第61話 チョリソー町の急襲

 アルミラーZという獰猛な一角うさぎ、サーベルタイガマンという獣人、巨体が売りのキングベッドスラドン、そしてアークデーモンが勢揃いしている。


 その中に、モンスターにも負けない長身のマントマン・レイ、大ねずみ子爵13世・ジュウさん、サキュバスバニー色違い・ラビがポツンと立っている。


 魔人レイの三体を除く、それぞれは同じような見た目の部下を百体単位で引き連れている。

 これだけ見ると魔王軍が負ける道理はない。


 その陣頭にはエルザが立ち、脇に赤いスーツを着たワットバーンが控える。

 ワットバーンの部下二人もちゃんといる。

 ワットバーンはあの時のように眼鏡をかけて仁王立ちしている。

 脇の二人もアークデーモンに比べると、幾分強いのかもしれない。

 だが、ワットバーンは色違いだから、脇の二人はただのアークデーモンかもしれない。

 だからワットバーンクラスになると、中ボスという認識で良いのだろう。

 そんな分析をレイは冷えた視線で行っていた。


「いや、なんで?違う色の服着ただけで強いんだよ? モンスターのキャラデザってそういうもんだと思うけどさ。っていうか、俺のマント、何?上半身裸ってキツイんですけど⁉」


 マントでこっそりと自分の乳首を隠している銀髪の魔人。

 彼はそのついでに脇腹をガードしていたりする。

 こんなところでレイモードが発動したら最悪だ。

 100人とその部下が百体。

 一万の魔物、だがそのほとんどは、彼に言わせると背景要員だ。


 大きな街でも、歩いている人の人数はそうでもないのと同じである。

 ただ、数字上は一万の軍隊で港町に侵入するのだから、目立たないようにすれば大丈夫。

 魔王軍は優しいから督戦隊とくせんたいのように、味方を撃ち殺す部隊はいない。


 ほとんどのモンスターは逃げないように設定されているのだろうけれど。


(怖ぇぇ。あっちに居ても怖かったのに、こっちの方がもっと怖い!そりゃ、そうだ。魔王軍は負けるように出来てんだもん!始まった頃から右肩下がり!それがRPGの魔王軍だもんな。)


 こっそりしていれば、戦いには巻き込まれない。

 ただ、そんな彼が中途半端な位置にいるのは、アルフレド達の動きを確認したいから。

 魔人レイは今のところ安全地帯にいる。

 魔人レイとしてのムービー死はもっと後にある。

 ここで死ねば、そのムービーはカットされる。

 でも、レイが死んでいるので意味はない。


 何かあっても逃げれば問題ない。

 だから、これはただの確認である。


 ……っていうか、さっきからずっと白兎が脇腹に突進している。

 

「はいはい、トリケラ、トリケラ。ラビ、それはもう分かったから、ちょっとやめてもらえる?」

「えー、だってレイのあれがもう一回見たいもん!前もこうやってたら、そうなったもん!」


 っていうか鬱陶しい。

 彼女のせいでレイはずっと脇腹ガードをしなければならない。

 だから彼は仕方なくそれっぽいフリをした。


「ぐわーっはっはっは。この世界は俺のものだぁ!」


 その瞬間、ラビは一瞬だけレイの顔を見た。

 そしてガッカリ顔を浮かべて、再び突進を始める。

 白バニーが突進するのは確かにかわいい。

 けれど、そこだけはやめて欲しい。


「違うもん。ウチが見たいのはそういうのじゃないもん! ピカァって光ってかっこいいやつだもん!!」

「そうだなぁ。あんなん見たことないなぁ。アレはカッコ良かったで、兄貴!」


  彼らのモンスター語を聞いて、レイは首を傾げた。

 見たい?とは、見た?とは。

 つまり視覚情報を彼らは得たらしい。

 だから、レイはできる限りの悪い顔をしてみた。

 するとまたラビは顔を上げて、レイの顔をじーっと見つめた。

 そして突進を再開する。


「って、違うのかよ! 俺、前に鏡で練習したんだけど⁉」


 するとラビはしょんぼり顔で突進をやめた。

 そして、今度こそ答えを叫ぶ。


「光らせてー! 前みたいに牙を青く光らせてー!」

「しゃーないなー。兄貴、失礼しまっせ!」


 レイは彼らの言葉が理解できず、そのまま呆然としてしまった。

 その隙にジュウが持つ杖の先がレイの横腹にクリーンヒットする。

 すると銀髪の魔人は目の前の可愛い白兎の両脇を、ガッと掴んでそのまま抱え上げた。


「フヘヘへへへ、なかなか見込みのある白兎じゃねぇか。だが当たり前すぎるなぁ。俺がカッコいいのは当たり前だぁ。だが、それだけじゃねぇってのを味わわせてやろうかぁ……、——って‼」


