第52話 予期していた最悪

 レイがこの怪しい大人のおもちゃ屋さんで働き始めて、そろそろ三日目だ。


 彼の朝は早い。

 まずは外の掃除から始まる。

 だからレイは今日も早朝に目を覚ました。

 まだ日が昇るかどうか、東の空が白み始めている頃合いだろう。


「さて、オスカーにガンガンどやされる前に、掃き掃除してくるか。……三日か。流石にもう出航しちまったかなぁ。やれやれ、これでレイモンドルートはおさらばだ。後は、平和な世の中になるのを待つだけ。なんだかんだ、あったけど。ま、これはこれで面白かったな。」


 レイは少し寂しそうな顔で寝巻きから、いつもの制服に着替えた。

 制服が着れるだけで、ずいぶん違う。

 今まで着ていた麻の服はもうぼろぼろで、ただのホームレスにしか見えない。

 それに、早朝ならばマスクドパンツマンになる必要はない。

 たった一日でオスカーはレイを認めてくれた。

 だからボスは朝から寝ている。

 それにいつもはただの道具屋にカモフラージュしている。

 だったら寧ろ、人間のレイがやった方が良い。

 もちろん頭にパンツはかぶっているけれど。


「ちょっと早すぎたかな。まだ薄暗い。っていうか普通に暗いな……」


 レイの時間感覚は正直、期待できない。

 彼は勇者パーティを鍛え上げる為、ほとんど寝ずに活動していた。

 ロケハンも再開したし、魔物の倒し方の研究も忘れていなかった。

 そこでレイは朝日を背にした眩しい少女を見つけた。


「ん? なんで……?」


 朝日を背にしているから、鮮やかなピンク色がキラキラしていてとても綺麗だった。

 彼が知っている、桃色の髪の少女が立っていた。

 そして彼をじっと見つめている。

 だから彼は少女の元に歩いていった。


「どうしてここにいるんだ? まだ行ってなかったのか? それともお別れの挨拶って感じ?」


 レイは考えうることを並べて少女に問いかけた。

 すると少女はにっこりと微笑んでこう言った。


「マリア、レイのことが忘れられなくて……。マリア、死んじゃうかもしれないから、最後に……その……。ねぇ、ちょっとここじゃ……、えっと、人気のないところじゃないと……できない……から……。ね? それ以上は乙女に言わせないで……」


 絶世の美女でもある桃色の少女が、しおらしく歩き始めた。

 レイはやれやれと思いながらも、彼女の後を追う。

 そんな彼女はどんどん路地の深くに入っていった。

 少女が歩いたら、絶対にただでは済まない道。

 でも、勇者パーティだから、問題ない。

 そして、今は使われているかどうか分からない、大きな倉庫に着いたところで、彼女は足を止めた。


 パサ


 彼女に上着が脱げた。


「あの……さ」


 パサ


 彼女は服をさらに一枚、一枚と脱ぎ捨てていく。


「レイ……、意地悪しないで。レイも……、その。いいでしょ?」


「はぁ。お別れなんだしな。俺も、もういいか。」


 彼は元々、ほとんど服を着ていないが、とりあえず制服の一枚を脱ぎ落す。


「ねぇ……、お願い。私を抱いて……。もう私……」


 少女が涙目でそう訴える。

 

 だからレイはゆっくりと少女に近づいていった。


 放っておいたら、彼女はもうすぐ裸になってしまうから、放ってはおけない。


「お願い、抱きしめて」


 直ぐ近くに彼女の顔がある。

 そして、彼女の顔を見て、レイは視線を落とした。


 スッ


 そこには銀色、そして青白く輝く鋭い短剣の柄部分があった、それが彼の脇腹近くに突き刺さっていて、シャツがみるみる赤く染まる。


 そして、……レイは地面に膝をついた。


「う……、痛ぇ……。……なぁ、まださ。俺の質問に答えてくれてない……よな。」


 いつの間にか、桃色の髪の少女は少し離れた場所に居た。


 そして、うつむいたまま動かない。


 だが、銀髪の青年はそのまま続ける。


「なぁ、どうしてお前がまだここにいる……、——フィーネェ‼」


 その言葉に少女はキョトンとしてしまった。

 そして、悲しそうなマリアの顔が歪んでいく。


 マリアの体は鈍色に輝きだした。

 桃色の髪は水色に変わる、そして全裸だったはずなのに、装備を整えた美少女へと変わっていく。

 切なそうな顔など1mmもしていない、そしてつまらなそうな顔の彼女は言う。


「なんだ……。バレてたのね……。ほんっとうに嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴‼‼‼」


