第62話 アーマグ大陸へようこそ

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 町中にモンスターが溢れていた。

 その数は50体あまりもいる。

 勇者達は宿屋に泊まっていたところ、明け方になって町の人が駆け込んできた。

 ここに来る途中も、何十匹とモンスターを倒してきた。

 数軒?いや十軒以上の半壊した家の瓦礫も越えてきた。


 そんな絶望的な状況の中、アルフレド達はモンスターが攻めてきたという、町の東側を目指していた。


フィーネ「アルフレド、あれ!」


アルフレド「あぁ、あいつだ!」


 視界の向こうに女が一人立っていた。

 しかもモンスターが跋扈するこの町にだ。

 その妖艶な美しさが、逆に不気味さを際立たせている。

 アルフレドは彼女の様子を窺うように、ゆっくりと近づく。

 すると、その紫の髪の妖艶な女性の頭には羊のツノが生えていた。

 それだけで答えは十分だった。

 アルフレドは彼女を知っているのだから。


エルザ「ふふふ。待ち侘びたわ。ようこそアーマグ大陸へ、ようこそヘルガヌス様が君臨する大陸へ。我らの憎き敵、メビウスが遣わした異質の人間、光の勇者アルフレド。久しぶりだねぇ。ミッドバレーの修道院以来かしら。」


アルフレド「お前達、俺を待っていたというのか? そのために……、くそ!俺の……、俺たちの村の時もそうか……。なんで無関係な人間を巻き込む!」


エルザ「巻き込む? いいじゃないの。光の勇者様の命が奪われる瞬間に立ち会えるんだ。」


 その瞬間、かまいたちのような風の疾風がエルザを襲った。


ソフィア「あの時の恨み、忘れていませんよ。修道女が恨みなど語って良いとは思いません。でも、あの村は勇者様が来てくださらなければ滅んでいました!私は悪魔に向ける慈悲は持ち合わせていません。」


 ソフィアは果敢にも、魔族の幹部エルザに魔法攻撃を仕掛けていた。

 ただ、彼女の魔法はキンッとガラスに弾かれたように、どこかへ消えてしまった。


エルザ「おやおや、誰かと思ったらあの時の……。んー、忘れた。でも、団扇であおいでくれたのだろう? ほら、もっと撃ってきたらどうだい?」


 彼女の神聖風魔法はエルザに全く効いていなかった。

 それを見てソフィアだけでなく、アルフレドもフィーネも驚愕の顔をした。


キラリ「じゃあ、僕のはどうかなぁ。モンスターだったら爆散する筈なんだけど……。えい!魔物破壊兵器1号!」


 キラリが持つロケットランチャーは、装填する物によって威力も効果も変わる。

 そして今撃ったのは中型モンスターまでなら一発で倒せる代物だ。

 その魔物破壊兵器は見事にエルザに命中……したかに思えた。


エルザ「次は煙幕かい? できれば順番を考えて欲しいものだね。煙くてありゃしないよ。」


フィーネ「くそっ!爆炎戦塵斬!……なんで? 剣も弾かれるの?」


 フィーネの剣も何かの壁に弾かれてしまい、彼女はその衝撃で弾き飛ばされた。


エルザ「全く懲りないねぇ。まぁ、仕方ないわよね。今まで雑魚ばかり倒してきた弱い物いじめ勇者だものね?」


 エルザには何の攻撃も通らない。

 それを悟り、アルフレドは倒れたフィーネの元に駆け寄った。


アルフレド「大丈夫か、フィーネ! それにしても、何だ今のは?フィーネの攻撃が弾かれてた? これはどういうことだ……。これまでの敵とは訳が違うのか……。これが魔王軍幹部の実力……。みんな、距離をとれ。何か、何か弱点がある筈だ。」


