第70話 最後の街、エクレアへ向けて

(ムービーシーン? こんなムービーは見たことがない。さっきの続きっぽいけど。単にプレイ中に飛ばしていただけ?見落としたイベントか?ここのムービー、エルザが可哀そうでちょいちょい飛ばしてたし。その可能性は大いにある。バグか何かで入りこんだ……? ダメだ……。今は動けない。それに……、すごく痛い……)


 その後すぐに、イベントの終了が告げられた。


 レイの体のエルザ化が終わった。

 エルザの魔法が切れたことはとても分かり易い変化だった。


 この世界から、エルザの存在が消えたということだ。


 これで彼女の死は考えなくてよい。


 レイはモブになった経験がある。

 

 それがなければ、確信を持てなかった。

 それがあったから、この作戦を思いついた。


 そして、アイザは言いつけを守って、勇者パーティの移動を促してくれた。

 銀髪に戻った彼は、ポーションを使いながら、腹に刺さった槍を抜く。


(アズモデは満足して消えた。一発で済むと確信していた。心臓直撃、そう思わせたから?それともアイザが出て来る音がしたから?いや、そのままでいい筈だ。エルザの存在意義はアイザの出現と経験値。だから、続きは必要ない。じゃあ、あのムービーは何なんだ……)


 ただ、彼にはワットバーンを助けるという使命がある。

 死にゆく彼を結局見捨てられなかった。

 バレるかもしれなかった行動、そういう意味では褒められた行動ではなかった。

 それでもこの時は、それが正しいことだと思った。


「とりあえず、移動だ。ワットバーン。俺が教えた勇者は、ここにまた探索に戻ってくる。……かもしれない。」

「はい。レイ様、お体は?」

「大丈夫だ。この世界のHPって魔法を舐めるなよ。」


     ◇


「レイ!うまく行ったんだね!」

「流石、兄上。あっしが見込んだ兄上っす!」


 レイは避難していたラビとジュウ、それからワットバーンと砦の屋上に集まっていた。

 ヴァイスの砦は勇者に落とされた。

 無限湧きするとはいえ、一時的にモンスターは壊滅したのだ。


 だから、MKB部隊の残党は、北の大都市エクレアへの転属が決まっている。

 とはいえ、MKB部隊は殆ど壊滅した。

 会議室に集まった100体のモンスターも数体程度しか残っていない。


「あの……、レイ様。実は、あの方から預かっているものがあります。これをレイ様にと。差し出がましいようですが、これはレイ様には必要かと存じます。」


 ワットバーンの申し出はレイにとっては初耳。

 いや、そもそもワットバーンもワットバーンではない。

 今やただの色違いのアークデーモン。

 つまりメインストーリーとは一切関係ない。

 彼は恭しく跪き、レイに傅いて、高級そうな袋に入った『なにか』をレイに差し出した。

 西のエステリア大陸のとある街にいる彼女は、エルザという役を殺して、役名の決まっていない女悪魔となった。

 礼を受ける立場にはない、そう思いながらも受け取る。

 だが、ここで彼は運命の一端を知る。


「ワットバーンを倒した時に手に入るレアアイテムのことか‼しかも一度しかない戦闘にも関わらず、ドロップ率0.1%というめちゃくそアイテムってこと⁉ いいのか?レアドロップってことは大切なものなんだろ?」


 厳密にはワットバーンではない彼は、あの人に想いを馳せて遠い目をした。


「いえ、私もエルザ様の部下ではなくなってしまいました。そんな私には相応しくないです。レイ様は魔王軍幹部候補の御方。レイ様に相応しいかと。それに、これを私に託したのはあの方です。アイザ様のことを思ってではないでしょうか?」


「……そか。確かにそれなら道理だな。ちょいちょいは覗こうかなと思っていたから使わせてもらうよ。えっと……、ワットバーンはこれからどうするんだ?」

「はて……、私はただのアークデーモンですよ? MKB試験の私ではありません。しばらく休んで、研究施設に戻るつもりです。しがないアークデーモンとして、どこかの面接を受けようかと。」


