第85話 皆の進む道

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 キーン!

 金属同士が火花をあげる。

 アルフレドの剣、そして魔人レイの剣が激しくぶつかる。

 何度も互いに剣を打ち付けるも、その実力は拮抗しているように見える。

 そして、鍔迫り合いとなり、両者の顔が間近に迫っている。

 苦しそうなのは魔人レイ、いや勇者アルフレドか。

 ただ、力が均衡しているが故に、互いの力が強すぎるが故に、そのバランスは些細なきっかけで、あっという間に瓦解する。


フィーネ「……お願い。お願い!あいつをやっつけて‼」


 その言葉が彼の耳に届く。

 そう、これは負けられない戦いである。


 スタト村の記憶が、そしてこれまでの旅が思い出される。

 一緒に旅をしてきた仲間たちも懸命に応援している。

 だから。


 ——絶対に負けられない‼


アルフレド「レイ。やはりお前は弱い!」

魔人レイ「んなわけ、ねぇだろ!」

アルフレド「俺とお前では決定的に違うものがある!」


 そして、魔人レイは堪らずに弾き飛ばされた。

 懸命に足で地面を掴もうとするも、10mは後方にズザザザッと飛ばされる。


魔人レイ「くっ!これが……、選ばれた奴。持ってる奴。光の勇者の力かよ。」


アルフレド「違う。それさえも気づけない。だからお前は——」


ソフィア「勇者様! 今度こそとどめを! いつまでもあんな男を野放しにはできません。」


魔人レイ「俺はなぁ……俺はなぁ‼」


アルフレド「足掻くな。昔の友としてちゃんと……、——殺してやる。」


 アルフレドが止めを刺さんと切りかかる。


 だが、その時だった。


 秘密の塔の扉がゆっくりと開き、意識朦朧とした少女が姿を現した。

 そして彼女は怯えながらもロックが外された扉の外に顔をひょこっと出した。

 外で何があったのか、気になってしまったのだろう。


少女「あれ?そ、外に出られ……」


アルフレド「しまった‼」


 魔人レイは隙を見て少女に石を投げていた。


 たかが石と思うかも知れないが、その速度は少女の命を刈るものだった。


 だから光の勇者は打ち倒さんとしていた踏足を利用して、少女の方向へ飛んだ。


 そしてメビウスに選ばれし勇者は、同じくメビウスの加護を抱いた少女の顔の直前で、その石を掴んで見せた。


 後ろで他のヒロインたちの罵声が聞こえる。


フィーネ「卑怯者!生き汚い奴! 飛んでないでさっさと降りなさいよ!」


魔人レイ「うるせぇ! なーにカッコつけてんだよ。今日は調子が悪かっただけだ。っていうか、俺様はまだ本気出してねぇからなぁ。今から魔王様んとこ行って、さらなる力をもらってくるからヨォ。首を洗って待っときな!」


