第59話 作戦会議、そして

 レイは両手を頭の後ろで組み、うろんな態度で魔王軍のスケジュールに異議を唱えた。


「どういう了見だい?」


 新参者がやって良い態度ではない。

 だから、当然睨まれる。

 せっかく集まった百名の部隊長、つまり精鋭達の前で、彼はこんな作戦は意味がないと言った。

 彼の発言は魔王軍の精鋭にあるまじきものだ。

 ジュウとラビも彼の発言の真意を見極める為に見つめている。

 ワットバーンはまた自分に擦りつけられると感じているのか、今日は一回も目を合わせてくれない。


「あたしはあんたの悪どいところが気に入ってんだよ。この計画の意味を全く理解できていないようだねぇ。ここまで来て撤退してどうする?やっぱりあんたはワットバーンの言うように欠陥品なのかもしれないねぇ!」


 エルザが言い返してくることは分かる。

 でも、その作戦は彼にとって意味がないのだ。

 そんなことを言ってしまったらシナリオ自体、無意味になってしまう。

 だから、シナリオ自体を否定するつもりはない。

 

「宿を襲わせて、寝ている勇者達を目覚めさせるねぇ……」


 これはエルザと勇者を再び対面させることが目的のイベントだ。


 ——だったら、港町を襲う意味はない。


 意味があるのはムービーイベントのみ。


「撤退とは言ってないんだが。はぁ……、イベント管理しているから気付いているのかと思ったら、そこから説明する必要があるのか。」


 レイの記憶ではこうだ。

 勇者が宿に泊まると村人が魔族の侵入を知らせる。

 そして宿を出ると、モンスターとのシンボルエンカウント戦が始まる。

 つまりキャラクターをうまく操作して当たらなければ戦闘にはならない。

 勇者が港町の端に行くと、そこにエルザが居る。

 そこでムービーが始まる。


 つまり、勇者パーティとエルザを引き合わせるだけで良い。


 ちなみにムービーはカットしてはならない。

 エルザとの出会いはミッドバレー村だが、あのイベントはカットしてしまったからソフィアに疑惑が掛けられた。

 だから、ソフィアを潔白にする為にも、このムービーを勇者に見てもらう必要がある。

 レイはあの時、ここから先は二重の記憶に悩まされることはないと言った。

 でも、ソフィアの名誉は守りたい。

 それに、あの約束はレイが人間として留まった場合にのみ有効だ。


 ゲームのトリックスターはいつだってプレイヤーなのだ。

 

「俺はやり方が違うと言っているだけだ。撤退しろなんて言ってない。」

「おい。新入りぃ。エルザ様に向かって口の利き方がなってねぇぞ!」

「あ?」

 

 だが、レイは一言で外野を黙らせる。

 見えない壁がなければ、どうということはない。


 彼が考えていることは簡単だ。

 村人の犠牲は出来るだけ避けたい。

 そして、自分が参加せずに済むにはどうすれば良いか。

 この二点だけ。


 彼にはまだ、彼らと会う心の準備ができていない。

 あのメッセージが伝わっているかも疑わしい、だから遠くから観察したい。


「じゃあ俺から説明しようか?この作戦が目指しているのは、勇者の力を確認すること、それが一つ。」

 

 だが、フラグを管理すれば、ある程度イベントのコントロールはできる。

 ゲームなのに知性を持ったモンスター、彼らに何をどう言えば納得してもらえるか、考えながら話をする。


(っていうか、ネズミとかイノシシとかと知恵比べって……)


 そもそもエルザはまだ戦わない。

 いつもの顔見せ、モンスターばらまきイベントだ。


「もう一つが勇者にエルザ様の偉大さを認めさせること。それくらいしか考えていないんだろ?……だから、幹部になれないんだよ。てめぇらはな。」


 ここに集まった精鋭では勇者に勝てない。

 レイはアルフレドにどういう行動をとれば良いか、経験値上げにはどうすれば良いかを、仲直り後にレクチャーし直した。

 つまりアルフレドのコントロールを彼が間接的に行ったということ。


「あんだと?俺は百匹隊長だぞ?てめぇはあれか?三匹大将か?」


 今の世界が何なのかは分からないが、ゲーム内であることは事実だ。

 彼らは『レイの戦い方』でラスボスまでいけるように指導している。

 そんな彼らは強い。だからレイが取るべき選択肢は彼らに会わないことだ。

 だが、ある程度の足止めが出来ないと、悪魔レイまで容易く辿り着いてしまう。


 これらを踏まえて、彼らを誘導できれば、魔族として安寧に生きていける。


「百匹隊長殿?お前はチョリソー町に行った事ないだろ?あそこは城壁が低い。それに殆ど崩れたところもある。町の中から外の景色をしっかりと見ることが出来る。」


 さて、どうすれば彼らを導けるか。

 魔族として。


「じゃあ、どうして大所帯を少人数に分けて戦う? 港町の外で待ち、それこそ『全員で』勇者と戦えば良い。勇者は後ろの港町を守らなければいけないから、後手に回らざるを得ない。その方が大迫力だし、なにより魔王軍の畏怖を多くの人間に知らしめることができる。っと、俺の悪い癖だな。……ワットバーンに迷惑をかけちまいそうだから、今はこの辺にしておくか。」


