第83話 悲劇の再来

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アルフレド「ここが秘密の塔か。ここにリディア姫が幽閉されている筈だ。それにアイツが……」


 アルフレドは憤りを封じ込め、塔全体を見回しながら、罠がないか探している。

 すでに冒険も終盤であり、彼の顔もあの村を旅立つ頃に比べるとずいぶん凛としている。

 そして彼が全身に纏う鎧からは淡い光が漏れ出しており、相当の防具だと分かる。


フィーネ「そうね、あの男に……姫様はもう……。伝承通りって感じだけど……、えとゼノス様は……」


 フィーネも魔法のローブを身に付けているが、元々のスタイルの良さもあり、少々セクシーに見える。

 そんなフィーネが淡い恋心を寄せるゼノスに話しかけた。

 少し前まで魔王軍の幹部をやっていたゼノスなら、リディアの情報を持っているに違いなかった。


ゼノス「あぁ。間違いない。あのゲス野郎が可憐な美少女様を穢しているだろう。だから俺が今度こそアイツを!そして俺が御救いする。可憐な姫を!もちろん、姫には遠く及ばないがな。」


 ゼノスの装備は基本的に変わっていない。

 竜騎士装備と呼ばれているが、彼の体は変化するため装備できる防具が限られている。

 その代わりドラゴンキラーという彼が持っていいのか分からない代物を担いでいる。

 そんな彼が姫、もといアイザに向けて軽くウィンクをした。


アイザ「もうゼノスってば。わらわは姫じゃないの。立派な魔族なの。それより、あの男とずっと幽閉なんて可哀想……。わらわも気持ち分かるかも。すぐにでも助け出すべき。」


 アイザは数枚の衣を羽織っているが、どれもこれも強度の高い繊維で編み込まれており、見た目に反して防御力が高い。

 高貴なる五衣いつつぎぬと呼ばれるこのエリアでは最強の防具である。

 さらには魔力の扇を持ち、最大火力にプラス20%されるというレア武器も装備している。

 それに多くに人間と喋ることで少しずつ、滑舌もよくなってきているのが、少しだけ惜しい。


ソフィア「そうですね。悪逆卑劣な男、レイ。あいつを倒さないと。私もいわば、幽閉されたような生活をしておりました。彼女がその最後の被害者ならば、必ず無事救出しましょう。」


 ソフィアは神に愛されし修道着という少しだけ劣った服を着ているが、それでも後衛の彼女には十分すぎる装備をしている。

 そして鞭のように自在に操れるモーニングスターを振り回し、彼女の周りだけ常に空気が切れる音がしている。


キラリ「どっちみち、必要なんだよね。 勇者様、ハーレムすぎ。」


 キラリは両肩にミサイルランチャーを装備し、足にもミサイルポッド。

 体の中央には何かのエネルギーを発射させる何かが装着されている。


ゼノス「いやいや、それはないな。俺の武技、ハーレム斬りで俺がハーレムだ。いや、ハーレムが俺だ。」


エミリ「イケメンなんだけど、ちょっと残念なんだよねー。よほど心に闇がないとそのハーレムは難しそうな……。って、そんなことはいいんだよ。急がないとあのゲスやろう、本当に姫の貞操奪っちゃいますよ‼」


 エミリは重装歩兵の装いではなく、軽量でも防御の高いミスリル製の鎧を纏っている。全宇宙の神『C-E-R-O』によって、水着のような鎧は免れているが、それでも彼女の実った果実はよく分かるほどだ。


マリア「今度こそ、あいつの○○ぶっこぬいてやるわ……って、何でもない。マリアもお嬢様だから、同じお嬢様をお救いしたいの!」


 マリアの着ている武道着は赤い下地に金色の竜が刺繍されている。この刺繍にこそ魔力が宿り、彼女の急所を守っている。

 そしてついに両足にスリットが入り、そこから覗くのは黒のストッキングだ。

 ちゃんと見えても良い下着を選んでいるので、画面に映り込んでも問題ない。


ゼノス「ふっ、まぁいい。俺の股間……じゃない。沽券に関わるからな。先陣は俺が切る!」


 そしてゼノスは一人、走り出した。


アルフレド「待て!上だ‼‼」


 アルフレドの言葉と同時に禍々しいオーラを纏った槍が頭上から超スピードでゼノスの目の前の地面に突き刺さった。

 そして全員が臨戦体制に入る。

 するとどこかから風を切る音が聞こえた。

 バサッ、バサッとリズミカルに奏でられる風切り音。

 そしてあの男が姿を表した。


魔人レイ「なんだなんだぁ。騒がしいなぁ。俺と姫様の睦言が聞こえなくなるじゃあねぇか。それにハーレムだってぇ? ゼノス、裏切り者が何はしゃいでやがる。ハーレムってのは百獣の王にしか使えねぇ言葉なんだぜぇ?」


