第75話 ムービー前の悪あがき
イーリ、いやイリ子が小走りで近づき小声で告げた。
それを聞いてレイは「チッ」と舌打ちをして、周りをきょろきょろと見ながら入り口へと向かう。
この店は『お触り禁止』である。
断じて『風俗営業』ではない。
給仕の女性がコスプレをしている、一風変わった喫茶店でしかない。
そして竜王軍は統制が取れているらしく、目を泳がせながら嬉しそうにケチャップでハートが描かれたオムライスを食べている。
最も力があるゼノスはラビが抑えているので、その辺の扱いは問題ない。
と、ここまで来れば分かるだろう、ゼノスは女好きだ。
しかもただの女好きではない。
普段の実直で、どこまでも中立的。そして全体を俯瞰している風を装ってはいるが、彼の根幹は『むっつりすけべ』だ。
だからラビが心配というのもある。
だが、むっつりが故にラビはそのような人種の扱いには慣れている。
彼女はサキュバスバニー・エリート・ネイムドタイプである。
それに竜王軍の兵士は竜人といえども体幹は人間に近い。
だから街の女性たちも思いの外、楽しげに演じている。
これにはニイジマ時代を思い出さざるを得なかった。
NPCで生まれた彼女たちは基本的なルーティンを送る生活しか知らない。
だから名前をつけたり、今までと違った何かが人生に加わると喜びを感じる。
この店は一夜限りでなく続ける方が良かったかもしれない。
無論、それはこの世界が救われた後の話だが。
——カチャ
そんな軽い音を立てて、仮説の扉を少しだけ開けた。
一応、レイだとバレないか確認する。
ただ、そこで厄介なものを発見した。
あの時使われていたら相当厄介だった代物だ。
一応確認しておくが、レイだとバレた瞬間に『イベント』が発生してしまう。
そうなれば、いきなりゼノスとアルフレドが会うことになる。
それは不味いので、彼はあまり顔を出さないようにしながら、アルフレドに告げた。
「ここの街では戦闘は禁止ですよ? ゼノス様が治安を取り仕切っております。ですから武器はお納めください。特に一番奥の眼鏡っ子の武器はあまりにも物騒に思えます。」
「あ、あぁ。治安がそれなりに維持されているのか。そして竜人は扱い上、モンスター。……確かにそうか。キラリ、念のために他の装備類も外してもらえるか?」
「えー、僕の存在意義がー」
そのキラリの寂しそうな顔を見て、レイは漸く今の現状を悟った。
だから彼は少しだけの予定変更をすることにした。
「イリ子、残りのお店のお金、全部使っていいわよ。だから上客を返さないようにね?」
「い、いいんですか? って言っても、実は今黒字なんすけど、じゃあ分かったっす。あいつらから絞るだけ搾り取って、極楽気分を味わわせるっす!」
イリ子は側から見れば金髪の少女に見えるらしい。
喋り方もちょっと元気な女の子かな、くらいに思えている筈だ。
そんな彼女はフリル付きのスカートを揺らせながら店内に消えていった。
イリ子には時間が空いた時はガノスの相手をするように伝えている。
そしてレイは左右のスカートの裾を摘み、勇者パーティに恭しく一礼した。
この降って湧いたチャンスを活かさなければならない。
それさえ伝えれれば、最悪バレても構わない。
「いかがでしょうか? 私、こう見えても占いが得意なんですよ?」
「あのねぇ、アタシたちは占いとかじゃなくて、情報を探しにきているの! ここに竜王軍の幹部がいるっていうから訪ねてきたってわけ!」
「そうです。あなたのようなビッチには関係ありませんよ。」
「そうね。先を考えれば、立ち止まっている暇はないわ。」
エミリ、ソフィア、フィーネが速攻でお断りを入れた。
っていうか、ビッチってなんだよ!と一瞬ツッコミそうになったが、なんとか堪えて、別の人間に照準を当てた。
「桃色の髪のあなたは好きそうって顔をしているわね。それに薄紫の髪の少女、あなたも聞きたいでしょう? それに占いというのは、時として勇者様導くこともあるんですよ? お時間はあまり取りませんし、このテントの資材置き場を間借りするだけです。旅の邪魔にはならないかと? 勿論、聞きたくない方はお帰りください。今日のメイド喫茶は貸切です。しかも、あなたたちは噂に名高い光の勇者様ですよね? 中立とはいえ、竜王軍も魔王軍の一部。お通しするわけにはいきません。」
それらしい理屈を並べていく。
そして、少しずつ、テントの方へと移動していく。
人気のない方、人気のない方へと歩みを進める。
アルフレドとアイザにそれとなくキーワードを話せれば良い。
それに、今はあの中には入れられないし、何よりイベントが始まれば、おそらく話せる機会はずっと先になる。
いや、それでは遅いかもしれない。
最悪、次の再会までにバッドエンドを迎える可能性がある。
そして、資材置き場を目の前にした時に勇者が口を開いた。
「なるほど、一つ聞きたい。君はこの先の未来が分かるのか?」
「あら、無粋な御方ね。占いは一人ずつが個室に入って行うものですよ? では占いを受けますか?」
「アル、占いしている場合じゃないわ。私たちにはやらなければならないことがいくつもあるのよ?」
RPGでの占いの扱いは両極端である。
占い師なんて、預言者とあまり変わらない気もするが、ゲームによってはただの演出だったりする。
そういう受け取られ方をされたとしたら、占いという言い方が良く無かったのかもしれない。
ただ、あのテントに入れるわけにはいかない。
だから少しでも彼らに情報を残したい。
「フィーネ、ちょっと待て。例のがまだ残っている。二回目の質問だ。君には未来が見えるのか?」
そこでレイは肩をがっくりと落とした。
なるほど、ここでも三回の質問。
真面目なのは良いことだが、おそらくはこの世界はそれだけでない。
それは気付けるチャンスがあった筈なのだ。
(デスモンドで三回の質問を一回で通させた。あれをフィーネは知っている筈なのに、……もしかして、フィーネは記憶を封印しているのか?)