 勇者達は攻撃が通らないことを知り、一旦距離を置いた。

 その彼らの視界の端に、突然アークデーモンが現れた。

 そしてそのアークデーモンはエルザになにやら耳打ちをしている。

 すると女悪魔の顔がピクッと微笑みかけた。

 彼女は自重したが、それでも何かがあったことは分かる。


エルザ「やれやれ。あたしの可愛い妹が呼んでいるらしい。仕方ない子だねぇ。というわけだ、光の勇者とその愛人共。あたしは用ができた。次の機会に遊んであげる。それまでにもっと剣を磨いておくんだねぇ。」


 そして、エルザは背中から羽を生やして、飛び去ろうとした。


アルフレド「待て! 逃げるのか! そうやってまた次の村を襲うつもりか!」


エルザ「逃げる? どうして? そんなに戦いたいのなら、こいつらと遊んでな!」


 エルザはウィンクをした。

 すると地面から黒いスーツを着たアークデーモンが二体登場する。

 そしてその間にエルザは東空に消えた。

 アルフレドは町の人間を守るためにアークデーモンに立ち向かう。

 港町の家の裏、そこにある家の裏のさらに家の裏。


 画面を拡大しないと気が付かない闇の中に、


 ……不気味に輝く青い点が二つポツポツって見えていた。



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「画面右下のドット、マジで気になる!ドット欠けかと思ったら、俺じゃん!最初見た時、液晶画面心配した奴じゃん!っていうか、俺、居なくてもよくない⁉こんなとこで、レイモンドはプレイヤーに物理的な嫌がらせしてたのかよ!」


 と、レイが村の奥の奥でツッコミをいれているのはさておき。


 アルフレド達は咄嗟に我に帰って顔を見合わせていた。

 彼らはこの展開を知っている。

 これが起きた時は一度、記憶の整理をするように心掛けている。

 だから現状の確認から入るのだが……


「ねぇ、アルフレド。今のって例の強制イベント?」


 フィーネは背中にびっしょりと汗をかいていた。

 強制イベントといっても、その時の彼らの意思はそのまま引き継がれている。

 だからエルザが攻撃を受け付けなかったことも体感している。

 そして本来ならば、この時点で知っている筈の知識が、ここで彼らの脳内に叩き込まれた。

 

「あぁ。間違いない。これは俺たちのミスだろうな。強制イベントに入るなら、俺たちの先制攻撃も無意味になる。」

「ということは、何かのきっかけで強制イベントが始まってしまった、というわけですね。」

「これが……、みなさんの言っていた二重の記憶……。ぼ、僕の魔物破壊兵器2号……。もったいないロボットを亡くしました……。そして1号くんも無駄に……。それより僕、なんで1号くんを使ったんだろ?」


 キラリは相当焦っている。

 彼女はこれで二度目の体験だ。

 一度目は眠っているところをいきなりモンスターに襲われて、彼女は死ぬ直前まで行った。

 あれは、ただの悪夢としか思えなかった。

 けれど、これであの殺戮劇が現実だったと気付く。


「ねえ、勇者様。どうするの? マリア達はあの悪魔を追った方がいいのかな?」

「いずれは追うさ。あの悪魔、俺たちの村を焼いた奴だ。イベント中の俺はなぜか知っていた。絶対に許してはいけない悪魔ということだ。俺の村は全滅……は免れたにしても、半数が犠牲になった。ソフィアの村も半数が犠牲になった。強制イベント中、俺の中の怒りが収まらなかったのは、それが理由だったんだろう。そして今の俺も怒りを抑えられない。ただ、今は町の人々を救うのが先だ。」

「うーん、なんとも歯痒いね。強制イベント中じゃあ、先生は死んだことになってたし。あたしの口は何も聞こうとはしなかった。本当は問い詰めて問い詰めて問い詰めたいのに‼‼」


 エミリの意見は全員の総意だった。

 あのシーン最中、レイは出てこないが、レイが死んだ前提で動いている。

 今の彼らの一番の興味はそこなのだ。

 でも、ムービー中の自分自身は、彼の死に対して何の疑問も持っていなかった。

 そのむしゃくしゃを晴らすため、アルフレドは一度剣を地面に突き立てた。

 そして黒スーツのアークデーモンを睨みつける。


「ということだ、アークデーモン。俺たちは機嫌が悪い。悪いが押し通らせてもらう!」


 そう言って、アルフレドは再びアークデーモンに向けて剣を構えた。


「フィーネ、キラリ。後は——」


 彼はアークデーモンと一緒に戦う仲間にフィーネとキラリを指名した。

 そして残りは町に残るモンスター狩りへと向かわせていた。

 アークデーモンという種族については、既にレイからレクチャーを受けている。人型・・タイプのモンスターだから、多少は喋れるという話も聞いていた。


爆炎戦塵斬!!」


 フィーネは火炎魔法の大火花パイロワークとスキル・爆炎戦塵斬の併せ技を繰り出して、一体のアークデーモンの体三分の一を灰燼と化した。


「大丈夫。こいつらには効果があるみたい。それにしても不思議ね。レイからレクチャーを受けた技はやっぱり無かったことになってる。」


 イベントでは覚えていたスキル・爆炎戦塵斬を彼女は使った。

 大花火パイロワークはレベル35で覚えた全体魔法だが、彼女はそのエネルギーを一刀に篭める。

 レベル70のレイさえも躱さざるを得なかった一撃必殺技だ。

 そして、その様子を見ていたキラリがロケランを構えた。


「僕の魔物破壊兵器2号も使えるってことだね!」


 超至近距離にも関わらず、キラリは目をキラリとさせてロケットランチャーをアークデーモンに向けた。

 ただ、そのスコープの前に、すっと彼女のリーダーの背が映り込んだ。


「キラリ、済まない。もう一匹は残してくれ。こいつからは情報を聞き出したい。」

「えー。汚ねぇ花火だって言いたかったのにー。」

「仕方ないでしょ? この悪魔からエルザの情報を聞き出さなきゃ……」

「いや、それも必要だが、今はやめておく。俺がお前達を残した理由を考えて欲しい。キラリはあまりレイを知らない。でも、あの三人はレイにあまりにも好意を抱きすぎている。だから彼のことになると、おそらく暴走する。それに俺とフィーネは彼を死なせた罰がある。三つ・・の質問は彼女達のために使う。」


 アルフレドは呆然としているアークデーモンの喉元に剣の切っ先を当てた。


「おい、お前はレイを知っているか?」


 魔族にどれほどの言葉が通じるのか分からない。

 だからできるだけ簡潔な質問を用意した。

 するとアークデーモンは首を縦に振った。


「なるほど。では彼は今何をしている?」


 この魔物はレイを知っている。

 それだけで十分すぎる情報だった。

 ただ、ここからの質問はレイにとって過酷なものとなる。


「に、人間に復讐する為と聞いている!」

「嘘よ!彼は私たちを助けるために死んだのよ? 本当に……。私たちを憎んでいるの?」


 フィーネはアルフレドがする筈の三度目の質問をした。

 彼女にすれば、どうしても否定したい内容だった。


「我々魔族同様、お前達のことを憎んでいる。」


 この答えはフィーネには受け入れ難いものだった。

 見るに耐えないとアルフレドはキラリに言い放った。


「用済みだ。好きにしていい。」


 するとキラリは「やったー」と言ってガッツポーズをした。

 そして、「魔物破壊兵器2号」を見事アークデーモンのど真ん中に当てた。

 彼の体がぶよぶよと膨らみ、最終的には血反吐、肉塊、全てをぶちまけて爆散した。


「汚ない、汚い花火でしたぁ」


 と、ご満悦のキラリ。


「クソ。レイはやはり……」


 アルフレド達は意気消沈した。

 ムービーイベント中に現れたモブアークデーモンは思考にズレがある。

 ワットバーンであれば、あるいは。

 いや、あの忠実なワットバーンに尋問したとて、彼らの欲しい質問は帰ってこなかっただろう。


 ただ、同刻。

 彼の師匠であるレイも、全然違うことでミスをしていたので、彼を責めることはできないだろう。

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