 ただ、流石に寂しい。

 赤いジャケットを脱いでしまうと、他のアークデーモンと分からなくなる。


「ジュウのように見分けが付かなくなると困る。ワットバーンって名前はゲーム内には出てこない。だから、そのままワットバーンでいいんじゃないか。体のどこかにワットバーンって書いててくれ。ジュウを見習ってな。あと……、いくつか避けて欲しい面接がある。」


 せっかく拾った命を救うために、これから勇者が行きそうな場所を教えた。

 特に三つのオーブや秘密の塔、デスキャッスル付近は不味い。

 経験値を食われるだけの存在になってしまう。


「分かりました。全てが終われば、あの方にまた使えることができる。そう考えて今は自重することにします。それで、レイ様はこれからどちらへ?」

「次は北の魔王軍駐屯地、エクレアに向かう。次の勇者が向かう地だから、アイザの様子を見ることができる。それになるべく早く軍の幹部になって転送魔法イツノマニマゾクを手にしたい。いつでもどこでも移動できるなんて便利すぎるだろ。」


 レイはゲーム上では死ぬ予定だったワットバーンと別れを告げた。

 まだ本調子ではないが、二人を抱えてコウモリの羽を広げ、進路を北へ、最後の街エクレアへ向けて飛んでいく。


(こんなにスピード出たっけ。うーん、このスピードを見る限り、アズモデは転送魔法イツノマニマゾクではなく、羽で飛んできたと見るべきか。アイツがいつもいる場所。——設定が重視されるんだから、ここでもあそこだろ?)


 アズモデはエクレアの街のイベントでは登場しない。

 だから今はアズモデのことは後回しで良い。

 レイは適当な場所を見つけて二人を降ろした。


「さて、お前達二人、どうすることにした。俺はエクレアで勇者と再開するイベントがあるから、そこに向かわないといけないんだけど。」


 すると大ネズミはない首で項垂れた。


「すんません、兄上。あっしはやっぱ仲間を指導しなければなりません。今から同族を探しに行きます。せっかく生き残った命を後世に伝えねば。ですので、ここまでになります。」

「そっか。ジュウは設定……じゃなくて生まれも育ちも貴族だもんなぁ。貴族だからの行動か。ま、好きに生きろ。でも、なるべく勇者の側には行くなよ? あの勇者達のレベルはワットバーンよりちょい上くらい。おそらくはエルザと同程度だ。それに策も罠も使う知識もある。瞬殺されるぞ。」


 レイはジュウのあるのかどうかもよく分からない肩をぽんぽんと叩いた。

 するとジュウは「努力してみます」と消え入るような声で言った。

 彼らの本分は集団で戦うことだ。

 そして彼はそれを率いる力がある。

 ならば自分だけのために行動することはできない。

 それが分かるだけにレイは寂しそうに微笑んだ。


「う、ウチはまだレイに恩返しできてないから……。レイについていく!」

「……分かった。ラビはついてこい。」


 彼らの考えはそれぞれ尊重するべきだ。

 ワットバーンはエルザの元にいなければ、他のアークデーモン同様の考え方になっていたかも知れない。

 彼はエルザの部下という設定から始まった。

 エルザの心根に触れ、彼は考えを改めた。

 だからラビだっていつか、絶対に勇者を殺してやると牙を剥くかも知れない。

 殆どのモンスターは死にたがりだ。

 経験値お化けは逃げたがりだが、あれはそういう設定。

 設定とは分かっている。

 だが、「分かっている」という言葉が、妙な映像にも登場した。

 バグ?見逃し?どうしても意識してしまう。

 アズモデは分かっているだろうと言った。

 ただ、今はアズモデのことは後回しだ。


「兄上、エクレアからは医療研究施設へ行くシャトルバスが出てますから、一度診てもらった方がいいですよ。兄上の傷はまだ塞がってないんですよ? 」


 魔族に生まれたものは、魔王軍に関する最低限の知識を持っている。

 彼らが詳しいのはそういう理由らしい。

 それに死ぬことが目的な魔王軍だが、医療施設、インフラは整っている。


「確かにそうだな。魔族でなければ死んでいた。それも計算しての無謀な作戦だったけど、瀕死にならないと見破られたからな。これが魔法『HP』の真髄。けど一応、検査はしておくか。」


