第80話 タイムキーパー
自称二天王になったレイとその一行。
彼らは、勇者がレベル上げをしている間に、アズモデが取り仕切る秘密の塔へ行く。
すぐ近くまで地下鉄が通っているので、考える余裕もなくあっさりとそこに到着した。
そこはまるで御伽噺に出てくるような断崖絶壁。
その上に塔が立ち、その最上階から一つ下の階が、異様に突き出た円柱、外から見るとドーナツが引っかかっているように見える。
あそこに軟禁されているのだと、すぐに理解できる。
ただ、あまりジロジロ見るわけにはいかない。
金髪に紫のシルクハット、小脇には本。
そしてピエロのように杖を持った青年が、黄金の瞳で楽しそうにレイを眺めている。
「まぁまぁ、そんなに硬くならないでよ。勇者が攻めてくるのは1週間以上先さ。それまでは好きに使っていいからね。勿論、お姫様の部屋の鍵、窓の鍵は開かないからね。食事も適当なものを与えといてよ。君は人間の中では、かなり下衆らしいから、怖がらせるのにぴったりなんじゃないかなぁ?」
レイは彼の言葉にいちいちビクッと肩が震える。
見えない壁を持っているからというのもある。
そして、あの夢の中の彼の言葉は一旦置いておいても、勇者のタイムスケジュールの話になった時に出た魔王学。
その中で彼がこの世界のタイムキーパー役なのでは、と疑いを持っていた。
彼には勇者の行動パターンが筒抜けなのではないかと、……いや、そうとしか思えなかった。
彼が魔王軍を仕切っている可能性を最初から考えていた。
ただ、今までの彼の言動から察するに、彼には自分がプレイヤーだとはバレていない。
彼はあまりにも勇者に固執しすぎている。
「分かったから。それで俺に何をさせたいんだ。」
「おやおや、君は随分と物分かりの良い下衆キャラ・レイだねぇ。個体差ってやつかな? とにかく君は先に説明した通りお姫様の身の回りのお世話だよ。もちーーろん、君の本能に任せるからね。そこでお姫様に心の傷があっても進行上どうでもいいからねぇ。いつものようにヤっちゃっていいよー。そのために君がここにいるってのもあるしね。あー、でも顔とか見えるところに傷をつけるのはやめて欲しいかなぁ。」
彼は本当に楽しそうにそう言った。
レイモンドの演出を知っているとしか思えない。
それに——
「ちなみに君の体にはこの塔と密接な繋がりを持つことになる。つまり君自身の死がこの塔の鍵という訳。勿論、君だけなら出入り自由だけどね。理屈は……って聞かれても困っちゃうんだけどさ。そういう魔法だって思ってもらったらいいかな。要は勇者が君を殺さないと七番目のヒロインは出てこないんだよ。まぁ、気にすることはないよ。他のモンスターだって似たような魔法がかかってたりするからねぇ。八日後に勇者がやってきて、塔の前で君と戦う。そして君がなぜか相当量抱え込んでいる経験値を勇者様に献上するのさ。姫の相手、鍵役、勇者様の経験値、以上三つが君のお仕事ってわけ。とっても大切な仕事だから、いままでの君の素行には目を瞑っていたって感じだね。」
やはり、思っていた通り監視されていた。
役を食っているところも知られているのかもしれない。
でも、それはレイモンドの性格からすればあり得ることだ。
だが、そうは行かない。
ここでも抜け道を探せばいい。
「変なことは考えない方がいいよ。運命の強制力は絶対だ。特にヒロイン絡みだとねぇ……。えっと、君のペット二匹……。役に立たなそうだし、経験値も君のと比べると雀の涙程度だ。だからお姫様と紐付けしておいたよ。僕ってなんて気がきくんだろう。でないと戦いで巻き込まれて死ぬからね。ちゃんと君には特別扱いをしているつもりなんだ。だってこれが世界の意志だからねぇ。それにしても今回の君はとても賢いようだ。これも彼が望んだことなのかなぁ。実はもう一度生き返れるって気がついていたりして……。ふふ、実際にその通りなんだけどねぇ。だから余計な被害は出したくないでしょう? これは特別扱いなんだ。君が経験値を溜め込むのは進行上、何の不都合もない。いやむしろ手間が掛からないってことだよねぇ。ここでの目的は君が溜め込んでいる経験値をそのまま勇者様にお返しすることなんだから。あとの説明は、めんどくさいからいいか。とにかくちゃんと勇者様の餌になりなよ。君には未来があるんだからねぇ。じゃあ、あとはよろしく。陰ながら見守っておくよ。……あ、そうだ。逃げ出したら……って、君はそんなキャラじゃないかぁ。じゃあ、頑張って死んでね?」
一方的に話し、そしてアズモデは消えた。
今の流れるような説明で、レイはようやくアズモデの不気味さに気がついた。
「あいつは……、タイムキーパーどころじゃない。あいつはもしかして、このゲームの仕組みを知っている?それともそういうメタ的なことを言うキャラなのか?『Bボタンはジャンプだよ!』みたいな言葉でプレイヤーに語りかけるタイプ……。いや、そうは見えないし。それにどうして
「そ、そうですね……。つまりボコボコにされる前の旦那とは、これが最後のお仕事……」
