第57話 レイモード復活

 魔人レイが勘違いして暴れまわっている頃。

 大ネズミモンスター・ジュウが待つ長い列で騒動が起きていた。


 試験会場で彼が試験官をボコボコにしていることを彼らは知らない。

 そんな中、ジュウの後ろから魔物の怒鳴り声が響いた。


「あぁ?なんだぁ? おい、列あんだろ! 」

「ごめんなさーい!あとで謝りますから!」

「謝って済む問題じゃねぇぞ‼魔族は列を守るもんなんだよ‼」

「分かってます!きっちり真横に並ぶ、ですよね!」


 疾風の如く動く何か。

 真っ白い髪に同じ色のぴょんと跳ねた耳。


「でも、今は急いでるんです‼」


 白い突風を思わせる何かが、魔物の群れを掻い潜り、時には飛び越して、面接室の扉に向かっていた。

 そしてその白い魔物は『ジュウさん』も飛び越えようとする。

 ただ、そこで白い突風は突然動きを封じられた。

 ジュウさん、実は意外と強い。

 いや、MKB部隊はアーマグ大陸の部隊だ。

 西にあるエステリア大陸のモンスターと比べてはならない。

 大ネズミモンスター中でエリートクラスの実力を持つ大ねずみ子爵13世。

 彼はゲーム中盤で戦わせたら、ソコソコ鬱陶しいのだ。

 一子相伝のスキルを持つ、8匹の子爵13世が並ぶから、だが。


「ちょいと待ちな、お嬢ちゃん。今、俺の連れが試験中なんだ。どんな事情があるかは知らねぇが、今は待ってくれねぇか?俺はあいつの足を引っ張りたくない。あいつぁ、きっとでけぇ魔族になる。」

「でも!ここで受かっちゃったら、もう会えないかも!だから——」


 バン‼


 その時、面接室の中で大きな音がした。

 レイがアークデーモンにド派手に空中空手チョップからの一本背負いを喰らわせた音だ。——結局、物理で殴っていることはさておき。


 外で待つ、彼と彼女には異常が発生したようにしか思えなかった。


「どうしよ!行かなきゃ‼」

「ちょ、ねぇちゃん!……仕方ねぇ。俺も行くか。相棒のピンチかもしれねぇ」


 これだけ長蛇の列があったにも関わらず、これほど大きな音は聞こえてこなかった。

 つまり、異常事態。

 少女モンスターは、その隙に飛び込んだ。

 そして、大きなネズミも仕方なく面接室へと潜り込む。


 ただ、中で起きていたことは。


 少女ははそこで銀髪の悪魔と、床に寝転がるアークデーモン二体を見つけた。


「やっぱり、あのひと……」


 いや、彼女の目には銀髪の悪魔しか映っていなかったかもしれない。


「お前、一体何が目的だ!魔王軍に楯突くつもりか?そもそも人間だったというじゃないか。噂ではドクズという話だったが、報告書には品行方正には問題無しとある。やっぱりおかしいと思ったんだ。お前はこうやって人間を裏切った。……ん?それはそれで合っているような気もするが、……いやマロン様達にも同じように。人間の頃のような厭らしいことをするつもりだったんだな?」


     ◇


 レイは今の状況に違和感を感じた。


 一発投げれば終わりかと思っていた。

 けれど、彼らは何度も立ち向かって来たので、何度もねじ伏せた。

 結局、アークデーモン二体は気を失ってしまった。

 殺していない自信はある。

 彼らは倒されたら、いつもどこかへ消えていた。


(だが、おかしい。こんなにしっかりと襲い掛かるのか?)


 全員に行っていたのなら、不採用だったモンスターは怪我をしていた筈だ。

 そもそも、彼らはいつまで経っても合否を言ってくれない。

 そして最後には楯突くだの裏切りだの、難癖をつけて来た。


 確かに魔族に肩入れをするつもりはない。

 MKBには目をつけてもらいたい。

 その気持ちは確かにあった。

 でも、派手なことはしたくない、とにかく目立ちたくない。


「さぁ、お前の目的を言え!あの方も見ていらっしゃる!」


 その言葉を銀の悪魔は地獄耳センサーでキャッチした。

 やはり、見ていらっしゃる。


「目的。決まっています。マロン様、カロン様、ボロン様をお守りすること。マロン様たちの護衛を募集してたんですよね?それにその資料は誤解です。みんなのアイドルに疚しい気持ちは持たないです。ちょっとだけ、期待はしてますけど!公私混同はしません。……これ、合格でいいですよね?」

「またそれか!なんで、歌姫様⁉今、歌姫様の護衛は募集してねぇよ!」


 銀の悪魔、圧倒的勘違い。

 彼は漸く、ここで気が付いた。

 二体のアークデーモンをぶん投げて気が付いた。


「魔王軍強化部隊を管轄されているのはエルザ様だ!……いや、だが。戦力は申し分ない。それに裏切りではなく歌姫様狙い、歌姫様の護衛としてアピールしていたのなら、悪いことではないか。……先のことは目を瞑るとしよう。それで? 最初の質問だ。お前は魔王軍強化部隊にどうして志願したんだ?」

「——え?魔王軍強化部隊?いえいえ、マロン様、カロン様、ボロン様、略してMKB。良いですか?略してMKB。ここ、MKBのスタッフ募集ですよね?」


 レイの背中に冷たい汗が流れる。

 魔族も汗をかくらしい。


「MKB!魔族!強化!部隊!だ!MKBの戦士の募集だ!それで、お前の意気込みを聞かせてくれ。歌姫様以外で頼むぞ。」


(キャラデザの人、あの同人誌読んでねぇじゃねぇか‼しかも、よりにもよって、エルザの部隊だと⁉ めちゃくちゃ前線部隊じゃん!アーマグイベントの最初じゃん!まずい……。これは大変まずい。ここに入ってはダメだ。前線の拠点、ヴァイスに連れて行かれてしまう! 勘違いでしたで済ますか? でも……アークデーモン二人も失神させたしなぁ。何を言えばいいんだ?考えろ!俺はこれまで数々のイベントを……失敗してる。でも、ここで挽回するんだ。 どうすれば、今の状況を——)


 その瞬間、レイの脇腹に軽い刺激が走った。

 そして魔人に思わぬ変化が起きる。

 突然、両手を鷹揚に掲げ、片方だけ眉毛を上げる。


「はぁ?てめぇこそ、何言ってんだ?さっきから聞いてりゃ、意気込み意気込みってよぉ。我はあの屈辱を以って魔の波動が顕現しぃぃ、我が魂が異界の真理の深淵に触れたぁぁ。そしてぇぇぇ、その我が力はぁぁ。魔の王も認めざるを得なかった代物ぉぉぉ。即ちぃぃぃ。我は再びこの世に混乱をもたらさんと降臨したぁぁ。ならばぁぁ我こそが魔王ぅぅぅぅ。エルザもアイザも歌姫も全てが我の妃だぁぁ。これが魔道ってもんだろうぅぅ?」


(はぁぁぁぁぁ⁉ 俺、何を口走ってんだ?さっき想像した、俺がもしもレイモンドだったらの奴じゃん‼——て!今、脇腹に何か刺激があった? ちょっと待て、これって……)


「おおおお、お前……、一体、今何を口走った?巻き舌で些か聞き取れなかった部分もあるが、自らを魔王と言ったのか?魔王様を愚弄するなど、流石にあってはならない行為だ!」


(そうです、その通りです! 本当にすみません。っていうか、この白い女の子? サキュバスバニーの子供?なんで俺の脇腹にピンポイントタックルしてるの⁉)


「 ちげぇなぁ。一番偉い奴が魔王なんだろ? 俺はまだ復活して間もないにも関わらず、魔王軍強化部隊のアークデーモン二体も、のしちまったみてぇだなぁ。あー、待て待て。言い方を間違った。こういう場合の定型文があったよなぁ。あれぇぇぇ?俺、なんかやっちゃいましたぁぁ?」


(やっちゃってるんだよ!違う意味で‼俺はまだ目覚めたばかりで右も左も分からないんだよ‼っていうか!この感覚。心当たりがあり過ぎる‼……これ、まだ終わってなかったのか。それはそうだ。 勇者パーティに仲間と認識されないとレイモードに突入しなかった。それはレイモンド役ではなかったからだ。でも、俺は強制的に軌道修正させられた。だからか、再びレイモードが出現した!……っていうか、さっきからタックルしてるこの子なんなの?)


 銀の悪魔は慌てて、白兎のような少女を抱えた。

 これ以上、脇腹に刺激を与えてはならない。

 これから巻き返せる自信はないが、流石に魔王に楯突くのはまずい。

 どのみち四天王以上の幹部はオーブ解放後がないと倒せない。

 そして、この世界は勇者が七人のヒロインを連れて、魔王を倒さなければ終わってしまう。

 だから考える。銀の悪魔は考える。レイは考える。

 そして閃きかけた。

 ただ、その前に女の声が割り込んでしまった。


「へぇ。面白いじゃないか。こいつの言っていることは間違っていないわね。魔族はくあるべき。そこは正しいんじゃないの?ワットバーン。」


(ワットバーン! こいつ、スタト村にいた奴か!アークデーモンの色違いだったのか。確かにあいつはエルザの部下だった。世間狭!っていうか、どうしよう。本物の四天王が出てきちゃった!っていうか俺ってさっき。……エルザに対してやべぇこと言ったよな?)


「だとしても、アイザを……、なんだって? どうして、数日前に魔族になったあんたが、あたしの妹の名前を知っているんだい?」


 エルザは金色の瞳を光らせて、魔人レイを威嚇した。

 そこで彼はある変化に気が付いた。

 魔族の力が使えるのか、今ははっきりとエルザの結界が見える。

 どれだけ叩いてもダメージが1Pも入らないのは、彼女に見えない壁があったからだ。

 ゲームならではのご都合主義的な見えない壁。

 向こうに行ける筈なのに禁じられている壁。

 勿論、シナリオの都合上そうなっている。

 フラグスイッチを押さなければ、世界が彼女を傷つけることを許さない。

 だから今は逃げるか、謝るか。それとも誤魔化すかしかない。

 だが、その道さえも呆気なく塞がれていく。


「おい、兄弟!幹部様に何を言ってるんだ!」


 レイの脇腹にジュウさんがタックルをかます。

 どうして、みんなピンポイントで脇腹を狙うのか。

 ただ、今回のレイは違った。

 どうせこうなることは分かっていた。

 だから今までとは違う動きを見せる。


「アイザ様のことは、こいつだ。このワットバーンってやつが言ってたぜ? まぁ、近くにいなきゃ聞こえないくらいの声だったが、俺の地獄耳には届いちまったみたいだなぁ。アイザ様はとても可愛らしいって言ってたもんでな。つい欲深い発言をしちまったんだろうよ。ワットバーン、こんなにも妖艶でお美しいエルザ様でする発言ではなかったんじゃないかぁ?そもそも、エルザ様を差し置いて、妹様に目を向けるなど、とてもとても。そもそも今日は貴女様の顔が見たくて顔を出したっつーことだ。」


 ついにレイモードを受け入れた。

 いや、『悪こそ正義』の世界だからこそ受け入れやすかった。

 知り合いがいないから、はっちゃけられる。

 恥ずかしがらずに、ロールプレイが出来る。

 エルザは美しい、レイモンドならこれくらい言った筈だ。

 

「ただ、予定が狂っちまった。俺はどうしても戦うと熱くなっちまう。そのせいで記憶が曖昧なんだ。どうやら、この二人のアークデーモンにも俺はやりすぎちまったらしい。……それにしてもぉ、おかしいよなぁ。俺の記憶じゃあ、先にかかってきたのはこの二人だ。そのせいで俺がキレちまったとしたら、悪いのは全部この二人、いやぁ、差し向けたワットバーンが悪いんじゃあねぇかぁ?俺もなぜか手が痛ぇしよぉ……。ワットバーンさん、この落とし前どうつけてくれる?」


 その全ての責任をワットバーンに押し付ける。

 人でなしの所業であり、レイモンドらしい発言だ。

 ただ、その行為は実は自分の首を絞めるもの。

 

「ふーん。そうかいそうかい。ワットバーン、そうなのかい?」

「い、いえ。私はそんなこと……一言も。第一、この男は……その……」

「もういいさ、ワットバーン、この男、合格だ。」


 そう、魔人レイを一歩前に進ませる行為。


「明らかな嘘、それを強引にあんたに押し付ける度胸を持っている。面白い男じゃないか、あたしのとこで面倒を見てやるよ。あんたもこの男くらいのふてぶてしさを身につけたらどうだい? おい、銀髪頭、その小脇に抱えてる二人も仲間なんだろ? 奥に進みな!」

「は、はい。」


 既にレイモードは切れている。


(それはそうだ。俺が悪の道を進んでどうする!)


 心の中で頭を抱えながら、彼は両脇の小柄モンスターを抱えた。


「絶対にやってしまった。悪い方向に……」

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