 蝙蝠の翼で空を飛ぶ、アズモデやエルザと同じ。

 あの魔人はアレらと同じように、空高く飛び去った。

 あの魔人の後を追うものは誰一人いない。


 ——あれはただの負け犬だ。


 そして、それよりも大切なことがある。


 金髪の少女は「助かった」と悟ったのか、力なく崩れた。


 全身が痣だらけの彼女の治療の方が大切だ。


 あんな下衆な裏切り者、負け犬に用はない。



フィーネ「次こそは……、私の手で……」


          ▲


「お勤めご苦労様であります!それにしても今回は魔族のウチが見ても酷い仕打ちでしたけど……。ご主人!大丈夫ですか?」

「旦那ぁ、あれが世界平和に必要な死だったんですかぁ?俺っちにはなんっていうか、何もできない自分にひどくイラつきました……」


 レイはムービーの延長で、人気のいなさそうな東の崖を目指していた。


 モンスター気もないところが良かったが、アーマグ大陸にそんな場所はない。

 そして部下の二人が暗い顔のレイを励まそうとしている。

 そして怒りを覚えてくれている。


 でも、その気持ちに応える気力は今のレイにはなかった。


「俺は大丈夫だから。……それにちょっと考えたいことがあるんだ。どこか人間も魔族も寄り付かなそうなところを知らないか?」


 二人の顔が見えない。

 気分からではなく、物理的に見えない。

 二人とも飛べるようになっている。

 そして彼も飛べるし、怪我も対してしていない。

 ムービー前に失った筈の全ては元に戻っている。

 だが、何故か二人とも主を抱えるように飛んでいた。


「人気もモンスター気もないところ……ですか。おそらくアーマグにはなさそうですが……。でも、ウチは行ったことはありませんが、そういう場所があると聞いたことがあります。」

「確かに。今は四天王の半分がかけた状態だし、ドラグノフ様はデスキャッスルからは動かない。それにアズモデ様は勇者にご執心の様子。あそこならいいんじゃないっすか?ラビが居ればなんとかなるかもっすね。その……俺っちもちょっと行きたいなぁって思ってたし。」


 この二人の会話で、いつものレイなら察しがつきそうなものだが、今は別の考えが頭をぐるぐる回っている。

 賢いかも分からない自分の脳のリソースをそちらに使いたくはなかった。

 だから、ただ聞き返す。


「どこなんだ?そこは。」


 すると、ラビはレイの左腕をぎゅーっと抱きしめて、ぐいーっと引っ張った。

 ラビはもう上司と部下の関係を越えて、レイのことを愛している。

 だから彼のこんな顔は一刻も早く消し去りたい。


「デスモンドの裏カジノですよ!これだけ世界に詳しいなら、ご主人もご存じの筈です‼ あそこのVIPルームは魔族も人間も密会に利用しています。一応、四天王の査察が行われている場所ですが、今なら誰も来ないと思いますよ!」


 そう、知っている筈だ。

 カジノにあれだけ固執していたのだから。


「しかもこれは条件が揃いすぎているっす。あそこなら俺っちが見張れます。確か入り口のそばにスロットがあるから、そこで座って監視を……って、痛い痛い! なんで反対側にいるラビが俺を攻撃できるんだよ!」


 元気付けてくれている二人に、レイの固まった心が少しだけ溶けた気がした。


 あのムービーは嘘っぱちだ。

 レイにだって仲間がいる。


 ただ、彼女達が心配している内容と、レイが抱えてしまった問題は間違いなく違う。


(ラビ、イーリ。本当に優しい悪魔たちだな。いや、二人だけじゃない。魔族の仲間も捨てたもんじゃない。)


 だから、今は考えるのはやめにして、ラビの案に乗ることにした。

 ただ、問題がある。


「って、大陸渡るのかよ。俺は魔王様から直接、力を賜っていないから、転移魔法は使えないぞ?」


 すると左右の悪魔がフフッ、と笑った。


「ご主人、何をおっしゃいますやら。ご主人はすでに実質四天王の格上ですよ。そんな魔法がなくったって、ここから一っ飛びですよー!」

「そっすよ。俺たちをカジノに連れてってください!」


     ◇


 リディア姫はアルフレドと同じ髪の色をしている。

 これこそが女神メビウスの恩恵という設定だったりするのだが、当然彼ら二人は知らない。

 そして、リディアは半眼でこれから仲間になる人間と魔族二人を眺めていた。


(あの時は何故か倒れてしまった。それまで元気だったのに……)


