第69話 レイのエルザ救出劇

「なん……たる……悪運だ。これがレイモンドの力かよ……。それに……しても……、さっきのは何なんだ……」


 紫の髪の毛がごっそりと抜け落ちる。

 その髪は床に落ちるまでには空気中に溶けていく。

 そして彼は、倒れている悪魔の元に足を引きずりながら歩いていった。


「お……、お見事です……。私には、何が何なのか分かりませんでした。それに……、まさか私まで助かるとは……、全く訳が分かりません。」

「せっかく……、俺以外の……『誰か』を助けるって決めたんだ。だったら……可能な限りの……悪魔は助けるさ。」


 彼は回復魔法を持たない。

 だから今、ありったけの回復薬を飲み続けている。

 そして元仲間が去っていった道を見つめていた。


     ◇


 今から半刻前に遡る。

 レイはエルザとアイザに簡単な流れを説明していた。

 その時、彼は決断したのだ。


 ——誰かの命を助ける為にイベントを活用する、と。


 エルザを死なせずにアイザを勇者の元に送り届ける。

 その為に、自分以外の為にイベントを逆利用するという決断が必要だった。


 これはレイの死にイベントの時とは違う。

 あの時はアレを利用しなければ、世界が終わっていた。

 つまり、レイも死んでいた。


 でも、この決断は彼の生死は関係ない。

 エルザを助ける為だけにイベントを利用する。

 誰かを助ける為に、イベントを利用するのはこれが初めてである。

 だからこその決断である。


 ただ、イベントキャンセルだけで済ませられるかは、ある意味で賭けだった。

 その理由はエルザの見えない壁の存在にある。

 つまり現段階で彼女を殺せる人間はいない。


 それでも彼女はここで死ぬ。


 レイには分かっていたことだが、エルザは同族のアズモデの手で殺される。


「つまり、アズモデが私を殺しに来ている……。でも、それならば納得がいくわ。」

「やっぱり……、あの怖い人……、お姉たまを殺すつもりだったのら……。」

「あぁ。細かいことは理解出来ないかもしれないが、とにかく幹部には何かしらの役目がある。だから、その前に殺すことが出来ない。特に『強くて新ゲーム』を選んだ場合、簡単に幹部を貫けてしまう。そしてエルザの場合はアイザを引き渡すイベントの引き金になる存在だ。進行上欠かすことが出来ない。そしてエルザがなぜ死ぬかだが、当然のようにムービーイベント中に起きる。ちなみに四天王の一角の魔族からの攻撃だ。だから、エルザの見えない壁を通り抜けたなんて言われている。でも、実際はシナリオの進行でそう決まっているだけなんだろう。」


 何度も言うが、レイの目線はある意味で神目線。

 彼は半分くらい自分に言い聞かせる為に言っているから、エルザやアイザには常軌を逸しているように見える。

 けれど二人とも「アズモデならばやりかねない」と確信している。

 だからレイの言葉を信じる他ない。


「そして、ここからが重要だ。すでに俺は何度か経験したが、特定条件が揃うことで強制イベントを回避出来る。俺の場合は回避したいイベントを回避できなかったんだけど。……って、それはいい。だから、あとはその条件がどう設定されているかなんだ。」


 レイは今回のムービーには関与していない。

 チョリソーの大混戦ではいたかもしれないが、今回のムービーの主役はエルザとアズモデ。

 流石にレイモンドはお呼びでない。


「条件が分からない以上、いくつか回避方法を用意しておく。その一つが場所の設定だ。アイザは勇者と共に行動すると決めた。そして今はあの空間を抜け出して、要塞とは別の場所にいる。これだけでイベント回避出来れば一番楽だ。あとはただアイザが勇者に会えばいい。」

「レイ、ごめんなさい。意味が分からないの。とにかく私たちはここに居ればいいの?」


 その言葉でレイは一度声を吞み込んだ。

 この話も元仲間達に何度説明したか分からない。

 ただ、エルザのあの発言があったからこそ、もう二つの保険が作れる。


「いや、念のためにもうひと手間かける。エルザは変化魔法メイクアップが使えるだろ。それを使って俺の外見をエルザに変えてくれ。」


 その発言だけで、レイが何をしようとしているのか分かってしまう。

 そしてそれはエルザがあの日、人間の村でやっていたことと同じだ。


「レイ……、まさか私の身代わりになるってこと?」

「まだ続きがある。ただ身代わりになるだけじゃダメだと思うんだ。今回のイベントはムービー、イベント戦闘、ムービーの3本立てだ。三つのイベントが連続で起きる。だからワットバーンにもここに来てもらった。彼の協力が必要不可欠なんだけど……、ワットバーン、頼めるか?」


