第58話 魔王軍の作戦室
ヴァイス・魔王軍駐屯地。
白兎を思わせる髪の、つまり色違いのサキュバスバニーとジュウさんこと大ねずみ子爵十三世が、作戦会議室の後ろの方の席に座っている。
そして、二人に挟まれて置物と化している魔人レイ。
サキュバスバニーは白のコートにバニーガール衣装という、ある程度想像できる衣装の女の子。
ただ、デスモンドで出会えるサキュバスバニーは金髪である。
大ねずみ子爵十三世はシルクハットに燕尾服、それに杖を持った紳士ねずみである。
他にも同種のモンスターがいるので、見分けがつかない。
レイはトゲトゲベルトがアクセントポイントの黒いズボンを履いている。
膝からもなぜか
上半身は裸で、紫のマントを羽織るように、とエルザから言われている。
今はエルザ様待ち状態であり、ワットバーンが忙しなく資料のチェックをしている。
「お嬢ちゃんが兄貴の知り合いとは思わんかったなぁ……」
あの一件でジュウは兄弟分の上下関係をレイ=兄貴、ジュウ=子分と位置付けた。
たった一日で先輩から兄弟分に、そして子分になった。
そんな彼は舎弟になった瞬間から喋り方が変わった。
「デスモンドでサキュバスバニーに会いたいと思っていた、とはいえこの子とは初対面だよ。俺、サキュバスバニーを初めて見たからな?」
レイは頬杖をついて、ぼーっとワットバーンを眺めている。
彼は結構働き者でとても真面目そうなのに、あの時責任を全て押し付けてしまった。
心が痛むから、いつか謝りたい。
「もー!なんで気付いてくれないんですかー‼うち、あの時も何度もアピールしたのにー!」
サキュバスバニーの少女は真っ赤な瞳を半眼にして、ぷくぅっと頬を膨らませている。
「アピールってずーっと俺の脇腹にタックルしてただけじゃん。タックルって言ったら、俺はイノブータン系しか思い浮かばないんだが。そもそも人型のモンスターってあっちの世界はカジノだけ。あー、ミッドバレーでデーモンも見かけたっけ。フィールドだとこっちの大陸にしかいないぞ。あとは幹部クラスしか記憶にないからなぁ……。ゲームとして存在は知っていたけれども……。隠れモンスター……だったら俺が気付く筈だし。」
少女は半眼を止めない。
だが、諦めたのか、はぁ、と溜め息を吐いた。
「仕方ないなぁ。一回しか言いませんよー? レイさんはぁ……、ウチのぉ……、——命の恩人なんです!」
「命の恩人への態度とは到底おもえんけどな?それよりワイ達、兄貴のお陰で大出世したんですよ!伯爵家に戻れるかも知れないんすよ!」
彼の言っていることは公式設定にはない。
多分、名前を考える時にゴロが良かったからそうなっただけだ。
実際、このゲームにはおおねずみ伯爵は登場しない。
ただし、ネームドボスとしてねずみ王チューリッヒは実在する。
チューリッヒが王なら、という意味で子爵に位置付けられたのかもしれない。
ただ、それがレイにとっての大ヒントとなった。
つまりモンスターにはそういう関係図が存在するということだ。
勿論、このゲームでモンスターは仲間にならない。
だが、もしもキャラデザイナーがこの世界に進化という概念を抱いていたなら……。
「イノブータン……、チョトマテモーシン……。豚系しか思い浮かばない……。いや、他にも……。そうか、分かった。そういえばそうだ!お前……、あの時のイエローコウモリんか!いやぁ、助かって良かったなぁ!正直、あの森は大変そうだったからなぁ……」
「そうなんですー!ウチもあの後助かるなんてー、……って、違いますし、知りませんよ!誰ですか、それ!そもそもウチのどこにコウモリ要素があるんですか‼」
「兄貴ぃ。流石にそれは無理がありますよ。」
モンスターとして生まれた者はモンスターに関しての知識を持っている。
ただ、レイは人間ベースなので、人間の記憶を持っている。
そういう違いがここにある。
因みに、「こんなこともあろうか」と、自分のエゴで魔物を助けていた。
裏で百匹以上は、良い感じに逃がしている。
だから、全然見当がつかない。
だから、当てずっぽうで聞いてみる。
「俺が最初に助けたモンスター、それはトリケラビットだ!……あ、そういう?トリケラトプスを連想して、突進を繰り返していたのか。……って分かるか! そもそも、トリケラトプスの頭どこ行ったんだよ!だから違うか……、ん?その顔。正解ってこと⁉」
「うう……。そこを聞いちゃいますか……。実はあの時は私、被り物をしていたんです。実はあの頭は母の頭部で、私はその母のかた……」
「はい、そこでやめようか!うんうん、大丈夫。進化はロマンだもんな!」
レイの脳内の触ってはいけないセンサーが発動した。
ラビットがトリケラトプスに成長する、考えてはいけない。
進化とはそういうもの。
「え。信じてくれたんですか!」
「信じる信じる。よし、分かった。そろそろ名前を考えよう。サキュバスバニーもトリケラビットも種族名だから紛らわしいしな。『ラビ』でどう?前の種族名から取ってるけど、今だって同じような意味だ。」
