第51話 デスモンドで平和を祈りながら暮らす
レイは一人、デスモンドを歩く。
ただ、そこでとあるものを見つけて仰天した。
「ま、まじ? 村と街の交易って遮断されてんじゃないのか? うー、目出し帽……。ない……。あれは車の中で俺には手の届かないところだ。」
掲示板に彼の人相書きがでかでかと貼られており、それによく似た男がその真隣にいるのは流石に不味い。
だから、彼はサッと裏路地に入り込んだ。
そして渋々ポケットからソフィアのパンツ、女王様マスクを取り出した。
まさか、ソフィアの言っていた通りになるとは、と思いながら彼はこの大都市の裏道を堂々たる姿で歩く。
マスクドパンツマンがあの人相書きの男だとは誰も思うまい、そういう風に自分を言い聞かせて背筋を伸ばす。
するとこの街の風景、特に路地裏の背景がよく見えた。
よく作り込んだなぁという印象を最初に持ち、そしてこの大陸には珍しい、やや近世風の街並みだな、と感慨深く見つめた。
「魔王軍四天王の四番目、爆炎のエルザ。三番目、疾風のアズモデ。そして二番手にして、俺を殺す者、竜王ゼノス。そして最後に破壊王ドラグノフ。魔王の幹部達は実はこの街、いやこの大陸に出入りしている。だからこの街は魔族と交易して新たな文化を手に入れた、そういう設定だったよな。」
これはリメイク後の設定ではなく、当初からある設定だ。
そうでなければレイモンドがフィーネを拐かすなんて不可能だ。
彼は魔族の力を借りることで、その凶行を成し遂げる。
「ただ、レイモンドが借りれたのは魔王軍直属って訳じゃない。魔王軍幹部は勇者を招き入れる習性がある。脳筋なのか、それともドMなのか……」
だからこの街の裏路地は少し歩くと魔族がいたりする。
そしてその魔族が人間達にいじめられていることだって普通にある。
これもRPGではあるあるの設定だろう。
だから彼は無いマントを翻し、悪いものを駆逐していく。
「おい、弱いものいじめすんなよ。」
マスクドパンツマンは多分正義の味方だ。
とりあえず彼の中でそういう設定になっている。
そう思わなければ、こんな姿で堂々と歩ける筈もない。
「あぁ? なんでってめぇ。ここは人間の街だぁ。魔族がどうこういうやつぁ、ほとんどいねぇよ!」
「プルプル、こわい……、人間こわい……」
スラドナイトは小さくなって震えていた。
ちなみにスライムに乗ったナイトではなく、スライムが人型になって革の鎧を着ているという設定だそうだ。
今まで勇者ファミリーで散々スラドンを虐め倒してきたことは、今のマスクドパンツマンには関係ない。
「おい、お前達。金で済む問題だろ。1Gやろう。飴を舐めて糖分補給をしなさい!」
そう言ってマスクドパンツマンは布袋を右手でつまみ、彼らの眼前でプランプランとさせた。
金で解決できるならそれでよい。
今は目立つ行為はしたくはなかった。
ただマスクドパンツマンはかなりケチだったらしい。
というよりお金の大半は世界の希望に託している。
いや違う。
1Gを笑う者は1Gに泣く。
「はぁ?たったの1Gって何言ってんだ? パンツ被った変態さんよぉ、命が惜しかったら……」
どうやら彼は言ってはならないことを言ってしまったらしい。
「成敗! このパンツを愚弄する者、悪鬼どもめ。お
そう言って、マスクドパンツマンは男達を失神させた。
そしてさらに路地裏を進む。
マスクドパンツマンの中の人が、路地裏しか歩けねぇと心の中で嘆いているが、それでも彼は悪を断つヒーローのように堂々とした態度で歩く。
すると彼の後ろからヒーローを呼ぶ声が聞こえた。
「ぷるぷる。あの……ありがとうございました。どこぞの英傑様!」
その声に彼は振りかった。
マントを纏っていないのが大変悔やまれるが、この姿でマントをしていたら通報されかねない。
今だってギリギリの窮地に立たされている。
「なーに、かまわんさ。こんなこと、祇園精舎の鐘の音だ。」
「ぷるぷる。諸行無常の響きあり……ですね?」
「ふ、なるほど。……そういうことか。では店に案内してもらおう。」
レイはあの掲示板を見た時、普通に生きるのを諦めていた。
当然、魔族に与し人間扱いを受けている。
だからといってマスクドパンツマンで生きられるほど、この世の中の人間は馬鹿じゃない。
つまり、彼が目指すは闇社会だ。
魔族と人間が交易しているという設定もある。
それに今のフレーズはゲーム内で魔族が経営する秘密のお店に行ける合言葉だった。
だから彼は変態……。
彼はヒーローになりすまし、人間に襲われるモンスターを探していた。
安全圏を見つけ、しばらく影を潜めることが、彼には必要不可欠だった。
◇
スラドナイトは器用にも外見を変化させて、今はその辺の人間と変わらない見た目になっている。
おじさん風の人間を選択したということは、スライムにも性別があるのか?としょうもない疑問を考えながら、彼は路地裏を進む。
さっきよりもさらに道が狭くなっている。
「今頃、試練を受けてんだろうなぁ。ま、あいつらなら余裕だろうな。一応今の所、革の鎧は出現しない。ってことは楽勝でガララライオンを倒したってことか。ヒッポヒポトトの対策も教えたし……。まぁ、アリゲーターガメは時間がかかるけど、アイテムたくさん持ってりゃなんとかなるし……。早くて今晩、遅くても明後日って感じかな。まぁ、リーダーに慎重になれって散々言ったから、宿屋には泊まるんだろうけど……」