 いや、つまらなさそうだったのは最初だけ。

 今は余り表現したくない顔で睨みつけている。

 だが、彼は淡々と続ける。


「賢者がレベル35で変化魔法メイクアップを覚えることは知っていた。でも、出来ればこんな日が来ないと願っていたよ。勇者アルフレドは?他の仲間はどこにいる?」


 フィーネのことは知っている。

 けれど、レイにはどうすることも出来なかった。

 もしかしたら、最初からどうすることも出来なかったのかもしれない。


「うるさいわねぇ!あんたに仲間呼ばわりされると嫌なんですけど⁉ でも、いいわ。貴方、もうあんまり強くないみたいだから教えてあげる。私の仲間なら車でぐっすり眠っているわ。それよりどう? 貴方のお得意の急所攻撃を受けた気分は。もっと痛ぶりたいところなんだけれど、私も忙しいのよ。だから、さっさと死ね‼こっちは急所に当ててんだよ‼」


 フィーネは他のヒロインの好感度がマックスの状態で、彼女だけ取り残された場合、稀にこういう行動にでる。

 因みに、その前にフィーネの好感度が高くなければ、当然こんなことにはならない。


「巨大爆炎戦塵斬!」


 フィーネが魔法とスキルの併用技を使った。

 レイが皆に、フィーネにも教えた戦い方た。

 彼女はレイにトドメを刺しにきたのだ。


「——⁉」


 だが、それは空を切る。

 本当に、どうすることもできなかった。

 本来、このイベントはアーマグ大陸に行った後に起きる、こっちでは起きないと思っていた。

 実際、設定上はそうなのだ、ここでは在り得ない。

 そして……


「自分が何をしようとしているのか、分かっているのか⁉フィーネ、俺が言ったことは本当だったってこと、分かっていたんだろ?」

「——分かってたわよ!そんなこと! でも、でもでもでもでも!あんたに私の気持ちは分からないわ!私の仲間はみんないい子よ。そしてすっごくあんたのことが大好き……」


 この間にもフィーネは容赦無く、剣を振るう。

 そして魔法を放つ、けれどレイには当たらない。


「死ね!死ね!なんでよ!なんで死なないのよ!あんたが言った強くなる方法。私は苦汁を飲みながら続けた。それに、あんたがずっと言ってた急所に確実に刺したはずよ⁉あれは嘘だったの⁉私はね、あんたが死なないと、ずーっと怯え続けて冒険しなくちゃいけないの‼私の仲間はみんな強いわ。でもね……、みんな、心ではあんたを仲間だと思ってる。きっとこの先も困難が待ち受けているわ。そしたら、みんな、あんたに助けを求めるじゃない‼‼」


 ……レアイベントの中でも超絶レアイベントだ。


 以前分析したように、この世界のイベントは勇者との繋がりはない。

 イベントスチルは基本的に彼女達しか映っていない。

 ヒロインの好感度が鍵になっている。

 そしてその好感度にベクトルはなかった。

 だから勇者以外のレイに対しても発生した。

 だから……、レイはエミリの、マリアの、ソフィアのイベントスチル、それと同じ光景を修行中に目にした。


「私は毎晩うなされるの!毎晩悪夢を見るの!毎晩あんたに犯されるの!だったら、あんたが死ねばいい……。それが一番世界のためだもの……。だから早く死になさいよ‼‼」


 実は、このイベントはレイモンドのイベント後にしか発生しない。

 これは本当にそうなのだ。あれがあったから、彼女はおかしくなる。


 だからレイも、途中まではこれは起きない、フィーネは単に好感度が低いだけと信じ込もうとしていた。

 けれど、今の彼女の言葉で、漸く理解ができた。

 そして、その前提にあるのは。


 ——彼女が最初からレイのことを信じていた、という事実だ。


 彼女は最初から、レイの言葉が、行動が、真実だと分かっていた。

 分かっていたからこそ、彼女は夢で何度もレイに犯されていた。

 だから、すでにフラグが立っていた。

 彼はそんな彼女の内面を、この日までの状況を知りつつも見過ごしていた。


 あり得ないイベントだ、それに条件がかなり難しい。

 

 このイベントはフィーネ以外のヒロイン全員の好感度がマックスにならなければ起きない。

 それはフィーネを含めた全員がマックスの状態から、フィーネだけの好感度を下げる事でも成立する。

 ただ、先も言ったように、レイモンドとのイベント後でなければ発生しない。

 キラリ以降はレイモンド無しでイベントが進み、全員のヒロインの好感度を最大にするのは、より難しくなってくる。

 だから、運の要素とフィーネを可哀そうなくらい追い詰める非情さがないと発生しない。


 ——そもそも、あのイベントはまだ起きていない。


 だから、自分に向けては絶対にありえないと思っていた。

 けれど、レイの予感は的中してしまった。


「悪い……。俺も知ってたんだわ。こうなるんじゃないかって。だから種ドーピングを追加しといたんだ。」


 レイは彼女の剣の動きを彼女の手首を掴んで制した。

 彼はそうではないか、と思っていた。

 だから、彼女の最初の一撃はレイの脇腹を掠めただけ。

 そう思ったから制服を一枚脱いだだけ。

 もしも彼女が言うように、レイがレイモンドだったらレイモードに突入する一撃だった。

 でも、今はレイモンドではないから、あれは起きない。

 だから、彼女は間違っている?