 レイモードに入ったレイはやりたい放題だ。

 バニーガールの少女を抱え、そのまま彼女の顔を舐めまわそうと引き寄せた。

 けれどジュウさんの杖の勢いがわずかに足りなかったのか、彼は途中で通常運行モードに戻った。

 因みにラビは1mmも嫌がっておらず、目を爛々と輝かせていた。

 そんな少女の赤い瞳に何かおかしなものが映っていた。

 レイはそれを何度か、目を瞬きして確認する。

 そして。


「…… 俺のめちゃでかい犬歯が、青く光ってんだけど⁉」


 しかも、今は夜明け前だ。

 だから青く光っているのが、自分でもよく分かる。

 これなら光源がなくても本を読めそうだ。

 というか、これは!


(犬歯のせいで下あごが前に出ない。……ぶつかった衝撃でサイリウムみたいに輝いている……だと?——超カッコ悪‼)


 彼は、自分の『しょうもな』設定の仕様変更にここで気が付いた。


「かっこいい!レイ、牙が青く光ってかっこいい!」

「無駄に青く光らせるって、悪って感じが出てまっせ!流石兄貴!」

「無駄とか言うな!車の内部を青く光らせるのも一時期は流行ったの! SUVの時代に敢えてのステーションワゴンの流れなの!……そういや、魔族レイモンドって歯の色青かったわ……。あれ、光ってたのかよ。」


 ……しかも公式設定だった

 

「おい、そこの青い光! 襲撃する前に目立ってどうする!」

「あ、すみません!こいつ……、いや。俺も今気が付いて。」

 

 ラビたちがふざけているせいで、リーダー・エルザが呆れて陣頭から駆けてきた。

 レイモードが終わったにも関わらず、未だにサイリウムは輝き続けている。

 それを見たエルザは顔を顰めて、その解説をした。


「魔族になったばかりで気付かなかったのか。特定の動作で体の一部を光らせる魔物は結構いる。それをコントロールするのもモンスターとしての——」


 ——だが、その瞬間だった。


 レイは殺気を感じて、左腕にジュウとラビ、右腕でエルザを抱えた。

 そして、人間値マックス+魔族の力で地面を思い切り蹴って上空へ大跳躍をした。

 その直後、可哀想にその射線上にいたキングベッドスラドンが爆散する。


「マジかよ!魔物破壊兵器2号、もう作ってんのかよ!……ってか、エルザ様。 アルフ……、勇者共がすでに攻撃準備に入ってます。」


     ◇


 レイは油断していた。

 そして、戦慄を覚えている。


 勇者達は本気で魔王軍を殲滅するつもりだったらしい。

 

(『神聖旋風斬ホーリースリリング』と『巨大火炎地獄ヘルファイア』の組み合わせ、つまりソフィアとフィーネの合わせ技だ。ゲームがぶっ壊れてる‼そして俺の奴‼俺はそんなカッコよい魔法は使えないけど‼)


 レイは上昇気流を利用して少し離れた場所に着地をした。

 さっきまでいた場所は、旋風と熱風で燃え上がっている。


(エルザの体、これが見えない壁。咄嗟だったけど、一応触れるのか。っていうか、見えない壁があるなら、助ける必要はなかったってことか?)


「おい! 離せ!あたしの軍隊がゴミのように壊されているぞ! なんだこれは!勇者とは悪魔の集団か? あたし達はまだ村も襲ってないんだぞ?早く離せ!あたしの力を持ってすれば、こんな奴ら……」


 エルザが何時にも増して、感情を昂らせている。

 これは流石に無理も無い。

 勇者のスケジュールを把握していた筈の魔王軍が先回りされた。

 そして、先制攻撃で大部分の兵士を失ってしまったのだ。

 これには既視感しかない。

 魔王軍も必死に抵抗しようとしているが、流石に相手が悪い。


(ちゃんとやっているな……。これはあっという間に全滅か——)


 この勇者パーティは伊達じゃない。

 魔王軍の予想を遥かに上回っている。

 強くなった魔法はレイモンドには無縁のもの。

 けれど、一緒に訓練をしたからレイは知っている。

 だからエルザを降ろし、この状況から逃げ延びれば良いだけだった。

 この状況なら、運良く助かりました、が通用するかもしれない。

 けれど、独善的な思考をするレイの目の前で、予想しえない事件が起きた。


「——‼エルザ‼エルザ、それはなんだ⁉」


 港町からかなり遠くに離れた場所に着地をしている。

 ここなら誰にも気付かれない。

 相手は六人だ、バラけて行動するリスクを背負うことはない。

 だから、周りを気にせずに、彼は彼女に糾弾した。


「な……、何を……」


 上官に向けて呼び捨てとはなんたる無礼。

 そんなことよりもMKB部隊の指揮を取らなければならない。

 けれど、エルザはレイの迫力に、はっきり言って気圧された。

 だから、彼の視線の先である自分の頬を触った。


 ——頬が切れている。


「こんなのかすり傷よ。一体、何が起きたのかと思ったじゃない。……大袈裟過ぎるわ。」


 別に気にすることではない。

 四天王とはいえ、物理的な体を持つ。

 だから、彼女にはその程度の認識だった。


「黙ってろ。もうちょっとよく見せてくれ。」


 だが、その圧にも四天王の紅一点は屈してしまう。

 そして彼が彼女の顔を触る。


(見えない壁はなお健在。でも、切れている。おそらくは神聖旋風斬ホーリースリリングに含まれているガラス片が掠った。でも、そんなことは瑣末さまつな問題だ。なんでだ? 彼女は現時点では無敵の筈だろ? つまりこれはある意味、バグ。そして理由も思い当たる。エルザを間近で見たからこそ気付けた見えない壁。それはこの場で戦っているのなら、機能している筈だ。この世界のシステムがそう決めている。——でも、そこをうまく破られた。)


「エルザ、この戦い。全部というわけではないが、ある程度マシな状態に巻き返せるが、どうする? 俺はお前を失いたくはない。傷付いて欲しくないんだ。」


 もしも、バグのせいでエルザが死んでしまったとする。

 すると困ったことに、アイザが出てこない可能性がある。

 アイザ登場シーンにはエルザもいる。

 そのイベントがまるまるカットされてしまった後、本当にアイザは登場しないかも知れない。

 実際にまだレイは、ヴァイス砦にいる筈のアイザを見ていない。


(考えを改める必要がある。舐めていた訳ではないが、アルフレド達は俺以上だと考えるべきだ。彼らはゲームシステムの裏を突けると考えるべきだ。……なら、考えられないバグに遭遇するかもしれない)


 アイザがトリガーになるイベントはこれから続く。

 つまり、ここで間違ってエルザが死ねば、世界は詰む。


 ——ただ、これは。


 あくまでレイだから分かる考えである。


「な、何を急に……。第一、お前は私のことなんか全然知らないじゃないか……。それに……、この方法をどうやって巻き返すと……」


 例えば、つい先日初めて会った得体の知れない魔族。

 その実力は折り紙付で、魔王になると豪語した男がいたとする。

 そして彼女はいつも強気な女性、自身でもそう思っている女性。

 その彼女が突然現れた銀髪の青年に「お前を失いたくない」と言われたら。


「問題ない。俺に任せてくれないか?」


 エルザは濃い紫の髪をクルクルと指で絡め取って、レイを睨みつけた。

 この男が強いのはワットバーン達のやり取りを見ているから知っている。

 けれど、いきなり告白される覚えはない。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 悪魔じみた勇者の攻撃でMKBは壊滅に陥っている。

 そんな方法が可能なのか、彼女には見当もつかない。


「でも、何が起きたのか。あたしにも——」

「悩んでいる暇はないらしい。それに勇者の位置はだいたい分かっている。だからエルザ!今は俺を信じてくれ!」

「……う、うん」


 ——勇者パーティはまだ町の中にいる。


 そこから奇襲をかけたから、システム上は別の空間から攻撃をしたと認識された。

 その可能性が一番高い。

 システムが関与していない死角からの攻撃。

 レイが知らないこと、つまり偶然起きたバグもしくは事故。


「エルザがあそこに降りたら、物語は進む。それでこの大敗がチャラになる。」


 この先のムービーシーンにレイはいない。

 だから、自分は居ても居なくてもよい。

 今までの傾向から考えて、必要な人間が揃っていることがトリガーだ。

 つまり多い分には問題ない。


「本当に、本当にやり直せるの? 」

「あぁ。別にお前の為じゃないぞ。俺がお前の命を守りたいからやるんだよ。」


 エルザは不安そうな目をレイに向ける。

 レイがこれから何をするのか、全然伝わってこない。

 でも、エルザを守るという意味はちゃんと伝わっている。

 それどころか、真面目な顔で何度も告白されているようなものだ。


「二人とも、勇者は化け物だ。絶対に近づくなよ!って、おい!俺はエルザだけ運ぶんだ! 今から勇者のところに行くんだぞ!」

「勇者共にギャフンと言わせるんでしょ! ラビも手伝うー!」

「わいも負けられんからなぁー。それにさっきのでわいの親戚もぎょうさん殺されてしもうた。一矢報いねば13世失格や!」


 ジュウとラビがレイにしがみつく。

 成程、モンスターとは基本戦闘狂。


「エルザ、行くぞ!」

「うん」


 そして、一人の女幹部と二体のフィールドモンスターを抱えたレイは大跳躍をする。

 ムービーが始まる場所にエルザを放り投げたら、ムービーシーンが始まり、全てがそこに飲み込まれる。


 だから自分には関係ない、そう思っていた。

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