「だーかーらー、ムービーでチャラになるっていってるだろう、イーリ。俺が死ぬみたいな言い方をするなよ。死ぬけども。」
「ご主人、ウチたちのことを忘れないでくださいね!」
◇
塔へはすんなりと入ることができた。
そしてその瞬間ガチャリと鍵がかかる音がする。
もしも、ここが序盤で弱いモンスターしかいない塔だったなら、えいやっと壁を壊して外に出ることができただろう。
でもアズモデ、ドラグノフ、そして魔王ヘルガヌス。
二週目以降の世界と考えれば、さらにその奥に邪神がいる筈だ。
どこまでがクリアなのか。
それは行ってみなければ分からないし、それより手前にレイの確定した死は存在する。
——このイベントで尻尾を巻いて逃げるのが、レイという個体としては大正解。
話は逸れたが、終盤ボスラッシュ並の強豪エリアだけに塔の壁は魔法的にも物理的にも頑強に作られているらしい。
ここにきての『オープンワールドだからいいでしょ』技は使えない。
「それにしても中は案外広いんだな。一人分の幅の階段しかない、と思ってたけど中に入ったら、三人分ギリギリ通れる。別空間ってイメージなのか。これはますます正規ルートじゃないと脱出できないってことだ。」
入る前に幽閉されているらしき飛び出た部屋の周りを崖から覗いてみた。
だが、あれは確実に死が待っている気がした。
勿論、窓が開かないようには設定されている筈なので、ゲームの演出だろうと考えられる。
けれど、それを利用した脱出も不可能ということだ。
あのエリアで羽が役に立つ保証はない。
そして試したはいいが、失敗したら即ゲームオーバーだ。
「アズモデに関して考えるのは後だ。ほとんど接点がなかったんだから仕方がない。それよりも案外高い塔だな。絶対に外と中で構造が違う。これも魔法ですってか。」
「それより、ご主人。リディア姫は本当に生きているのでしょうか? いろいろ話を聞いた限りだと、相当の間、幽閉されていることになりますよね?」
「しかも、俺たちの食事ってあれっすよねぇ。あれをお姫様が召し上がられていたんでしょうか?」
階段を登って、目標だと思わしき部屋を目指す。
すると横の二人が急にメタ的な発言をし始めたので、軽く釘を刺しておく。
「あくまで考察だが、光の結界というもので身を守っていたとされる。それより、このムービーでもう一つ分かることがある。そっちの方が俺は興味深い。さぁ、行くぞ。多分ここを——」
▲
突然頑強な扉から大きな音がした。
右が翠眼、左が碧眼のオッドアイの金髪の少女は「何事か」と思い、扉を見る。
まるで破城槌が部屋のすぐ近くにやってきて、この門を力づくでこじ開けようとしているような気がするの激しい音がした。
この塔には城壁などない。
だからこの部屋を壊すにはカタパルトの方が向いているだろう。
破城槌でないことは分かる。
でも尋常じゃない何かが迫ってきているのは分かる。
だから彼女は肌着に近い薄いワンピースをひらひらさせて、部屋中を走り回った。
——とにかく身を守りたい。
そう思った彼女は部屋の片隅に立てかけてあった箒を手にして、両手に構えた。
この部屋は何故か魔法が使えない。
以前、城で暮らしていた時にも同じような部屋は存在した。
だから、ここもそうなのだろう。
話によれば、以前は愛人との合い挽きの場に使われたという。
もしくは不義理を働いた奥方を軟禁していたという。
でも、今は魔王軍が女神メビウスが遣わした光の勇者の餌として、自分がここに閉じ込められている。
光の勇者様ではないのは分かっている。
禍々しい魔力を感じるからだ。
そして姿を表したのは少女が全く知らない男だった。
いつものいけすかないピエロでもない。
だが、魔族だとは分かる。
魔人レイ「っとぉぉ、邪魔するぜぁ! 俺様はまじーーーーん…………レイ!様だーーー、はっはっはっはー。お姫様を好きにしていいってよぉ!ひゃっはー!」
その瞬間、リディアの残り僅かになったMPが完全に枯渇して、結界が破られたことを知った。
だから彼女は残るはHPのみと、持っていた箒をブンブンと振り回した。
リディア「うるさい、悪魔ー! 父の仇! 母の仇! このヘルガヌスの犬めぇ!」
少女は何度も何度も青い牙めがけて箒を打ちつける。
だが、所詮非力な姫の一撃だ。
下卑た笑みを浮かべた悪魔は微動だにしない。
本当に0.1mmさえも動くことはなかった。
そしてそれどころか、悪魔はにじり寄ってくる。
魔人レイ「アズモデ様からよぉ……、なんでもしていいって言われちまってヨォ。暇してんだろぉ。ちょうどいい遊びを俺は知ってるんだけどなぁ。勿論、大人のぐっぽんぐっぽん遊びだヨォぉぉ。ぐっぽっぽっぽぉ」
そして、魔人レイはいやらしい手つきで金色の姫・リディア・エステリア・ドラゴニアの柔らかい体を触ろうとした。
その魔の手が金色の姫に迫る。
リディア「ひっ」
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