第46話 歪んでいく関係値

 一日目の夜、レイは久しぶりに食事に参加した。


 食事は焚き火を囲む、RPGでよくあるやつだ。

 厨二キャラがちょっと遠くで木か石にもたれかかって立っているやつだ。


 レイも、いつものように一人で食事をすることも考えた、厨二キャラのように「要らぬ。貴様らの作った飯など不要だ」とか言って、後ろの木にもたれ掛かろうかとも考えたが、そうするとソフィアが絶対についてきてしまう。


(話したことがない顔見知りと偶然相席になったと考えよう。あ、久しぶりですねー。みたいな間柄でもないくらいの。あ、あいつ名前なんつったっけ?くらいの感じでいこう!)


 だから仕方なく隅っこに座る。

 椅子なんて用意されていないから、適当な石を持っていく。

 ソフィアの分は勝手に増える、そういう仕様だ。

 確かに、この時点のレイモンドなら、厨二キャラを演じてくれそうだ。

 でも、今はちゃんと石という椅子に座る。

 ソフィアのパーティデビューは付き添ってあげなければならない。

 彼らはソフィアをパーティメンバーと認めていない。


「今までの傾向からして、それがソフィアのイスだ。ソフィアは石を用意しなくていい。」

「でも、悪いですよ。」


 という会話を何度か繰り返してやっと着席する。

 食べ物はこの車から発生していたらしい。

 いつもと変わらぬ缶詰が出てきた。

 今、初めて知った。

 ただ、食べ物を確保してきてしまったのでが、肉類を串に刺して火のそばに添えた。

 彼らも同じようにしているので、皆も流石に缶詰は飽きたと思われる。


「で、緑の美少女ソフィアは、今日は自慢のナイト様に守ってもらったのー?」


 楽しそうにではなく、半眼でマリアがパーティメンバーだろうソフィアに向けて言った。


「はい。守っていただけましたよ? ワイルドオークって言いましたっけ。私が不注意にも別のモンスターエリアに一歩足を踏み入れてしまいましたので。」

「ふーん。お姫様プレイさせてもらってるんだねー。レイは強いから安心ね。でも、倒さないとレベル上がらないわよー。勇者様ぁ、この子、本当に使えるんですかー?」


 マリアが口を尖らせながら、先輩風を吹かせる。

 彼女も最初そうだったのだから、先輩という立場を味わいたいのかもしれない。

 いつもの流れだと、ここでレイモード発動、ソフィアがどん引きというコースなのだが、残念ながらそれが起きない。

 だから隣で脇腹を串でついているエミリもため息をついて、串を火の中に放り投げた。

 ちなみにレイは今回、いや毎回のような気もするが、なるべく話さないようにしている。

 「過保護すぎ」、「育つ人も育たない」というソフィアの言葉が彼の口を硬くさせていた。


「マリア、少し静かにして。四人で戦うから、どのみち一人は余るの。だから、気にしなくていいのよ。彼女が入ったところで、使うとは限らない。今だと連携にも支障が出そうだわ。アルフレドとエミリが相手の気を引きつつ、私が巨大鎌鼬ナイトメアエア。そしてマリアが回復兼とどめの一撃。これが今の所、私たちの鉄板なの。それは間違いないわ。だからこれからの訓練を話し合うって、さっき話したじゃない。実際、私たちもダークオークと出会くわしたけど、あの時は余裕がなくて連携技が使えなかった。もう少し弱いモンスターで試すとか、それとも別の方法を考えるとか、そういう話をすべきよ。」


 フィーネの発言は至極真っ当なものだ。

 彼らのレベル帯ではまだダークオークは厳しいし、連携もちゃんとRPGをしている。

 ゲーム内のコマンドバトルでは最適解だろう。

 だからレイも、安心して聞いていられる。

 このキャラは使えないから外すというのは、やっちゃいけないことじゃない。

 ソフィアはそういう使われ方をされることが多い。

 ただ、間違っていないのだが、ソフィアの性格の認識を間違えていた。


「ダークオークと戦われたんですか。結構、強かったですよね。分かります!私もレイに助けてもらったあとに、そのモンスターと戦ったんですけど、3分もかかっちゃいました。連携ってやっぱり難しいですね!私にはレイがいて良かったです!」


 だから、つい声も出る。


「お、おい……。ソフィア……」


 彼女はどうやら素で煽る。

 相手を追い詰めて、苦痛の表情にさせるのが生き甲斐なのかも知れない。

 それを清楚キャラの喋り方でやるから、ものすごくムカつく言い方に聞こえる。

 レイはソフィアの肩に手を置いて、落ち着いてくれーと願う。

 因みに彼女達に一応気を使ったのか、実際には3秒でダークオークを倒している。

 その微妙な気遣いが、ちょうどよく彼らの感情を逆撫さかなでした。


「いいよねー。レイが守ってくれるんだからー。私たちは連携がとれなかったけど、3分で倒したもん。だから連携が決まれば、私たちなら一瞬で倒せ……」

「おい、エミリ。ソフィアはまだ加入したばかりだ。俺たちと比べるのはさすがに悪い。それにフィーネ。彼女との連携はこれから試していくべきとは思わないか?」


 その言葉にレイは声を抑えた。


 ——これを待っていた。

 

 ソフィア加入後の最初のビバークでのイベントである。

 レイモンドは置いといて、フィーネ、エミリ、マリアと勇者の関係値が安定した状態でソフィアが加入する。

 その中のヒロインの感情描写を描くシーンだ。

 これはムービーイベントではない。

 だから絶対にこうなるという超絶な強制力はない。

 そして今、彼が発したセリフ、あれは選択肢の一つ。

 彼はいくつかの選択肢からあれを選んだ。

 このイベントは勇者が誰の側に立つかを決める好感度上昇イベントだ。

 ソフィアの気持ちを抑えさせたい気持ちはある。

 でも、いままで苦しめられたゲームの強制力だ。

 それを利用したいとレイは考えた。

 

「あの……。みなさんは、どうしてそんな嘘をついているんですか? まるで自分の方が強いみたいな言い方ですね?」


 ゲームの話に戻るが、この時点でのソフィアの好感度は意外にも普通。

 これはゲームあるあるだったりする。

 劇的にカッコ良い助け方をしたにも関わらず、それもめちゃくちゃ良いシーンが描かれたにも関わらず、仲間になった後のステータスを見ると、好感度C。

 よくあることだ。

 他のヒロイン三人は勇者とずっと一緒に戦っていた。

 だから、この時点での好感度は高くなっている。

 勿論、今のレイにはその数値が見えないし、ゲームの設定をここに持ち出すのが適切かは分からない。

 でもゲームでの条件としてはかなり良い相関図なのだ。

 そして今回のアルフレドは『どっちつかず』という選択肢を選んだ。

 この選択肢は他のメンバーの好感度はあがらない。

 ただ、フィーネ攻略にはこの選択肢が必須だった筈だ。

 口を出す?出さない?そのソワソワ、ザワザワが、彼女の発言で一気に冷める。


「何それー。嘘なんてついてないもん、私ー。それに昨日助けられたばっかの癖に、流石にそれはないんじゃないのー?」


 好感度アップイベントの雲行きが怪しくなっていく。

 この世界の人間はゲームではなく、ちゃんと心を持っている。

 それを分かっているのに動けないのは、レイ自身がそのゲームシステムの裏を使って生き延びようとしているからだ。


「また、嘘をつきましたね?『今日助けられただけの癖に』という部分も嘘ですよね?」


 頭を抱えそうになる。


 ここまで来ればどうにもならない。

 ここでレイが「ソフィアは嘘を見抜く設定なんだ」のようなセリフを言ったら、それこそ全てが胡散臭く感じられる。

 彼らの好感度を見ることができれば違った対応もできただろう。

 だが、今のレイはステータス画面を開けないどころか、彼らの仲間ですらない。

 さすがにNPCが話しかけてもステータス値は見せてくれないだろう。

 だから、ここはリーダーがなんとかするべきなのだ。

 彼もちゃんとリーダーらしくはしている。

 ただ、彼の矛先はどうしてもレイに向かってしまう。


「またこれか。レイ、いい加減にしてくれ!パーティを追い出された悔しさは分かる。だが、流石にここまで来ると大人げないぞ!村での出来事もそうだ!俺たち勇者パーティをないがしろにしている。まるでスタト村の時のようだな。」

「そうね。アルが人知れずやったことを、全部自分の手柄にしてた頃と同じ。」

「あぁ。その嫌がらせがどんどんエスカレートして行ってるぞ。」


 その言葉はレイにクリティカルヒットした。

 二人の言葉は過去の話を含んでいる、勿論レイモンドはそういう男だ。

 そう、狙ったわけではなかった。

 レイも勇者を立てるつもりだった。

 でも彼らから見ればそう映ってしまう。

 彼らのために動いた結果が、どんどん関係を拗らせていく。


「その言葉は嘘じゃない……。どうして?どうしてそんな言い方をするんですか、勇者様。レイは人が良いから、そんな捻じ曲がった貴方たちを黙認し、鍛え抜くと言っていらしたのに。これではまるで……」


 ただこの後、一人の少女が発した言葉で、事態は思わぬ方向に転がり始める。


「もういい加減にして! 誰も見ていないからって、みんな喧嘩腰になりすぎ。そういう話じゃないってずっと言っているでしょう? 私もそうだけど、アルフレドが一番熱くなりすぎ。だったら分かった。私が明日抜ける。それでソフィアを試しましょう? 私はそれを外で観察する。それでいいでしょ?」


 イベントが強制的に戻った!とレイは判断した。

 この言葉は間違いなくゲーム通りの言葉だ。

 さっきのアルフレドの言葉は微妙に文字が違っていたが、これこそ正真正銘ゲーム内のセリフだ。

 だが、レイの思惑を外れ、そこからさらにイベントは進む。


「えー。だったらマリアが抜けるー。フィーネはポイントゲッターじゃーん。私……レイに久しぶりに特訓受けたい。」

「ちょっと、マリア。それはないよぉ。マリアは回復要員、フィーネはポイントゲッター。しかも二人とも前衛で戦えるじゃん。私が抜けるもん!」

「ダメですよ。私のナイト様ですよ?私、このままがいいです!」


 レイは呆然としていた。

 フィーネの言葉で締め括るがこのイベントの終わりだ。

 でも、その後も会話が続いていく。

 勿論、そこは描かれていないというだけかもしれない。

 ただ、この会話は別のルートへ向かって行った。


「私の先生なんだよ? 新参がなんで独占してるのよ!」

「エミリパイセンー。エミリパイセンがあの時やったこと、マリア根に持っているからねー。だからー、ここはその謝罪として、諦めてください!」

「うん。うん。じゃあ、私とお二人、三人でじゃんけんしましょう!それが一番公平ですよ?」


 まさかの『じゃんけんルート』へのルート変更が行われたのだ。

 これは最初にアルフレドが『どっちつかず』ではなく、『誰か、いい案はないか?』という完全他力本願ルートを選択した場合に発生する。

 そして、これで残念ながら、パーティから外れてしまうのは。


「やった!じゃあ先生!明日、一緒に狩りにいきたい!」

「じゃあ、次はマリアでー。」

「だめですよ。私たちはアイコだから二人でまたジャンケンです。」


 ソフィアが残念ながら脱落する。

 ソフィアルートを選択した場合、これが痛い。

 それは同じなのだが、何かが違う。


(というより、これって流石にアルフレドが可哀想すぎる! あー、めっちゃ睨んでる。アルフレドとフィーネがめっちゃ睨んでる! ていうか、エミリ、なんで喜んでんだよ‼)


 レイはそう思っているが、これは勿論、ある意味で設定通りだった。

 ソフィアは優しい女の子である。

 その設定が活かされた結果だった。

 彼女はマリアとエミリの最後の言葉には嘘はないと思っていた。

 だから素直にじゃんけんにした。

 流石にじゃんけんで何を出すかまでは彼女には分からない。

 ただ、ソフィアは出会って直ぐに、あの二人は嘘をついていると分かっていた。


「残念です。レイと過ごせるのは、あと少ししかないのに……」


 だから彼女達からそれを引き出そうとした。ソフィアのレイ・・へ向ける優しさが、このイベントをジャンケンルートに向かわせていた。

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