ゲームクリア~魔王軍幹部編~

第86話 懐かしい顔

「やれ打つな」

「蠅が手をする足をする」


 ラビが最初の言葉を言った。

 そして宿の主人が後の言葉を言った。


 すると、ただの宿屋の地下がいつぞやのオスカーの店のように、淡い光を放つ怪しい不可思議なお店へと変わった。

 壁の一部が縦の長方形に輝いているのも見える。


「なるほど。小林一茶のほうだったか。忘れてた。」

「ん?ご主人、来たことあるんです?」

「違う世界で。でも、周回プレイ中は来てなかったからなぁ。っていうかなんで合言葉が俳句なんだよ。」


 その長方形の部分を押すと、からくり仕掛けの忍者屋敷のように、いや魔法の世界だから、壁が回転することなく、そのまま通り抜けられた。

 そして、彼らは更に奥へと向かう。


 ソフィアがいた修道院は回転式だったが、ここは魔王軍の技術で作られている。

 いや、もしかすると修道院の壁も実は魔王軍の技術が……、いやこれは今考えても仕方のない考察だろうと、レイはそのまま暗闇を進む。


 一応解説しておくと、修道院と魔族には深い繋がりがある。

 当時から魔族は勇者の中での裏切り者を探していた。

 だからこそ、人間レイがお尋ねものとなった。

 その経緯があるのだが、すでにそれが実行された今は詳しく語る必要はないだろう。

 それくらい、この世界の魔族と人間は深い関係を持っている。


     ◇


 暗いトンネルを抜けると、トランペットのメロディーや歌が聞こえてきた。

 そして如何にも、というモンスターや普通の人間が共に酒を飲みながら談笑している。

 そしてサキュバスバニーの群れというか、ここの店員が笑顔で出迎えてくれた。

 

(だが、なるほど。ラビの方が可愛い。断然、可愛い。色違いとかいうレベルを超えて可愛い。魔力の差?いや、最初から?俺、当たりのトリケラビットを引いた?)


 それにしても金の力は強いらしい。

 こんな世界にも関わらず、ここにはあらゆる娯楽が詰まっている。

 それに、ここだけは種族を越えて皆が楽しんでいる。


 その証拠に、人型のモンスターがトリッキーなダンスを披露してくれている。

 これはあれだ、伝説の『フライング土下座』というやつだ。


「旦那、今生の願いを聞いていただけやせんか?」


 いや、ただのイーリだった。


「ちょっと、イーリ。もう三万も借金してるでしょ? って、でも、あれは結局返してもらったし……。ちょっとまさかあんた!」


 なにやら目の前で夫婦漫才風な何かが始まった。

 確かにリディアとの賭け事はごっこ遊びの延長だった。

 お金を返してもらったというのは初耳だが、これはつまりそういうことだ。


(イーリ、こいつはガチのスロカスだ。多分この店にかなりの借金をして……)


 だんだん頭が痛くなってきた。

 

(あー。もっと考えたいことが山ほどあるのに、こんなところで……)


「あぁ?なーに言ってんだよぉぉ。だーかーらー、クソ黄ばみコウモリって呼ばれんだよぉ」


 と、ここで。


「クソ黄ばみコウモリ……、そんな呼ばれ方されてないっすけど……。これって」

「イチイチ煩ぇんだよ。クソ気張りコウモリがよぉ。そういうんじゃねぇんだよ。ギャンブルってのはなぁ、命を張るから血が煮えたぎるんじゃあねぇか。人生ってのぁ、倍プッシュ、倍プッシュ、倍プッシュの連続だろうがぁぁ。なぁ、ディーラーのネェちゃん。」

「それ、俺っちがずっとやってることっす——」

「まぁ、聞けって。イーリは俺の子分だ。なら、俺様がどうにかしてやるってことだよ。俺様は優しいからなぁ。なぁ、ねぇちゃん。こいつの借金額、知ってるよなぁ。なら、俺様がそれをチャラになる分、ベットしようじゃあねぇか。」

「え⁉マジっすか!さすが旦那様ですぅ! 一生ついていくっすぅぅ‼」


(……って俺は何を言い始めてんだ?これ、犬歯が光ってる奴‼)


「ちょっと、ご主人!こんなことしている場合じゃないんでしょ?もっと深刻な顔されてまし……、って‼貴女、誰ですか?ご主人、犬歯は青く光ってますよ。っていうかぁぁぁぁ、ウチが見ていない一瞬で、どうして女が出来てるんですか!ウチは認めませんからね!」

「いいじゃない。新四天王の部下なら、もっと広ーい心を持ちなさいな。」


 この香り、そしてこの声、この体の感触。

 魔人レイは脇腹を刺激した、美しい女の美しい紫の髪軽く撫でた。


 ここに居て、当然だ。


 西の大陸で見つからないように生きていくなんて、デスモンドくらいしかありえない。

 ただ、ここは約束した場所ではない。

 だからレイは彼女に聞いた。

 名前は分からないけど、知っている女性。


「オスカーのとこに行けって言ったろ?」


 だからその辺りは確認しておく。

 ただ、彼女がいてくれたことは本当に嬉しい。

 けれど、それも含めてちゃんと考えないといけない。


「だ、だって……、あのすけべ親父、あたしを変な目で見るんだもん。ワットバーンがここで働けるようになったっていうから、あたしもここで働こっかなって……。あ、でも変なサービスはしてない。それは……約束する!だってあたしの体はレ——」

「エルちゃん、三番テーブル行ってくれるー?」


 すると奥から、彼女を呼ぶ声。エル、彼女の新しい名前だろう。

 ここは飲み屋でもあるらしい。お金持ちが集まっているのだ。それくらいは許されるだろう。

 それに彼女の容姿なら、ここでも引っ張りだこに違いない。

 そもそも、レイが悪い。


『オスカーの大人のおもちゃ屋さんに匿ってもらえ』


 馬鹿なの?アホなの? オスカーには悪いが、完全に人選を間違えていた。

 そこしか伝手がないから、仕方がなかったのだけれど。


「あ、私行かなきゃ……。えと……」


 彼女は後ろ髪引かれるような顔で、彼を見つめた。

 だから彼は答える。でもその答えも正しかったのか分からない。

 でも事実は事実だ。だから事実を話す。


「アイザなら、たぶんもう大丈夫だよ。俺は魔族だから近くにはいれないけどな。」


 何が魔族だから近づけないだ。

 アイザも魔族だし、ゼノスだって魔族だ。

 魔族が近づけないなんて理由は通用しない。

 けれど、彼女はそれを気にした様子もなく、誰にも見えないようにレイの頬にキスをした。

 そして、奥のテーブルに走って行った。


プレイスユアベット賭けてください、新顔のお客さん、賭けないの?」


 そして、その言葉にレイは現実に引き戻された。

 ルーレットが回っていることにも、今更ながら気がついた。

 そんな彼は、豪快なレイモードのせいで観客がわいわいと集まっており、もはや後戻りができない状況に陥っていると悟る。

 勿論、なしなしと言えば良いし、賭けなければ何の問題もない。

 だが、レイは乾坤一擲、大博打に身を委ねることにした。

 そしてラビの長い耳にヒソヒソと何かを呟いた。

 その瞬間、レイの犬歯は青く光り輝く。


「賭けるに決まってるだろ。回ってる間は大丈夫なんだよなぁ。そこのサキュバスバニーのネェちゃん、俺様の全財産30万G、全てをチップに変えてくれ。」


 その瞬間、大歓声が上がった。

 これ、でもう後には引けない。

 でもレイモードならば、鳥の囀りにしか聞こえない。


「ぜ、全財産? 構いませんが……」

「問題ねぇ。豪運のレイたぁ俺様のことだ。早くしねぇと締め切っちまうだろ?」


 レイは知っている。

 レイモンドは豪運キャラだ。だからこそ出来る芸当があるのだ。

 勿論レイモードのせいで、こんな窮地に陥ったのだが、それはもう関係ない。

 レイモンドにしか出来ない芸当を、皆にお披露目する良い機会だった。

 あと、イーリの借金も少しだけ気になる。


「番号が何倍とか、いちいちめんどくせぇなぁ。男だったら、奇数、偶数。生か死か。二択で勝負に決まってんだろ。それに俺は知ってんだよぉ。俺がEVEN偶数っていやぁ、世界はEVEN偶数なんだよぉ!」


 青い牙をぎらつかせ、レイは大きく積み上がったチップを全てEVENに置いた。

 そして不気味な笑みを浮かべてルーレットの行く末を見守る。

 そしてディーラーが『ノーモアベット賭け終了』の仕草に入り、全員の目がボールへと集中する。


ノーモアベット賭け終了です。」


 そしてボールはコロンコロンと何度か弾かれ、奇数、偶数と交互に入りかける。

 皆の息を呑む声が聞こえる。

 そんな中、ボールはヨーロピアンタイプのルーレットの「0」にあたる、コウモリんのイラストが描かれた場所へと転がり落ちた。

 これは奇数でも偶数でもない。


 ——つまりはレイの負け。


 でも、負けたら負けたで大はしゃぎするのが野次馬というモノだ。


 それでも会場は大盛り上がり。


 だが、ギャラリーの一人が異変に気付く。


「え……?ちょっと待て!あれ? EVENのところにチップがない……? どうなってんだよ!」


 そして別方向の盛り上がりへと発展し、イカサマだと誰かが言った。


「おい。俺がイカサマしたとでもいうのかよ。ね、ディーラーさん。俺はちゃんとノーモアベットの宣言の前に移動させたよね?」


 別に威嚇するようなものじゃない。

 ディーラーのサキュバスバニーには、優しいトーンで話しかける。


「は、はい。直前、急にチップを移動されました……。コウモリんの場所に……です。」


 その通り、レイはレイモードから解放され、ちゃんとディーラーに目配せをしてチップの位置を移動させていた。

 勿論、ノーモアベット前にである。

 というより、ギリギリだった。

 後一歩遅れれば、全財産を失っていた。

 