 そして魔人レイは巨大な犬歯を光らせながら、地面に突き刺さった槍を強引に引き抜いた。

 そこからブンッと全く関係のない岩場に向けて投擲をした。

 すると二十メートルはあろうかという岩が粉々に砕かれた。


魔人レイ「アルフレド、なつかしいなぁ。一緒にちゃんばらごっこをしたか。あの時はフィーネを奪い合うため……、だったなぁ。それで俺は魔族に、そしてお前は勇者様なんだとさぁ。」


アルフレド「待て!まだ間に合うかもしれない! いますぐそこを退くんだ!」


フィーネ「……無駄よ!なんで生きてるのよ! 早く死になさいよ!!アルフレド、あなたが行かないなら、私が行くわ!」


エミリ、マリア、ソフィア、キラリ、アイザ「私たちも行くからね!」


           ▲


 秘密の塔の前はまるでここで戦ってくださいと言わんばかりの広場となっている。

 そして光をうしなった犬歯を確認して、レイは全員を見据えた。


「一応はここで揃えられる最強の武器、防具は手にしているみたいだな。順調だな。アルフレド。いや、ムービーと装備が全然違うが、まぁ気にするな。」

「レイ……。済まない。俺はそんなつもりじゃ……。」

「気にするな。っていうか今は気にしてくれ。俺も本気で戦いたいんだからな。」


 レイが構えているのはゼノスと同じくドラゴンキラー。

 しかも両手持ちにしている。

 二本奪ってしまったのだから仕方ない。

 マジックスティックはレアモノのため、塔に置いてきた。


 勿論、レイは負けるつもりだ。

 しかもHP0。

 昔のRPGなら死んでいる状態を目指す。

 けれど彼らの戦いが気にならないわけではない。

 ちゃんと連携がとれているか、それも見ておきたいと思っていた。


「待って。あの……、私の話を聞いて……、えっと私は……」

「フィーネ。今は必要ない。全員知っての通り、この塔には最後のヒロインがいる。彼女がいなければオーブは手に入らない。そしてオーブが手に入らなければ、デスキャッスルにいけないし、残る幹部も倒せない。だから……」


 その瞬間だった。レイが説明を始める瞬間。


 レイは急に言葉が話せなくなった。

 というより下顎の感覚がない。


 そしてじわじわとやってくる痛みを感じた。

 完全に不意打ちだった。


 そんな筈はない。

 ここは魔人レイvs勇者パーティの戦い。


 だから全員が自分よりも前にいることは分かっている。

 そして銀の槍が一瞬だが視界の端を通ったのも視認している。

 つまりやや後ろ、レイの死角からの攻撃だった。


「いやぁ……。これがバグってやつなのかなぁ、光の勇者様。バグは進行上宜しくない……でしたよねぇ。このNPC、時々訳わからないことをするんですよぉ。だからお詫びです。耳障りな声は気に入らないでしょう?」


 アズモデの声が聞こえた。

 というより先の攻撃で彼だと、レイは理解していた。

 どうしてあの男がここにいるのか、咄嗟に考える。

 つまりこのことも読まれていた?


  彼はムービーの後にイベントバトルがあると、そしてそのイベントバトルは手が出せると知っていた?


