第72話 北の都市エクレアの竜王
白兎、と言ってもサキュバスバニーの髪の毛の色違い。
サキュバスバニーの服は通常は赤色。
ただ、今日のラビは紫色である。
しかも今日から髪飾りをつけている。
「どうです?ご主人。大人っぽくなりました?」
「え、うーん。更なる色違いって感じだけど、ゴージャスになった感じ?外見は変わらないのか」
すると、彼女がポカポカと腕を殴る。
「ご主人!全然違いますよ。ほら、髪の毛にご主人とおソロのメッシュが入ってます!これに気付かないなんて、ご主人……、ウチはご主人を哀れに思ってしまいますぅ」
「……え、ほんとだ。俺さえも自分の髪の毛の設定忘れてたからな。っていうか、どういう意味だよ。そんなことよりも、エクレアに急ぐぞ。ゼノスは絶対許せないからな。」
「ぶーぶー。ま、いいですけど。んじゃあ、さっそく行きましょう。ご主人の天敵ゼノスのところへ!」
◇
エクレアの街は魔族が取り仕切り、人間が庶民側として普通の生活を送る奇妙な街だ。
理由は竜王ゼノスが人間に寛容だからとされている。
ちなみにゼノスは薄灰色の髪のイケメンである。
鋼よりも硬く鋭い尻尾が生えて、両手両足が竜人特有の強そうな鱗の武具と化している。
さらに説明すれば、彼は魔族の中でも立ち位置が変わっている。
稀有な魔力と戦闘力を持ち、その実力が故に四天王の一人。
ただ、性格は悪というよりは中立。
「ホームページの動画解説を纏めるとそんな感じだ。この街はゼノス・ファミリーと呼ばれる竜人族が取り仕切っている。そして今いるのが、魔王軍が駐屯している兵舎だ。」
「ほーむぺーじ?とにかく竜人族が仕切ってる街ってことですね。それにしても皆さんすごく真面目な感じですね。排他的なのかもしれませんが、さっきからウチのことを警戒しているようです。」
つまり、レイはジロジロ見られていない。
色違い、そしてほかのサキュバスバニーと一線を画す、バニー美少女に見惚れているだけだ。
だが、レイは部下の夢を壊さないようにする。
「そういうことだ。ここでは特に気をつけて行動する。別の使命もあるからな。……お、例の竜王様のお通りだぞ。目立たないようにしておけ。」
「はいっす!」
今日は竜王軍がエクレアの街を巡回する日。
だから厳粛な雰囲気が漂っている。
因みに、レイ目線ではゼノスの印象は最悪だ。
あの男に殺された、それだけではない。
だが、今はそれについて語るべきではない。
それにあの男はレイのことを覚えている。
しかも最低の人間の代表として覚えている。
だから見つかったら、なんて言われるか分からない。
でも、いくら竜人が大柄だと言っても、レイの巨体を隠すことは至難である。
「おい、お前。どこかで見た顔だ。近くに来い。」
レイは顔を伏せている。
偉い人の前では伏せておくのが当たり前。
そう言い聞かせて、とにかく顔を伏せる。
けれど、さっきからレイの腕をぐいぐい引っ張り美少女がいる。
「ご主人!たぶん、ご主人が呼ばれてますよ!」
隣の少女は気が利く。
でもレイにとっては余計なお世話な動きだった。
幹部に呼ばれたとあっては行かなければならない。
だからレイは本当に渋々、二足歩行の龍にまたがる薄灰色の青年の前までのろのろと歩いていく。
「ええっと、魔王軍強化部隊所属のレイです。どうぞよろしくお願い致します。エクレアの街は本当に素晴らしいですね。人間どもが平和に暮らしているとは驚きですが。」
ここで問題は起こせない、でも、目を合わせたくない。
だから無難に行く。
けれど、やはり。
「ふっ、よく見れば人間のクズだった男か。よくもおめおめと魔族になったものだ。いや、お前のような外道の方が魔族には適任だったな。いつまで俺の前に立っている。とっとと消えてくれ、それが今すぐくたばってくれ。」
「あ、どうもです。」
竜王様もおっしゃるので、レイは言われた通りり隊列の外に出ようとしたのだが。
「待て、やはり気が変わった。俺はこのドラゴンフライの試し切りがしたくなった。そこへ直れ。」
スキル・
勿論、彼が本当に切ろうだなんて思わない。
これはムービーではないにしろ、今から行く人間たちの視察で登場するシーンだ。
だから、「子供を切るのではなく、トンボを切ったフリをして虫のトンボを子供にプレゼントする」というイベントである。
それが侍として正しいスタイルなのかはさておき、それの予行演習をするつもりなのだろう。
そして、レイは好都合とばかりにゼノスを観察していた。
さすが四天王。
とんでもない魔力を持っている。
——ここで突然だがドラゴンステーションワゴンの敵モンスターについて説明する。
モンスターにもレベルはあるが、魔族レベルと人間レベルは明らかに別物である。
魔族はそもそもの基礎値が異様に高い。
勇者の最大HPがどれだけレベル上げしても999で止まるのに対し、魔族レベルが高い者は十万台、トップクラスになると百万台のHPを持っている。
これもJRPGのあるあるだろう。
この違いもレイが首の皮一枚残って生き残れた理由である。
因みにレイが魔族として与えらたレベルは38。
ただ、彼は人間のベースが残されている
だから人間レベル70も加味されるが、魔族で与えられるポイントとは比較にならない。
「ゼノスのレベル40だっけ。四天王二番手なのに三番目の強さ。ま、確かに納得だな。」
レイはなにげなくテレビのキャラクターを見ながらポツリと呟いた。
でも、ここは現実世界でもあるため、その言葉はテレビの液晶で跳ね返ることはなく、ゼノスの耳に届いてしまう。
見えない壁は存在しても、音はちゃんと届くし、ナイーブな彼の心はダメージを喰らう。
「俺を愚弄するつもりか、姫を守れなかった無能めが。やはりゴキブリは見つけた時に潰しておいた方が良かったのだ。ゴキブリに慈悲をかけるなど、魔王軍はいったい何を考えているのか……。まぁ、いい。とんぼを試したいと思っていたところだ。では死ね!
