第67話 勇者のヴァイス攻略

 ——突然だが、ここで今回の魔人レイのデッドラインを発表する。


 七人目のヒロイン・リディアを解放後、発生する三つのオーブ集め。

 そして、その三つ目のオーブを集め終わると、魔王ヘルガヌスが居座るデスキャッスルの門が開くようになる。

 その中に魔人レイのムービー死イベントがある。

 それまでにレイは逃げ出さなければならない。


 ただ、今の魔人レイにとってはまだ先の未来である。


     ◇


 アルフレドは仲間を引き連れて、砦の前で考え事をしていた。


 港町では強制イベントで前半を台無しにした。

 だから今度はイベントがありそうなところを目指すべきと考えていた。

 レイはダンジョン内はきちんとアイテムを探せと忠告をしてくれたが、いまいちピンと来ていない。

 どういう条件で発動するのかも、彼らには当然分からない。

 レイの話はあくまでメタ的な視点、いやこの世界で言う神の視点での話だった。


 例えば、何もない部屋。

 何もない壁。

 何もない家。

 あるいは獣道。

 あるいは道がない木々の隙間。

 あるいは本棚の後ろ。

 あるいは横から押せる本棚の後ろ。

 あるいは上から視点の画面端。

 あるいは北側の木の北側、南側の木の北側。


 この世界の人間には理解不可能な事象がいくつも含まれる。

 けれど、彼の信者は仲間の過半数以上だ。

 ある意味、それが彼へのプレッシャーになっている。

 ここでヒロインが一人追加されるという話は知っている。

 そのヒロインは魔族の少女という話だった。

 流石に信じる方が難しい。


「アル、この先で魔族の女の子がいるのよね。」

「あぁ。アイザという小さな少女らしいな。」


 フィーネとアルフレドが自然と前衛に並ぶ。

 この二人がチームのリーダーだった。

 詰まるところ、二人は運命共同体だ。

 秘密を隠すものと、その秘密に気付いている者。

 フィーネはあの日、レイを殺そうとした。

 彼女には殺せなかったが、殺そうとした事実は二重の記憶の片側に残っている。

 しかも、それが引き金となって彼と仲間は死んだ。


 今、レイはその死さえも必要だったのではと、頭を抱えている。


 けれど、彼女には伝わらない。

 アルフレドは魔王を倒すためには七人のヒロインが必要で、そのヒロインの中に自分も含まれていると言った。

 なら、この事実は誰にも話してはならない。

 幼馴染のアルフレドには気付かれているかもしれない。

 だから、彼はこんなにも自分と一緒に居るのだろう。

 

「ここはモンスターだらけだね。この中に先生も混じってたりして……」

「あり得ますね。あの港から渡った直ぐなのだし、ここで監禁されているかもしれません。」

「ソフィアぁ。多分ちがうよー。だって私たち、何度もモンスターが『レイ』って言ってるの聞いたもんねぇ!」

「確かに。あのうさぎさんも『レイ』なんとかーって言ってたよねー。」


 この二人があの戦いで、その二文字を拾えない筈がない。

 言語は違えど『名前』という固有名詞は同じだ。

 ラビは何度もレイの名前を呼んでいたし、ジュウも同じく叫んでいた。


「ええ?ちょっとあなた達、なんでそれを教えてくれないの?」


 その話にフィーネが過敏に反応した。


「ちょっと自信がないんだよねー。だって、モンスターの言葉で『レイ』ってなんか意味があるかもじゃん。例えば、人間って意味がレイかもしれないし。それなら何度も言われているのも納得?実際にアタシ、先生を見たわけじゃないしー。」

「そうなのよねぇ。かもって感じだけだしー。そんなソフィアはレイの姿を見た?」

「いえ、そもそも同じお姿なのかも分かりませんし。人間の魔族化というのは聞いたこともありませんし。勿論、ゾンビとかスケルトンなら分かりますけど、あの中にアンデッドの類はいなかったような気がします」

「とにかく、俺たちは前に進むだけだ。レイがどんな姿になっているのか、俺達には分からない。でも、あのメッセージを残す理由があったんだ。」


 アルフレドも神経質になる。

 そして、あの縦読みを見つけてしまった少女はどこ吹く風。


「んー。僕だけ話題についていけない? でも、会えば車の話で盛り上がれるかなー。」


 本来ならばレイがこの場を仕切っていた。

 あの男ならば、上手く持ち回れるのだろう。

 どうしても、そう思ってしまう。

 

「全員で行くぞ。前衛後衛に三人ずつ……。いや、前衛中衛後衛だな。」


 ソフィアとキラリは後衛が適任だった。

 フィーネとマリアはどちらも出来る。

 勿論アルフレドが後ろに下がっても良い。


「アルフレドさえいたら、多分イベントは始まるんでしょ?だったら思い切って二手に分かれるとか?」

「いや、エルザがいる。十中八九エルザと出会えばイベントが始まる。運良く最初に俺が当たればいいが、もしも俺がハズレを引いた場合、誰かがやられる可能性がある。できる限り大人数で戦うべきだ。」