 レイはエルザにワットバーンも連れていくように話していた。

 そして彼は即座に頷いた。


「エルザ様を守る為です。私なら、とっくに命を差し出す覚悟ができています。」

「いや、もしも命の危険を感じたなら、俺の名前を出してくれると助かるかもしれない。だから……」

「いえ、何をされるつもりなのか存じませんが、私への気遣いは一切無用です。私の命のせいでエルザ様の命が危うくなるのなら、その命は失っても良い代償です。」


 レイは前からその言葉に引っ掛かりを覚えていた。

 ゲームだから仕方ないのは分かる。

 けれど現実に存在している社会が強いるべきルールとは思えない。


「まぁ、いい。今は時間がない。とにかくワットバーンは勇者の前に召喚される。そしたら出来るだけ普段通り戦って欲しい。勇者達へ単調な攻撃を続けて欲しい。この世界の根本的なルール、コマンドバトルに引き込めれば良い。後は、エルザ。もしもエルザ自身がヴァイス要塞内に強制的に転移させられたなら、それがお前が死ぬ直前だと思って欲しい。そしてその後、ワットバーンと勇者の戦いを見させられるだろう。んで、お前の見た目の悪魔がもう一人現れたら、転送魔法イツノマニマゾクで西の大陸に飛べ。」


 レイがやろうとしているのは、三つ続きのイベントの途中キャンセルだった。

 普通に考えたらそんなことは不可能だ。


 けれど彼には確信があった。


「エルザの役はここで終了する。これからのシナリオ貢献度で言うならば、言い辛いけれどエルザに存在価値はない。寧ろ俺の方が価値がある。だから、この世界はその状況を享受すると思う。」


 理解不能なのは承知している。

 それでも説明している。


「西の大陸にワープした後は、エルザがエルザじゃなくなっている筈だ。それが成功の知らせだと受け取って欲しい。それでどうこうなるもんじゃない。俺も同じ状況をニイジマなりなんなりで何度も経験した。一つのロールプレイが終了するだけ、つまりエルザの役が消えて、そこからはモブになるってだけだ。」


 モブとレイモンドを行ったり来たりした彼だから出来る発想。

 RPGとは役を演じるゲーム。

 自分以外で上手くいくかは賭けだった。


「モブになってなきゃ、それはそれでいいんだけど。でも、おそらくそれしか、エルザは最終的に助からない。だからアイザもその条件を飲んで欲しい。」

「よく分からないのら。それでもお姉たまが助かるのなら、仕方ないのら。」

「私も、レイを信じることしかできない。自分がエルザの役をやっているという意味がよく分からないけれど……」


 あまり意味がないことは分かっている。

 この世界を熟知している人間、そして魔族がその中の役者の一人になっていることがおかしい。

 でも、これで彼女達に説明出来ることは終わった。

 あとは、最後に念押しをするだけ。


「アイザ、アズモデがいなくなった後に、それとなく勇者を撤退させて欲しい。その時俺は重症を負っているかもしれない。でも、気にせずにそのまま引き連れて行って欲しい。……ソフィアの助言の賜物だな。勇者たちにザルな説明をしてしまったことが、ある意味で幸運を呼び込んだ。俺たちはそれを利用するしかない。」


    ◇


 そしてまもなくイベントは発生した。

 彼らに全てを説明するのは、あまりにも無理難題だった。

 これはゲームの設定と、シナリオありきの抜け道だ。

 だからレイの予想通り、エルザ、アイザ、ワットバーンは消えた。


 これは読めていたこと。


 そしてエルザの容姿になっていたレイが、要塞の中へと移動してエルザと入れ替わる。

 ここが一つ目のポイントだ。


(この世界のイベントは当たり前だが勇者目線で行われる。そしてコマンドバトル方式を採用したドラゴンステーションワゴンの戦闘は背景が見えなくなる。つまり勇者目線ではエルザの交代が分からない。)


