第79話 死なない負けイベント
レイはずっと考え事をしていた。
その様子を大きな黄色い丸と白兎がワタワタしている。
そこでレイは今自分が口にした言葉が、途中で終わってしまったことに気がついた。
それくらい今までの自分の行動が信じられなくなっていたのだ。
「あ、違う。えっとムービーイベントっていうがあってさ……」
ラビには説明した気がするが、イーリには説明していない。
今まであったこと全てとはいかなくても、こういう場合にはこうなるという、アルフレドにも言った『世界の意志』という言葉を用いて、改めて説明をした。
「だから、その戦闘でHPが0になることがトリガーなんだよ。んでムービーに切り替わって、「まだまだー!」みたいな演出が入るって感じで、そこで本当に死ぬ訳じゃないんだ。自分で言っても訳わからないけどなぁ。でもRPGじゃ、あるあるネタなんだ。ま、一回死にかけるみたいなのは、仲間の時にも経験してるからなぁ」
「どうにかならないんですか?ウチ、ご主人が嫌な思いするのほんっっっとに嫌なんです!」
「俺っちもそうだなぁ。気絶までならワンチャン、気持ちよかったけど、死ぬのって痛いんすよねー?」
「一度ゼノスに殺されてるけど、めちゃくちゃ痛かったぞ。死ぬのは一回にしてほしいな。」
結局、エルザに関してはムービーと関係ない死が存在した。
それを無かったことにできたのだから、何か方法はあるのか知れない。
ただ、今は秘密の塔がどんな場所かもわからないし、考えるだけ時間の無駄だと思った。
そも、最初はそのイベントまでに雲隠れするつもりだった。
——でも。
「なるほどなるほどぉ。今回はとっても健康なのねぇ。マロンとカロンにもあったんですねぇ?三人ともに会えるなんて珍しい悪魔ねぇ」
青い髪の白衣の女性。
そしてこれでもかと胸が大きい彼女がボロンさんだろう。
ただ、彼女の言葉だけでも気づけるものだ。
どれだけ自分が異常なのか。
勿論、逃げ出すモンスターもいるだろう。
けれど、こんなにも通院を繰り返すモンスターは処分されるべき存在かもしれない。
普通、勇者と会った魔物は殺される。
ただ、今回は別に怪我をしたわけではない。
一応、魔力を診てもらおうと思っただけだ。
「えと、怪我はしてないんですけど、俺の魔力が変になっていないかなって思ったんですけど……」
「うーん。それじゃ、服をぉ全部脱いじゃおっかぁぁ! 全部全部脱いじゃいなさーい! 」
何故かもう、全裸になることが当たり前になっている。
もしかしたら、そうしないと測れないのかもしれない。
だって、人型以外のモンスターは全裸だ。
本当にそうなのかもしれない。
なので、いそいそとレイは着ているものを全部脱いでカゴに入れた。
「あとはぁ、そのねぇ、そこに寝てもらえない?」
確かに診察台に乗らなければ診察はできない気がする。
レイも迷いなく診察台に寝転んだ。
もはや恥ずかしいという気持ちは吹き飛び、どこか堂々としている自分がいる。
そうだ。ここは病院なのだ。これは当たり前の出来事なのだ。
「もー、違う違うー。それじゃあたしが恥ずかしいじゃない?うつ伏せになるのぉ。」
確かに。
骨格を見たりするときは後ろからの方が都合が良いのだろう。
って、何?「あたしが恥ずかしい?」それ、逆じゃないでしょうか?
ただ、レイの地獄耳は聞いていた。
なにやら布のようなものがぱさりぱさりと落ちる音を。
(いや、ちょっと待て。それは流石にない。それはどう考えてもない。落ち着けー。絶対に暗転して、次の瞬間には覆面の筋肉男がいる筈だ。だから全神経を背中に!って違う。なんで覆面男の大胸筋を感じにゃならんのだ。ここはやはり三角関数、微分積分……えっとタンジェントは直角三角形の……)
その瞬間、レイの背中に柔らかい何かが触れた。
しかも息遣いまでもが、うなじに届く。
(だめだ。俺の神経が……。大胸筋にしては柔らかすぎるー。これは完全におっっっっ……騙されるな、俺!絶対にオチがあるって分かっているのにー。だめだ、俺の全ての細胞がちょっとずつ血液を下腹部に送り始めているー!下腹部の一部がオラにちょっとだけ血液を分けてくれって叫んでる!完成してしまうー!)
