第82話 埋まり始めるピース
レイは、今までのアルフレドの辿った道を説明し始めた。
プレイヤーの時の彼はアルフレド役だったのだ。
だからこそ勇者目線で話をすることが出来る。
新たな仲間と出会った時には華やかな演出をし、被害にあった村の話をするときは厳かに、そして強敵と戦ったときは活劇調に語る。
そして具体的な話をしようと思った時、ラビがレイの耳にひそひそと囁いた。
「あ、あぁ。そうだな。今日は流石に寝た方がいい。じゃあ、俺は……」
こういう時にマントは不便だ。
小柄な少女にも簡単に掴めてしまうし、そのまま進めば転ばせてしまうかもしれない。
だからレイは立ち去ろうとした足をその場で止めた。
「レイ……、一緒に寝よ?」
リディア・エステリア・ドラゴニア。
このゲーム世界の中では唯一の王族だ。
今は、それだけの説明にしておこう。
そしてゲームが始まった段階では、すでに彼女は一族全てを失って、ここに幽閉されていた。
理由は勿論ゲーム都合だが、一応の設定は光の勇者と同様に彼女も女神メビウスの加護を受けているからだ。
そして、それら全てを破壊することによって、魔王は女神をも失墜させて、この世界を魔界へと変える。
けれど、彼女にとってそんなことは関係ない。
設定だとか、都合だとか、彼女の前では意味を持たない。
目の前にいるのは家族を失って、ここに幽閉されていた一人の少女だ。
だからレイは振り返った。
「分かった、寝るまでは一緒にいてやる。ってか、俺は魔族だぞ?」
「うん……、分かってる……。でも……」
レイも胸が痛む。
魔族でなければもっと彼女を安心させられただろう。
そしてその考えに至ると心がやけにモヤモヤする。
だからそれを払い除けようと、レイは部下に命令した。
「ラビは添い寝な。んでイーリはぬいぐるみバージョンになれ。やっぱ女の子はぬいぐるみを抱いて寝るのがよく似合う。」
ただ、彼女は白兎とコウモリのぬいぐるみだけでは足りなかったらしい。
さすがはお姫様といったところだろう。
だから白い手がぬいぐるみの上から差し出される。
「レイ……手を……」
「あぁ……、ちょっとだけだぞ。」
そしてあっという間に少女は眠りについた。
彼女は一体、いつの段階から目が覚めていたのか、それともずっとそうなのか。
未だに分からないことだらけだ。
終盤に近づき始めてから、レイの胸のざわつきは酷くなる一方だった。
だから彼はゆっくり握っていた少女の手を離し、それをイーリぬいぐるみの上に置いた。
彼女の手が無意識に何かを求めている。
その仕草に胸を締め付けられながらもレイは踵を返した。
『ご主人様、いかがされました?』
ラビの心の声が聞こえる。
ということはイーリも聞いているのかもしれない。
でもレイは、
『先の下見をしてくる。リディアを頼む』
と言っただけで、詳しくは説明しなかった。
そしてレイはゆっくりと扉を抜けて、塔を後にした。
次の日のも同じように過ごす。
まずは医療研究施設に行って、マロンさんにスラドンバの再利用の方法を聞いた。
揉みしだいて不純物を吐き出させたら良いと言われたので、ちょっと揉みし出す練習をしていいですかと言ってみたら、ぐーで殴られた。
そして街に買い物に行く。
昨日よりも少しだけ落ち着いた街。
そこで昨日採寸してもらったサイズの少女用の服を買う。
小児性愛のオーラを纏っているから、妙な目を向けられた。
けれど、あの時ついでに奪ったお金を使っているので文句は言えない。
ちなみに変身すれば良かったと気がついたのは、帰りのマガマガメルトの中だった。
そして帰宅をすれば、また部屋が散らかっている。
だからスラドンバを揉みしだいて、散らばったお金も吐き出させる。
「え、いいんですか? 可愛い服!これ、レイが選んでくれたの!?」
「……リディア、俺に気を遣わなくていい。今は先のことだけを考えて欲しい。ま、気に入ってくれたなら良かったけど」
「はい、ご主人、イーリは外へ。お姫様がお着替えに入りまーす!」
そしてレイとイーリが部屋の外に追い出された。
ちなみにイーリはずっと「裏がのっていれば……、裏がのっていれば……、リンシャンに俺のスーアンコがいたのに……」とボコボコにされた麻雀の言い訳をし続けていた。
レイへの借金は30000Gにまで跳ね上がっている。
なんでお金をかけるのかと聞いてみたところ、「じゃらじゃらじゃらーって、ばーーーって、わーーーってなるじゃないですか?」と気持ち悪い顔をしたので、これ以上聞くのはやめようと思った。
「じゃーん。男ども、ひれ伏すが良い! テーマは『お忍びお姫様』ぁ!」
白のブラウスに紺色のキュロットスカートという組み合わせ。
だが、お姫様の服が街に売っていない以上、絶対にテーマはお忍びお姫様になるだろう、そんなツッコミはせずにレイは素直に「似合ってるよ」と言った。
そもそも彼女はリメイク前の人気ランキングで圧倒的に一位なのだ。
流石にヒロインオーラが眩しい。
そして、馬鹿の一つ覚えと言われないように、今日は肉じゃがに挑戦してみた。
ご飯を炊くのもずいぶん慣れたものだ。
このゲームが日本製で本当に良かったとレイは思った。
そしてその日も手を握って眠るのを待つ。
昨日よりも強く握られている気がする。
一応勇者の軌跡は説明しているのだが、どうしても近くにいる者に頼ろうとしてしまうのだろう。