レイは何か伝え漏らしがないか、無意識に口にしていた。
「お客人。同胞のこと、お詳しいんですねぇ。やはり私の見込んだ通りです。……あ、ぷるぷる、見込んだ通りプル。」
中年の男性に化けたスラドナイトが下卑た笑みを浮かべた。
「いや、人間に化けてるんだからプルはつけない方がいいぞ。それより早く案内してくれ。」
早くパンツを脱ぎたい……。
いや、この言い方は語弊がある。
マスクドパンツマンがただ歩いている、というつまらない風景を世に晒すわけにはいかない。
ヒーローは遅れてやってくるものだ。
そして彼はモンスターが経営している店に入っていった。
◇
禍々しいお店を想像しただろう。
けれど実は違う。彼が人間に化けているように、この店も人間が入っても問題ないようにできている。
魔族と戦うメビウス教の支部が一応この街にもある。
だから魔物たちは人間を装って生活をしている。
この店も一見普通の道具屋に見える。
じゃあ、どうして、この店主はいじめられていたのか、それは考察の余地を残す。
「なぁ、なんでさっきは絡まれていたんだ?」
「あー、あれですよ。合言葉も言わず、噂だけを聞きつけて惚れ薬を売って欲しいなんて言われたから、ただの滋養強壮ポーションを売ったんですよ。そしたら、『全然気かねぇじゃねぇか!』『セクハラで訴えられたわ!』なんて難癖をつけてきたんですよ。」
(そりゃ、怒るわ! ってか、俺、そんな詐欺行為を働くやつ助けたの?正義の味方とは? いやいや、待て……。こいつ、今何て言った?)
「なぁ、そろそろこの店の本当の姿の方を見せてくれないか?」
そう。
レイは知っていた。
魔物が店を開くということは人間にも需要があるということだ。
そして魔物を助けて行き着く先に裏カジノがある。
決して、そこにいるサキュバスバニーに会いたいからではない。
彼は裏側の人間だ。
そして腕っぷしも強い。
だからサキュバスバニー達の護衛……じゃない。
カジノが抱える莫大なサキュバスバニー……失礼。
カジノが抱える莫大な富、そして要人が抱えるサキュ——、要人の護衛こそが彼の天職に違いない。
ネクターの街でも、結局悪人ヅラが一番役に立った。
そして今はそれなりに腕も立つ。
ついに、このカジノは姿をあらわに……
「お客さんは辛抱たまらんというご様子。さすが英雄色を好むとはよく言ったものです。ではお見せいたしましょう。ようこそ我が『おとなのおもちゃ屋さん』へ」
「——は?」
その瞬間、店内が暗闇に包まれた。
そして壁に淡く光る怪しい文字が浮かび上がる。
『悪魔お手製おとなグッズのお店へようこそ』
「ええええ!違う!違う! そっちじゃない! いや、惚れ薬って段階で気付いてはいたけれども!」
「なにをおっしゃいますか。貴方はどこからどう見ても変態紳士様じゃないですか! そんなー、今更恥ずかしがらなくても、いいんですよ? どれにいたします? 大人のおもちゃ1、大人のおもちゃ2、大人のおもちゃ3、聖女の鞭、幻惑のお香……。なんでも揃っていますよ?」
(間違えたー! ここはソフィアの武器が手に入る方のお店だったぁ!しかもゲーム内表記では大人のおもちゃという言葉だけなのに、ここではリアルにそれだと分かってしまう!それに俺モンスターにも変態認識されているんだ、ふーん、そうなんだ。……っていうか、それだけじゃない。幻惑のお香?これってもしかしてゲーム中でレイモンドはこの店に入ったってことか?……いや、そんな筈はない。アレは魔族と関係していた。まぁ、もう関係ないか。別にカジノじゃなくても問題ないし……)
レイはそそくさとパンツと女王様マスクを外した。
そして彼の本当の目的を明かす。
「えと……、俺は本当はカジノに行きたかったんだけどな。用心棒として雇ってもらおうと思って。でもさ、さっきの見ると変なやつに絡まれたりするんだろ? 数日でいいから俺を雇ってくれないか?腕には自信あるぞ。」
店主はその言葉に落胆した。
ただ、彼には先ほど助けてもらった恩がある。
それに今、勇者がこの街に来ているという噂を魔物達がしている。
だから数日程度なら悪い話ではないと考えた。
「なんだぁ、客じゃねぇのか。でも、先の恩もある。数日くらいなら面倒見てやるから、とりあえず働けるか見せてもらおうか。」
「ん? 強さならさっき見せたろ、あれじゃだめ?」
「あたぼうよー。働かざるもの、食うべからず。せっかくの魔怪光が台無しだ。三回しか効果ないんだからな。今ので三回目だ。今電気つけたら、この文字書き直さなきゃなんねぇ。ほら、最初の仕事だ。今の文字覚えたら、ちゃんと同じように書いとけよ。」
彼は雇い主になった瞬間、とても偉そうになった。
けれどレイにとっても悪い話ではない。
「魔怪光? 何それ。」
「はぁ、雑務は苦手タイプか。でも簡単だ。聖なる光を食べて、闇夜に不気味な文字を照らす魔法の液体だよ。字くらい書けるよなぁ?」
「って、何、夜行塗料を厨二病的に言ってんだよ。まぁ、それなら簡単そうだな。もっとド派手に演出してやるよ。」
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