 因みに、勇者御一行はチョリソーイベントの後、この魔王軍駐屯地・ヴァイスに来ることになる。

 そして、ここでエルザの妹アイザを六番目のヒロインとして迎える。

 だから、港町イベントはムービー解放するだけで良い。

 その間にレイは自分自身の身の振り方を考える。


 彼らとの再会にはまだ早すぎる。


 そして、魔王軍の彼らの反応は。


「兄貴……、それ……、めちゃくちゃ卑怯じゃないですかぁ‼」


 来た。

 左隣にいたジュウのこの発言は有難かった。

 コマンドバトル方式は言わば、「やぁやぁ我こそは!」と名乗り出るような戦い方だ。

 今の魔王軍では話にならない。

 今のアルフレド隊は強い。

 相手の死角から置き魔法するという卑劣な方法を誰かのせいでやってくる。

 敵を誘導し、一か所に集めて強力な魔法やスキルで一網打尽にする方法も誰かのせいで使ってくる。


 今のままではまず、負ける。


「本当だ!なんて卑怯な戦法だ! エルザ様を餌にして、村の外に勇者達を誘き出して、数の有利で蹂躙する……。なんて卑怯な手を思いつく外道なんだ!」


 ジュウの言葉が周りにも伝播していく。

 従来の一騎討ち方式から奇襲戦術への切り替えは、彼らにとって邪道である。


「あれ……、でもなんかぁ、それが魔族って気がするよぉ? ウチはぁ、昔、勇者共が悪魔じみた戦いをしてるのを見た気がするぅ!ウチ、その時にレイに助けられたんだよぉ!」


(それは俺の奴!……いや、俺が魔族を助けた話だから、逆にアリなのか?)


「貴様はあの勇者共を裏切った。だからその手口も知っていたという訳か。ふーん。成程な、それならば納得がいく。彼奴らに看板を奪われたとあっては、魔王軍もたかが知れていると……。貴様の考えは理解した。だが、それでもあたしのやり方で行くよ。あたしにはどうにも気になることがあるんでね。」


 結局、レイの案は不採用となった。

 見えない壁を持つ四天王様には抗えない。


「ま、俺はただ意見をしただけだよ。エルザ様のそして魔王軍の矜持に口を出すつもりはない。」

「あぁ、助かる。では、次の議題に移るか。ここからはワットバーン、宜しく頼む。」

「は!」


 その言葉で会議は通常運行へと変わった。

 中間管理職ワットバーンさんは、別の議題も用意していたらしい。


(魔王軍の戦い方もゲームに則ってのこと。また拗らせることになっても嫌だしな。それにしても……。——なるほど。この戦いにはそういう意味もあったのか。)


 作戦指揮官の言うことには逆らえない。

 何度も言うが、彼女には見えない壁がある。

 それに、行ったこともない港町、会ったこともない人々に、そこまで思い入れはない。

 出会わない限り、彼らは結局ゲーム内のキャラ、モブでしかない。


「さっきの作戦もなかなかアリだったよな。」

「あぁ。まぁ、俺達なら余裕っしょ」

「コラ。お前達。砦の管理の話し合いも聞け!相変わらず、食料の管理が杜撰だぞ。先ずはそこから——」


 今、ノーネームモンスターとネームドモンスター・ワットバーンの声がした。

 ここでレイは些か感動を覚える。

 ワットバーンの声は日本語にも聞こえる。

 ほかのモンスターも日本語には違いないが、恐らくモンスター言語で喋っている。

 つまり、魔王軍でもどうにか生きていけそうだ。


「兄貴。やっぱ兄貴は器が違うっすね!」

「うんうん。レイはウチの命も救ってくれたもんねー!」

「そこ!私語を慎め!っていうか、全員!ちゃんと会議に参加しろ!戦うだけが我々の仕事ではないぞ!」


(なるほど。モンスターとコミュニケーションって取れなかったもんな。でも、幹部クラスとは話が出来た。そこにも一定の法則があるのか。っていうか、レイモンドってこっちのが居心地良くね?)


 会議を聞き流しながら、魔人レイはエルザの様子をずっと観察していた。

 この先の彼女の運命を憂いながら。

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