第78話 エクレア戦を終えて
レイは北側から街を眺めていた。
所々で煙は上がっているが、今から行けるとも思えない。
「そういえば、レイ様って世界滅亡の危機みたいな大袈裟なこと言ってなかったっす?」
「確かに!今のが世界滅亡とは考えにくいですね。ご主人、これはまだ序章に過ぎない、……って言う意味ですか?」
レイは石に座って街並みを眺めている。
あのムービーシーンにも確かに映っていた。
「あぁ、まだ序章かもしれない。……ぶっちゃけた話、ゼノスは類稀な女好きだ。」
すると、ラビとイーリは目を剥いた。
何言ってんだこの人!とツッコミたいが、今やかなり格上なのでツッコんでいいのかも分からない。
上司が訳わからないことを言っている。
それを上手く修正するのは、部下にとってなかなか難しいところ。
「ご主人!そうですよ。あの人、何度もウチの体を触ろうとしてたんですからー。お触り禁止って散々言っても、ぜんっぜん聞かないんでウチ逃げ回ってましたよ!」
「なるほど。だからメイドカフェだったんすか。あー、俺っちのスカートの中も覗こうとしてたんすよー。あれは変態っすね。」
そんな彼らの声に、レイは自分の行為を思い出して自嘲気味に笑った。
「ゼノスは七歳のアイザに恋心を抱いている。小児性愛者……、実際は1007歳設定だからセーフなんだけど、普通に考えたら犯罪者だ。そしてリメイク後にゼノスが仲間になるという変更があった。だから今のゼノスは勇者パーティだ。それにイケメンで、たまにカッコ良いセリフも言う。お前たちがあのムービーを見れたとは思わないけど、アイザは最初からゼノスに懐いている。設定的にはエルザの妹のところにちょいちょい通っていたということだった筈だ。」
超絶深刻な顔をしているレイに対して、無言で唖然としている二人がいる。
レイはそんな二人の顔を見て、溜め息を吐いた。
「えと……。ご主人が嫌っていた理由ってそれですか?」
確かに意味が分からない。
だが、そこに重大な落とし穴がある。
バッドエンドという恐ろしさを分かっていない。
「アイザ加入後から現在までにアイザを構っていないと、ゼノスがアイザを連れ去っていく。これ、マジで初見殺し。」
「はい?それ、マジの変態、いえいえ犯罪者じゃないですか!」
「初見バッドエンドはアイザの好感度を上げておけば防げる。アイザにもゼノスという男には気を付けろと先に伝えているから大丈夫だ。ただ、この恐怖はこれからも続く。」
世界滅亡の話が何故かゼノスの変態性癖の話にすり替わっている。
だからまだ、二人はほんの少しだけ険しい顔をするだけ。
「実はあいつの守備範囲は幼女だけではなく17、8歳の少女までだ。それはそれで犯罪だが、ここはそれが許される世界。」
だが、ついに話は確信部分に突入した。
「あいつが加入した後、ヒロインの好感度が一定以下になると、ゼノスによる『ヒロインNTRイベント』が発生する。それが発生すると、そのヒロインと共にゼノスは消える。これは正しく『ヒロインの消失』だ。アルフレドの脳が解けて、ワールドエンド、つまり一発バッドエンドを意味する。」
常に爆弾を抱えることになる。
ラビの耳がへにゃと折れ曲がる。
そして、レイは哀愁を漂わせた。
「俺はゼノスのせいで何度もセーブ地点からやり直した。でも、その結果どうだ。そのセーブ地点からだと、そのヒロインの好感度を上げきれない。アイツのせいで何度、最初からやり直したか分からない。なんせ、このゲームにはセーブスロットが一つしかないからな。だから嫌われキャラランキングにレイモンドが殿堂入りしている今、アイツが嫌いなキャラランクNo.1を維持し続けている。レイモンドがイケメンになって生まれ変わったとまで言われている存在だ。分かっていたことだが、やはり恐ろしいな。アルフレドにもっと言い聞かせる時間があれば……」
そう言って、レイは再び街に険しい顔を向けた。
その奥の二人はレイに対してずーっと半眼を向けていた。
「怖いけど、怖くないです。ご主人」
「そうっすね。」
◇
アルフレドたちのその後は一方的なものだった。
まず、アイザの水、氷魔法で片側のワイバーンの動きが悪くなった。
そこを
やっと様になった連携プレイだった。
更には黒髪の少女が放ったスキル・バリアの恩恵も発動した。
それにより、アルフレドたちにとって、ワイバーンは脅威でなくなった。
「キラリ、すごいぞ。これならいけるな!」