ラビはそれを聞いて、満足そうに耳を揺らした。
そしてその言葉と同時にエルザが姿を現した。
「兄貴、そろそろ会議が始まりまっせ!」
◇
魔王軍が駐屯地を構えるヴァイスから西へ100km進んだところに、寂れた港町であるチョリソー港がある。
実はそこに勇者御一行を乗せたフェリー・ドラステ号が辿り着く。
エルザの説明により、レイは彼らがまだこの大陸に上陸していないことを知った。
そしてそれは考えてみれば当然の事だった。
人間が多く住む西の大陸に魔物が突然現れる。
勇者がファストトラベルを使えるとはいえ、先に進むには徒歩、もしくは車移動しかない。
これもイベントのご都合主義と言えば終わりだが、レイは死んですぐにアーマグ大陸の医療研究施設に送られたことになる。
ゲーム内ではローディング時間だけで済んだ航海も、この世界では船で進まなければならない。
しかも結界だらけの海だ。
少なくとも二週間は掛かるのだという。
だからレイがチューブから解放された時には、彼らはまだ海上にいたことになる。
「いいかい?これからメビウスの使徒がチョリソーに到着する。そこからがあたし達に出番だよ。」
そして彼女はプロジェクターを使ってスクリーンを照らした。
そこには彩られた縞模様の一本の棒グラフが映し出されていた。
「え……。なにやってんの?」
レイはそれを見て、つい声を漏らしてしまった。
一本の太い棒グラフがカラフルに縞模様で彩られている。
だが、その縦軸はどう考えても時刻表だ。
更によく見ると、これは勇者様御一行のタイムスケジュールだ。
ご丁寧に着港から宿へのチェックイン時間まで記載されている。
「なんだ、銀髪頭。これが何か分からないのか?」
エルザはレイが漏らした声を耳聡く拾った。
勿論、レイもそれが何かは分かる。
でも、それを何故、魔王軍がプレゼンテーションしているのかが、分からない。
「予定表っていうのは分かるけど、なんで宿に泊まることまで分かるんですか?って意味の疑問なんですけど……」
レイのその言葉にエルザは声を失った。
いや、作戦会議室全員が声を失ったと言ってよい。
そしてエルザはため息を一つ、そしてレイを指差した。
「お前が分からなくて、どうする。考えてみろ。一週間以上船に揺られているのだぞ。しかも結界の中を進むため、船は蛇行で進む。人間ならば、降りた瞬間に地面がゆらゆらと動いている錯覚に陥る。そして最悪船酔いによる体調不良が起きているかもしれない。しかも六人もいるのだ。一人くらいは本当に体調がおかしくなっているかもしれないではないか。優しい勇者殿ならば、一度休んでいくか……。いや、俺が添い寝してやろうか?というイベントが起きてもおかしくはない。貴様は人間あがりだから知らんだろうがな、勇者の行動予測を専門に行うチームがある。そして、それこそが魔王学の真髄だ、馬鹿者!」
(優しいかよ!お前ら、実は勇者のこと好きなんじゃねぇのか?毎回勇者のイベントフラグを待ってくれてたのかよ! そうしないとゲームとして成り立たないんだけど!)
実際、エルザ、アズモデ、ゼノスは、勇者がこの地を目指すように導いている。
ドラグノフはバッドイベント戦だからここでは除外だ。
ロールプレイングゲームとは、テーブルトークRPGがルーツである。
だから本来ならば、ゲームマスター、それに登場人物には中の人がいる。
主人公を除き、他のキャラがゲームシステムが成り代わっているのがビデオゲームのRPGだ。勿論、MMORPGなど、多人数の中の人がいるゲームもある。
だが、ソロプレイ用のこのゲームでそれを語ったところで意味がない。
JRPGは御伽噺のように、一人の勇者と仲間たちが魔王軍と戦う図式を好む。
ここでレイに寒気。
(つまり、魔王軍がイベントを待っている?)
進行上、魔王軍が管理していると考えるのが自然だ。
逆に言えば、勇者が特定の行動を取らなければ、魔族は動かない。
それはゲームという理屈を考えれば理解できるが、こうもあっさりネタバレをされると気持ちが悪い。
(でも、それならエミリのイベントカットも説明が付くか。エミリの家にコブリンを送ったが、俺達が早く行動してしまったとか?……なんか寒気が)
寒気の理由は分からない。
「着港前を襲えば」と思ったのが寒気の理由かもしれない。
彼女の言う通り、中で勇者達が疲弊しているのであれば、アルフレドたちが危うい。
するとやはり、世界は終わる。
「いや、そのことを聞いているのではないが……。その下の魔王軍のスケジュールに疑問を持っただけだよ。そこに書いてあるのって、チョリソー港町を襲うだよな?それはどうなんだろうか。それ、卑怯な手だよな?魔王軍は強大で恐ろしい。生きている人間は多い方がいい。俺はそう思っただけだ。」
魔王軍がイベント管理をしているのなら、こちらからアルフレド達を助けられる。
レイはなんとなく、そう考えていた。
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