第66話 幼女との約束

 アイザは気弱な性格だ。


 元々の設定は囚われのお姫様だった。

 この空間もリメイク前の世界と言ったが、ゲーム上は滅びた人間の村。

 彼女が怯え切っているのも無理はない。


 そんなアイザの攻略は父と娘の関係から男と女の関係に変えることにある。

 だから最初は甘えさせる、甘えさせる、甘えさせると繰り返していけば良い。

 ただ、レイの目的はアイザというわけではない。


 ——エルザをどのように説得するか、だ


 だから、今もアイザと睨めっこをしている。

 彼女の髪は姉妹設定を引き継いで薄紫に変更され、瞳の色も金色に変更された。

 勿論、当初のドット絵が3Dモデルになるのだから、大幅に変更されても文句は言われない。

 ただ、幼女設定だけはどうしても残したかったのだろう。

 アイザの存在によって既存プレイヤーの希望を叶えつつ、新規プレイヤーの獲得に成功した……らしい。


「えと、お姉たまの彼氏?」


 因みに今は、テーブルになぜか座らされている。

 正面にはアイザ、そしてアイザの隣にはエルザ。

 エルザが隣に座ろうとしたので、レイは体の大きさを理由に断っている。

 レイモンドは身長2m近くの大男、そういう言い訳がどうにか通る。

 隣に座られることが嫌なのではなく、この場でレイモードの発動が不味い。


 それくらいの状況なのだ。

 絶対に失敗できない状況に追い詰められている。


 エルザがアイザを砦に連れていかなければ、ストーリーが詰む。


 ここまで来れば分かると思うが、このドラゴンステーションワゴンというゲームはイベントが次のイベントに繋がる一本道のストーリーだ。

 勿論、脇道に逸れるとヒロインの好感度アップイベントがあるのだが。

 それでもメインシナリオは一本道、ヒロインが欠ければストーリーは進まない。


 アイザがここを出なければネクタの再来、いやこの空間は何処にあるか分からないから、ゲームオーバーというか進行不能バグとなる。

 それだけは避けないといけない。

 ただ、先ほど放たれた言葉にレイは引き攣っていた。


(これだ……。子供はすぐそういうのを聞く……)


 レイは目を泳がせながら、エルザの方に瞳をさらに泳がせる。

 すると空中に何か文字が浮かんでいる。


『そういうことにしておきましょう』


 空中に口枠が浮かんでいた。

 確かにこのゲームはフルボイスではない。

 でも現実であんな口枠が空中に浮かぶなんてありえない。

 だからあれも魔法の一種だったのだとここで分かる。

 だが、今の彼にそんな余裕はない。


 因みに強硬手段は取れない。


 見えない壁がある以上、エルザには勝てない。

 アイザを連れ去ることは不可能だし、そんなつもりはない。

 

「う、うん。そ、そうだよ。真面目なお付き合いをさせてもらっています。」


 レイのその言葉にアイザの顔はぱぁっと明るくなった。


「お姉たまを連れていく悪いやつじゃないのらね!」


 エルザはどんな気持ちで妹を勇者に引き渡すのか。

 そっちの方が気になってしまう。

 エゴで生まれた産物であることは理解出来ても、意志を持った彼女達の心を理解することは出来ない。


「そうなの。彼はね、あたしを守ってくれたのよ?」


 レイが引き起こしてしまったのは、ふりょねこ現象だけではない。

 せっせと小さな徳を積んでいる優しい勇者様の、悪い一面を彼女に見せてしまったことだ。


 彼は、やっぱりなんかやっちゃってるのだ。


『普段は真面目そうな子だったのに、あんなことをするなんて信じられない』、ここでは敢えて『まじあん現象』と名付けたい。


 『ふりょねこ』vs『まじあん』の構図を作ってしまった。


「エルザ、あのさ。あの勇者達を育てたのって、実は俺なんだよなね。えっと本来なら……」


 だからこそ、レイはなんとかアルフレド達の行為を弁明しなければならない。


「えええ、すごい! お姉たまの彼氏、あのつおーい勇者を育て上げたひとなのら!」

「そうなのよ。レイはね、あそこまで彼らに尽くしたのにも関わらず、彼らに裏切られたの。」


(違う違う違う! そういうのが言いたいんじゃない! いや、確かにフィーネには裏切られたけれども!ん?うーん、間違ってないなぁ……。いや、でもそうじゃなくて!)