「アズモデ……。俺はレイと話をしたいんだ。邪魔をするならお前を……」

「アル、あたしが先にこいつやっちゃうよー!!」


 前衛のエミリが巨人族の剣という鉄塊で、岩場に座っていたアズモデに不意打ちの一撃を喰らわす。

 だが、ここで彼らは以前エルザと戦った時と同様の現象を目にする。


 あんな巨大な鉄塊が何かに弾かれて、エミリは空中で体勢を崩してしまった。

 そしてアズモデは輪っかのような何かをエミリに投げつけた。


「痛い……くない?」


 ドンと音を立てて、エミリは地面に叩きつけられた。

 そして間髪おかずに、もう二回ドンドンと音がする。

 そしてその様子にエミリが、そして仲間が目を剥いた。


「ほらー。邪魔するからだよー。でもこれで邪魔はできないかなー?……はぁ。また君。」

「……………」

「せ、先生‼……なんで?」


 エミリの前にレイが立ち塞がっていた。

 地面にころがったのは、彼の両腕だった。


「ほら、バグだねぇ。なんで僕の攻撃をうけちゃうんだろう。」

「当たり前です!レイならそうするんです!」


 ソフィアも怒りのあまり前が見えなかった。

 だからモーニングスターを振り回しながらアズモデに戦いを挑むのだが、その棘付きの鉄球も弾かれて、さらに彼女も吹き飛ばされる。

 ただ、それはアズモデの一撃にではなく、レイが彼女を蹴ったからだった。

 そしてアズモデの放ったチャクラムは容易にレイの足を切り落とした。


「君たちもバグってるのかなぁ。もういいや。要領は分かっているよね?勇者様?」


 アズモデはレイの体を蹴り上げて、レイが最初にいた位置に転がした。

 そしてしばらくレイを眺めた後で、もう一方の足も切り落とした。


「うん。これでシンメトリーだね。もうー、これっきりだからね。ちゃんと経験値を食う。そうしないと進まないでしょう?それに彼を殺さないと、最後のヒロインは出てこないよ。まぁ、君が心優しいのは知っている。だから一週間、素行が悪いと有名な彼とあの子を同居させた。これはもうまずい状況だよねぇ。早く助けなきゃ、あの子が自殺したらゲームオーバーだよ?」


 アルフレドは声を失った。

 四肢を失った彼の姿に前の自分が重なる。

 そして、この悪魔の言っている意味が理解出来ない。


「えっとねぇ。因みにこのあとはムービーイベントだから、別にグロいとか気にすることないんじゃない?じれったいなぁ。今回の君、とっても動きが悪いよ? この世界を救わないんならそれでいいんだけどねぇ。でも、やっぱり最後まで見たいよねぇ。」


 いや、理解できないことを言う存在を知っている。

 一週間、同居させたと金髪のピエロ悪魔は言った。

 そして、ムービーイベントと言った。

 だが。

 いや、確かにさっきの自分はそれを知っていた。


「ちぃぃぃ!」


 アズモデは両手の手首を動かした気がした。そしてそのあと、後ろで声がした。


「ゼノス。君は本当にダメなやつらしいねぇ。聞いているよ?だから面倒を起こす前に動けないようにするべきだ。もう見えない壁は存在しないからね。」


 その声にアルフレドは後ろを振り返ってみた。

 すると……、また前のフラッシュバックが浮かぶ。

 彼も再起不能な怪我を負っていた。


(こいつ、言っていることがメタ目線だ!)


 レイは戦慄していた。

 やっぱりこいつは知っている。

 イベントとムービーの違いも理解している。

 そしてバグという言葉を多用していることから、やはりゲームマスターなのではないかと疑ってしまう。

 そしてアズモデはここから凶行に走る。


「ねぇ、早く魔人を殺しなよ。出ないとみんなが苦しむよ?」


 エミリが再起不能にさせられる。


「先生……、ごめんなさい……」


 そしてソフィアも。


「レイ……わた……」


 その瞬間、ソフィアの顔がぶん殴られたようにぐるりと横を向いた。

 そして、魔法を唱えられないように、口を塞がれた。


「ねぇ、光の勇者様。以前にもこういう遊びをしていたじゃない?」


 そして今度はマリアも同じ様ににされた。

 吹き飛ばされる前、彼女は「レイ……」と言っていた。

 アズモデはその剛腕で鋼鉄をぶつけているのか、それとも小さな爆弾を放っているのか。

 それをアルフレドの仲間が死なない程度、無力化出来るようにと放り投げている。 

 もう現場は土の面積よりも血の面積の方が多い。


「以前にも……?」


 アルフレドの言葉と同時に「レイ!」という声を残して、アイザの体が爆発した。

 彼女は魔族だ。この程度では死なないと踏んだのだろう。


「そう。以前にもやったよねぇ。全員がズタズタになった後にムービーシーンに突入してたよねぇ?」


 その言葉に、アルフレドはレイに助けられた経緯を思い出した。

 フィーネは言ってほしくないと、一時的にショック状態に陥ってしまう。

 生きてさえいれば、ムービーシーンに突入さえすれば、元通りの体になれる。


 ——それはこの体が知っている。


「そろそろ、タイムリミットだよ。僕は別にどっちでもいいんだからね。」

「レイ……、私……アルフ……」


 フィーネの声が耳障りだったのか、アズモデはフィーネを吹き飛ばした。

 要は魔法を使えないようにしているのだろう。

 キラリも……、だめだ。

 これはまさにドラグノフの再来だった。

 そして違うのは。


 最後の始末をアルフレドにさせようとしていることだ。


 だからレイはアズモデを睨む。

 アズモデは本を読みながら、もう片方の手で銀の槍を構え……、——直後、レイの視界は真っ暗になった。

 でも、辺りの音は聞こえるので、ただ目を潰されただけなのだろう。

 もしも死んだのならムービーに突入できた筈だ。


 ——彼はちょくちょくあの本を読んでいた。


 これが一体何を示すのか。

 あれこそが、この世界の意志なのか。


「さぁ、光の勇者様。お仲間の命は風前の灯。でも貴方ならそれをやり直せる。だから早くあの悪辣な悪魔を殺すんですよー!」

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