第74話 ゼノスの為のメイドカフェ

 竜王ゼノスはこの街の在り様を気に入っている。


 人間への恨みもなければ、魔王に対する忠誠もない。

 要は、自分の王国を作れたら良いと考えている。

 だから余計な魔物が入り込まないように自衛している。


 リメイク前の状況で説明すれば、ここは竜族が支配して、魔族も人間も手出しが出せない状況にある。

 けれど勇者には協力的で、場合によっては四人バトルの五人目として参戦するイベントだった。

 孤高の存在であり、一定条件下で助けてくれる程度。

 時には助っ人キャラとして登場する程度である。

 つまり、ここは元からこういう街だった。

 ここで手に入る装備は終盤まで使える、ドラゴン装備もここで手に入る。

 最後のレベル上げにここを選択するプレイヤーも多かっただろう。


「ゼノス様、人間が良からぬ無許可営業をしていますぞ。竜王様が寛大というのは存じておりますが、流石に街の景観が削がれます。即刻、片付けさせましょう。」


 ガノス、竜人族がどれほどの寿命を持つのか知らないが、彼が参謀、しかもゼノスの近親者なのだろうと分かる。

 それにゼノスとガノスはあまり戦闘力が変わらないように見える。

 けれど、それは見えない壁があるかないかで全く違うものとなる。

 そして二人とも、実直で実力主義な側面があるように見えるが。


「それは見えるだけだからな。いいから、愛想良くしていろよ。」


 実は街の人に声をかけた行為は思わぬ方向に話を進ませていた。

 先にも書いたが当然である。

 今は街同士で人々の往来がない。

 女性だけが職に溢れている訳ではない。

 だからこそエクレアから男性陣もわらわらと集まり、いつのまにか席には仮設テントが張られ、調理師までもがいる。

 その状況にニヤリとしたのはレイとゼノスだった。


「ガノス、人間がこの街の中で行う商売については大きな規制はない。ガノスも反対ではなかったはずだ。別に良いではないか。どうやら中で飲食ができるらしい。我々は分類上は魔族だ。そう簡単に毒など効かない。お化け屋敷にでも入った感覚で、入ってみたいが……、いや、待てよ。先ほどちらりと見えたキャストの人数。……なるほど、なるほど。」


 ゼノスの視力は常人のそれとは違う。

 動体視力も同様だ。

 だから遠くに見える仮説のサーカスのようなテントの入り口がひらりとするだけでも中の様子が見て取れる。

 そして四天王二番手と言われているだけの力が彼にはある。

 そしてそれ同等の正義感を備えた正義感の塊のような、彼の大脳皮質はピーンと来ていた。

 パッっと浮かんできていた。

 今日は多めに兵を連れて来すぎたようだ。


「確かに物流がほとんど滞っているので人々の活気がない。それはその通りですが、やはりここは……」

「そうだなぁ。ガノス叔父さん。俺が一人・・で入ってこよう。……それでも何か?俺が負ける……、とでも思っているのか?」


 そう言って、ゼノスは入り口に立つ人間に声をかけた。


     ◇


 レイは店内で一日限定かもしれない自分の下僕に戦い方を教えていた。

 これは命懸けの戦闘になりかねない。

 だからしっかりと戦士の心がけを叩き込まなければならない。


「いいか? 俺の……いや、一人称は「私」、「あたし」、「ウチ」、「自分の名前」好きにして構わないがとにかく最初の挨拶はいらっしゃいませではなく、『お帰りなさいませ』だ。そして相手の名前は『ご主人様』、もしくは指定があった場合でも『様」付けは忘れるな。」