 ——いや、実はそんなことはどうでも良い。


 彼女はずっと苦しんでいた。

 でも、彼にはどうすることもできなかったのだ。


 経緯はいくつかあるが主に二つ。

 気付いた時には遅かったという経緯だが。


「デスモンド前の時点でのヒロインはお前を含めて四人。全員俺に対して好感度はマックスだったんだろう。だからお前はここに来る前、すでに『闇堕ち』していた。いや、もっと前の可能性もある。俺がフィーネに俺とお前の未来を教えた日。あそこでお前は闇落ちしたんじゃないか?あの時も条件が揃っている。でも、フィーネは頭がいい。その時点では俺を殺せない。車を誰も操縦ができなくなってしまう。それもお前がずっと俺の言葉を信じてた証拠だ。そして運転がいらなくなった後に『消そう』と虎視眈々と狙っていた。」


 フィーネの顔はまだ憎悪に燃えている。

 ネクタから脱出した時、フィーネは間違いなく、レイに惹かれていた。

 あの時点でエミリとマリアの好感度の高さは、レイにも分かっていた事。

 そして日を追うごとに好感度は高まっていった。

 本当の事を告げるなら早い方が良いと彼か思った理由がソレである。


「ゴメン。本当にゴメン。」


 真実を告げなければならないことは明白だった。

 あの時の彼は自分の事で手一杯だった。

 誤算はフィーネが自分が思っているよりも、自分の事を信じていたこと。

 フィーネが一番レイを知っていたし、理解もしていた。

 これは予想だが、レイを一番最初に好きになったのはフィーネだったのだろう。

 

「うるさい煩い五月蠅い!犯罪者が理屈を語るな!私を犯したくせに‼‼」


 その後、どんどんライバルが現れた。

 でも、彼女のプライドが自分の気持ちを押し殺した。

 そして、レイのカミングアウトで、彼女の心は揺らぎ、そして彼を信じる余り、彼女の中で、あのイベントは現実と相違ないものになってしまった。


 フィーネの中で、彼女はずっと被害者で、レイがずっと加害者だった。

 彼女は仲間の中で一番、レイの言葉を信じていた。

 だから彼女は敵どころか、ずっと彼の味方だった。

 信じてくれていたからこそ、こうなった。

 彼女が悪くないからこそ、このイベントはどうしても避けたかった。


 ——『闇落ちフィーネ』だけは


「フィーネの闇堕ち……。フィーネがとにかく言うことを聞かなくなる。そして、最終的に、気に入らないヒロインを殺すために別のヒロインに変身して殺してしまう。」


 だから、フィーネはずっと無意識下で崩壊を望んでいた。

 だから、ずっと反骨的な態度を取っていた。

 彼女が決してレイを許さなかったのは、彼女がずっと闇落ちしていたからだ。

 ゲームのシステムではあり得なかったから、レイはここに来るまで信じないようにしていた。


「そんな激レアイベントに出会えて幸運だよ……、とでも言うと思ったか⁉フィーネ‼これは完全にバッドエンドなんだぞ‼」


 その瞬間、街のどこかで爆音がした。

 フィーネが発したものでも、レイが発したものでもない。


「な、なによ……それ……」

「フィーネ、話は後だ。車の場所を教えろ!仲間が今、戦っている筈だ!」


 レイは限界ギリギリの跳躍をして、土煙が上がっている場所を見た。

 やはり間違いない。あのイベントが起きている。


「な、何訳わからないこと言ってんのよ! それよりもぉぉぉ」


 それでも襲ってこようとするフィーネ。

 でも、レイはそれを避けるではなく、急所を避けた肉体で受け止めた。

 彼女の身動きを取れなくさせる為に。


「大丈夫。俺は訳の分からないことを言ってんだよ。でも、この世界はそういうもんなんだ!こんなに優しくて、正義感の強いフィーネをここまで傷つけるんだ。闇落ちさせるんだ。そんなの失格だ。そんなパーティは『高が知れている』だから、ドラグノフが動き出す。『勇者も高が知れている』というイベントが発生するんだよ!」

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