「俺はそんなにすごくないぞ。今だって見えない壁……じゃなくて、エルザに頭が上がらないしな。」


「そなの?そなの?かかぁでんかなのらぁ!!」


(やばい、この子の中では俺たちゴールインしてしまった。……でもなんか可愛い娘に見えてきた。まずいぞ、俺。この状況に引っ張られるな!こんなかわいい娘が欲しかったとか、思っちゃダメだ!)


 けれど、目の前の無邪気な少女の笑顔を台無しには出来ない。


「そ、そんな感じ。よくそんな言葉を知っているね?」

「うん。でも、お姉たまの旦那様なら優しいんだろうなぁ。いいなー。わらわもそんな旦那様がほしいぃなぁ!」


 アイザは設定にプラス千歳されたとはいえ、まだまだ幼気いたいけな女の子だ。

 だからレイの思考回路が停止していく。


 ——エルザが死ななければ、アイザは勇者の仲間にならない。


 レイモンドの死が決定しているように、エルザの死・・・・・も決定している。


 だから彼はしばらくの間、考えるのをやめた。


     ◇


 次の日もレイはアイザに会いに行った。

 勿論、エルザも一緒にいる。

 魔族専用魔法転送魔法イツノマニマゾクは幹部クラスにしか使えない。

 レイは勇者が今までやってきた軌跡を、彼女に教えていこうと思っていた。

 それにもう少し人間の言葉は話せた方が良いからと、彼女に人間の言葉を教えにいく。

 彼の目にはエルザの行動が眩しすぎた。

 レイはなんだかんだ、生き残ることだけを考えている。

 けれど、あくまで設定とはいえ、エルザは妹の為に死ぬつもりだ。

 だからといって、レイにできることはない。


「アイザは確か神聖魔法以外の魔法が使えるんだよなぁ。俺、魔族になっても闇と土しか使えねぇんだけど。」

「わらわは魔法しか使えないのら。スキルが使えるレイが羨ましいのら!」

「俺のスキルって盗賊みたいなことしかできないぞ。アイザの魔法は世界を平和に出来る。えっとみんなが笑顔になるってことな。その方が、絶対に良いんだって。俺は俺のことで手一杯だからな。」

「コーヒー淹れたわよ。アイザはジュース用意したから、そろそろ休憩しなさいな。」


 エルザはここでは乱暴な口調は使わない。

 そしてここに戦いは存在しない。

 さらにアイザとの日々はレイの時間を軽々と溶かしていった。

 勿論、ラビやジュウとも会っている。

 けれど、ここでの生活は格別だった。

 記憶が溶けていってしまう。

 一日、二日、三日……。


 そんな時、エルザが険しい顔で飛び込んできた。


「レイ、勇者がもうすぐ来る……。私……、どうしよう。どうしたらいい?」


 彼は『勇者』という言葉に我を取り戻した。


 結局、何もしていないような気もするし、何かを話したような気もする。


 けれど具体的なことは何一つしないまま、時を忘れていた。

 ここに留まれば、アイザは勇者の仲間にならない。

 その後の世界がどうなるのか、あの時と同じならバッドエンド、その後の世界がどうなるのかはレイには分からない。


 だから確実なハッピーエンドを狙う必要がある。


「エルザ、数日前のチョリソー村襲撃は、俺の行動に関係なく魔王軍の負けイベントだ。でも魔王軍にとってはそれが成功だった。だから誰も何も言ってこない。そして、あれはエルザの為のイベントでもあった。あのイベントは回避しても差し支えない。けれどエルザがあの戦いに拘ったのは、勇者達の素行を見るためだった。成程、分かってきた。俺も勇者達の様子が気になって仕方なくて、あの場にいた。そういう設定か。」