そう言われてもレイには予行演習にしか見えない。
ここでレイを斬る演出はあり得ない。
いや、それはどうだろうか。
そんなことも考えられないほどにレイはゼノスが嫌いなのだ。
そして、今のレイは自制心を持っている。
——では、中の人がいないレイモンドだとどうなったか。
当然、こんなシチュエーションになりはしない。
ドンッ!
だから、レイにとっては意外だった。
でもラビにとっては当たり前の行動である。
あの時から、ラビはレイの主人。
自分のご主人様をお守りするのがラビの務めである。
だからラビはレイを押しのけてゼノスの蜻蛉斬りの軌道に入った。
ザクッ!
本当にそれに近い音がした。
確実に何かにめり込んだ音がした。
そして金属が軋むときの嫌な音が一瞬だけ鳴る。
キン!
そしてソレが割れた。
「ラビ、危ねぇだろ? 俺の所有物が俺より先に死ぬんじゃあねぇよ。……で、にいちゃんよぉ。蜻蛉を斬るっつー話じゃあねぇか。いつになったら見れるんだよ。」
レイは悪人顔で青く輝く牙をチラつかせた。
そして、厭らしい顔をラビに向け、ゼノスの方は全く見ない。
ちゃっかりラビのことは抱き寄せて、あぐらをかいた真ん中に座らせている。
——つまり、レイモンドがゼノスに盾突かない筈がない。
レイモンドはゼノスに殺されたと思っているのだから。
つまり、最初のレイの行動はこの場面では流石に不自然過ぎる。
ここでトラブルが起きない筈がない。
ラビのタックルでレイモードが発動し、無事にレイは盾突くことが出来た。
「まさか、このハエ叩きが蜻蛉切りっつー冗談は辞めてくれよ?ケチじゃねぇもんなぁ、四天王第二位のゼノスさんはよぉ。……あ。」
ラビを抱き寄せ、先ほど叩き折った日本刀を放り投げる。
ここで、やっとレイはムカつくあまり、不自然な行動を取っていたと気付く。
中の人レイが考えていたのは、ワザと斬られて正当防衛で叩きのめすことだったが、それをやったらバグが生じる可能性があった。
中の人はそれが分からないくらい、彼のことが嫌いだ。
「この痴れ者が!下劣な雑魚が俺に盾突くか!」
これでこそ、レイモンドとゼノス。
だが、この空気をゼノスの部下、ガノスが嫌った。
「竜王、なにを流れ者と戯れているのですか。巡回の時間ですよ! お前達、なかなか良い腕を持っているらしいな。もしもその気があれば、竜王軍に志願してくれ。さ、行きますよ! もう10分も遅れてます!今日の日の入りは早いんですから。」
ゼノスは最後までレイを睨んでいたが、レイはラビに怪我がないか、聞いていたのでそれは見ていない。
そして30分以上経って、ようやく竜族の一行は姿を消した。
やっと人間の街の巡回を始めてくれたのだろう。
「ったくー。ご主人、どうしたんですか?」
(やばい。嫌い過ぎて前が見えてなかった。前世的に嫌い過ぎる。あいつにだけはそんなこと言われたくないんだよなぁ。)
「アイツとは宿命のライバルみたいなもんだからな。……恋の」
「え?何の?何のライバルなんですか?」
「いや、なんでもない。今は関係ないからな。とにかく腹が減った。なんか食おうぜ。魔王軍は食事自由なんだろ?」
「そうですけどぉ。って、何のライバルなんですかー!」
そんなやり取りをしながら、彼らは魔王軍の駐屯地に向かった。
勇者の次の目的地、竜王の支配するエクレアで彼らは次のイベントの為の準備を始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます