第77話 伝えたいこと

 レイは頭を抱えていた。


「うわー、やっぱここの発言、ゲスいよなぁ。レイモンドが生き汚いって言われるわけだわ。っていうか、こうもしていられない。ラビ! 今どんな感じだ?」

『住民の半分くらいー。まだまだですよー。っていうかこのエルダーゴブリン、ほんと嫌っ! 目が変態‼』

「おっけー。分かった。すぐに行く。んじゃ、悲しいけどやりますか。多分近づくと強制力が働くからなぁ。」


 レイは現在の状況をある程度把握したところで、魔法のスティックをくるりと回した。


「プチプチ食感、ぶどうはパープル! 俺はキャワキャワ!キャワグレープ‼」


 因みにだが、ムービー中に変身は溶けている。

 だから、もう一度変身する必要がある。

 そしてレイの体は再び魔法少女へ変わった。

 魔法少女レイ子が再び大都市に降り立ったのだ。

 コウモリの羽の代わりに白い鳥の羽が生えている、と周りには見えている。


「ラビ、俺にはイーリの声は聞こえない。避難出来てないエリアとイーリが回っているエリアを教えてくれるか?」

『ごめんなさい。東側全部手付かずです‼‼』

「いやごめんじゃないだろ。寧ろ、有難うだ!俺がいない間によくやってくれた。」


 ここから先はずっとレイのターンだった。

 ただ、とりあえず武器がないので、わらしべ長者スタートだ。

 しかもレイにはモンスターの声が聞こえる。

 だから近場から順番にゴブリンの頭を潰していく。

 そのゴブリンが大きなくわを持っていたので、今度はそれを拝借する。


「今度はまともなモンスターにしてもらえよ。」


 モブは生き返ることが出来る。

 そこに細かい理屈は求めない。

 それがレイには救いだった。

 だから容赦なくぶっ飛ばす。

 回復魔法は使えないので、そこは後から来る勇者に任せる。

 大事なのは全員をかすり傷程度で済ますことだ。

 ここの人間の人口は普通に考えれば1万人以上いるだろうが、残念ながらゲームという設定だ。

 開始時点でそこまでの人間がいるとは思えない。

 しかも3Dで家庭用ゲーム機。

 だから制作会社さんが頑張ったとして50人超えるくらいだろう。

 ただ、背景として描かれてしまった。

 もしくは、この建物はこれだけ住んでるとか思って作られた。

 そうだとしたら、それこそ千人はいるかもしれない。


「竜人は本当に中立なんだな。」


 レイが消えた瞬間、テントをどけて竜人の手も借りている。

 ただし、そこは五人一組にさせてもらった。

 あの中にどこまでガノスの息がかかった者がいるか分からない。

 だから基本はレイのチームで救出する。

 とにかく今は一人、だからレイは試したいことを試してみた。


追尾連獄ホーミングヘル!」


 するとレイの両の手の指10本から高熱の炎が飛んでいった。


 ——ここでMKBの一人、カロンが敢えて魔族のレベルに触れた理由を話そう。


 ラビがレイをご主人と呼び始めた経緯でもある。


 あの時、レイはエルザと入れ替わった。

 そしてエルザは役を降ろさせた。

 逆を言えば、レイはエルザの役を奪った。

 四天王の一人の役を喰った。

 世界にどちらが役者として大切かを問うた。

 そして、恐らくそのルールは正しい。

 ゲームの世界がこの配役を決めているのだ。


(俺はエルザの役を喰った。ロールプレイングゲームとは役を演じるゲーム。つまり役という概念が存在する。彼女の役を俺が奪ったことで彼女の役の格をも奪った。そうとしか考えられない。そうじゃないと、強くなった理由が説明できない。)


 そしてエルザの役を奪ったことを確認する為にラビに恩を返させた。


 つまり、ワットバーンの地位を彼女に渡した。

 そして誕生したのがエリートサキュバスバニーレア種『ラビ』

 