「やるじゃない! もー、早く教えてよねー。マリアももっと頑張んなくちゃ!」
「うん。僕も頑張る。これからもっと頑張るよ!」
数分間抜けた状態だったのに、誰もそこを突っ込まない。
でも、きっとこれからは大丈夫だと、キラリは少しだけ笑みを浮かべた。
そして左右のワイバーンが皆いなくなったところで、八人係りでガノスを取り囲む。
ガノスは役が勝ちすぎて、先ほど降板させられたしがないNPCである。
ただニイジマがそうであったように、きっかけがなければ、彼は気付けない。
幹部が使える
あとは自分の名を捨てれば、一介の竜人として生まれ変われるかもしれない。
ただ、彼はあまりにも弱すぎた。
元々自力でゼノスの足元にも及ばない。
「い、い、命だけは……」
その言葉が出るまでに一分もかからなかったという。
彼には元々その器はない。
ただ魔王軍が協力してくれるというので、そうしただけだ。
だが、その魔王軍もいなくなった。
というより、後ろから聞こえている筈の破壊音が一つもしない。
「どうする? ゼノス。これは同族の問題だろ。俺には手が出せん。ってどうした、さっきからそわそわして。」
「い、いや。俺の姫が……、アイザ姫がいない……」
「アイザちゃんなら街の方に行ったよー。キラリも向かったから、どこかで合流するんじゃないの?っていうかー。アイザちゃんってお姫様だったの?」
アルフレドは目の前で土下座するガノスという竜人をどうすればよいか、正直迷っていた。
ここは街というより国として成立している。
村なら処刑だのなんだのと私刑が行われるのだろうが、都会がどういう仕組みなのかが分からない。
そして、頼りになる筈のゼノスは、全く話を聞こうともせず、アイザを探している。
アルフレドもガノスの扱いうんぬん考えているうちに、アイザを見失ってしまった。
仲間に相談すると、マリアが捜しに行ってくれた。
極めて魔力が強いと聞いているが、強化型ゴブリンが相手なのだ、放ってはおけない。
因みに、アルフレドはゼノスの扱いに困っている。
どうして彼がアイザを姫と呼んでいるのか、分からない。
「面倒くさいから鎖で縛ってぶら下げといたよ!アタシたちも追いかけよ!」
「そうですね。みんなで行きましょう。……それよりフィーネ。大丈夫?」
その言葉に、フィーネが疲れた顔を彼女に向けた。
フィーネは彼女を羨ましく思う時がある。
「レイがあんなこと言うはずありませんし、それにあのイベントにレイがいたということは、ここにレイがいたということ。そして街の人の救済が終わっているんだから、あれは違う世界の話です。そしてこっちの世界は間違いなくレイのおかげで助かっていますね。」
ソフィアは自信満々に先のムービーを否定する。
あくまで淡々と記憶を処理している。
そしてフィーネはため息をつく。
「ソフィアはいいわよね。私はあの意志が流れ込んでくる度に、レイへの悪意が胸に渦巻くし、妙なことを口走るのよ。何も無かったって自分で分かっているのに……」
そんな彼女の背中をソフィアはぽんぽんと叩いた。
「敵に塩を送るつもりはありませんけど、あまりに見ていられないので言っておきます。世界はレイをそう仕立て上げている。でも、レイは世界の意志に逆らって私たちを助けている。そう思えば、……すごい人だと思いませんか?」
「そうだよー。アタシもう、これムービーだなーって思ったら、心を無にしてるもん。寧ろ、これで確定したじゃん。先生は世界を救おうとしている。あんな死に方をして、魔族になってもだよ。だからアタシたちは一刻も早く、魔王を倒すの!」
エミリとソフィアは走り出して、フィーネは一人で歩き始めた。
すると前からとぼとぼとゼノスが歩いてきた。
「えと、アイザは見つかったんですか?」
すると彼はすっと背筋を伸ばし、少し遠い目になった。
目鼻立ちの整った顔が、傾きかけた日差しで彼の影を美しく象る。
「あぁ。見つかった。そして俺も旅に出ることにした。ところで、フィーネ。色々思うところはあるだろう。俺だったらいつでも相談に乗るぞ。今から一緒に……飲みに行かないか?」
ゼノスには何の罪もない。
ただ、彼にとっては色々と誤算が多かった。
だから、頭がぐちゃぐちゃで失意のどん底にいる少女でも、彼の心が透けて見える。
「嫌です。」
◇
ゲームのシナリオは北にあるデスキャッスルには進まない。
エクレアの街からやや北、ほとんど東にある秘密の塔に進む。
すぐ北の砦を落としても良いが、そこはある意味経験値稼ぎの場所だ。
アルフレドはその砦に寄るのではないか、とレイは推測している。
先のボス戦はあまりにも流れが悪かった。
それは勿論、アイザとキラリを活用できていなかったからだ。
だから、彼の性格を考えると、その連携も含めて練習するのではないかと思われる。
装備の類はエクレアで十分揃うし、最終武器は秘密の塔、オーブの祠、そしてデスキャッスルにある。
つまり、どういうことかというと、レイはお休みに入れるということだ。
「この地下鉄でも医療研究施設に行けるのか。もう、あそこが中心部なんじゃないのか? 王様もあそこに居た方が便利なんじゃないのか。……って、俺はまた検査受けるのか。」
「ご主人は特殊サンプルでしたっけ。それで必要なのでしょうか??」
「あのー、俺っちはなんでついていくんでしたっけ?」
「イーリはイーリだからよ。ウチたちが地下鉄に乗ったら一緒に乗ってたんじゃん!命、まだあるみたいだし、当然よね?」
砦はアルフレドたちが攻略する。
エクレアはトップ2がいなくなって大混乱している。
だから二人とも連れてきたのが正解なのだが、レイにはそれを説明する気力がなかった。
迫り来る死亡イベントと目のチラつき。
今回役を食った時も同様に目がおかしくなった。
ただ、前回ほどではない。あのバグ映像は見えなかった。
ゲームの中とはいえ体はある。だから単純に体や心に無理がきている可能性もある。
そういう意味では医療施設に行くのが、確かに大正解のようにも思える。
「まず、俺が何をしたいかなんだよなぁ……」
「ウチは何があってもご主人についていきますよ。最初に言った時よりも今の方がずーーっとそう思ってます!」
「なんか、知らないっすけど。ラビさんはレイ様にゾッコンっすねぇ。俺っちはぁぁ……。うーん。俺っちも分かんないっすね。」
「ちょっとー、イーリもご主人に命を救われたんなら、いっぱい命かけなさいよー。ま、あんたほどの安い命じゃ、ない方がマシかもねー。」
ラビはイーリには厳しい。
上司が部下を虐めている。
そんな中、彼は自分が今までしてきたことを思い出した。
人間の頃はずっと死ぬことを避けてきた。
死を避けるために、経験値を溜め、装備を……。
いや、装備はほとんど与えてもらえなかった。
それは仕方ないことで、レイはレイモンドルートを進むと死ぬし、彼女を傷つけるしで、どうしようもなかったように思える。
実際にこちらで見たムービーもそれに即したものだった。
だから公式でもそこはそういうシーンと考えていた、が正解だった。
ただ、それは暗転を使ってギリギリを切り抜けた。
「ま、イーリは俺がイライラしてぶん殴った。んで、気絶したのを解放しただけだ。だからイーリ、もう帰っていいぞー。」
「ちょっと、レイ様までー。一応俺っちの中ではいい思い出なんすからー。」
「俺の中ではもうちょっと可愛いマスコットだったんだよなー。」
「じゃ、イーリは雑用役にしましょう。ウチもガンガン命令したいんです!」
「もー、それでいいっすよー。俺っちはコウモリん族の中じゃ浮いてるんすから。行き場、無いっすもん」
二人を見ていると癒される。
だって、イーリはさておき、ラビとは繋がっている。
一人で悩むのは本当に疲れる。
エステリア大陸では、誰しもが心を乱してしまった。
そして、自分から死にムービーに飛び込んだ。
でも、結局それは必要なことだったのだろう。
その時はそれが正しいと思ったから。でも、本当にそれだけ?
「あ、一応、こうもりんモードにもなれるっすよ。 ほらっーー!」
「わ、すごーい。なんか、こんなふさふさだったんだ……。たしかにコウモリだから? 」
エルザを助けた、それもその時は正しいと思ったから。でも、本当にそれだけ?
イーリは体長1.3mほどのまん丸いコウモリんになっていた。
これではどう見ても飛べそうにない。
だからこその人型変化だったのかもしれない。
二人を見て癒されながら、彼は絶対に言わなければならない話を二人にする。
「あのさ……。俺、秘密の塔で勇者に殺されるから……」
その驚く二人の顔がレイの目には届かなかった。
目は開けているはずなのに、あの映像が脳裏に浮かぶ。
その映像で彼は言うのだ。
『だって君はこの意味を既に理解しているよねぇ?』
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