第68話 勇者のヒロイン救出劇
エミリは戸惑っていた。
ここ最近彼女がハマっていた『胴田貫き』。
それが何故か、三階中央部に現れたモンスターに綺麗に決まらない。
今までの感覚では、あれくらいの力のモンスターには通っていた筈だ。
「うーん。マリア、ちょっと疲れてるかもぉ?」
マリアがそう言った。
それはエミリもフィーネもアルフレドも感じているの同じ違和感だった。
突然、自分の体が重く感じる。
ステータスが見れない彼らは、ちゃんとHPもMPもTPも頭の中で計算している。
「いや。これくらいでは疲れない筈だ。これは一体……」
「巨大爆炎戦塵斬!エミリ、狩り残しだわ。」
「大車輪蹴り!こっちも!」
そして彼も彼女達も異変に気付く。
狩り残しがある筈がない。
「後ろからも!……これは。」
まずはモンスターの配置に違和感を覚える。
次に相手の動き、それからこちらの動き。
「アル、今のはこの世界の意志の方よね。一応確認だけど、この後の展開は分かっているのよね?」
バフもデバフも綺麗さっぱり無くなっている。
今までの戦いから、先ほどムービーが差し込まれたことに気がつく。
フィーネが額から汗を垂らしながら、アルフレドとの間合いを詰める。
「あぁ。地図は問題ない。それに移動経路も間違っていない。」
「つまり、ここにエルザがいるのね。」
「おそらく。だが、レイは四天王との戦いは七人目のヒロインを救い出した後だと言っていた。この戦いであのエルザとは戦わない……、という彼の言葉を信じるしかない。それより目の前の敵、今までよりかなり手強いぞ。」
オープンワールド作戦を利用していたので、実際のレベル差よりもずっと楽に戦えていた。
それが今回リセットされたことで、彼らは戸惑いが隠せない。
ただ、普通に戦えば楽に勝てるレベル帯である。
けれど、今は中ボス戦、およびイベント戦。
ワットバーンという名前の、目の前の赤服デーモンは即死系やデバフ系魔法、スキルがあまり通らない。
そして、彼らの部下も通りにくくなっている。
それがアルフレド達には強さとして認識される。
「なんだ、勇者。来ないのか? ではこちらから攻撃させてもらう。
「
「
「
「
勇者パーティの行動の遅れが、モンスター側の先制攻撃を誘引した。
そして前衛後衛関係なく、全員に中程度の痛みと衝撃波が走る。
同時に小規模の四つの痛み。
それらによって、彼らはミッドバレーでのイベント戦闘以来の強敵だと悟った。
勿論、ドラグノフ戦を入れると全てが瑣末な戦いである。
あれほどの圧倒的な敵に殺されかけたのは、彼らに良い経験を与えていた。
「
「
「
すぐにソフィア、フィーネの回復魔法が差し込まれた。
そしてマリアがすかさず仲間に魔法防護のバフを掛ける。
そして勇者アルフレドも得体の知れている黒服に攻撃を仕掛ける。
黒服とは一度戦っている。
だから彼らは自分たちの力で倒せるということを知っている。
「
アルフレドはスキルの中でも最大火力が出るものを惜しまずに投入する。
鋼のバスタードソードを右肩に担ぎ、そのまま黒服アークデーモンを撫で切りにした。
「いけるぞ!このまま黒服から倒せ!」
リーダーの指示で黒服アークデーモンに攻撃が集中する。
といっても赤服のせいで即死攻撃が有効かどうかのか分からない。
だから、エミリは通常攻撃を同じ黒服に浴びせかけた。
ただ、キラリはまだ驚き戸惑っている。
「キラリ、大丈夫だ。俺たちに当たることはないんだと思う。次からは気にせずにどんどん撃て。」
アルフレド達は全員で攻撃という手段に慣れていない。
けれど、彼の取柄は頑張ること。
だから、彼なりに仲間のフォローはやっている。
けれど、ここからは再びアークデーモン集団の攻撃ターンとなる。
「
「
「
「
「
再び全員に中規模一つと小規模四つの痛みと衝撃波が走った。
「
「
「
そしてソフィア、フィーネの回復魔法が差し込まる。
さらにはマリアも再び仲間にバフを掛ける。
「
アルフレドはスキルを使って、先ほどダメージを与えた黒服アークデーモンを再び撫で切りにした。
「エミる斬り‼‼‼」
リーダーの攻撃を見計らっていたエミルは、同様のモンスターに水平に構えた巨大な鉄塊とも呼べるブレードソードを同じモンスターに叩き込む。
この技は相手の防御力を通り抜けて、三分の一の確率で即死に至らしめる。
彼女の先生が気に入っている大技だ。
別のモンスターに向けて使った方が良いスキルだが、「まずは一体」というのが、このチーム全体の総意だった。
「え、えと……、魔物全体爆発弾‼」
今ターンからは、かなりぎこちなくだがキラリも戦闘に加わった。
確定全体爆破攻撃でアークデーモン集団に小規模なダメージを与えた。
そして、その攻撃を見計らったかのように、今度はアークデーモンが攻撃を仕掛ける。
「
「
「
「
再び全員に中規模一つと小規模三つの痛みと衝撃波が勇者チームを襲う。
と、ここまで来ると分かるだろう。
今、行われているのは通常のコマンド、ターン制バトルと何ら変わらない。
最初、アークデーモンの先制攻撃で乱されたとはいえ、アルフレド達は2ターン目には順応していた。
つまり、いつもの戦い方よりもこっちの方が彼らにはしっくりくる。
「