 衣服が変わったのはそういう理由だった。

 髪の毛にメッシュが入ったのも同じ理由である。



「なるほど。炎のエルザの力か。やっぱガチでマジで役を食ってんな。でも、これはゴブリン殲滅が楽そうだ。」


 彼にとっては初めての攻撃的な魔法。

 それはテンションも上がるというもの。

 そして、一番楽なのはモンスターの声が聞こえることだ。

 ホブゴブリン、ゴブリンともに集団で動く。

 だから必ず声を出す、それらのモンスター語が聞き取れてしまうのだから、仕事人は簡単だった。

 勿論、それは本来聞こえてはならない声だ。

 当たり前だが、これは味方を背中から撃つ行為。

 魔王軍に盾突く行為。

 助けを求める声を聞き、襲おうと汚い言葉を投げつける奴の声も聞く。

 その瞬間、レイの脳にとある組み合わせが閃いた。


『ラビ、イーリをつれて、街の中心部に来い!』


 レイはエルザがワットバーンを呼び出していたように、心の線で彼女とは通じている。

 だから彼女とは交信が出来る。

 ただレイが考えた作戦だと、イーリの存在も必須だった。

 程なくして彼らがやって来る、そこでレイは分かりやすいラビの耳を大きな手で塞ぐ。

 そしてきょどっているラビを放っておいて、イーリに告げた。


「超音波とかでサーチできない?もう掃討作戦レベルなんだけど。」

「そか。幼少期を思い出したらいいんすね。えへん……じゃ、いきます。」

『ああああああああああたらああああああああああしぃいいいいいいいいいいいいいいいいい』


(うわ、聞こえてしまった!超音波聞こえるんだけど、それもやっぱイーリじゃねぇか!何スパークしてんだよ!)


「分かったっす。あっちとあっちとあっちで。」

「よし、それじゃあラビと一緒に救出に向かってくれ。手前のは俺がいくから。」

「了解っす。で、そのあとは?」

「街の北で待機しててくれ。俺はちょっと気になることがあるから遅れるかも。まぁ何かあったらラビを通して聞いてくれ。ラビ、もういいぞ。」

「へ? はい!行ってきます!」


 意味が分からずとも、意志は分かる。

 だからラビは北方面の二箇所を目指した。

 そしてレイは南一箇所を巡る。

 勿論、そこは瞬殺した。

 そして、そこから彼は隠密行動を始めた。


「結局、これも老婆心って感じになるのかなぁ。ソフィアに怒られそう。いつまでも子離れできない親の気分って感じだけど……」


 レイが向かったのは当然ながら、勇者たちのところだ。

 変身状態なので、余計なことを言わない限りは辿り着ける。

 既に遅いが、占い師として彼らの行く末を話そうとしたことで、強制力が加わってガノスが行動し始めたのかもしれない。

 世界のことを考えれば、勇者が魔族を倒すよう力が働いている筈だ。

 だからこの動きは左右されない。


「先回りするか……」


 やはり予想通りの展開になっていた。


「ムービー中の演出、さらには元敵ってポジションの奴ってのは扱いに困る。」


 実体験でそれを知っている。


「パーティに加わった途端、めちゃくちゃ弱くなる。ってか自分達のレベルと良くて3、下手したら1くらいしか上じゃない。だけど演出を見ているせいで、強いんだろうって思うんだよなぁ。だから、バランスが崩れて、いつもの戦いが出来なくなる。なんで片方の五匹を全部ゼノスに任せてんだよ。……って、そうか、そのことにゼノス自身も気付いていないのか。」


 RPGでは強キャラ演出がなんだったのかと首を傾げることが多い。

 これはゲームに限った話ではないが、敵の強キャラが裏切ると、なぜかそんなに強くない。

 でも、そんなキャラはプライドが高い。


 ——つまりゼノスは弱くなっている。


 あの時、ゼノスを怒らせたレイの独り言。

 魔族としてのレベルが人間のレベルに変わってしまうのか、という疑問を口にしただけ。

 魔族レベル40が人間レベル40になるかもと、そこだけは興味津々だった。

 だから、ゼノスの変化も見ておきたかった。

 何より、魔王軍を裏切る行為によって、彼は見えない壁を失っている。

 これこそが戦力が落ちる一番の理由だ。

 それにも関わらず、ゼノスはアイザを庇いながら戦っている。


「アルフレド達は、アイスワイバーン五体を六人係りか。あっちは何とかなりそうだ。でも、ゼノス。その子をお前には渡さない。——スキル・強奪! 勇者が死ぬよりはこっちのがマシだろ、世界ぃぃぃ!」


 彼が一番大事に思っているのがアイザだから、レイモンドの豪運強奪スキルは見事に作動する。


「な⁉アイザが消えた?どこに?おい!勇者アルフレド!」


 現場はアイザが消えたことでゼノスが大混乱に陥っている。

 更には誰かに捕まったと、腕の中ではアイザが暴れている。

 無論、お互いに姿は見えていない。

 その為にレイはワザワザ遠回りをした。


(超火力を持つアイザ抜きだと、非合理的なんだよ。でも、仕方ない。アルフレドはステータスが見れない。流石にそこに疑問を持つのはナンセンスだ。そして、ステータスが見れなければ、この幼女が現状最強だと、誰も気付けない。俺がどんなに説明しようとも、アイザは七歳の子供。女児をゴブリン蠢くこんな場所に放り投げられるか、という話。)


