第73話 暗躍

 ここのムービーイベントはアルフレドとゼノスの為にある。

 勿論、魔人レイモンド復活イベントでもあるから、レイは居なければならない。


 ただ、彼はゼノスが嫌いだ。

 正直、彼の為のムービーだから、出演拒否をしたい。


「だから、アイザちゃんの為ってことにするんですか、ご主人。」

「そう。アイザの為に来たんだ。共演NG出したいくらいなんだから。」

「アイザちゃんが馴染めているか、ウチも心配ですから、それでいいですけど!」

「……何?」

「アイザちゃんだけ、ってことじゃないですよね?」


 ラビが半眼を向ける。

 そして、彼は堪らず頷いた。


「そりゃそうだよ!でも、おおっぴらに出来ないだろ?」

「ですよねー。魔王軍幹部候補が人間の、しかも勇者たちを気にしているんですし?」

「って、声大きいって!」


 仲間が気懸かり、それはその通り。ただ時間が限られている。

 アルフレド達が一定の地点に着くと強制的にムービーに飛ばされる。

 

「いやぁ、なるほどなるほど。大変っすね。俺っちもここは居辛いなぁって思ってたんすよ。」


 そんな会話の中。

 知らない誰かの相槌が聞こえて、レイは顔を顰めた。

 頭からぴょんと触覚のようなものを生やし、コウモリの羽がついている何か。

 見た目は完全に人間であり、なんだったらロックな服まで着ている。

 そんなモンスターが何故か隣にいる。

 

「……ラビ。知り合い?誰だ、こいつ。」

「あのー、あっちに行ってくれません?ウチたち目立ちたくないんです。」


 レイはモンスター側はそこまで詳しくはない。

 ヒロイン絡みはよく知っているが、モンスター関連の設定資料集は出ていない。

 出しても、売れないと分かっているからだ。

 一応、種類は全て知っているが、このゲームにはモンスターが仲間になるシステムがない。

 だから、記憶としては曖昧になる。

 この男は、ロクバンというモンスターに似ていなくもない。


「済まないが、構わないでくれる?マジで目立ちたくないんだ。俺たちがいたヴァイスが落とされたんだ。察してくれ。」


 モンスター側に立ってみると、バトルでグループ分けされている理由がわかる。

 先にラビが言ったように、この地域の竜人族はほとんど纏まって行動している。

 そして、彼らが仕切っている街なので、MKB部隊は肩が狭い。


「なーる!ヴァイス要塞が落とされ~、そしてここが次の戦場です♪それが魔王軍のルールですぅ♪そして俺がぁ……。うっせぇ、うっせぇ、うっせぇ——」

「うっせぇわ!どこの誰か知らんけど!隣で妙な歌を歌うな!」


 レイは慌てて、ロクバンモンスターの口を塞いで周りを見回す。

 とはいえ、それを通報するようなモンスターはいない。

 モンスターの中には理性的でない部類もいるので、奇声を上げるくらいでは目立たない。

 ただ、こんなモンスターを相手にしている時間はない。

 

「ロックな言葉すぎました。ですが、この続きが大切なのです。」

「ほーん。で?」

「えっと、僕は~なんて言えばいいんでしょう、こんな夜は~♪」


 ドンッ!