 レイは考え続けた。

 そして、この世界の形を少しずつ掴みかけていた。

 プロデューサーはレイモンドに主役以上の執着を見せている。

 たった二つの青いドットをわざわざ置いたくらいだ。

 魔族として蘇ったレイモンドは間違いなく、勇者を見に行っている。

 だから、ムービーに映り込んだ。

 そして、強制力は全てのキャラクターに存在する。


「レイが言っている『イベント』が、何を指しているのか分からないけど、あたしは命令されたことを実行しただけ。確かに勇者の行動を見たかったのはあった。そして、あたしは勇者の不意打ちに遭った。その流れを引き戻してくれたのはレイだった。 レイがいてくれて良かったとあたしは思っている。」


 彼女の言葉でレイは気付かされた。

 いつものパターンかよ、で済ませた、『二重の記憶』。

 レイはそれを問うた時の彼女のリアクションを履き違えていた。

 彼女はあのムービーイベントで帰ってしまうのだから、一部のモンスターが復活する、という現象に気付けなかった。

 エルザは純粋にレイの力で、予定通り事が運んだと思っている。


 ——つまり、エルザは二重の記憶に違和感を抱いていない。


 ならば、理屈で彼女を説得するしかない。


「問題はアイザが負けそうな魔王軍にいることだ。 あの勇者はおそらく順調に魔王軍攻略をしていく。敵側の魔王軍にいたら、アイザが戦いに巻き込まれる。既に巻き込まれているのなら、勝つ側にいるべきだ。」

「それは……。分かっているの。このままじゃいけないってことは。でもアイザが……」


 レイの話はメタ要素が強い。

 だから、かなり苦しい話だとは分かっている。

 ゲームだから言えること、ここの住民はどちらが勝つか分からない状況にいる。

 その上で、大切な妹を敵国に預けるという話をしている。

 

「大丈夫だよ。アイザは勇者の仲間になる。俺が保証する。」


 だからレイが利用したのはこの世界の強制力だ。

 彼女は間違いなく勇者の仲間になる。

 だったらアイザの背中を押すのが一番早い。

 エミリとマリアは勇者についていかなくても良かった。

 それでも結局、シナリオ通りにしか話が進まない。

 何より、レイが一番分かっている。


 ——レイは死ななければならなかった。


 そう考えるしかない。

 強制力とはそういう話。


 だから呆気なく予想通りのことが起きた。


「わらわは……、わらわはお姉たまの足を引っ張りたくないから……。お姉たまの言う通りにする……」


 彼女はレイが想像していたモノを選択をした。


 ただ、その先に予想外の言葉が来る。


「わらわは頑張る! だから……、レイはお姉たまを守って! 絶対に守るって約束して! 旦那様なんでしょー!」


 無理なんだ……

 アイザが仲間になる時、エルザは死んでいる


 心臓が締め付けられる。

 アイザの言葉は正しすぎて、無邪気すぎて、真っ直ぐすぎた。


 だから声にならない。

 言葉を作り出すことも出来ない。


 無邪気な彼女の言葉を受け止めることは出来ない。

 だから、レイには何も言えない


 だがこの瞬間、アイザがレイに抱きついてきた。


 ……流石、強制力だ。


 こんな時、ちゃんと衝撃を与えてくれる。


 だから悪魔の青年は言うのだ。


「ったりめぇだろ。エルザもアイザもまとめて守ってやんよ。俺様は天下無双のレイ様だぞ!エルザ、今すぐ砦に戻れ。俺が動く時が来たようだなぁ!」


 この間にも少女は何度も刺激をくれる。


「ほんとう? 嘘ついちゃダメだよ! わらわは嘘つきは嫌いだもん。もしもお姉たんが傷つきそうになったら、わらわはお姉たんを守るからね!」


 銀髪の青年は迂闊にもよそ見をしていて、少女が飛びつく瞬間を見逃していた。


「子供に嘘をつくなんて最低の大人だ。アイザのおねえたまは俺様がぜってぇ守るからなぁ。だからアイザも頑張るんだぞぉ。」


 だから銀髪の悪魔がそういう大口を叩くのも無理はない。


 人間から魔物になった彼は、設定で人間から魔物になった少女の頭を撫でながらそう言った。


 因みに、……彼の巨大な犬歯は青く光っていない。


(アイザがもうちょっと身長があればなぁ……)


 彼は自分の腰くらいの高さの少女の頭を撫で続けた。

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