第71話 魔王軍の技術
エルザにはアイザ登場という存在価値があった。
次のムービーのレイモンドは、勇者へのサプライズとゼノスから見下される役目。
ゼノスは魔王軍と一線を画す存在、そしてゼノスはレイモンドを嫌悪している。
その彼は正義感を持っているという設定だが、実はかなりの問題児である。
レイがあのイベントスキップを享受したのはアイザの為。
エルザにあんなにお願いされたのだし、アイザと出会ってしまったのだし。
あの幼気な少女は守らねばなるまい。
「あ、そういえばぁ。ワットバーンさんから貰ったものって何なの?まだ開けてないよね? 開けてみようよー、ウチずーっと気になってたの!」
その言葉をレイはずっと待っていた。
(そう、これは超絶レアドロップアイテム!この為に何度もワットバーンとエルザが殺されると言っても過言ではない。エルザの設定を考えると申し訳ないが、レアアイテムはどうしてもゲットしたいから、ワットバーンに限っては何度も殺させてもらった。)
「ふふふ、ラビは食いしん坊だなぁ。そんなにこれが見たいのかぁ」
以前、モンスターになれば中に入れるという話をしたが、この杖を使えばという意味である。
「見たい!見たい!レアアイテムなんでしょ?」
「そう、その通り。じゃあ、移動時間を使って、このレアアイテムの開封の儀をするか。」
『ドラステ七変化の杖』
杖の頭部分に七色の宝玉が嵌まっており、杖の末端部にはこのゲームのイメージモンスターコウモリんの彫刻が施されている。
これを使うとランダムではなく、好きなキャラに変身ができる。
しかもレアアイテム、つまりこの杖を使うイベントはない。
では、何のために使うのか。
主人公アルフレドともう一人のパーティメンバーの男の見た目を変える為だ。
(女キャラになっても良い。モンスターになっても良い。だが、ストーリーには関係ない。つまり百合展開、触手プレイ、魔物プレイ等々。プレイヤーが脳内補完して楽しむだけのアイテムだ!……って、考えたら変態的な要素しかないな。はしゃぎ過ぎた。だが、これを使えば俺もイケメンキャラに……)
レイは敢えて瞑目した。
そして抱えていた宝箱の蓋をゆっくりと開ける。
「わ!す、す、すごい!ピカピカ、チカチカッて輝いてる!ウチ、こんなの初めて見た! 」
(ふ、そうだろう。七つの宝玉がセットになっているんだ。キラキラだが、ピカピカチカチカでも問題はない。)
「それに、すっごいかわいい! 可愛いは正義だもんね!」
(なかなか良い目を持っているな。確かにコウモリんの装飾はなかなかに可愛い。だが、カッコよくもある。確かにまだ俺は幹部ではない。七宝の杖を持つには格が足りないかもしれない。だが、イカツイ俺が変身できるアイテムなのだ。)
「七色にピカピカ点滅している!それにピンクと白のリボン!アイザちゃんに似合いそうだね!」
ついに、レイの邪悪な鈍色の目がついに開眼した。
そして杖を壁に投げつけた。
「……って!