 レイはフォークを机にぶっ刺した。


「歌うな。で、こんな夜は?会いたくて、何?」


 ただ、ここでラビが彼に食いついた。


「ん、もしかしてご主人を探していたってことじゃないです?それって……」


 そして彼女は半眼を彼女の主人に向ける。


「え?いや、なんでその目?俺はそんな知り合い……」

「あれですよ。ご主人、こんなこともあろうかと見境なくモンスター助けてたじゃないですか。ウチというものがありながら。」

「トリケラビットにそんな疚しい気持ち持ってねぇよ!……で、お前は何の進化なんだ?」


 あの頃はそんなことを考えていた。

 だが、魔王軍は案外話が出来る魔物だらけだったという話。


「イエモン……」

「イエローコウモリんをそう略すな!さっきの歌がマジでピンポイントじゃん!」

「だって気付いてもらえなかったからっすよ。知ってます?イエローコウモりんって黄色タイプだけ、人型に進化するんすよ?」

「イエモンさん。お礼が言いたいなら、普通に言えばいいだけですよー。ご主人は怖そうですが、怖くありませんから!」


 お前もずっと突進しているだけだったけどな、とレイは心の中で静かにツッコんだ。

 ジュウは一体何をしているのか、そんなことも考えた。

 それくらい魔王軍はふわふわした存在だった。

 間違いなく、話せば分かる存在。


「あ、そういえば、俺っちの他に北の砦でレイ様を探してる連中に会いましたよ!えっと、確か、パールホワイトスラドンの件で探してるって言ってましたっす! 北に行く機会があれば、立ち寄ってやってください!」


(……忘れてた。パールホワイトスラドン、狩りまくってたんだった。あの時はその……、精神的に追い込まれてたから……)


「う、うん。き、機会があればな。俺、この街でやらないといけないことがあるから。とにかく、イエモンはなし。イーリだ。イーリの感謝は受け取った。だから——」

「俺っちはこの命を捧げに来たんすよ?是非、手伝わせてください。」

「ご主人、命捧げてくれるんなら、いいんじゃないですか?」

「……まぁ、魔王軍ってそういう奴ばっかな気もするけど……な」


 そして結局、その特殊モンスターは、レイとラビについてきた。

 レイが今からやろうとしていることは、魔王軍に反旗を翻す行為だ。

 部外者には入って欲しくなかったが、考えている計画は人手が必要なものだった。

 だから、イーリの申し出を渋々受けて、一応契約書のような何かを作ってサインをさせた。


「イーリでいいんすよね?いくらでもサインしちゃいますよー!ミュージシャンなんで!」


 さっきつけたばかりの名前だけれど。


 ただ、やること自体は大仰なものではない。

 単に、アイザを遠くから見守るというだけ。


「その、俺っちも参加するんすよね?その元幹部様の妹さんの様子を見にいくんすよね?」

「確かにイーリは力も弱いから、気付かれにくい。だから、万が一見破られた時の囮だな。……にしても、どうやって使うんだ?」

「囮って! 俺っち瞬殺じゃないっすかー。」

「え、だって命を捧げるって。って、半分だけ冗談だよ。人手が足りなかったら手伝ってくれるだけでいい。」


 レイは杖を構えている。

 変身していれば、勇者の前でも問題ない。

 エルザに変身しても大丈夫だったんだから、ここでもそれは変わらない。

 このアイテムはパーティ全体に効果がある。

 それに効果時間は変化魔法メイクアップと大差がないと考えられる。

 ということは、少なくとも1時間は効く。

 フィールドを越えれば、その力は失われる可能性があるから、使用開始場所にも注意が必要だ。


「なんできゃわきゃわスティックの方なんだろ。よし、気合を入れるぞ!」

「はい!」

「うっす!」

 

 レイは銀髪を整え、紫のマントを翻し、女児用玩具を右手に持ち、それを大きく振りかざして空気中に円を描いた。


「プチプチ食感、ぶどうはパープル! 俺たちはキャワキャワ!キャワグレープ!」


 その瞬間、女児用玩具の電池が起動した。

 ピコピコと点滅を繰り返して、軽快な電子音が鳴る。

 そしてラビのバニースーツが一瞬、光に包まれた全裸になる。

 勿論、シルエットしか見えず、光が収まることにはふりふりメイド服に変わったいた。


「わ、すごい!変身しましたよ!すごーい!これ、かわいい!ふりふりだぁー。」

「……やっぱりラビは似合うな。」

「俺っちはどうなってるっす?」

「ん、悔しいが似合っている。っていうか、これ。」

「ご主人も似合ってますよ!フリフリ!」


 こうして、三人のメイド服がエクレアの街に爆誕した。

 魔族の象徴は消えているので、誰も彼らが魔族だとは思わない。

 ただ、鏡の前で確認すると、自分たちの目には白フリルのついた黒のピチピチメイド服を着ているようにしか見えない。

 しかも魔法少女のように、ふんわりとしたスカートに白タイツ。

 だから、即座に鏡の前から離れた。

 でも、街の男性の中には下心ありありでスカートの中を覗こうとする者もいるので、三人以外には女性に見えているらしい。

 ただ、どうやら個人差があるらしく、街の男の視線は7割がラビ、3割がイーリ。

 残念ながら、レイを見ようとする者はいない。

 そこに些か不安は残る。

 

「ご主人、どうしました? ウチ、何かおかしなことしてませんか?人間社会は分かりませんので!」

「俺っちも分かんないから、よろしくっす。こうでいいっすか? 」


 イーリの身長は160cm くらい、ラビも同じくらいの身長だ。

 だから、なんやかんやイーリも様になっている。

 彼らの順応力はとても優れているので、自然に見える。

 だから仲間外れがいるとしたら、レイ以外の何者でもない。


「いや、三人とも完璧だ。だからまずはアルフレドが行きそうな宿を押さえる。そして道具屋と武器屋の場所は確保しておこう。」

「ご主人、えっと……。喋り方を……。」

「そうだな。メイドなのに俺が主人では良くないな。それにしても、モンスターの言葉も人間になるのだから……。いや、確かに固有名詞はまずいな。ラビはウサ子、イーリはイリ子、そして俺はレイ子にしよう。我ながら完璧……」


 ラビはレイの喋り方が男っぽいと言いたかったのだが、ウサ子という名前を気に入り、喋り方はそのままで良いと思った。


「じゃあ、俺っちはイリ子っすね。レイ子さんは勇者を探しているんですよね?やっぱり囚われの魔族、アイザの奪還っすか?」

「いや、それは魔王軍にとっても既定路線だ。俺がやるべきことは勇者たちに『最悪の事態』を知らせることだ。そしてそれが巡り巡って魔王軍の為にもなる。メタ的な意味で。」


 レイの言葉に二人の顔が引き締まった。

 ラビも今の言葉は初耳だった。

 ご主人のことだ、ただ様子を見るだけで終わるとは思っていなかった。

 だがまさか、それが最悪の事態を伝えることだったとは。


「すごいっす。つまり勇者にお前たちの命はない。諦めるなら今のうちだなって脅すんすね。かっこいいっす!」

「それは違う。それに俺が伝えなければ、プレイヤーの怒りを買うことになる。俺たちは——」


 ただ、レイの言葉は途中で遮られる。


「レイ子、まずいわよ。竜王軍の巡回がすぐそばまで迫ってきているわ!」

「そうね、ウサ子。ここは一旦、隠れないとまずいわ。レイ子はタッパがあるから特に注意よ!」


 絶対に避けるべきは勇者とゼノスの出会いイベント。

 そして、間違いなく同じ街にいるレイも呼び出される。

 だからこそ、住民になった。

 出来れば道具屋か宿屋になって勇者に会いたかったが、こんなこともあろうと女メイドの姿をしていた。


「作戦Mに変更だ。ゼノスを足止めする。そこでだ——」


 この世界はシステムやシナリオ、そして人物の性格を含めて、最初に決まっている設定が踏襲される。

 けれど人間味は十分に溢れている。

 ならば、この方法こそが最善である。

 人数は少ないが、出張所と考えれば問題ない。


「金ならある。モブカワ住民に片っ端から声を掛けろ!」


 街の若い女性に片っ端から声を掛ける。

 彼は今までの旅で嫌というほど知っている。

 この世界は他の街との接触が皆無である。

 しかも大きな街だとしても、実在の街の規模はない。

 だから、殆どの人間は仕事に困っている。

 

「竜人兵の巡回は二十名ほど、十名確保できれば問題ない。」


 お金の心配はない。

 JRPGあるある、お金のインフレ。

 モンスターは皆ゴールドを持っている。

 つまり魔王軍はこの世界一の富豪である。


 そして、レイは声高らかに宣言する。


「この場にメイドカフェを出現させる!」

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