第60話 勇者たちの上陸

「見えてきた。あれがアーマグか。」


 アルフレドはフェリードラステ号の甲板に立ち、アーマグ大陸を眺めていた。

 この船はなんと自動で動いてくれる。

 ドラゴンステーションワゴンも自動で動いてくれた。

 そのドラゴンステーションワゴンがこの船を動かしていると、キラリが淡々と説明をしてくれた。


「僕のおじいちゃんとおばあちゃんが合体したから、超強い新型未来航行が可能になったんだよ?それにしても、どうしたの? 浮かない顔をしているよ?僕の説明、分かりにくかった?今から憎き魔王を倒しに行くんだよね?」


 だが、彼の心はずっと靄が掛かっていた。

 今までは彼が運転するのが当たり前だった。

 でも、今は彼無しで全てが動いてくれる。

 分かっていたことだし、彼自身が言ったことだ。

 それでも、寂しくてたまらない自分がいる。


「いや。そういうわけじゃないんだ。有難う、キラリ。」


 アルフレドはキラリにレイがどんな人物だったかを何度も説明した。

 けれど彼女はそれを理解しようともしなかった。

 そもそも彼女は自分たちと、あまりにも違いすぎた。

 彼女の性格が個性的なのもその一因だ、彼女はつかみどころが分からない性格をしている。


「いえいえ。どうもです。」


 それはアルフレドも理解している。

 突然やってきた悪魔ドラグノフと、キラリは共に戦ってくれた。

 その記憶をアルフレドも皆も持っている。

 だから彼女のことは嫌いではない。

 命を賭してくれる大切な仲間だ。


「キラリ。なんていうか、元気に話しかけてくれるのは大いに助かるんだが、自動運転?それが上手く行っているか、見てきてくれないか?」

「うん。分かった。僕、車に戻ってる。」


 黒髪、白衣の少女が船の中に戻るのを確認してから、アルフレドはポツリと呟く。


「キラリはまぁ……、少しずつ仲良くなれば良い。それよりも……、フィーネ。あいつ、大丈夫か?」



 アルフレドは『村を全滅させられた』という記憶、『村人の半数をレイに救われた』という記憶、『自分たちが突然やってきた悪魔の幹部にほとんど殺された』という記憶、『レイがフィーネを拐かし、そして死んだ』という記憶を持っている。

 それに加えて、『その全てが誤りで、レイが命を捨てて助けてくれた』と考えるしかない事実を抱えている。


 ——そして、それはフィーネも同じ。


 キラリにこれが理解できるとは思えなかった。

 彼女の記憶の中のレイは悪辣な奴。

 だからこそ、彼女は「縦読みできるから暗号だよ?」と冷静に読み取った。

 ただ、実はそれが大きな問題に発展していた。

 いち早く気がついたキラリが、最初に口走った言葉。


「レイという人間は本当に悪い奴だったんだね。何を根拠に言っているのか、科学が大好きな僕には分からないけど、『悪魔として蘇るから覚えとけよ』って意味だよね、これ。因果応報って言葉を取り違えているよ。僕の魔物破壊兵器で粉々にするべきだね。」


