第81話 七人目のヒロイン
ラビとイーリが目を丸くしている。
「ご主人!ぐっぽっぽとはどういう意味ですか?」
「俺にきくな。ってか、突っ込むのそこじゃねぇだろ。この男、ほんとエロになるとIQが減っていくな。」
「今、旦那が口にしたばっかじゃないっすか。二人とも何を言ってるんす?」
リディアは目の前に、もう二人魔族が追加されたことに腰を抜かしていた。
目の前は2mを越えそうな大男、鈍色の髪、鈍色の瞳の悪人ヅラだ。
頭から漆黒のツノを生やし、紫のマントを翻している。
そして、その両脇には同じ色のマントを羽織った白髪の美少女。
瞳は真っ赤で、オーラから分かるが彼女もかなり強い魔族だ。
そして左側にはロングヘアーの男がいる。
出で立ちはなんというか、ファッションセンスが人間風の悪魔。
何故かギターを持っている。
更には中央の男に、すでの箒も奪われている。
「さぁて」
下衆の大男の声。
箒を奪われたリディアに出来ることが何もない。
自害できぬように、刃物の類は持たされていない。
このまま、あの男二人に陵辱されるだけ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!近寄らないで‼」
「ほら、最初の一言でラビが変なことをツッコむからだぞ。イーリ。強制イベント、お前たちには入って来れなかっただろ? 俺も意味不明なことを口走っていただろ。あれがいわゆる神がこの世界に『かくあれかし』と望んでいるってことだよ。それじゃ、イーリ。この箒でこの辺の掃除頼む。この世界唯一のお姫様だ。やっぱ清潔感ってのは大切だからな。」
レイはリディアが渡してくれた箒をイーリに手渡した。
そして今度は反対の後ろにいるラビに話しかける。
「んで、ラビ。この子の服をなんとかしたいが、着替えがあるとは思えない。俺がメイドさんになって買ってくる。それに食材もモンスター用は流石にいかんだろ。ゾンビ姫になられたら困る。」
リディアには意味不明に映る。
だが、恐ろしくて悲鳴以外の声が出ない。
あれらがやっているのは、凌辱の前準備か。
「わ……、わた……私を美味しく食べる準備ですか?」
当然だが、リディアには先ほどのムービーこそが現実に思える。
勇者として通常ルートを進めば、それが正解なのだから、彼女の言っていることは正しい。
だから、すでにこの世界は色々おかしくなっているということだ。
「リディア姫さまー、ウチのご主人がそんな汚らわしいことするわけないでしょ! 貴女の為にと行動しているのよ。謝って!ちゃんと謝ってぇ!」
「流石にしょうがないだろ。さっきのムービー、お前も至近距離で見たの初めてだろ? 怖いってそりゃぁ。えっと、俺たちが何しに来たかっていうとな……」
そう言ってレイは箒をギター代わりにし始めたイーリと、リディアに詰め寄ろうとするラビの、首根っこを掴んで自身の真横に座らせた。
「あと1週間くらいで光の勇者がリディア姫を救いにくる。それまでに勇者に見惚れられるほど、綺麗なお姫様になって貰うんだよ。ずーっと幽閉されて、綺麗で出てくるのはおかしいだろ。だからこういう役が必要ってことなんだろうよ。」
現実にはあそこでムービーが挟まるので、こんなことをしても無駄だろう。
けれど、レイがここでやるべきはただ一つだった。
キラリ、アイザ、二人とも勇者パーティに馴染めていなかった。
流石に軌道修正が必要、と言っても最後のヒロイン、遅すぎたと言える。
あまりにも西でいざこざがありすぎた。
だから最初の四人に妙な連帯感が生まれている。
彼女にゼノスのような強引さがない以上、ここで勇者パーティの所作を教えておく必要がある。
「そ、そうなのですか。本当に?」
「お姫様でしょ!頭で考えるの!ご主人がそんなことするように見えます?……イーリ、脇腹は駄目!絶対にダメ!」
ラビの存在は本当に大きい。
彼女は清潔感もあり、とても美しい魔物だ。
「それじゃ…… 私……、助か……る……」
その瞬間にレイはラビに目配せした。
そしてラビに彼女を部屋の隅に連れて行かせて、泣き止むのを待った。
流石に王族が滅んだとはいえ、姫の涙は庶民に見せるべきものではない。
本当に、ラビがいて良かったと思える。
少女の世話をこんな大男ができるはずもない。
「でも、お前は別だ!箒はギターじゃねぇんだよ。小学生か、お前は‼」
「だって箒なんて時代遅れじゃないっすか。この辺に野良スラゴンいないっすかねぇ。スラドンは益モンっすからねー。」
「益虫みたいな言い方をするな! でも確かに……。うーん、俺スラドンに嫌われてるからなぁ。前世の行い的に。それにこの近所にはノーマルスラドンいない。」
そういう扱いをされるスラドンさんを、一方的にジェノサイドしてしまったという業を背負ってしまった。
あれだけ生前は蜘蛛を殺さないように生きていたのに、とレイがいつしかの記憶を思い出している時に、ラビがナイスアイディアを閃いた。
「ご主人、ウチたちは結界のせいで出られませんけど、ご主人は出られるんですよね? 医療研究施設だったら、ピュアスラドンが入手できるかもしれません。ここまで来たマガマガメルトから医療研究施設、そこからシャトルバスに乗って、エクレアに行かれてはどうでしょう? できればウチが行きたいんですけど、……あれがあれなもんで。」
「なんだその、サラリーマンが飲みを断る時みたいな言い方。……そんなご時世でもないけれども。確かにアーマグは便利過ぎるな。掃除は完全自動掃除機スラドンバに任せるんなら……。これでもやっておけ。お姫様を退屈させるなよ。」
レイは床にトランプとオセロをバラッと置いた。
何故か、レイが持っていた娯楽たち。
しかも日本人が作ったゲームである。
だから普通の異世界のように新たな娯楽を提供する必要はないし、教える必要もない。
どうしてレイがそんなものを持っていたかというと、強奪スキルの副反応によるものだ。
『小児性愛』なんてものまでついでに奪えるスキルだから、今までもしょうもないものをついでに盗んでいる。
勿論、彼らにとっては大切なものだったのだろうから、ある意味で心が痛む。
本当は勇者が世界を解決するまでの暇つぶしとしてとっていたものだが、どうやらある程度ギリギリまでお付き合いをする必要があるらしい。
「お!助かるっす!俺っち、大好物っすよ!」
「イーリの為じゃないんだからね!ご主人はお姫様の為に用意したの!」
ちなみに魔族のアイテムスロットは存在しない。
しないということは無限大である。
だから、これほど便利なものはない。
「じゃ、ラビ、イーリ。よろしく。」
そしてレイはマガマガメトロに乗り、たまたま居合わせたボロンさんに「そのスライムを分けてください」と言って引っ叩かれた後、『無垢なスラゴン』を手に入れ、内部抗争で随分くたびれた街エクレアで日用品とラビに頼まれた服を買い、食材をたんまりと買って帰宅した。
正直ファストトラベルいらねぇじゃねぇかというほど便利だった。
現代で言えば、車要らないんじゃない?レベル。
いや、この世界にも車があるから、それも多分アーマグでは要らない。
「ただいまーーって、なんだこの散らかりっぷりは! 遊んだものは片付けろ!」
何故か分からないが、トランプとお金が散乱し、そしてパンツ一枚になったイーリが床でのたうち回っていた。
「ご主人、違うんですよー。姫様が強運すぎて、イーリが賭けるもの全部無くなって暴れ回ったんですよー。」
「違う……、まだ賭けられるものは……ある。こ、こ、こ、こ、これで勝てば、全部取り戻せる……。俺、もう地下生活は嫌なんですよぅぅ!」
「お前らどこの世界彷徨ってんだよ。っていうか……、あぁ、そうかサキュバスバニー・ラビがディーラーになって、プチカジノになってたのな。」
「やりました!私、なんか向いているみたいです!」
「って、ラビ!お姫様にギャンブルを教えてどうする! 平和になったあと、ギャンブル政治をしてしまうぞ!……まぁ、いい。とりあえず、今からお金をかけるのはなしだ。チップは紙か何かで適当に作れ。」
「旦那ぁ。それじゃ、俺っちのお金が戻ってきませんって。次なんすよ、次は絶対にブラックジャックが来る計算なんすよ!!」
「はい、カードカウンティングはご法度。イーリ最後の服も預からせてもらうわね。」
「旦那ぁぁぁぁぁ、お金をぉぉ、お金を貸してくださいぃぃ!一万Gでいいんで!」
「お前クズだなって、一万Gってどんだけだよ!ってか、別にいいだろ。おまえ、コウモリの時は全裸なんだし。じゃ、俺はご飯作るからな。お姫様の口に合うかは分からないけど。」
という感じでレイは部屋を後にした。
かといって台所があるわけではない。
だからエルザの火炎魔法を駆使してなんとか仮説のキッチンを作る。
だが、どういうわけか、リディアがいるこの部屋では魔法が使えない。
仕方なく部屋の外、別の部屋に行って試してみたら、うまくいった。
彼女が閉じ込められていた部屋だけが、魔法が使えない仕様になっていたらしい。
ちょうど向かいにある部屋だし、臨時のキッチンとしてはちょうど良い。