 一体ゲーム内で何をやっているんだろうかと焦っている。

 と見せかけて、かなりノリノリであった。

 そして確信もある。

 これは恋愛要素ふんだんなゲームだ。

 これくらいの演出はむしろゲーム的にOKなのだ。

 創造神ゲーム制作会社の中にはこういう要素を盛り込みたかった神もいるだろう。

 だからこそ、ここまで円滑にことが運ぶ。

 そしていくつかの説明をした後、レイは、いやレイ子はこの言葉で締めくくった。


 いいか!と全員の目線を集めた後で彼はどろどろと赤い、邪悪にしてかわいい何かを握りしめていた。

 そしてそこからは禍々しいトマト味のどろどろとした何かが滴り落ちる。

 彼は魔人である。

 だからこそ、その滴り落ちた物が象るモノも、当然恐ろしいモノでなければならない。

 レイ子はそれを真面目に描いている。

 彼女が描いたのはまさしく心臓をシンプルに描いたものだ。

 流石は変化しているものの、中身は魔族と言えるだろう。

 そして彼は最後に言った。


「萌え萌えキュン!」


 恐ろしさに集められたメイドたちは声を失った。

 皆も恐ろしき悪の象徴、心臓のシンボル、ハートマークを黄色いキャンパスに描いていく。

 そして全員が声を揃えて、人の心臓を握りしめる呪文を唱えた。


「萌え萌えキュン!」

「萌え萌えキュン!」

「萌え萌えキュン!」


 その様子に魔人はニヤリ。


「よし、そろそろ……」

「レイ様……じゃなくて、レイ子様! 本当です!竜兵団幹部、そして竜王が尋ねてきました。しかも竜王は一人で入りたいと言って聞かないのですけど。」


 その言葉を聞いてレイは目を光らせた。


「なるほど。では私がいきますわよ。」


 そしてレイ子は一人、もはやここはサーカスか?とまで規模が拡大してしまった仮説メイドカフェの入り口へと向かう。

 そこで、そわそわしているゼノスと対面した。


「ご主人様ぁ、当店はぁ、ちゃーんと偉い人には、それなりのメイドがつくようになってるにゃん。それにー。たまには部下のみなさんも、癒されたいって思ってるにゃん!」


 ゼノスは固まった。

 何やら部下に耳打ちをしている。

 そして彼の冷たい視線がレイ子に注がれた。


「なるほど、そこまで考えていたのか……。確かに……その通りだな。よろしい!皆、今日の巡回はここで最後とする。……中に入ってもよいか?」

「いいにゃんよー。でもぉー。女の子たちはか弱いのでぇ。武器はちゃんと使えないように縛って欲しいにゃん。ロッカーがあればよかったけれど、流石に一日限定メイドカフェでは無理だったにゃん。だからー、ちゃんと紐できつく結ぶにゃん!」

「ええい。言われなくても分かっておる。怖がらせるようなプレイは好きではない。さぁ、これでいいだろう。早く中へ通せ!」


 薄灰色の髪に竜のツノが生えた、見えない壁を持つゼノスは、店内のハリボテ感を見て、肩を落としていた。

 ただ、彼の目の前で頭を下げていたメイドさん達を見て、「ふっ、ハリボテがどうというのだ」、「俺の真実の愛はハリボテなんかじゃない」と誰にも聞こえないように呟きながら、少女達の言葉をただ待っていた。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 その少女の旋律を奏でるような、そして朝日を告げるような、栄光の未来を告げるような心地よい声に、彼は自身が泣いていることに気がついた。

