第84話 感想掲示板

 アズモデは今回の勇者の行動に不満を持っていた。

 そして、NPCのバグに困っていた。


 だから、イベントディレクターの彼自らが勇者様の為に行動を起こした。


 ——そして、そこからレイの悲劇が始まる。


 勿論、仲間を全て再起不能どころか、死の淵に追いやったアズモデは許せない。


 でも、彼は一体何を読んでいたのか?


 そもそも、彼は何なんだ?


 彼がゲームマスター?


 それにしてはやることがひどい。


 そんなことを考えていた時、腹部に痛みが走った。


「レイ、済まない……」


 うっすらと教え子の声が聞こえる。


 でも、その力では強大な魔族となった彼ののHPは削りきれない。


 つまり魔人レイは『魔族のHP』、推定20万のHPを持っている。


 だって彼は四天王二人分の役を背負っている。


 あの発見が、活躍が、まさかこんな形で返ってくるとは。


「うーん。君、どうしたの?弱くない?ダメダメ、全然死んでない。ほら、もっと急所を狙って!お得意の急所攻撃をして!」


 本を持った道化師が、勇者の動きを確認する。


 そして勇者役の彼は仲間の為に、彼の先生に剣を突き立てる。


「レイ、済まない!お願いだから……、早く死んでくれ!」


 その度にレイの体から血が抜けていく。


 けれど死には至らない。


 痛みだけが続く。


 激痛が続く。


 アルフレドは何度も剣を突き立てる。


 何度も


 何度も


 何度も何度も何度も何度も


 脇の下・腋下動脈、下腹部・鼠径動脈、腹部中央・大静脈、そして首元・頸動脈。


 何十、何百と、本来は死へ至れるはずの痛みが彼を襲う。


 ——この世界は急所が全てではなかったのか。


 これはアルフレドの手加減なのか、それともレベル不足なのか、それとも魔人レイのレベルが高すぎるからなのか……。


 分からない。


 分からないけれど、とにかく激痛が続く。


 人間として殺された時とは比べ物にならない痛みが続く。


「やっぱ頭じゃない? 思いっきりかち割っちゃいなよ!」


 また、駄目出し。

 

 アレは頭を狙えという。


 自分にとって、レイはずっと上の存在、冒険の先生、そして憧憬。


 彼の顔を、頭を砕けと言う。


 殺しても生き返る、そう言われている。


 そして、早くしないと仲間が、……死んでしまう。


「クソッ!済まない!お願いだ、レイ!お願いだ!お願いだから早く、早く死んでくれ‼」



     ◇


 こちらこそなかなか死ねずに済まない。


 そんな思考が浮かびそうになった時、おそらく鼓膜が、鼓膜だけじゃない。


 その周辺の組織が破壊されたのだろう。


 ——だから強烈な耳鳴りがした。


 三半規管が壊れたのかと思った。


 視界全体が歪む。


 何も見えないはずなのに脳が揺れる。


 頭から星が出るとは言ったもので、目が見えないはずの眼球の奥に星が浮かんだ気がした。


 その後、何度も何度も星が浮かぶ。


 そして……


 彼は何度も頭を打ち付ける、すると視界に浮かぶ星が増え続け、一昔前のテレビ放送終了後の砂嵐が見えるほどになった。


 ここまでの激痛ならばショック死してもおかしくはない。


 だが、死には至らないのが魔族というものかも知れない。


 それが彼の苦しみをより残酷にしているのだが、それもついに終わる。


 急に痛みが無くなった。


 体が諦めた?