 もう一つのポイントは『エルザが二重の記憶に固執しなかったこと』にある。

 イベントバトルが終わった後に、イベントがキャンセルされるだけならそれで良い。

 ただ、エルザとして去るだけだ。

 アイザはすでに勇者の近くにいるのだから、存在価値のなくなったエルザが取り残されるだけだろう。

 それが二番目の作戦である。


1)イベントが起きる要塞内ではなく、エルザ達が要塞の外に出ていた場合。一応イベントキャンセルが発生する可能性があったが、これはすでにエルザ達がレイの前から消えてしまったことで、不可能だと判明している。


2)イベントの途中でエルザが遥か遠くに行ってしまう行為をした場合。これで三つ目のエルザが死ぬムービーがキャンセルされるなら、結果オーライ。何の問題もない。でも、結果的に今回はこれも無意味だったと判明する。


 つまり最初のイベントが発生したと同時にアズモデが単独で行動し始めた場合の話だ。

 彼は嬉々として、エルザを殺しに行ってしまうだろう。

 だからゲーム上死角となるバトル中にレイはエルザと入れ替わった。

 そして、ここで三つ目の対策が生きてくる。


3)イベントの途中でエルザとレイが入れ替わり、ゲーム上の視点である勇者がレイをエルザと勘違いしている場合。勿論、声、見た目ともに同じになっていなければならない。


 このレイが用意した三つ目の対応策で、エルザの話から発想を得たもの。

 当たり前の話だが、この世界の住民にとって、初めて見る演出の場合は、それがムービーか現実か、判別が出来ない。


 これはレイ自身も体験している。


 スタト村での一回目はレイもムービーと知らずに体験した。


 そして、一人称である勇者だけに留まらず、これは魔族にも起きる。

 魔族に関しても、エルザの実体験が証明している。

 つまり、アズモデにも入れ替わっていることは伝わらない。

 しかも、そんなに大した時間じゃない。


 彼にとってはムービーシーンでも、現実世界ではムービーはカットされている。


 だから彼は何の疑問も持たずに死をもたらす一撃を放った。


 それが今回最後のレイの保険であり、エルザの役者降板を為し得る一撃だった。


(ムービーシーンじゃないということは、死は確定されていない。そして来ると分かっている槍の投擲は、急所さえ外せばギリギリ助かる世界なんだ。こっちは闇堕ちフィーネの一撃を躱しているんだよ!だから……)


 だから、アズモデの一撃を躱せた。


 だがその瞬間、レイの視界が明らかにズレた。

 視界内にUIユーザーインターフェイスのようなものが一瞬だけ映り込む。

 そしてその時。

 世界の動きがカクついて、一瞬だけスローモーションのようになった。


(なん……だ? これ……。ラグ……が発生して……。この世界が迷っている⁉だが、だったら俺の勝ちってことだ! 鈴木Pのレイモンド愛はこんなもんじゃ、揺るがないんだよぉ!)


 このラグはレイがギリギリ躱す為の役にも立った。

 イベントがキャンセルされた以上、この時点でエルザは役目を失っている。

 役目の終えた役者をわざわざ呼び戻すかどうか、この世界が迷っていた。


 ただ、その答えは簡単だった。

 役目を終えた役者を呼び寄せる意味はない。


 世界は容易な方を選択したのだ。


 エルザの見た目のキャラが居るなら、彼にエルザ役を任せればよい。

 それにその役者はその後も演じる予定がある。

 なら、好都合だと。


 ムービーはキャンセルされた。

 だから、ギリギリで槍の投擲を内臓と血管、神経を避けて受け止められた。

 その後は死んだふりを続ける。


 そう思った瞬間、UIがとある映像を作り始めた。


          ♧


 目の前にエルザの死体が転がっている。

 明らかに即死級の一撃だった。

 心臓を貫かれているのだから当然だろう。

 彼女は体液をぶちまけて死んでいる。

 でも、それはどうみても間違っていた。

 だから彼はこの蛮行を行った彼に問いかける。


「どうしてだ! 彼女は役を終えている。殺す必要なんてないじゃないか!」


 視界は一点を見つめて離さない。

 彼自身の視点はピエロの悪魔に注がれていた。

 ピエロの悪魔はその発言が意外だったらしく、キョトンと呆けた顔をしている。

 そして頭を傾げながら、冷たい笑顔でそれに答えた。


「やだなぁ。君の口からそんな言葉が出るなんておかしいじゃないか。だって君はこの意味を既に理解しているよねぇ?」


 ピエロの悪魔の答えは的確で、彼を糾弾した自身の口はそれ以上動かなくなる。

 そして、胸にあるどす黒い何かが自分自身の胸を締め付けた。


          ♧

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