 決して、あのマロンさんに会いたいからではない。

 ただ、マロンさんのことも考えなければならない。

 勿論、真面目な意味で。


「じゃあ、兄上のことはラビさん。宜しくお願いします」


 病弱なNPCのクエストはあっても、ステータスに風邪など病名は登場しない。

 勿論、毒はあるし、マヒもある。

 ステータス画面が見えない以上、それらのチェックは必要だ。

 それに、実はあの演出の後から体に違和感がある。

 設定外の何かが起きている可能性はあった。


「うん。ウチが責任持ってレイをお医者さんに診せてくる。ジュウさんも、あんまり無謀なことしちゃダメだよ! レイが一番傷つくからんだからね。」


 そしてレイとラビは、ジュウと別れることになった。

 彼はこの戦いでレベルが上がったのだろうか、それにさらに上の進化……、ねずみ王チューリッヒに彼がなれる、なんて考えがふと浮かんだ。

 作中で勇者はまだねずみ王チューリッヒには出会えていない。

 今は彼が昇っていけることを願わずにはいられなかった。


      ◇


 レイとラビはシャトルバス乗り場で時間を潰していた。


「あー、そっか。ここは竜人が多いんだっけ。でも、なんで竜人なんだろう。ここって魔族が管理する街だよねぇ? でも確か、この世界で唯一、人間と魔族が同数いる街だったかなぁ。え、でもなんで?ウチ分かんない!」


 ラビはたまたま見かけたドラゴンナイトたちの集団を見て、暇つぶしに話しかけてきた。

 この街の説明をしたかったのか、それともメタ的にこの街を紹介したかったのか。

 レイはラビに半眼を向けた。

 でもラビは至って普通なウサギ耳、因みにレア種。

 このゲームのサキュバスバニーは耳部分だけが白い。

 後は金髪である。

 バグか、それとも狙いなのか、100回の周回中に一回遭遇するかどうかの髪まで白い完全な白兎。 

 彼女は警戒なのか好奇心なのか、目をあちこちに向けている。


「大都会エクレアの管轄は四天王二番手・竜王ゼノスだ。人間時代の俺を殺した奴だよ。そしてアイツは……」


 そこまで話した時に、シャトルバスが到着した。

 レイはそこで漸く、あの車は魔族の技術で動くというモリモリ後付け設定だったと気付く。


(これは隠してた設定か。なるほど、ステーションワゴンの技術は魔族のもの。RPGあるあるだもんな。魔王軍の方が科学技術が発達している設定って。レイモンドの運転免許は魔人になるという伏線か。魔族適性があったということ。こういう考察を捗らせるためか。)


「リメイクだから、誰でも知っている話だけど。実はそこに何かあったとか、色々考えてしまう。レイモンドの設定なんて、あんま考えてなかったな。」

「ん?なんのことですか?」

「なんでもないよ。」


 医療研究施設深い地下トンネルの先にあるらしい。

 ゲーム内でここにいけるかどうかで言えば、間違いなく行けない。

 ストーリーに関係ないから、この場所はあくまで考察でしかない。

 そも、ゲーム目線で言えば、レイモンドの復活シーンは描かれない。

 プレイヤーにとって、レイモンドとの再会はサプライズでなければならない。

 そこにネタバレは許されない。

 だからチョリソーで強制力が発揮されたのかもしれない。


「もうすぐ、再会イベントか。みんな、上手くやっているかな……」

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