 ただ、いつまでも暴れられても困るので、レイは「強制力来るなよ!」と念じながら、アイザに変身魔法メイクアップキュアキュアスティックの一端を見せた。


「はぅ!」


 すると、幼女はぎゅっとしがみついた。


「アイザは水系の攻撃魔法が使えるだろ? ここからグループ魔法で一気にあの五体を消火してやれ。ついでに氷も混ぜると効果絶大だぞ。」

「うん。レイ……なんだよね。生きてて……よがったよぉぉ……。お姉たまもいつか迎えにいってくれるのも、レイなんだよね。レイ……だいしゅきぃぃぃぃぃ。」

「あぁ、いつか上り詰めて迎えにいってやるさ。頼んだぞ。もう一個気になるとこがあるんだ。」


 レイはあまり長居できないと感じていたので、早々に別の木の影に移動した。

 遠くでアイザの水流カッターイワヲーモが発動された。

 だからこれからは、自分の力を信じてやっていけるだろう。

 次は勇者側。

 キラリを使えば余裕で雑魚は倒せる筈だ。

 だから今度はキラリごと連れ去る。

 それができてしまうのが、彼女の悲しさだろう。

 本当に馴染めていないのだと分かる。

 元々、ぶっ飛んだ設定だから仕方ないとは思うのだが。


「——申し訳ないことをした。」


 レイはきょとんとしているキラリの頭に手を置いた。

 今は可愛らしいメイドさんが手を置いているように見えるだろう。


「キラリ、俺がみんなに説明できてなくてごめんな。全部俺のせいなんだ。ちゃんと自分の運命を受け入れていたら、こんなことにはならなかった。」


 その言葉を聞いてもまだキラリは目を泳がせている。

 けれど、レイは話を続けた。


「ちゃんと自分のスキルの説明をするんだ。キラリが使うバリアで優位に戦いが進められる。なんてったって、一回で魔法防御、物理防御が出来るんだ。キラリの扱い方をちゃんとアルフレドに説明すること。あと、これが一番重要。魔物破壊ミサイルは人間に当たっても問題ない。アイザ以外は当たっても問題ない。何も考えずに魔物にぶっぱなて。」


 そこまで来て、キラリはハッと肩を揺らした。そしてこう告げた。


「ねぇ、僕のスコープで君を見てもいい?」


 このままじゃいつか詰む。

 ゲームが詰むのとレイがここにいるという事実。

 どっちがゲームとして酷いかなんて言わなくても分かる。

 先の展開上、再び彼らとは会う。

 ならばここでバレても問題ない。すぐに消えれば些末な事。

 だからレイは素直に頷いた。

 そのスコープで見れば、それが何者か分かってしまうから、すぐに離れる必要がある。

 彼女のレベルはおそらく38に達したということだろう。


「いいよ。でも、みんなには秘密な。俺はすぐにここから出ていくから。」

「分かった。でも……、見る前にちょっとだけ、いい?」


 そう言ってキラリはレイを抱きしめた。

 一応かわいい女の子になっているので、キラリの体でもハグすることが出来る。

 彼女は震えて泣いていた。

 でも、流石はヒロインだ、その涙も一分程度で収まってくれた。


「……ゴメン。僕のこと、誰にも見えていないと思ってた。僕のことを知ってくれているんだね。」


 今まで溜まっていた分を目から全てこぼして、彼女は正座に座り直した。

 そしてスコープを使ってレイを見る。


「さっきの顔と全然違う……」


 おっと、なんだそれ!とレイは転びかけた。


「いや、同じだろ。それ……」

「ううん。そういう意味じゃない。あの時よりずっと優しい顔してる。やっと僕の胸の支えがとれたよ。いつかちゃんと」

「あぁ。全部終わったら、いっぱい話そう!」


 キラリはいつのまにか後ろに回っていた。

 彼女はメイド嬢を一度強く抱きついた後、「約束だよ!」と言って、戦場に戻っていった。


「うーん。キラリ攻略ルートのイベントスチル。ちょっとだけクリアだな。さて……」


 レイは何度か太い枝に飛び乗って、ガノスを見定めた。


「お前が良い奴なのか、悪い奴なのかは知らないけど。とりあえず貰うもんは貰っとく。お前はそれが一番大事なんだろ?」


 レイはパールホワイトスラドン顔負け、いやそれよりも加速した動きで、戦闘の合間を縫ってガノスの背中側に回った。


「強奪!」


 そしてそのまま遥か後方、待ち合わせしている北側にまで飛んだ。


「本当は全員と話がしたい。多分、話の流れからそろそろ俺から接触できる。……でも、それは——」

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