 レイは気楽に「悪魔で蘇るよ」と、縦書きで書いた。

 そして、自らの懺悔の気持ちを横書きで書いた。

 それを最初にキラリが見つけてしまったことで、全員に『先入観』を植え付けてしまった。

 特にこの先入観にさいなまれたのがフィーネだった。

 彼女は「悪魔になって復讐する」という言葉に、心当たりがありすぎた。


「そんなこと、レイが考える筈ありません。これは悪魔になるから、たとえ死んだとしても私たちが悔やまないようにって意味ですよ!」


 ソフィアがその縦読み文章に気がついて慌てて訂正した。

 だが、フィーネの号泣は止まらなかった。

 アルフレドはフィーネが何かを隠していることに、少し前からだが気がついていた。

 そしてあの日、全員に睡眠魔法ムニャムニャを使った彼女の姿を、僅かだが覚えている。

 勿論、それはアルフレド達が全滅した世界線での話だ。

 だが、それが彼女の号泣に繋がっているのだろうと思っている。

 でも、それは多分二人の問題だ。


 レイが追求しないのであれば、自分が彼女に真相を聞くのは間違っている。


「いや。レイは死んだ。だからレイがフィーネに聞くことはない。……でも、レイ。俺の直感なんだ。多分、それは聞かない方が良いことなんだろ?」


 縦書きが全てではない。

 横書きはちゃんと彼の言葉だ、悪ぶっている時ではない彼の言葉だった。

 アルフレドはそう、自分に言い聞かせた。


 ——それも正解なのだが、暗号のような文章を解説してくれる人間はもういない。


「先生は死んじゃったけど、悪魔になるの? それっていいこと? 悪い事?」


 エミリはエミリで混乱している。

 レイは悪魔で蘇ると知っていた。

 でも、どんな形かまでは分からなかった。

 例えば、そこで記憶がリセットされる。

 例えば、そこからはレイモンド自身の記憶が再生される。

 レイはいくつも検証したが、答えを神様に教えてもらったわけではない。

 レイは今、平然と悪魔として行動している。

 だが、あのハンカチを書いたときは別。

 それに直前で書いたものではない。

 闇落ちフィーネイベントが起きる可能性があった。

 だから、レイは遺言のつもりで書いている。


「悪魔でも、私はレイにまた会いたい。……でも。」


 縦書きはあくまでオマケ。

 上手くいけば、悪魔になっているかも、という紛らわしい言葉。

 ただ、なまじ未来が分かると思われていただけに、彼女達は混乱した。


「レイはもしかして魔族に囚われているってことじゃない? もしそうなら、助けなきゃ!私、マリアに生きる喜びをくれたあの人に、私は恩を返したい!」

「僕は会ってみたいけどなー。こんなに皆を振り回している。どういう人?俄然、会いたくなってきたよ!」

「あんたはレイを知らないじゃん。いい加減な気持ちで首をツッコまないでよ!」


 キラリの言葉通り、彼らはこの二週間の航海の間、ずっとそのことに振り回されてきた。

 そして、それがこれから始まるムービーシーンに繋がることをレイは知らない。


「どのみち、私は合わせる顔がない。ずっと彼のことを誤解していたのだし……」


 フィーネはずっと船室で塞ぎこんでいた。


     ◇


 フェリーはアーマグ大陸にある見たこともない町の桟橋で停まった。

 アルフレド達は海を越えたことがない。

 ぶつかるかも!っとハラハラしながらも、何もすることが出来ない。

 ただ、車用の橋が自動的に下がり、呆気ないほどスムーズに上陸出来た。


「みんな、流石にそろそろ切り替えるぞ。ここはチョリソーの港町というらしい。レイ曰く、ちゃんと人が住んでいるということだ。俺たちはここから東にある魔王軍の砦を叩く……」


 アルフレドは窓際に座っている。

 彼の隣にキラリ、ソフィア、マリア、エミリ、フィーネ。

 コの字型のソファーの中央はマリアとエミリが陣取るという、ハーレムらしからぬ光景になっている。

 フィーネは隅っこを独占し、アルフレドは少しでも情報をと周りを見回している。 

 そんなアルフレドの顔にも、疲れの色は浮かんでいる。


「勇者様、人が住んでいるのなら、ひとまずはここに拠点を構えて、情報収集しませんか? レイならきっと……」


 ソフィアがこの中では一番まともだった。

 彼女はレイの言葉を信じている。

 だから彼が言ったのであれば間違いないと確信している。

 悪魔になった彼を、絶対に助け出すと心に誓っている。


「……そうだな。とにかくこの街の武器屋と道具屋のチェックもしたいし、どんなモンスターが生息しているのかも調べる必要があるな。それになんだか体を動かしたい気分だ。」