 痛すぎて、痛くない、だってもうすぐ死ぬんだから。


 だから全てが認識の外であった。


 だから彼は何故か暗闇の中でにポツンと立っている。


 彼はそこで見覚えのあるものを目の当たりにしていた。


 これはベーターエンドルフィン的な何かが見せているだけかも知れない。


「これってクリア後の感想を書くページ……だよな。そっか、この世界ってあのゲームと設定がそのまんまだったっけ……。」


 自分の記憶か、それとも世界の仕様か。


 細かいことは考えず、とにかくそこに書かれた文字を読み始める。


「えっとなになに?」


 莫大な文字列が浮かんでいた。


 そしてご丁寧にも自分のHPも視界の右上あたりに浮かんでいる。


 自分のHPが250000あったとは、彼自身もかなり引いていた。


 そしてその数値が、今や400にまで減っている。


 これは良い一撃を受ければ、あと二発か三発だろう。


 ——でもそんなことはどうでも良い。


 その文字列の内容に目を奪われた。


 その文字列に名前を書く欄はない。

 上から順番に、このゲームをクリアした人の感想が並んでいる。

 直感的にというより、そういう仕様だから理解できる。


『これ、終わりってこと?うーん、これってグッドエンド?これで良かったのかな……。ここで終わり?』


 最初の感想はどうやら初見プレイヤーのもの。


『いやぁ、まさかこんな経験ができるとは!でもやっぱ予想通りエミリルートだった。でも本当に楽しい。しかもメビウス様にお願いしたら、最初から初めて別ルートも見れるんだって!』


 次の感想、その言葉を見た時、レイは少しだけ嫉妬した。


「なんだよ。ちゃんとアルフレドになってんじゃん。俺は、レイモンドなんですけど⁉俺だってエミリルートでクリアしたい。そして挟まれたいなぁ……って、つぎ!つぎ!」


『お、書き込まれてる……って俺の書き込みかよ。今回は頑張ってソフィア目指したけど、結局マリアルートだった。次こそは念願のソフィア行きたいなぁ。でも……、いや、俺は断じてロリコンではない!』


『うーん。やっぱソフィアだよなぁ。ソフィア。あの子のドSさがもう……』


『お、二個前の奴に賛成、って俺じゃねぇか。結構クリア長いからここの存在忘れるんだよなぁ。あいざたんめちゃかわー。』


『やっとフィーネ行けた。でもゼノスだけはムカつく……。』


 そしてその書き込みはルートを全てコンプリートしたところで、その後は無言となる。

 無言部分が五回か六回、繰り返される。


『お、前にもここきたやついたのかぁ。うんうん。分かる。でも俺はいっぱつで狙い通りリディアいけちゃったもんねぇ。やっぱ正統派お姫様だよなぁ。』


『ん?また俺の書き込み? うーん、こんなに面白いのに……』


 そして彼の書き込みも次第にコメントがなくなっていく。

 つまり彼は飽きているのだと理解できる。


『もうちょっと歯応えがあるように、メビウス様に頼んでみた。これでちょっとは刺激が増えるといいな。』


『まじかよ。あんな……。でもこれはこれでいいかも。』


『なんだ、結局あんまりかわらなかった』


 そして彼もどんどん無言になっていった。

 ちなみにレイも右上のHPがどんどん減っているので少しずつ焦り始める。

 だからどんどん読み飛ばす。

 そしてあるコメントに目が止まった。


『ここまで来てわかってきた。いままでの書き込みは全て俺のものだ……。だからここからは記録としてここに記すことにする。これからの者も記憶がなくなっていたとしても、ちゃんと書き込むように。全て俺自身だということを忘れるなよ。』


 その文字列にレイは目を奪われた。


 ただ、まだこれはアルフレドの日記なんだと思って眺めている。

 そして、しばらく飛ばし読みをした後、この言葉で再び目が止まる。


『だめだ。どうやってもこの世界から抜け出せない。クリアしてもクリアしてもゲームが終わってしまう。そして最初から最初の名前決定画面に行ってしまう。ひとまず纏めよう。まず、強い状態で一からを選択すると、装備は勿論、ステータスも勿論、そして記憶までもが引き継げる。そして0からゲームスタートを選ぶと記憶が消える。これは俺の勘だけど。……だから最初からやりたい場合はこちらを選ぶことを勧める。俺も記憶を消して楽しむことにする。』