その瞬間、レイの首元がちくっとした。
そしてそこからぴゅーっと吸われる。
これはもう肩から吸われる血液と下腹部へと流れる血液の綱引きといえよう。
それでレイは意識朦朧となり、気がつけば仰向けに眠らされていた。
そして、あ、知らない天井だ……。
なんて思う暇もなく、レイはガバッと起き上がった。
でも、まだ立ちくらみがする。
「あれ、今のって……」
「あぁ、あたし達、ヴァンパイアだからねー。血を吸わせてもらったのー。その方が確実に分かるからねー。」
なるほど、それは確かにそんな気がする。
ではあれはなんだったのかと、レイは彼女の胸の辺りを見た。
すると彼女が腕をクロスしてその部分を隠した。
「もうー。えっちなこと考えちゃだーめ。あたしも恥ずかしいんだからね。その……、体を密着させた方が……、ちゃんと分かるかなぁ……って。それくらい、君の体に起きていることは分かりづらいの!」
(って、バカー!!俺のバカーー!どうした、俺の背中、神経通ってないんじゃないんですかー? 元気集めて良かったんじゃないんですかー!! あー、もう一度戻りたいもう一度戻りたい。……よし、まずは猫の形をしたロボットを探そう。はい、探しました。はい、引き出しに入ります。はい、出てきました。……よし!)
「もう一度測定してもらえません?」
パシッ
本気で引っ叩かれた。
なんて馬鹿なんだと思った。
今の発言が、ではなくちょっと前の自分の考えに、だが。
「で、結果だけどぉ、驚いたことにぃ、貴方の魔力値は四天王の上の方くらいまで上がってるわぁ。一体何がどうなったのやらぁぁ。まぁ、一つだけ気になることはあったけどぉぉ」
(気になることってお医者さんが言わないでください! ってか、もう一度測定してください!)
「なんかぁ。貴方の魔力からは『小児性愛』の魔力を感じるのよねー。あたしのぉぉそのぉぉ、魅力じゃ足りなかったぁぁ?」
目を剥いた。
だが、彼女はいたずらに笑っている。
そして、彼女を魅力的に思える限り、敢えて言おう!
(俺はロリコンじゃない!余計なもんまで強奪してんじゃねぇか‼竜人族ぅぅ!あの一族郎党、皆ロリコンかよ‼)
「い、いえ。それはおかしいですね。貴女ほど魅力的な女性を僕は知りません。これは流石に、もう一回そくて……)
また叩かれた。
「もぉ、だめですぅ。もしも君が姉に言ったように、別の世界が作れたら考えてもいいかなーってね♪」
やばい。ガチで可愛い。
「あ、そうそう。アズモデ様がお呼びだったわよ? これから秘密の塔で打ち合わせですって。じゃ、がんばってね。魔界の勇者様!」
ただ、その言葉で。
頭に上った血が冷えあがっていく。
そうだった。
これからついにあの悪魔と関わるのだ。
そして、それから……
◇
レイは待合室でしゃがみ込んでいた。
自分でも本当に馬鹿なことをしたと思っている。
特にそれはラビに向けた後悔だった。
「ラビ、本当にごめん。俺が俺の部下にしたばかりに、これからの厳しい戦いを一緒に乗り越えないといけなくなった。」
「ご主人。それはご主人であっても許されない発言ですよ。ラビは自分の意志でご主人と運命を共にしようと考えていたんですから!」
「だったら一つだけ約束してほしい。さっきも言ったように俺はムービーで蘇る。でもそこにラビの姿はないんだ。だから絶対にその戦いには出ないようにしてほしい。分かる……よな? 俺が生き返った時にラビがいないんじゃ、寂しいんだ。」
その言葉にラビは言葉を失った。
ムービーが決定している以上、彼女が蘇ることはない。
そしてもう一人。
「イーリ。気持ちは嬉しいが……」
「嫌す。俺っちもここまで来たんです。どうせあそこで死んだ身です。だったら……おれも……、もしかするとレイ様はもう一人部下を作れるんじゃないんですか?」
そう言って、人間バーションに戻ったイーリはレイの右腕を持って、自身の額に当てた。
その瞬間に、レイは考えないようにしても考えてしまう。
確かに部下の枠が一つ余ってることは彼の読み通りだ。
けれど、それは……
「記憶が無くなるなら、俺はレイ様と共にありたい。たとえ俺だけが死んだとしても、それが俺の人生ですよ。」
「ウチも……同じ。ご主人の為に生きるって決めた時から……。だからウチを一人にしないで……。ウチが先に死ぬんなら、ウチは一人じゃない。」
彼らの苦しみも痛いほど伝わってくる。
けれど結局はラビのこの言葉だった。
「ごめん、ウチ。嘘ついてた……。ウチが一緒にいたいのは、レイを一人にしたくないから……。レイがすごく寂しそうだから。だからウチがずっとそばにいる。だから絶対にウチは一緒に行くからね!」
「ズルいっす。俺っちも…………お、おおおおおおお!これがこれが部下の!」
「そか。ラビ、ありがとう。ま、その感情の勢いでイーリを部下にしちゃったけど。それでも……二人に出会えて本当に良かった。イエローコウモリん・エリート・ネイムド『イーリ』もよろしく頼む!さぁて、踏ん切りもついたところだし。それじゃあ、行くか。三人なら怖いもの無しだ。謎に包まれた四天王、アズモデのところへ。ただし、これだけは約束だ。俺は絶対にお前達を死なさない。これはフラグでも何でもなく絶対だ。でなければ、俺は蘇っても死んでやるからな。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます