第47話 強くなる、力も亀裂も

 ジャンケンの後、ソフィアがとととっと歩いてきて、


「ちゃんと鍛えてくださいね。早く魔王を倒したいですから!」


 と言った。

 そして彼女は勇者パーティの輪、といってもマリアとエミリの間に入っていった。


 結果的にはイベント通りに事が運んだ。

 それに勇者パーティを鍛えることもできる。

 ソフィアのファインプレーにレイは頭が上がらなかった。

 そして次の朝、運転席のドアをドンドンと叩く音で起こされた。


「えーっと、朝か、おは……」


 ドアを開けた瞬間、ぬっと少女の手が出てきた。

 そしてものすごい力で引っ張られる。

 引っ張った少女の髪は当然赤く、そして可愛らしい女の子だ。

 プレイヤーの趣味趣向次第では露出面積の高い水着みたいな鎧を着させられる美少女。

 彼女は早朝からレイを森の中まで引っ張っていった。


「エミリエミリ、ちょっと待て。何か目的の地でもあるのか?」


 その瞬間エミリはレイに体当たり、ではなくのし掛かりではなく、単純に抱きついてその勢いでレイは転倒した。

 スケイルメイルを着ているのを忘れているのではないか、というくらいの勢いだった。


「辛かったんですぅ! ずっとレイと口も聞けない状況だったからぁ! しかも今や人目を気にしないといけないじゃないですか!」


 エミリは父性に弱い、なんてのはもう無粋だろう。

 設定抜きにして、彼女はレイとずっと話がしたかった。

 そして彼女の次の言葉が本当に気持ちだろう。


「言葉では理解してるつもりなの。レイはもう仲間じゃない。私たちに仕事を押し付けて助かろうという臆病者だって。それにレイの言ってる事が正しくても、レイはいなくなってしまう。最悪死んじゃう……。どんな顔をすればいいのか、私、全然分からなかった。」


 それについてはなんとも言えない。

 彼にとって、彼女の言っていることは、仲間と離れる口実になっていた。

 それに、本当にその通りなのだ。

 だが、寂しい気持ちがなかったと言えば嘘になる。

 だからレイはのしかかっているエミリを抱えて立ち上がった。


「それについては本当に済まない。多分、やり方を間違えた。俺はもっとヒールに徹するべきだった。でも、それが裏目裏目に出た。」

「ちがうです!そういう意味じゃないの!だってレイはすごく優しいじゃないですかぁ!あたし、すごくソフィアが羨ましかった……。ううん、ソフィアに同じ気持ちになって欲しくないって気持ちもあった。嘘に聞こえるかもしれないけど。」


 今にも泣き出しそうなエミリを、レイはストっと立たせて、彼女の頭を軽く撫でた。

 彼女の嘆きにうまく返答する言葉が見つからなかった。

 だから、これはただの誤魔化しだ。

 そう分かっていても、どうしても彼女を甘やかせたかった。

 何度も何度も頭を撫でる。

 彼女が落ち着くまで、ずっとそれを繰り返す。


「レイ……、ソフィアの言ってた事、本当ですか? 3分で倒したっていうの……。あたし、強くなって早く魔王を倒したい。そしてレイにまた会いにいく……、何回も言ってる気がするけど、今までで一番、そういう気持ちなの‼」


 彼女達はすぐそれを言う。

 ただ、デスモンド以降は全く手を貸せない。

 だから、それを待ってるだけなんて、受け身の言葉がどうしても出てこない。

 レイだって、好きでレイモンドになったわけじゃない。

 本当は勇者になって、みんなと仲良く冒険がしたかった。

 イベントコンプリートしても良かった。

 ただ、どうやらこの世界が許してくれない。


「エミリ……。言い難いけど。ソフィアがダークオークを倒したのは3秒だ。最初の不意打ちを俺が阻止しただけ。それ以外、俺は手を出していない。」


 彼女にとって、それはあまりに刺激が強すぎる内容……。

 そう思ったレイだったが、エミリはニコッと微笑んだ。


「やっぱり! アタシ、そう思ってたです。っていうか、レイが分かり易すぎ。悪役ヅラはできなくなったみたいですけどぉ、そういうとこは変わんないですね!それにしても、レイってどうしてそんなに強くなっちゃったんですか? 今の方が大先生ーって感じです。」

「それな。俺も思ってた。レベルは多分70なんだけど、成長曲線が低い割にこんなに違うの?おれ、全裸装備なのにって……」


 その瞬間、レイの脳裏にあの地獄の五日間が蘇った。

 いや、その以前もそうだ。夜通しがむしゃらに、かつ効率よく倒していた。

 あの時……、そして思い出される。


「モンスターが落としたビーンズ食ってたからか……。なるほど。上がる数値はランダムでも成長曲線に関係がない。あぁぁぁぁ、あん時、もっと冷静だったら……」


 レイはほとんど食事をしていなかった。

 だからモンスターがドロップした種を貪り食っていた。

 それらはスピードビーンズやパワービーンズ、テクニックビーンズにラッキービーンズなどなど。

 ドロップ率は極端に低いが、彼が倒したモンスターの数は尋常じゃない。

 時には空腹のあまり強奪スキルをつかったこともある。

 それらは食べるだけでステータスが上がる。

 本来なら主要キャラに食べさせるべきアイテムだ。

 つまり、ここでもレイはやってしまっていた。


 ——所謂、薬漬け。ドーピング。その一人占め。


「うーん。よくわかんないですけど、レイとアタシ達の差がすごいってのは伝わったです。でも、ソフィアはどうして……」

「そ、そうか……。ソフィアは……。えと、エミリは胴田貫どうたぬきを覚えているか? 確かレベル20で覚える筈だけど。」

「うーん、知らない技ですねぇ……」

「じゃあ、『脳天かち割り氷』は?」

「それも知らないっすね。」


 その言葉を聞いてレイは青ざめた。

 ソフィアが一つ下の神聖魔法しか使えなかった時から推測はしていたのだけれど。

 つまり新メンバーはアルフレドのレベルに影響を受けていた。

 多く見積もっても、彼らはレベル15だった。

 ガーランドを倒せる雰囲気が全くないわけだ。

 しかも、あの時アルフレドは騙されて戦闘から離脱していた。


「よし、とにかくデスモンドまでにレベル25まで持っていくぞ。できれば26で覚える『エミる斬り』もマスターさせたい。兎にも角にもレベル上げだ。ステータスはできるだけ高い方がいい。特にこの世界は急所攻撃が要だ。だから装備では補えない『素早さ』だけは絶対に必要になる。それでレベル上げのやり方は……」


 やり方は簡単だ。

 エミリのスキルはグループ攻撃が多い。

 だからソフィアと同じ要領でレイが一箇所に集めて、一気に片付けさせればよい。

 まずは地主ガラス、できればダークオークの群れを狩りたい。


 と、方針が固まったところで、レイはいやーな気持ちを胸に抱えていた。

 きっと修行をしているだろう、向こう側にいるパーティで、彼女は何を言っていると。


     ◇


 レイの予感は的中していた。

 ソフィアは実はアーマグでも通用するレベルだ。

 最悪彼女がハブられても、デスモンド以降も活躍できるレベルにさせていた。

 だって、ほとんど無限湧きするポイントがあったのだから仕方ない。

 このゲームの神聖魔法が経験値を伴うもので良かった。

 一か所に集められて、グループ魔法で天に召されていった。

 だから、あそこでのレベル上げはそこまで大変ではなかった。

 しかも、通常ではいけないルートにわざわざ行って、高レベル帯のモンスターを倒したのだ。

 たった半日程度だが、彼女をレベル25に持っていくのは容易だった。

 そして、今は更に上。

 だから、ソフィアにとって今の時間はとても退屈で、やる気の起きないものだった。

 勿論、レイのために頑張りたい気持ちはある。

 ただ、レイの教えを100%信じている彼女にとって、彼らは本当にレイが教えたのかと思ってしまう存在だった。


 ただ、ここでアルフレドとフィーネを責めてはいけない。

 レイがずっと思っていることだが、彼らは本当に頑張っている存在なのだ。

 特にアルフレドに至っては可哀想でもある。

 アルフレドとフィーネはほとんどパートナーという間柄だった。

 だからフィーネもアルフレドの気持ちをどうにか汲んでやりたいと思っている。

 それが分かっているから、レイはどうしても彼らに悪い感情を持てないでいる。

 だから導きたかった。でも彼らにも自我があることは確かだ。

 それがレイを混乱させている理由でもあり、ソフィアがレイの行動にヤキモキしている理由でもある。


「ここにレイがいたら、すぐにカタがつくと思うんですけど、マリアはどう思いますか?」


 今日は前衛のエミリが抜けたことにより、フィーネが前衛に回った。

 そもそもヒーラーであるソフィアは後衛に回され、いつも後衛をしているマリアが彼女の側にいた。


「うーん。レイの強さ知らないし―。マリアは前衛行きたいからなぁ。ここだとパンチも届かないしぃ。」

「なぁ、お前達。頼むから真面目にやってくれないか?」


 さっきからこんな調子で遅れ気味に行動する後衛に、アルフレドが注意をしにやってくる。


「はい。すみません。次から気をつけます。」


 ソフィアは修道院と同じ空気を感じていた。

 闇が深いという空気ではなく、嘘の空気だった。

 だからソフィアは前衛の二人が苦手だった。

 だから彼女は魔法を詠唱した。


全体治癒魔法ミナケイミル!」


 その瞬間、パーティメンバー全員の体が緑色に輝き、全員の傷が癒えた。


「ソフィアー。マリアはダメージ受けてないんだけどー」

「いえ、そういう意味ではありません。心の回復もできないかと思いまして。それに、この魔法を使うようにレイに言われていますので。」


 急に体の傷が癒えた前衛の二人は何が起きたのかと、一瞬気が逸れてしまった。

 だからイノブータンの上位の上位にあたる「チョトマテモーシン」の攻撃をフィーネが受けそうになり、それに気が付いたアルフレドが彼女を庇い、そして吹き飛ばされた。


「ソフィア!回復魔法使うなら、使うって言いなさい!アルフレド、回復するわよ。ケイ……」

全体治癒魔法ミナケイミル。すみませんでした。次から気をつけます。」


 フィーネが使おうとした魔法は上治癒魔法ケイミルテ、けれどどう見てもソフィアの使った魔法の方が上位と分かる。

 ソフィアはあくまで自分の不注意で勇者様がお怪我をされた、その償いで魔法をかけた。

 表面上はそれだけのことだが、回復する筈の魔法でフィーネのプライドが傷つけられたのは間違いない。

 そして、多分。

 ソフィアは敢えて使っている。

 そして、それもフィーネの癇に障る。


「レイ、本当に嫌なやつ……」

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