だが、投げた杖をラビは見事にキャッチして、不思議そうな顔をしながら主人にそれを返す。
「上半身裸にマントの銀髪イカツイ大男が持つから、かわいいんだよ?」
「マニアックか!それは流石に通報案件だろ!」
ここはレイが魔族となった場所であり、魔族の中心施設でもある。
「あらぁとっても元気なモンスターって噂の彼じゃないー。あれ? お腹に穴が空いてる! レイ君はアンデッド系じゃないのによく生きてるわね。」
レイの体は人間ベース、とはいえ魔族のものだ。
通常の人間であれば、文字通り風穴が開けられた状態。
痛みはない、というよりお腹周りの感覚がない。
だから触られても、残念ながら……、ん、残念ながら?そう、残念ながら感覚がない。
「んー。診る為には服が邪魔ね。ちょっと脱いでくれる?」
オレンジ色の長い髪をワンレンにした女医。
彼女が診察のために限界ギリギリまで近づいている。
そんな彼女が上目遣いでレイにそう言った。
「え……、服は脱いで……、じゃなくて俺、上半身裸設定なんですけど。」
彼女の名前はカロン。
言わずとしれた歌姫である。
マロンは今日は非番らしく、今日は妹のカロンが白衣を着ている。
カロンの売りは色気、だと言われている。
当然、ここは裏設定。
彼女たちのルートは存在しないが、設定資料集に彼女達は載っている。
ラストダンジョンでしか出会えないのに、だ。
設定どおり、ものすごく良い匂いがする。
「えー?みんな、喜んで脱いでくれるのにぃぃ。」
「え?いや、それは確かに脱ぎたい気持ちは……、って!これは……」
艶かしいカロンの膝がレイの下腹部に当たっている。
「もうー、甘えん坊ね。いいわ、怪我人だものね。私が脱がしてあげる。
(あの厄介な魔法!強制的に未装備状態にするマロンカロンボロン専用魔法!あれって、こんな感じだったのか‼カロンさん、カロンさん、絶対に下を見ないで!俺の銃口が貴女の顎を狙っています!)
「 んー、こっちは元気そうね。ほら、やっぱり動脈が鼠径部にまで引っ張られてる。お腹の穴を見るだけじゃダメなのよ。もっと力を抜いてぇぇぇぇ。」
「は、はい。無理やり治しちゃったからですかね……」
「多分そうー。ここも皮膜で覆われて、ここから内臓が触れちゃいそう。ねぇ、ちょっと触ってもいい?」
「はい。お願い……します。」
少し垂れ目がち、そして泣きぼくろが大人びた彼女によく似合う。
そしてマロンと同じくちょこんと突き出たツノが可愛らしい。
その彼女の下にはレイのツノも見え隠れしている。
そしてその瞬間、レイのツノが、いや厳密にはツノではないツノがぐっと鷲掴みされた。
「こーら、痛いからって、そんなに魔力を篭めないの! 私の魔力が弾かれちゃうでしょ?痛いのは分かるけどね。ほら、魔力が溢れすぎてここもこんなになっちゃってるしー。」
(違います!そこは違います!全然違う理由で元気なだけです!だからそこは…………って痛ぇぇぇぇぇ!何?お腹の穴に何か刺した!?)
「よーし、一瞬魔力が落ちたわね。ようやく釘棍棒が通るわ。とりあえず過ぎよ。適当にポーション飲んだんでしょう。へんな治り方させた方が悪いの。
流石、四天王とは別の枠組みで存在する彼女。
ただ、彼女は治癒魔法を唱えた後、少し切なそうな顔をした。
「エルザちゃん、死んじゃったんだってね。マロンが相当ショック受けてたわ。まぁ、分かっていたことだけどね。それでもなんとかしたいって、能力が優れる貴方をMKB入りさせたんだけど……」
レイはその唐突なカミングアウトに胸が締め付けられた。
マロンとエルザが仲が良いというのは初耳だ。
けれど経緯を考えれば納得ができる。
レイをMKB入りさせたのはマロンでもある。
ただ、一番辛いのはエルザが生きていることを伝えられないことだった。
人間レイがデスモンドイベント後に彼らに会えないと思った理由の一つ。
無論、あのイベントを世界がやり直すとは思えないが、万が一がある。
「あの……、すみません。」
「って、ごめん。別に貴方が悪いとかって意味じゃないから。あれは仕方ないことだったし……」
ゲームデザイン的に魔王軍の裏設定があってもおかしくない。
そして、彼は今、そんな裏設定に触れている。