 そして、彼らに運ばれて、どこかの宿に寝かせられているのは分かる。

 でも、もう背中には『うさぎさん』はいない。

 枕にしていた『こうもりさん』もいない。

 そして手を握ってくれる銀の悪魔さんもいない。


 あの体験は今思い出しても、やはり摩訶不思議な何かだった。

 今でも思い出すと吐きそうになってくる。

 勇者以外の全員の体がぐちゃぐちゃだった。

 そして、彼の体なんて、ほとんど原型を留めず、ただのミンチにしか見えなかった。

 灰になった方がマシ。

 火炙りにされた方がマシ。

 そう思えるレベルだった。

 そんなリディア姫の辛そうな顔に、一番乗りで反応したのはゼノスだった。


「無理に話そうとはするな。彼奴が全て悪い。あのレイという男はこの俺が必ず始末……、いや、死ぬ方がマシというほどの苦痛を味わわせると約束しよう。」

「——‼」


 無論、この言葉はリディアの心をただ苛立たせるだけだった。

 彼女は一つだけ不思議に思っていたことがあった。

 そしてその疑問はレイの言動から、あっという間に察することができた。

 彼は色々と行動がおかしい。

 彼の言うイベントとイベントキャンセルの理屈。

 それを当てはめるならば、彼はあの場に来ない方が良かった。

 でも、彼はそれに気がついていたのだろうか。

 彼の理屈で考えてもそうだった、アイザという幼女の件は分かる。

 彼女は勇者がたどり着けない別空間にいたのだ。

 だから、まだ分かる。

 でも今回に限ってはリディアの立ち位置はマリアに近い。

 もしかするとイベントキャンセルされて、すでに勇者と共に行動をしていたかも知れない。

 でも、どうして彼がそれをしなかったのか、それが分かってしまうから、……この薄灰色の髪の竜人の言うことが許せないのだ。


「戦闘不能にされた負け試合……、貴方の中では悪夢という扱い、あれは現実ではなかったという設定なんですね。高が知れた男、考えなしの男……。——不愉快です。」

「な、何を言うか! あの男が言ったのだ。あの塔に行き、お前を手篭めにすると。なぁ、お前たちも聞いていただろう?」


 その言葉を聞いて、エミリがはぁーと大袈裟にため息を吐いた。


「あー、ゼノスはあれが一回目みたいなもんかぁ。あれは現実に起きたの。あたし達はまた……、再起不能に追い込まれた。そして前と同じように、レイがムービー、今回はアルフレドがだけど……。でも、先生って。……最初から首を差し出してましたよね。」

「あぁ、俺がすぐにとどめをさせなかったせいで、余計にアイツを苦しませてしまった。皆もそうだ。……本当にすまない。」


 勇者アルフレドは彼が言ったように本当に実直な男らしい。

 もしもレイという存在がいなければ、自分ももっと素直になれたと、リディアも思う。

 でも、自分の為にあそこまでしてくれた存在を知ってしまった。


「ところでリディア様。レイに何か言われたりとかはしていません?」


 修道服に身を包んだ緑の髪の少女がリディアにお伺いを立てた。

 そしてレイが「少々甘やかせてしまった」という意味を、リディアは改めて悟った。

 もちろんリディアだって1週間、散々彼に甘えてきた。

 だから、そのことについて文句は言えない。


「彼があの地に止まった理由は簡単です。私の心を落ち着かせるため。それが一番の理由だったかもしれません。今でも恐怖は残っていますが、彼のおかげで私はある程度まで立ち直れました。そして、彼は私に冒険のいろは、特に勇者様のパーティの特徴、私がどのように戦えば良いかを教えてくれました。そしてデスキャッスルの封印を解くために必要な三つのオーブを探す順番、それにオーブの本当の意味を教えて頂きました。」


 これは世界の意志ではない。間違いなく、彼の意志だ。

 そして、その証拠はある。だからリディアは続けて彼の偉大さを語った。


「それが……。それこそが彼があのイベントをキャンセルしなかった理由。それが分かってしまうのです。あなた達もイベントキャンセルを経験していると聞いています。その結果、なかなか仲間に入りづらかった経験をお持ちの方もいらっしゃるとか。他にも説明不足が足りずに仲間入りが難しかった方もいらっしゃると。彼はその全てを自分のせいだと反省していました。彼は、本当ならあんな酷い死に方をしなくても済んだのに……。彼は……どこまでも……」


 リディアの言葉は思い当たることが多すぎて、みんな押し黙ってしまった。

 もちろん、ゼノスはただぼーっとしていただけだが。


「とにかく、動こう。レイのためにオーブを探しに行こう。その為の準備を始めよう。俺たちにできることはそれだけだ。」

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