日用品が普通に手に入ったのはラッキーだった。
(アルフレドは来なかったのか。例えばアズモデが……。いや、まだ何とも言えないか。)
レイは仮設キッチンの机の上に置いた食材を前に、ここでスキルを発動させた。
「スキル・微塵切り!短冊切り!銀杏切り!」
「すごいです。ご主人、武技をマスターされていたとは。それにしてもどうして手袋をしているんですか?」
いつのまにかラビもついてきていた。
そもそも一人だから声に出しただけで、スキルでもなんでもなかった。
レイモンドのスキルなんて碌でもないものばかり。
だからそれを聞かれるとかなり恥ずかしい。
レイはちょっと目を逸らしながらラビに説明した。
「俺たち魔族は得体の知れない体液が流れているだろ。それと混ざらない為だ。こら、つまみ食いしない。今からここを神域とする。」
ちなみに包丁の扱いは、デスモンドのオスカーに教わっていた。
彼は今も怪しい薬を売っているのだろうか。
何故かすごく懐かしい気がする。
あの出来事は一ヶ月か二ヶ月前の筈なのに、やはり一度死を経験したからだろうか。
まるで人間だった頃が嘘のようだった。
そう、あの時の自分は何かおかしかったと、今ならば分かる。
でも、どうしてそうだったのかが分からない。
死にたくないために? それは大いにあるだろう。
けれど、やはり納得がいかない。
もしかすると、アズモデなら何かを知っているのかも知れないが、あの男には聞く気になれない。
「はい。お姫様。お口に合うかは分かりませんが。」
レイはお盆に乗せて、人間用の食事を運んでいた。
「えー、ウチ達にはないですか?」
「そうっすよ。お姫様ばっかずるいっすー!」
「え?コウモリだからネズミとか芋虫とかでいいんじゃないか?ほら、ラビは人参持ってきたぞ。そもそもこれは人間用の食事……、って言っても、ただの親子丼と豚汁だし。それでお姫様が満足するとは思えないんだけどな。これしか覚えてなかったから仕方ないんだけど……」
そう言って、レイは部屋にある粗末な机に親子丼、豚汁、お水と、あとは賭けだが箸を置いてみた。
日本のゲーム!日本のゲーム!と心の中で連呼していたことは内緒だ。
普通に考えれば魔族が作った食事など食べる気にもならないだろう。
「お、美味しそう……」
ただ、いい感じにラビとイーリが和ませたのか、それとも本当にお腹を空かせていたのか、彼女は三人に見守られる中でゆっくりと箸をとった。
ちなみにレイの隣ではラビが人参をぽりぽりと食べている。
「え、えと。頂きます」
と言って彼女はおずおずと食事を取り始めた。
その間にもラビは人参を平らげてしまった。
イーリは一匹のネズミも見つけられていない。
ちなみに完全自動掃除機スラドンバはホーム位置に戻ってきている。
あのスラドンもお腹いっぱいというご様子だ。
そして全員に見られているなか、一口、二口、そして三、四、五とリディアの右手の動きが速くなっていく。
そして。
「……お、おいしい。とても、おいしいですよ、えっと……ご主人様、有難うございます!」
「いや、ご主人様は流石にないから。レイでいい。最終的には俺とお前は敵になるんだからな。」
「そだよー。ご主人はウチだけの呼び方だよー。勝手にとっちゃ駄目だからねー。」
「……敵?」
「っていうか、俺っちも食べたいー。」
「ウチもー!」
レイは「仕方ない」と二人分用意して机に並べた。
彼はこの行為にさえ違和感を感じる。
何気ない行動なのに、まるで世界に敵視されているような疎外感を感じてしまう。
けれど目の前に広がる光景はとても和やかなもので、時間という概念が溶けていく気さえする。
でも、それでエルザの時は無駄にしてしまった。
——同じミスは出来ない。
だからレイは自分の食事の分も人間用にして、冷たい石床の上に座って卓を囲んだ。
ここでやらなければならないことを忘れてはならない。
だからレイは改めてリディアに話を振る。
「リディア。すまないが、敬称は省かせてくれ。絶対に知っておかなければならないことからだな。まず、リディアは勇者が出迎える最後のヒロインだ。そしてリディアが仲間になった瞬間にオーブの祠が起動する。リディアは最後に加わる。今から勇者が辿った功績を話す。そして仲間に迎え入れられた際にはしっかりと自分の役割を伝える必要がある。だからそれも合わせて説明するぞ。」
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