でも、ここにいるのは皆魔族だ。
そしてレイは再び夜は出ていく。
(今日もアルフレドは来ない。アズモデも。……やっぱり、そうなのか)
そして次の日も研究所、今度はカロンさんに料理のレシピを聞いた。
全く参考にならなかったが、それとなく味見という理由でレイは「指を舐めてください」と言ったら、普通に噛まれた。
それはそれで良かったと思いながら、いつものような一日を過ごす。
すでにイーリの借金は十万を越えた。
話を聞くと、視界がぐにゃぐにゃしているのだという。
「朝まで握ってて……」
ついにその一言が出てしまった。
だから優しい嘘をつく。
次の日の朝に手を握って起こすつもりで、レイは再び外に出る。
そしていつも行っている場所を目指す。
「デスキャッスルの中で俺は死が確定する。今はまだ入ることは出来ない。それでも何度でも行ってみるべきだ。この胸のもやもやの正体は未だに分からない。」
そう言って、レイはコウモリの羽を広げた。
彼の魔力はすでに四天王二人分飲み込んでいる。
役者を食うことでどうやら魔族は成長するらしい。
彼は自分がなぜデスキャッスルに行こうとしているのか、根本的には分かっていない。
『だって君はこの意味を既に理解しているよねぇ?』
「何を理解してるってんだよ! 俺が何を理解できる!? どうすれば死を避けられるかってことをか⁉」
レイはあっという間にデスキャッスルを視界に捉えていた。
それは当然で、七番目のヒロインは最後のヒロインだ。
ただ、このゲームは恋愛要素満載だ。
だから、このままクリアしたんじゃあ、リディアの好感度を上げるイベントがあまりにも少ない。
だからこそ、ここから西の大陸に戻って三つのオーブを探させる。
でも、今しがたリディアのイベントスチルを二つも見てしまった。
それにアルフレドは真面目な性格なので、ファストトラベルを駆使してあっという間にオーブを集める可能性がある。
(そう、この組み合わせだから。こっちは確定。ホワイトパールスラドンさんには申し訳ないけど、経験値になって貰っている。真面目な勇者なら、あのムービーを見て飛んでくる。つまり——)
少しずつだけど、ピースは埋まっていく。
けれど、終わりの日も近い。
「こっちが表で、……こっちが裏か。」
レイはデスキャッスルをぐるっと一周してみた。
ゲームの趣旨上、この城はクソ長クソムズダンジョンではない。
まず入ると大きな広間。
そして左右に部屋があり、中央をまっすぐ進むと祭壇がある。
その祭壇を魔王ヘルガヌスが玉座に変えて鎮座しているという単純構造。
そして最初の広間にはドラグノフが仁王立ちしており、ここでムービーが挟まれる。
ちなみに彼を倒さなければ次の道には進めない。
付け加えるならばドラグノフは勇者専用の剣をドロップするので、そこで勇者は最後の剣を手にできる。
だが、そのままでは正面の扉は開かない。
だから右に進んで、このゲーム上最も影が薄い悪魔司祭カギッコホネッコを倒す必要がある。
すると鍵が手に入るので中央の道を進めるようになる。
ちなみに左に行けば、マロンカロンボロン三姉妹がいて、彼女たちを倒せばヒロイン向けの最強装備が手に入る。
そして扉を開けた瞬間にムービーが差し込まれる。
そこでついに魔人レイモンド最後の見せ場である。
「ちょっと待ったぁぁ!」と花嫁にちょっと待ったコールをかける。
「その展開で大体気がつくと思うけど、デスキャッスルの本来の名前はオーロラウェディングキャッスルだ。ヘルガヌスを倒して、禍々しいオーラが消えると結婚式場に変わる。だからこそ、城そのものは大きくない。でも……。やっぱり見えない壁が存在する。つまり、今の俺に出来ることは何もない……って、俺は何を言っているんだ? もう、姫プさせる必要もないだろ? あのイベントは俺がいなければ絶対にキャンセルされる。だから俺はもう一回死ねば安全なんだ……、でも……」
レイは何度も見えない壁に突撃を繰り返す。
もしかしたら行けるかもしれない。
行ってどうするなんて考えない。
だからその様子をじっと見つめるアズモデの姿には気付けなかった。
——そして数日後、秘密の塔に勇者達がやってきた。
だから、アルフレド達がムービーを見ていないことは分かった。
だが、そんなことより最終日に気付いた大誤算がある。
幸せな日々をこの部屋で過ごしていたが、基本的には外出していた。
だから完全に見落としていたことがある。
この部屋から塔の入り口付近が見える。
つまり自分の負け様を三人に見られるということだ。
それはあまりにもひどい。
なるべく一瞬で、できれば『エミる斬り』くらいでスパッとムービーに突入してくれると助かる。
そう思いながら、レイはその出窓から西の方角を眺めていた。
そして魔力で強化された視力は確実に捉えていた。
というよりいまだに車は必須なので、いやでも目立つ。
それにリディアのオッドアイが震えている。
やはりこの世界はゲームではない。
NPCがちゃんと感情を持っている。
だからこんなにもレイは苦しいのだ。
「——何がしたいんだ、俺」
そしてその胸の痛み、心臓の痛みに杭を打つように、バンッと車のドアを閉める音が聞こえた。
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