必ず医療研究施設に辿り着く。

 流石に、これは偶然ではないだろう。

 けれど、それ以外のことが、あまりにも都合が良すぎる。


「この世界の戦闘はレベルとか経験値よりもプレイヤースキルがモノを言う。だから俺は単純に生きる為にとか都合をつけていたが、自分が倒せる相手、倒せない相手、どうやったら仕留められるか、無意識に判断していた。そう出来てしまった。」


 この話に二人はぽかーんとしている。

 漫画のキャラクターに、漫画のメタ設定が伝わらないように、彼らにも脳に届けられない情報がある。

 それは分かっていることだ。

 だから彼女達がいてもいなくても関係ないのかも知れない。

 それでもレイは誰かに聞いて欲しかった。


 そしてそんな中、再び扉がノックされた。


     ◇


 アルフレド一行は船に乗っていた。

 今からまた2週間船に揺られるのかと思うと、気が滅入りそうになる。

 それもあの体験をしてしまったから、彼の体調は、いや精神状態は非常に悪い。

 今でも、レイの体を何度も突き刺した感触が残っている。

 あらゆる臓器を突き刺した気色の悪い感触と、剣にべっとりとついた体液。

 そして硬組織に当たった時に弾かれる感触。

 あの時は、あぁする他なかった。

 あれが最善だった。

 全員を助ける為にレイを殺さなければならなかった。


 仲間を助ける為に、魔人レイを倒した。

 文面だけ見ればお釣りがくるほどの内容だ。


 でも、あれで本当によかったのかと、今でも悩んでいた。


「光の勇者アルフレド、悩んでも仕方ありません。私たちはとっても弱いんです。私もあの時は貴方を殺したくて仕方ありませんでした。私の大切なお父さん……みたいな存在をすぐに楽にさせてあげられない、貴方の無力さに腹が立ちました。……でも、多分あの人はそれでも笑って許してくれる。だから勇者アルフレド、しゃんとしなさい。貴方はこの国を平和にするのでしょう! でないと、あの人は誰からも褒めて貰えないのに、きっと私たちをまた……、また助けてしまう。だから、私は貴方を咎めません。」

「っていうか、レイ先生はアルのこと、一度たりとも憎んでいないよ。っていうか、多分。——レイは誰も憎んでいない。」


 ここであの男が動く。


「いや、そうか?なんか俺だけ敵意向けられてた気がするんだけど。」

「それはわらわとフィーネを口説こうとする男だからなのら!」


 ただ、幼女にぶん殴られた。

 でも大丈夫、彼は恍惚の表情を浮かべている。


「そういえば、ゼノスはイベントについて、ちゃんと理解できたのか?」

「理解も何も、アズモデがなんであんなに強いのかが分からない。そこが理解できないことには無理だな。どう考えても悪夢だったとしか思えない。アイツは四天王で下から二番目だぞ?」


 アルフレドの周りには、いつの間にかリディア、エミリ、ゼノス、アイザが集まっていた。

 残りの四人は厨房で格闘中。


 そして、その四人。


「僕。……うん、もう言ってもいいかも。僕、あの人に頭を撫でてもらった。 それからすごく体が楽になった。二回も死にかけた僕が言うのもおかしいけど、一番最初より体が楽になった。でも、どっちもあの人のおかげで助かった。科学的に理解できないことがあるのも分かった。僕はあの人が好き。僕はレイに何でもしたい。本当になんでもしたい。」

「へー、そんなもんなんだー。マリアはねー。一緒に寝たことがあるんだよー。これはもう三回コールド勝ちね!レイ好き歴でもそうよ。マリアの方がずーっと前から好きだもん!」

「……マリア?一緒に寝たは語弊があるわよ。それにずっと昔の話。無効試合ね。それに好き歴ならエミリに負けてるでしょう。あと付き合いっていう意味なら……」

「私は何度もお姫様抱っこしてもらって、デートしましたから実質勝利ですね、私だけ幸せですみません。それより、フィーネは酸っぱい葡萄やらないで、額面通りアルフレドに収まってください、私困ります。それにフィーネからはそんな話聞いたことありませんし。」

「額面通り、アルは普通の幼馴染。別にそんなこと考えてないわ。それに、私はまだちゃんと話せてないもん。私は彼に謝りたいってだけ。それに、今の私ならあの時の彼を受け入れられるのに……、もう……」

「あら、フィーネさん。よろしくない願望をお持ちですね。それは邪念というのですよ?これは払わねばなりません。なんならサディスティックな懺悔室をうけます?」

「もー、ソフィアぁ。修道女って設定で好き勝手言い過ぎ。なんか会話の内容が色々まずいってぇ。それにフィーネにも色々あったんでしょ。昔の尖ってた時期のフィーネを虐めないの!誰だって黒歴史は触れられたくないのよ……、って!キラリ、金属を鍋にぶち込んじゃダメだって!!」

「え、鉄分は女の子にとって大切な栄養素だよ?」

「そういう意味じゃないのーー!」


 船内ではフィーネ、ソフィア、マリア、キラリが『彼』の話題を中心に盛り上がっている。

 そしてそれこそが、レイが危惧することでもあるのだが、彼女達にとってはこれが『初めての世界』だから仕方がない。

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