 彼だって、ちゃんと成長している。

 悩みながらだが、着実に考える力は身についている。

 だが、イメージする相手が悪すぎる。

 この世界を何度も練り歩いた人間と、初めてここに来る人間。

 この世界の設定まで知っている人間と、生まれたばかりの人間。


「門番、遠くに見える。撃つ? 撃っとく? これはミサイルを温存すべき?」

「キラリのそれって私たちでいうスキルだっけ? 」

「うん。僕はスキル『はかいばくだんづくり』を覚えているから。どうする? リーダー。」

「正直言うと分からない。そのスコープというものは、どのくらい信用できる?」


 彼らにはリメイク新加入、めちゃくちゃ設定キャラ・キラリが理解できない。

 彼女の使う特殊な武器も意味が分からない。

 そんなキラリは何か特殊な操作をして、それをアルフレドの顔に近づけた。


「これ見たら。リーダー、いちいち煩いよ。見えるものが全て。」


 ぶっきらぼうに見せられた画面には、モンスター名がはっきりと浮かび上がっていた。


「へー、すごいね。私達には全然見えないのに。それが科学?」

「うん。魔族の力を使ってる。僕が使う武器もマリアが持ってきたおじいちゃんも。あ、今はおばあちゃんも一緒だから、魔族かける2だね。」


 マリアもアルフレドと一緒に覗き込む。

 そして、混乱するアルフレドの代わりに感想を述べた。

 マリアもキラリ同様、リメイク後に加入している。

 同世代のヒロインなのに、ジェネレーションギャップが生じている。


「サーベルタイガーマンって言うんだね。んじゃあ、アタシがヤっちゃうね!先生なら絶対に避けるしー。どうせヤられるなら、アタシがいいよねー!」

「あ、ずるい!私もやる!ってソフィアがもう殺してるし!」

「あら。私はレイの為なら、なんでもやりますよ?」


 ヒロインの殺意は十分。

 勇者アルフレドが編成を組む必要もなかった。

 ソフィアが突然車から飛び出して、先制攻撃を始めた。


 エミリの言った言葉を、先に実践していたのがソフィア。

 彼女とは出会い方が最悪だった。

 だから、彼女とも足並みを揃えにくい。


 そんな彼女に続いて、エミリとマリアが続く。

 勇者パーティの基本戦法は今でもやはり奇襲戦法だ。

 建物に入る前に自分たちの体に強化魔法バフをかけて、建物内部には弱体魔法デバフをかけておく。

 人間がいない前提の範囲攻撃魔法まで投げ入れる。


「この建物は三階建て。そしてモンスターの種類は港を襲ったやつらと同じだ。」


 ソフィアの神聖旋風斬ホーリースリリングが万能の威力を誇る。

 炎でも、氷でも、爆破でもないから、その後の侵入に支障をきたさない。

 生物を殺傷する為に存在する魔法とアイテムの組み合わせ。

 あのスキルを使わなくても、彼女は十分に強い。


「経験値稼ぎは狩場で行う。今はとにかくイベントを探すぞ!」

「了解!勇者様!」

「レイせんせ!待ってくださいね!」


 勇者パーティはリーダー・アルフレドを先頭にして、全員で探索していた。

 一階は既に掃除済み、二階も同様の手段で掃除をする。

 どれもこれも先制攻撃、皆も体に染み込んでいる。

 

 ——そしてここで、もう一つのデッドラインの発表。


 勇ましい勇者様一行が今から足を踏み入れるヴァイス砦三階中央。

 彼らは、もうすぐエルザのデッドラインを踏み越える。

 


           ▲


 魔王軍駐屯地・ヴァイス砦三階、勇者アルフレドと五人の美女は、チョリソー町の9割を焼き尽くした元凶・エルザを追ってここまで来ていた。


アルフレド「くそっ! ここもモンスターだらけだ!いちいち相手にしていたら、埒が開かないぞ!」


エミリ「でもぉ、大丈夫なんですかぁ、勇者様ぁ。ここには前に全く歯が立たなかった、あの女悪魔がいるんですよねぇ?」


フィーネ「魔法も物理攻撃もどっちも効かなかったものね。どうするの、アルフレド。」


 六人ともにエルザが全ての攻撃を弾いた瞬間を見ている。

 だから普段にも増して、緊張の色が見える。


アルフレド「分かっている。だが、あいつは俺たちの村を焼いた。エミリの両親もおそらくはあいつの仕業だ。そしてミッドバレー、チョリソーを焼き尽くした。俺たちが行かなくてどうする⁉」


キラリ「確かに……。勇者様が行かなければ、この大陸に残った人たちも焼いちゃうかも?今度こそ、僕の特殊兵器を命中させないと。」


ソフィア「私もあの悪魔を許せません。私に良くしてくれた村の人たちも皆焼け死にました。」


 そんな中、アルフレド達の声が、一人の幼女の耳に届いた。

 幼女は歯の根が合わぬほど怯えているが、声の主にただならぬ興味を抱いて、ドアの鍵穴から覗こうと考えた。

 けれど、彼女の視線は紫の悪魔の背中に阻まれてしまう。


エルザ「ようこそ、我が砦ヴァイスへ。先日はお預けをしてしまって、悪かったねぇ。」


 魔王軍女幹部のエルザは、扉を背にして宙に浮いていた。

 そして勇者を見下すように黄金の瞳を光らせる。


アルフレド「エルザ、戦うのは三度目だ。今度こそ逃げるんじゃないぞ!」


エルザ「ふん。一度もダメージを受けていないのに、逃げたと言われるのは心外だねぇ。でもね、あたしは四天王の一人なのよ。そんなに安い女だと思わないことね。ワットバーン、今までの戦いのようにミスは許されないわ。こいつらを今度こそ捻り潰しな!」


 そして赤いスーツに眼鏡をかけたアークデーモン一体と、黒スーツに眼鏡をかけたアークデーモン四体が、紫の禍々しい煙と共に、光の勇者達の前に姿を表した。


悪魔「御意にございます……」


          ▲


 そして勇者アルフレド達の戦いが始まった。

 現在無敵の勇者パーティは、ここで意外にも苦戦を強いられることになる。

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