 ただ、魔王軍四天王として、それはあるまじき行為だ。

 こんな様子をあの男たち、アズモデやドラグノフに見せるわけにはいかないと、彼は涙腺に力をこめて無理やり涙を押し込んだ。

 後ろにガノスだけがついてきているのを確認して、背筋をしゃんと伸ばした。

 どうして空気が読めないのか、と憤る自分をも制する。

 そして自分が只者ではないというオーラを放ちながら、鷹揚に店内を見回して一言だけポツリと告げた。


「ただいま。いやぁ、今日も巡回疲れたよー。それにちょっと小腹すいちゃったなぁ。」


 一言ではなかった……


「ではお好きな席へどうぞ!」

「お好きな席……、うーん。あの一番奥のちょっと観葉植物で見えにくくなっている場所も席なのか?」


 一画だけ、明らかに他とは異なる席があった。

 しかも上手い具合に顔の当たりが観葉植物で見えなくなっている。

 ただ、他の席と違い、あれは別用途で使う席にも思えた。


「ご主人様、申し訳ないにゃん。あそこはVIPコース……、つまりお財布が分厚くないとダメニャン!!」


 その言葉を聞いて、四天王の一人、そして正義感あふれて、実直で実力もありと名高いゼノスは、ホッと胸を撫で下ろした。


「構わん。金の心配も身分の心配もない。むしろあの席は俺のために用意されたようにしか見えないな。なにせ俺はこの街の実権を握っているのだからな!」


 彼が実権を握っている。

 それは自他ともに間違いない。

 たださっきから背中を小突く者がいる。

 不届き者に背中を取られるとは不甲斐ない。

 そう思ったゼノスは半眼で後ろにいるだろう同族に振り返った。


「王! 巡回の途中ですぞ。 今、何か食べていこうかなぁ、などと考えておりましたよね? しかも、身分や立場など大嫌いだとおっしゃっているにも関わらず、先ほど職権濫用しましたよね!?」


 だが、ガノスの言葉をゼノスは鼻で笑った。


「何を言うか、最近勇者の動向が激しいので、巡回を厳しくしていただろう。俺はただ、兵士達のために慰労してやろうと言っているだけだ。俺の顔が見えては休むものも休めないだろう。少しは頭を回せ。親戚とは思えぬぞ。さぁ、主が帰ってきたぞー。今日も仕事頑張っちゃったぁ! なーんか、今日の俺、財布の紐が緩くなってるかも。だから気分も緩くして寛ぎたいなぁ!」


 そしてメイド姿のレイが奥の部屋へとお連れする。

 そこにはウチの看板娘、実は外見がほとんど変わらない元モブのサキュバスバニー、『ラビーちゃん』の担当している席である。

 流石にサキュバスバニーの本能を引き出すのは不味いが、彼女にはメイドがなんたるかを教え込んでいる。

 そしてレイはイーリに目配せをしてこの場の掌握を始める。

 具体的には、全ての竜人兵を店内へ案内するよう、ゼノスの付き人に数名がかりで催促させているだけだが。

 彼がエルザでいうワットバーン、レイでいうラビだろうことは間違いない。

 だから彼は主人の行動に従わざるをえない。


「普通のオムライス、愛情たっぷりオムライスがありますにゃん。どれがいいかにゃん? あとカフェラテと、愛情たっぷりカフェラテがあるけど、これも頼むにゃ?」

「ふ、普通のオムライスとあいあい、愛情たっぷりオムライスとはどう違うのだ?」

「中身は一緒だけどぉ、愛情たっぷりオムライムにはぁ、ウチの愛情がたっぷり入ってるにゃん!」

「そ、それで頼む‼」


 レイ、いやレイ子はその様子を片目で見てニヤリとしていた。

 しかしながら同時に戦慄していた。

 ここに来て、再びバッドエンドの脅威は間近に迫っている。

 それが分かるだけに恐怖すら感じていた。

 因みにここでのバトルの引き金になるのはゼノスではなく、彼の参謀の行動である。

 設定上では彼は日々のゼノスの行動に飽き飽きしており、魔王軍の力を借りてこの街に災禍をもたらす。

 そして、その時についでのムービーイベントで現れるのがレイである。


 このイベントの発生条件は、ゼノスとアルフレドパーティの接触である。


 レイ自身が含まれるので、レイが立ち去ればワンチャンイベント回避できるかもしれない。

 けれど今回ばかりはそうもいかない。

 イベントを迎え入れてでも伝えなければならないことがある。


 そして。


「レイ子さん! まずいっす!如何にも強そうな奴らが訪ねてきてます‼」


 人類側の最強達が、メイド達の城に迫ろうとしていた。

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