「抜け出せないって、アルフレドは、あのアルフレドでいいのかな?」


 HPは残り180だ。


 魔物は防具がない。

 だから高レベルの魔物は皮膚も骨も全て強いのだろう。


 とはいえ、残り180だ。急いで読む必要がある。


 ここが何なのかさえ、まだ分からない。

 嘘でもいいから、何でもいいから情報を得たかった。


『やはりそうだ。結局ここに行き着く。だから俺は途中でバッドエンドを選んだ。ずっとメビウスに囚われ続けるなら、死んだ方がマシだ。』


 次第に文章が狂い始めているのが分かる。


 そして。


『前回選んだのはバッドエンドA、今回はBを選んだ。』


 そしてその後はバッドエンドラッシュが続いた。

 彼があれほど恐れていたバッドエンドに挑戦するなんて、どれだけ勇気があるのだろうとも思う。


 だが、実はバッドエンドと言っても、ただ最初に戻るだけだったらしい。


『全てのバッドエンドは揃った。でも結局同じ毎日だ。だから次は進行不能バグを狙う。こんなゲーム、壊れてしまえ。』


『今回も狙った。だめだった。もういやだ。このゲームをぶっこわしたい。そして俺をこの無限地獄から解放してくれ!第一、願い事を聞いてくれるって言っているくせに、どうして解放してくれないんだ……。もう終わらせるのは嫌なんだ‼』


『このゲームが……憎い……』

『このゲームが……いやメビウスが憎い……』

『このゲームが……いやみんな嫌いだ』


 その言葉にレイは体の感覚が無いにも関わらず、鳥肌が立つのを感じた。


『ちょっと前回は熱くなりすぎた。だからもう一度と思ったのだが。やはりだめだ。魔族が勝手に自滅する。バグが起こる前に何もしなくてもクリアできてしまう。またやり直しだ。』


 その言葉にはレイも納得だった。

 魔族は死にたがりだ。

 まるでゲームをクリアしてくれと言っているように思えた。


 ——そして、次の言葉にレイは震えた。


『だから本当になにもしないことにしてみた。だが、周りの問題だけじゃなかった。俺の体は、おそらく脇腹なんだとおもうが、そこを刺激されると、勇者に相応しい行動を取ってしまう。だから結局俺もゲームの一部なのかも知れない。メビウスが憎い。メビウスが憎い。最初からメビウスという名前に引っかかってたんだ。単なるギャルゲーのネタだと思っていたのに』


 刺激を受けるとキャラが変わる。

 心当たりがある。


『そういえば、ずっと考えていたことがある。俺がこのゲームに入る前に、突然の1Gギガ クラスの深夜アップデートが入った。もしかしたら、そこに拾えていないイベントがあるのかも。そしてそれをコンプリートすれば……』


『だめだ、見つからない。』


『見つからない』


『見つけられない』


『本当にあるのか?隅々まで探しても見つけられなかったぞ?』


 自分の視界のHPがほとんど0になりかけているのに気がついた。

 だから同じような文章を飛ばし、ずーーっと下の一番最後に書かれている文章を見ようと思った。


 そして、一番重要なメッセージを見つけてしまう。


『もう、これしかない。そしてこれは賭けだ。初期メンバーで名前が変えられるキャラ、レイモンドに俺の名前を入れてみようと思う。知られざるイベントも見つかるかも知れないし。そうすれば脱出できるかも知れない。だが、うまくいかなくてもあのキャラならゲームをめちゃくちゃにできるかもしれない。そうすれば……、きっとこのゲームを壊してメビウスに一泡吹かせられるかも知れない。ただ、ニューゲーム扱いだから、記憶は消える。うまくやってくれよ、俺。レイモンドでこの世界を壊し尽くしてやる‼』



 その瞬間にレイの意識は途絶えた。



 ——いや、正確にいえば、現実に引き戻された。



 つまりレイは復活した。

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