 つまり彼は知っていたのだ。

 レイモンドが強いのは運じゃない。


 ——彼が強いのは『悪運』の方だ。


 奇数か偶数か賭けるのならば、必ずボールは「0」に入る。

 ここのカジノに「00」がなかったことを幸運に思う。


 ……と、これも嘘になる。


 「00」がないこともレイは知っていた。


 そもそも、この場面はゲーム中に登場する。

 作中では、デスモンドでレイモンドと一度別れる。

 そして闇カジノに行けば彼と出会えるのだが、彼はEVENに賭けて、こうもりんのところにボールが落ちて怒り狂う。

 そこまで分かっているのだから、ここでは必ず「0」が出る。


 つまりこてゃ、世界の仕組みを利用したイカサマだった。


 ただ、当たったことに胸を撫で下ろせても、レイの気分は何一つ晴れなかった。


『一定の刺激があるとそのキャラになってしまう』、死にかけた時に読んだレビュー文章と一致してしまったのが、何よりも悲しかった。


「えっと……、高額の金額が出た場合は支配人を呼ばないと……」

「もう来ておるよ。久しぶりだのぉ。『パンツ大好き太郎』よ。」

「『パンツ大好き太郎』よ、じゃねぇよ‼ レイだ。お前は俺の名前を知っていただろ!……てか、ここオスカーがやってたのか。お前、実はすげぇやつだな。俺の命名権に口出しできるくらいだし。……あ、それよりエルがセクハラ訴えてたぞ。」


 いつのまにか見知った顔があった。

 今のオスカーはスーツを着ているおじさんだが、中身はスラドンだ。

 合言葉がどちらも俳句なのは、オスカーの趣味だったのかもしれない。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉ。ある時は道具屋の店主、またある時は大人のおもちゃ屋の主人、そしてその正体は『パンツ大好き次郎』じゃ!」

「オスカーだろ!しれっと俺の弟になるんじゃねぇよ、って俺、『パンツ大好き太郎』じゃないからね? ……それで、俺の賭け金はちゃんと支払ってくれるんだろうな。」


 ここに来て、懐かしい顔に出会えた。

 それでレイの気持ちは多少なりとも楽になっていた。

 少しだけ笑顔になっているのだが、彼自身はまだ気付いていない。


「お前さんじゃなければ、難癖をつけてやろうと思ったが、仕方ないのう。こうもりん一点掛けの倍率は三十六倍。店の使用料を差し引いても1000万G以上じゃ。とんでもないことをしてくれたのう。」

「そんなつもりはないよ、オスカー。イーリ……てこいつな。こいつの借金はいくらだ?」

「金利分含めて30万Gじゃな。本来ならば出禁ものじゃ。お前さんと一緒に入ってきたから大目に見とったがな。その肩代わりをしてくれるんならありがたいが。」


 その言葉を聞いて、レイはイーリに半眼を向けた。

 レイが持つ全財産と同等の借金をしてやがった。

 どの面下げて仲間になろうと思ったのやら、と心配になる。


「あぁ。最初からそのつもりだ。それから俺の取り分は最初に賭けた30万とラビへのご褒美の30万だけでいい。50万は世話になったからオスカーに、同じく50万をエルに。んでもって、さらに50万を俺に幸運のボールをくれたディーラーちゃんに。そして残りはここにいる全員に渡してくれ。」


 色々むしゃくしゃしていたのもある。

 だから彼は700万Gほどをここでばら撒いた。

 そしてカジノ中が大熱狂をする中、彼は全員に言い放つ。


「お前ら、それはちゃんとカジノで使うんだぞ。勿論、儲かった分は持って帰ってもいいけどな。」


 オスカーに申し訳ないと思って、その補足をしたのだが、オスカーはクスクスと笑っていた。

 そしてひとしきり笑った後で、彼はこう言った。


「そんなこと言われんでも、ここにいる皆は最初からそのつもりじゃわい。それがギャンブラーというものじゃ。」


 その言葉を聞いて、レイはそれもそうだなと笑った。


「そっすよ。こいつらはもう終わってるんすよ」

「イーリ!あんたもその一人だから!」


 まるで体の毒が抜けてしまったようだった。

 暖かい世界も確かに存在する。それがこの世界なのだ。


(だから、あの時。俺はあいつに……)

 

 心は決まった。

 だから彼は自分の考えを皆に言う決心をした。

 今回こそは間違えてない。

  

「オスカー、VIPルームを使わせて欲しい。誰にも聞かれないところで考え事をしたいんだ。」

「やれやれ、本来なら一見さんにはお断りなんじゃが……、変態紳士ジャスティス様の頼みなら、断れんよ。ラビと言ったか? 本能的に覚えているじゃろ。使って良いぞ。」

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