「
しかもすでに一体の黒服を倒している。
だからこのターンからマリアは補助魔法をやめて、攻撃を始める。
ここにあるのは、レイのいない世界、不文律が存在する世界。
敵、味方、互いに息を合わせた交互の攻撃、回復の応酬になる。
そしてアークデーモンも一体、また一体と倒されていく。
ついに今まで攻撃を仕掛けなかった赤服アークデーモン一体を残すのみとなった。
「あと一体。お前だけは特別製らしいな。赤デーモン。まずはその強さを見させてもらう。
アルフレドが放つスキルは雷属性の物理攻撃、当然ワットバーンに攻撃は通る。
今までだって彼に攻撃は通っただろう。
ターン制のオートバトルのような戦い方がやり易くて、それに流されていただけだ。
ただ、ここからは一対六の戦いになる。
だから、次に攻撃が回ってくる前衛エミリにも余裕が生まれている。
「お前、アタシの質問に答えられたら、助けてやってもいいわよ。お前はレイの居場所を知っているの?」
けれどワットバーンは味方の情報を漏らすことはしない。
頑なに首を横に振り続けた。
そして、彼が三回目の否定の首振りをした時、エミリは思い切り地面に踏み込んだ。
横向きになったブレードソードが彼の首元を襲う。
当然、ワットバーンが目を見開いた。
彼を殺す存在が目の前に来ているのだ。
だから、そのままエミリは突き抜けようとした。
ギュゥィィィィィン‼‼
◇
ヴァイスの要塞、三階の巨大な作戦会議室。
そこから、耳をつんざくようなスキール音と金属の嫌な音が響き渡っている。
衝撃波でガラスが割れてもおかしくない状況だった。
その音源を目の当たりにした赤毛の少女は、目を剥いていた。
金髪の青年は彼女の参戦はないと言っていた。
ただ、どんな形で参戦しないかまでは想像できていなかった。
てっきり彼女はまるきり参戦せず、いつものように逃げるだけかと考えていた。
だから光の勇者も動けない。
誰も動けずに彼女を見つめていた。
彼女には攻撃が通らないのだ。
どうやっても蹂躙される。
その事実を知っているだけに、次の一手が浮かばない。
その彼女こと、紫の髪の女悪魔は、赤毛の少女の武器を爪で弾き、ついでとばかりに少女を払い除けた。
「やれやれ、あたしがいないと何もできないんだねぇ、ワットバーンは。」
彼女の一挙手一投足に、会議室の空気は凍りつく。
そして考える暇を与えることなく、悪魔は言った。
「ワットバーンの仇を取らせてもらうよ。やっぱりあたしが戦わないとダメなんだねぇ‼」
そう言って、女悪魔は右手を高々と振り上げた。
彼女は勢いそのままに、光の勇者めがけて漆黒の剣を振り下ろす。
当然、勇者もそれを受け止めようとする。
だがその時、彼はありえない光景を目の当たりにした。
その光景はあまりにも鮮烈すぎたからか、彼の視界が一瞬歪んだ気がした。
そして先程のスキール音が静寂であったかのような、強烈な怪音波が要塞中を揺り動かした。
「な?な……、なんで……、あたし……が……、ガハッ‼」
「それはこっちのセリフだよ。エルザは少々ミスをしすぎた。四天王の中でも最弱……、この言葉を使うのは流石に野暮だからねぇ。」
光の勇者は、いつの間にか現れたピエロの悪魔・アズモデを視界に捉えていた。
彼の腕には銀色の槍が握られており、彼が槍をエルザに向けて投擲した瞬間も見てしまった。
あまりのエネルギー量からか、要塞が一瞬大きく揺れたような気がしていた。
「最弱の四天王エルザは少々負けが混みすぎていた。それに無気力試合があまりに目に余る。残念だけど、君にいいところは持って行かせないよ。……さて、光の勇者とその姫君達。これは僕からのお詫びの印さ。やる気のない魔族は生きている価値はない。けれど流石にそれでは可哀想だからねぇ。ちゃんと彼女の経験値を食って大きく成長したまえよ。」
ピエロの悪魔はそう言って、とある一室に目配せをした。
「じゃあ、またねぇ!」
そして彼は何事もなかったかのように、コウモリの羽を広げてどこかへ消えていった。
彼が去ったと知るまで、勇者チームは息をすることも出来なかった。
それほどの圧倒的な差を見せつけられた。
そして皆それぞれの体勢で、がっくりと力を抜いた。
彼らにはこの光景の答えが見つけられない。
その考えが追いつかない間に、さらに別のイベントが発生する。
「ゆ、勇者たま……」
会議室の奥の別室から、どう見ても人間にしか見えない紫の髪の少女が姿を現した。
彼女は紫の髪の色よりも少しだけ濃い紫の浴衣を羽織り、力なく勇者の元に歩いて来る。
「人間……? いや、違う。金色の瞳、エルザとアズモデと特徴が同じだ。彼女がアイザ。六人目のヒロインだ。」
その言葉を聞いて、幼女にも見える少女は勇者に抱きついた。
「早く!早くここから逃してくだたい! おばけがいつ出てくるか、分からないの‼」
「アル‼」
「分かってる‼」
彼女はひどく怯え、ガタガタと震えていた。
「さぁ、おいで。もう大丈夫だ。」
だから勇者は優しく幼女を抱え、仲間と共にモンスターの巣窟を後にした。
そして。
幼女は勇者の体に捕まりながら、——じっと後ろを眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます