ゲーム後半~魔王軍編~

第55話 悪魔降臨

 薄暗く、カビ臭い……。


 いや、そんなこともない部屋の中、一人シクシクと泣くものがいる。

 「辛い……、辛い……」という声もそこから漏れ出ている。

 「怖いよー、怖いよー」という声もそこから漏れ出ている。


「って、めっちゃ痛かったしぃ‼ あんなの……もう……勘弁してくれよ……。あれだけ頑張ったのに……。あれだけ回避しようとしてたのに……。もう、会いたくない……。勇者とはもう、会いたくないよぉ……。俺、痛いことばっかじゃん!直ぐに殺せよ、ゼノス‼あそこに入った段階で死ぬのは分かってたんだよ‼」


 恨めしいと呼ぶべきか、心に傷を負ったというべきか、体育座りをしていた元人間の青年は、彼自身の銀髪を右手でふわふわと触っていた。


「……そして魔族として戻ってくるのも。『俺、悪魔で蘇るよ。』これ、伝わったかな? 俺は悪魔になっているから、レイモンドはもういないよー。って意味。探さないで―って意味、伝わったかな。いや、単純に縦書きに試してみたかったというのはあるんだけどさ。俺、もう関わらないよ?俺のイベントカットしても、多分大丈夫だし。痛いの、もう嫌だし。 ていうか、なんか頭の形状おかしくなってない? あん時ボコボコにされすぎたのか? んー、形状がおかしいというか……。やっぱこれはそういうことなんだろうな。ツノが生えてる……。でもなんかちっちゃくね?俺のツノ。それに犬歯がやけにでかい。人間サーベルタイガーじゃん。人間じゃないけど。これでちゃんと白米とか、おせんべいとか食べられるかな?え、ここってどんな食べ物出るの? さっき漸くチューブが外れたところだから、まだ何も食べてないし。ていうか!俺、死んだんだよなぁ。何回も言うけど、めちゃくちゃ痛かったぞ、あれ! 俺もう嫌だ! 死ぬほど痛かったぁ!あいつ、絶対楽しんでたしぃ!なんで末端からジワジワ削るんだよ!俺のいろんなところを切り落とすな‼いや、切り落とすなら一気にやれ!ていうか、頭を潰してくれ‼……っていうか、レイモンド!どんだけ死なないんだよ!大人しく最初の一撃で死んどけよ!レイモンドの真骨頂、悪運、生き汚い、なかなか死なない。はぁ……。それにしても、ここまで来てしまった。ついに魔族レイモンドの物語が始まってしまう。これはもう、ただの嫌な奴じゃないよ? 人類の裏切り者だよ⁉俺、ずーっと裏切るって言ってきたけど、ここからのことだからね?あのイベント回避に必死すぎて……、伝え忘れていたような。いや、喧嘩っぽくなったから伝え辛かったというか。本来はデスモンドの裏でこっそり人間として生きてるつもりだったし。」


 青年は流れていた涙を袖で拭った。ついでに犬歯から垂れた涎も拭った。


「咬ませ犬っていうか、鬱陶しいキャラのド定番。 『主人公に絡んでくる鬱陶しいキャラがやっと死んだと思ったら、魔王とか悪神の謎パワーを借りて復活して、またプレイヤーに鬱陶しいって思わせるパターン』のやつ。お前生きてたんかーい!ってやつ。死んで蘇っておいて、イケシャーシャーと出張ってくる奴だよ⁉ ねぇ、これってどんな気持ち? 俺、これからどういうスタンスで生きればいいの? あいつら絶対こっちの大陸に来てんじゃん! ばったり出会でくわした時どうすんだよ。 実は生きてましたって言うの? 俺、あれだけ死んでしまうからヤダってゴネてたのに?『死んだけど生き返りました!しかも魔族、人類の敵ですよ!しかも実は最初から知ってました!』って言うの?記憶だけ引き継いでますってだけ?違う、違う、俺は最初からそうなんだよ!一回死んでるの!レイモンドのくそ強メンタルが欲しいぃ」

「うっせーぞ!新入りー!」

「はーい。すんませーん。情緒不安定の例の発作でーす。人間が魔族に生まれ変わった時によくある奴だそうでーす。」


 人間が魔族に生まれ変わる、そんなケースはレイモンドくらいしか知らないが、先輩に怒られたのでとりあえず彼は言い訳をしてみた。


「ちっ、ならしょーがねーな。体、大事にしろよ。」

「優しいかよ‼」


 魔族、結構優しい。

 兎にも角にもまずは自己紹介をしておくべきだろう。

 彼の名前は元レイだ、元人間である。

 魔族によって勇者パーティからの裏切り者という設定で復活した。

 このゲームでは確か、かなりレアだ。というかレイしかそうならない。

 ちなみに悪魔としての名前は『レイ』。

 何も変わっていないが、生前、彼を知っていたと名乗るとある『スラドン』型モンスター魔物が、『変態紳士ジャスティス』、『SMマイスター』、『パンツ大好き太郎』というモンスター名を訴えたらしいが、全て却下されたと聞いている。

 確かに主人公のハーレムパーティを襲うモンスターだ、変態がいてもおかしくはない。


「っていう、結局ここまで来てしまった。でも、あの時アレをしなきゃ、勇者パーティが全滅してこの世界は終わっていた。今考えてもよく生きて……いや、一回死んだけれど。上手くいって、本当に良かった……」


 悪魔は少し寂しそうに微笑んだ。

 因みに、レイが言っていた裏切るとは、これを含めてのこと。

 あそこでレイモンドが死ななければ、悪魔レイモンドも役者が揃わないという理由でカットされる。

 彼はバッドエンドを避ける為とはいえ、人間レイモンドが死ぬイベントに自ら足を踏み入れた。

 ここから先はずっと裏切り者ターン。

 そして本当に本当に真の死が待っている。


「……問題はこのゲームが恋愛に重きを置いていることだな。幹部クラスとかネイムドキャラしか分からない。書き下ろしイラストがふんだんに盛り込まれた設定資料集、公式資料でも、魔王軍についての情報はかなり手薄だった。そもそもレイモンドってどのタイミングで出たっけ。確実なのは七番目のヒロインであるリディアに手を出そうとするシーンだが。……また、馬鹿なことをするな。」

「うるせぇって、さっさと薬飲め!」


 先輩に寝ろと言われたた、レイは再び考え事を始めた。

 というより、ヒロインに手を出すという言葉で思い出してしまった。


「……あの時は正直賭けだったよな。暗転シーンは年齢制限に助けられたな。エロシーンと思いきや、暗転してる中で俺がしてたのは腕立て伏せ。これは定番中の定番だ、この世界ゲームの意思の許容範囲だったってことだ。レイモンドを死なせるためのイベント。暗転中の出来事はそれぞれのプレイヤーで解釈してくださいってとこだな。……でも、ちゃんと出来て良かった。」

「おい、新入り。早く寝ろって言ってんだろ。明日……、お前も早いんだろ。」


 なんやかんや優しい先輩。

 彼は『おおねずみ子爵13世』という種族の大鼠種だ。

 レイは13世が300体以上いる姿を見ている。

 ツッコミどころ満載だが、同じモンスターが無限に湧くのは仕方がない。

 彼の言う通り明日は新人研修がある。

 レイは生き返った時、まだチューブに繋がれていた。

 そして生き返ったというのは実は誤りで、悪魔の力を宿したことによって肉体が変化し、超悪魔的変化が起きたと白衣のあの人、悪魔が言っていた。


(ムービーで俺の死に顔、めっちゃ睨まれてんだけど……。悪魔の超理論を出されたら何も言えない。悪魔の証明なんて言われても、そういう意味じゃないし)


 でも、正直そんなことはどうでもよい。

 人間だった記憶が引き継がれていることが全てだ。

 もしかしたら、あそこで本当の死を迎えていたかもしれない。

 そして、別の何かが中から生まれていたかもしれない。


『あの屈辱を以って内なる魔の波動が顕現し、我本来の魂が異界の真理の深淵に触れてしまった。流石に魔の王も我を認めざるを得なかったようだ。だからこそ、我は再びこの世に混乱をもたらさんと降臨したのだ!』


 本当のレイモンドはそう思ったかもしれない。

 死ぬ間際に向けられた元仲間からの冷たい視線で、絶対に復讐してやると心に決めていたんだろう。

 そして復讐心からのし上がる。

 それが鈴木Pが考えた完成という意味と考えられる。

 けれどレイは普通に人間に味方しようと思っている。

 だから『おおねずみ子爵13世』さんの優しさが痛かったりする。


「考えてもしょうがないな。この辺はあのプロデューサーがどれだけ関与しているか分からない。それにステーションワゴンと俺は全く関係がなくなった。……あれ、それじゃあ回避は簡単じゃね?俺が復讐に駆られなければ良いだけじゃん。」


 レイは患者用ベッドに寝かされている。

 じゃあ、どうしておおねずみ子爵十三世先輩が、近くにいるのか。

 彼も数日前に新たに誕生したモンスターだからだ。

 子爵十三世じゃないの?なんて思ってはいけない。

 彼は生まれた時から子爵十三世なのだ。

 ちなみに明日は彼も新人研修を受ける。

 レイは目を瞑って、さらに自分の取るべき行動を考え始めた。


「このゲームは恋愛要素がメイン。だから魔王を倒した後は恋愛イベントへと切り替わる。魔王軍がその後どうなったかは語られず、ヒロインとのラブラブストーリーが語られて終わる。エンディング後の一枚絵でさえ、ヒーローとヒロインの写真。つまり目立たなければ、ワンチャン生き残れる。……はぁ。なんか急に真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。俺、今からダラダラするわ。それだけで生き残れるんなら、ヒキニートしよ。戦ったら負けだと思ってます!」


 そしてレイは本当に眠りについた。

 悪魔はどんな夢を見るのか、そんなことさえ考えずにストンと深い眠りに落ちた。


     ◇


 次の日は体調のチェックから始まった。

 聴診器を胸に当てられるとひんやりとしてゾワっとする。

 魔族とは、すごく人間味のある体だったらしい。

 それよりも金髪で髪を後ろにまとめた悪魔、美人女医の胸元が気になって仕方ない。

 ちょこんと生えた黒のツノも可愛くて仕方ない。

 これは流石に色々と捗ってしまう。


「レイ、ちゃんと口を開けなさい? 」


 レイが彼女の胸元ばかり見ていると、彼女はレイを覗き込むようにして注意をした。

 そして彼が口を開けると喉の奥のチェックもしてもらえた。

 それに目の検査、聴覚検査、胸部X線撮影もさっき受けたし……。

 え? もしかして、この会社、ちゃんとしている⁉

  新人研修で給料の話も出るのだろうか。

 もしや、ホワイト企業?


「はい。じゃあ、ズボン脱いでー。下着もね?」


(は? いーまーはー、絶対に無理ですよ?2mも身長あからそれなりに。……良し、三角関数について考えて——)


 別のことを考えようとした時、下半身が涼しくなった。


「うん。びっくりするくらい元気ね!この辺、ぐちゃぐちゃだったから修復には時間が掛かると思ったけど。逞しいわね。これなら大丈夫!」


(大丈夫じゃないです!家庭用ゲーム機では絶対に何らかの修正が加えられます!……ってか、魔族の医療、やべぇ。あんなとこやこんなとこまで、元通りになっちゃった。)


 ——因みに彼女達がレイの体の修復をした魔族でもある。


「君の場合は特別なの。これだけ綺麗に修復するのは稀なんだから、大事にしなさいよ! はい、おしまい!」

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