だから、どうしてもゲームシナリオを無視して、助けたいと思ってしまう。
幹部になり、魔王軍での発言力を高めれば状況を変えられるかもしれない。
「それでも……、すみません。」
「……大丈夫よ。私が悪かったわ。」
あの時まで、自分の事しか考えていなかった、それは間違いない。
魔人レイが幹部クラスになることは、ムービー死に近づいてしまう。
だからレイはとある疑問を彼女に問う。
ここに来たのは、体の穴を塞いでもらう為だけではない。
「カロンさん、俺の時みたいに魔族は復活できないんですか?」
レイは魔族として生まれ変わった筈だ。
しかも記憶を継承している。
自分が復活できたのだから、それは可能だと言って欲しい。
「レイ君は完全には死んでいなかったのよ。今の傷だって人間なら死んでいたでしょう? その為にダイバキューンに回収させたんだから。体が傷つかないように、丁寧に細切れにしてあげたでしょう?」
「だから、あんな末端からジワジワと⁉……めちゃくちゃ痛かったんですけど。」
「それは知らないわよ。あの役を買って出たのはゼノスだし?眠らせるとか、麻痺させるとか、いろいろあったと思うけど、そうしたかったんじゃない?」
「な‼」
ゼノス、あの野郎。
あれは殺されたのではなく回収されていた。
確かに、魔法が存在する以上、痛くないように出来た筈だ。
(レイモンドは魔人となって復活する。そういうシナリオだから当たり前なんだけど、ゼノス。やっぱりゼノスか……)
ただ、これでレイの疑問は一つ解決した。
あの時の『死んだ』は、人間レイの死。
魔人レイは死んでいなかった。
「考察ではモンスターの死体は回収して生き返らせるという話ですが、それは……」
これもネットの考察。
無限に湧き続けるモンスター。
そして、死体はいつの間にか消えている。
けれどその質問直後、レイはカロンに抱きしめられた。
不意な抱擁に戸惑いを隠せない。
「レイ君……。ごめんね。貴方が一番気にしていたのに……。でもしょうがないの。私たちネイムドという種族は死んだら生き返られないの! エルザは貴方のせいじゃない!分かった?」
カロンの体は震えていた。
そしてレイは自分の質問が「エルザを生き返らせてほしい」と同義だったと気が付いた。
死んだ母親を生き返らせて欲しいと、無理難題を押し付ける子供。
彼女の震えは、それが無理な注文なのだと教えてくれている。
(……軽率な質問だった。その答えは俺が一番知っているのに)
カロンだってエルザを知っているのだ。
エルザが生きていると知れば、どれだけ彼女が救われるだろうか。
でも、ゲームが終わるまでは言ってはいけない。
「あの……。分かりました。すみません、変な質問をして。」
「ううん。仕方ないわよ。レイ君も切り替えなさい。制服も新しいものに着替えなさい。残念だけどエルザ隊はもう無いのだから。」
結局、先へ進むしか解決策は見出せない。
「そっか。これはエルザ隊の服か。いえ、このままでいいです。それと、もうちょっと時間をください。まだ、分からないことがあるんです。」
レイは自分でも何を言っているのか分からなかった。
——そして。
この後のカロンの言葉が、今度のレイの行動を大きく変える。
「そ、君は本当に変わっているわね。だから期待している私もいる。君に関して、一つだけ妙な事があるのだけど、君のその考え方と関係しているのかしら?」
レイの選択が彼にもたらしたモノ、それは。
「妙な事?……それって?」
すると、橙色の髪の小悪魔は立ち上がり、妖艶な笑みを浮かべた。
艶やかな犬歯がなまめかしい。
「魔族は人間のようにレベルアップしない。これだけで十分よね。それじゃあ、お大事に。」
レイは軽く目を剥いた。
ただ、そこでは何も言わず、会釈をして退室する。
そして、ラビの目の前まで歩き、先の言葉を頭の中で反芻した。
「お!お腹の穴、塞がったんですね!」
白うさぎの少女は無垢な顔で出迎えてくれる。
そんな彼女の赤い瞳を覗き込み、彼は言った。
「ラビ。ちょっとやってみたいことがある。お前の体を貸してほしい。」
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