「分かるー。マリアも動かしたい! ずっと船に揺られて、なんか体がムズムズするぅ!エミリも調子悪そうだもんねぇ。」

「フェリー、苦手だなー。今もずーっと頭がぐるぐるしてるですよぉ。」


 そして奇妙なことに、彼らはエルザのスケジュール通りに行動し始める。

 勿論、この地にはメビウスの女神像もある。

 けれど、彼らはちゃんと生きているので、ベッドでゆっくり休みたい。

 資金なら豊富にある。

 だから休息はしっかりと取る。

 『宿屋の確保』がRPGの基本だとしっかりと学んでいる。


「六人、それぞれ個室をお願いしたい。」

「あらあら、最近はお客さんがいないから、助かります。本当に個室でよろしいですか?」


 その言葉にアルフレドは固まった。


『質問が来たらイベントだと思え。その後にイベント戦闘があるかもしれないぞ。』


 宿の女性の言葉はアルフレドにレイの教えを想起させた。

 そう、メタ読という考え方がここで発動する。

 それがなければ、エルザの読み通りに動いたはずなのに、ここからズレ始める。


「本当に?……なるほど。こういうことか。すまないが、ちょっとだけ待って欲しい。みんな、聞いてくれ。イベントフラグの可能性がある。宿は後回しだ。全員でこの町の道具屋、武器屋を見てまわるぞ!」

「では、私は町の人に話を聞いてまいります。明日以降は拠点ヴァイス攻略ですものね。」


 ソフィアは即座に行動に移した。

 その緑髪の少女を見て、桃色、朱色髪の少女も動き始める。


「うーん、マリアの装備できるものって、次の街までないんだよねー。色々装備できる筋肉エミリが羨ましいなー。」

「ちょとー、あたしを脳筋ゴリラみたいに言わないでよ!」


 エミリとマリアも、レイを取り戻すという目的は変わらない。

 そのためならばと、やる気を奮い立たせる。


「僕の装備は道具屋……? そうなんだ。へー。なんで分かるんだろ。僕が使えそうなものが一覧になってる。僕の発明した武器なのに、なんでこっちの大陸に……」


 キラリは渡されたメモを見て、感慨深く頷いている。

 魔族レイが危惧していたことは当たっている。

 今や勇者達は完全にレイに言われた通り行動している。

 レイが彼らに教えたのは、『人間レイが生きていること』を前提にした冒険の進め方だ。


「フィーネも!今は切り替えるんだよ。宿に泊まったら何かが起きるんだから!」


 彼らもRPGの街歩きのやり方を学びつつある。

 そして彼らは確実なゲームクリアを目指している。


「うん。そうよね。レイが見てるかもしれないものね。」


 レイはあくまで、自分が居なくても・・・・・、彼らが安心安全、確実に魔王軍と戦えるように教えてきた。

 そして大事なのは、ソフィアの助言を受けた後ということ。

 ソフィアに言われたから、細部までは教えていない。

 あくまでRPGのいろは、そして戦い方についてを教えた。

 ムービーを一から十まで教え、イベントを一から十まで教えたら、彼らは混乱するだろうし、レイが拾えていないイベントに遭遇した時に混乱する。

 更に万が一、イベントスキップが起きた場合に大混乱に陥る可能性がある。

 そして何より、彼らが成長しない。


 それは無事に実を結んでいた。


 だから彼らはイベントが起きる匂いを嗅ぎ取って、戦闘の準備を始めていく。

 まずは装備類を買い漁り、ちゃんとしっかり確実に装備を固める。

 そして道具屋で買ったアイテムを鞄にみっちりと詰める。

 宿が近くにあるのだから、最初から全力で戦える筈だ。

 だが、戦闘が一回とは限らない。それもちゃんと知っている。

 彼らは考えて、今できるベストな状況を作り上げていく。

 そして明日、何かが起きる。

 だから彼らの集中力が次第に高まり始める。

 食事中も戦いのイメージを湧きたてる。

 どの攻撃が確実か? どんなモンスターが現れるのか?

 考えすぎて損はない。

 レイは如何に生き残れるか、如何に確実にモンスターを仕留められるかをいつも考えていた。

 だから今度は自分たちがそれを引き継ぐ。


 ある者はレイに認めてもらう為

 ある者はレイに会いたいが為

 ある者はレイを助ける為。

 ある者はレイに恩を返す為。

 ある者はレイがどんな人物か知る為。

 ある者はレイに謝りたいが為に——


「じゃあ、明日の朝。おそらく何かが起きる。みんな、寝坊するなよ!」


 ——そして、ここにもう一つのスパイスが加わる


 レイは死んでしまったのか

 レイは恨みを持っているのか

 レイはあの時のままなのか


 各々の気持ちが錯綜する中、イベント戦が始まる。

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