フィーネは十字架を背負ってしまっている。
でも、今は即ゲームオーバー回避の方が重要だった。
だからとりあえず、簡単なキーワードのみを伝えて、彼らをその気にさせることにした。
「では、サービスとして、今ここでちょっとだけ占いましょう。伏字にはさせて頂きますけど。えっとですね。まず……」
レイは全員の顔を見回しながらも、必ず言わなければならない相手、アイザを指さした。
「あなた。ちょっと具体性に欠けるかもしれませんが、私に見えることを話しますね。貴女の待ち人は、ある場所で待っています。でも今ではありません。どなたかが今、頑張っているので、貴女も今しばらくは、今を頑張ってください……。ふぅ……。こんなところですね。本当は一対一の方が詳しくお話しできるのですが……」
ただ、その一言だけでアイザは嬉しそうに微笑んだ。
アイザが一番に思っているのはエルザ、実はアイザ視点では成功したのかどうか分からない。
だから占いだとしても、嬉しいと思ってしまう。
良い占いは信じ、悪い占いは当たらぬも八卦くらいが丁度よい。
「具体性に欠ける。僕について、何か分かる……、うーんそれなら調べれば分かることかぁ。」
「黒髪の可愛らしい少女、貴女はとっても偉才に恵まれています。男の方、貴方様はその偉才から逃げることなく、ちゃんと考えてくださいね。彼女は変わった性格かもしれませんが、それは全て貴方の為にしてきたことなんですよ。だからちゃんと彼女の言葉も聞いてくださいね。それと……」
レイは話さなければならないことがたくさんある。
本当に一人一人にある。
だが、その時間はあっけなく奪われた。
「レイ子さん! だめです。ガノスが……じゃなくてガノスさんが無理やりゼノスさんを‼」
結局、彼が動き始めてしまう。
これが強制力なのかは分からないが、レイ子のシンデレラタイムは終わりの時刻に差し掛かっていた。
「最後に‼次に出会う仲間、めちゃくちゃすけこましと出ています!駆け落ちしちゃうくらいの強引色男なので、勇者様は決して皆の手を離さぬようにしてくださいね! 恋愛系の占いは私、結構当たりますから!」
そして彼女は店の入り口に向かって走り出した。
けれど距離が短かったので、あっという間に到着した。
だから彼女はわざわざ振り向いてこう言った。
「あなた達全員待ち人は来ますと出ています。……ですが、あまり良い出会いではないようです。」
そして彼女はテントの中に入っていった。
ちょうどその時ゼノスとガノスとすれ違った。
◇
テントの中では竜人兵が整列していた。
上官命令でも出たのだろう。
メイドたちが怖がりながらも必死で片付けを始めている。
「レイ子ちゃん、ちゃんと想いは伝えられた?」
「ウサ子ちゃん、そんなに急に聞いたら悪いわよ。レイ子だって頑張ったのよ。それに好きって気持ちが伝わってから、恋愛は始まるの。そうよね、レイ子ちゃん!」
「うーん。そうねぇ。私、ちゃんと好きって伝えられたかどうか……、私ってすぐ話題変えるとこあるじゃん?だから、その。それにあいつ、鈍いから……っじゃねぇよ!何、学校の放課後ごっこしてんだよ‼——いや、半分も伝わってないな。ガノスが動くのが予想以上に早かった。ま、強制力ってことにしておこう。それじゃあ、ぼちぼち次の作戦に移行するぞ。って、その作戦、俺は参加できないから——」
そこでレイは気が付いた。
仮設テントに自分はいない、そして変身魔法が溶けている。
——つまりこれは
(……アルフレドとゼノスが出会ったか。そろそろ、ムービーが始まるな)
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