第44話 森の中の加入交渉

 アルフレド達は『神の翼』と謳われたステーションワゴンに帰ってきた。

 ただ、運転席には誰も乗っていなかった。

 それを怪訝に思いながら、四人は暫く車の周囲を観察した。


「銀髪の指名手配の男いないねー。あれかなぁ。私たちに気を遣っているのかなぁ。」


 エミリがいち早く運転席を覗き込んで、三人に報告をした。

 勿論、村の中で見たのだから、朝の状態で寝ているとは思っていない。

 車の後ろに回っても、誰もいなかった。

 ただその瞬間、ガンッと音が鳴った。

 そして木々の向こうから。


「ソフィア、車に石を投げるな! それ、めちゃくちゃやばいやつだからな」


 という声が聞こえ、


「でも、あの四人、ここにいるの気付いていないですよ? 石が頭に当たれば気づくかなと思うんですけど。」


 という少女の声が聞こえ、


「人に向けて石を投げてもダメなの!シスターでしょ? そこは教わったんじゃないかなぁ?」


 という声が聞こえた。


 だから、四人とも木々の向こう側へ移動した。

 すると、そこから先にも森は広がっていた。


「四人とも、そこから動かないでください。えっと……、マリアさんはメザシ?棒?メザシ棒を取ってきてくださいってことです……え?めだし? 魚のメザシじゃないんですか?訂正でーす、目出し帽だそうです。えっと……、顔に被ってたやつだそうです。目の部分がくり抜かれている? え、目をくり抜くんですか?まぁ、酷い!」


 緑の髪の少女が、レイと会話しながら大声を出している。

 そして呼ばれたマリアが、きょとんとした顔になっている。


「私たちと彼が直接会話をしている姿を見せない為でしょ? マリア、貴女が家から持ってきた中に入っているんじゃない?」

「えー、持ってきてたっけ。自分で探せばいいんじゃない?」

「マリア、一応彼なりに気を遣っているのよ。私たちの旅の道具とか服とか入っているでしょう?」

「エミリのパンツとかじゃダメですかー? 顔を隠せればいいんだよねー!」

「マリア?なんで自分のじゃなくて私のなのよ! 流石に嫌です!」

「わーたーしーもーいーやーでーすー。なーんーでー、あーなーたーのーぱーんーつーをーわーたーしーのーなーいーとー、え……、はい……。声大きすぎですか?でも、嫌です。ここはちゃんと断りましょう。」


 レイはしばらく目出し帽を使っていない。

 念のために持ってきてはいるが、あの時と関係値が違いすぎる。

 長らくトランクなんて触っていないので、恐らく一番奥に入っている。

 そもそも顔を隠したところで意味はない。

 髪の色で特定されるのだから、すっぽりと被れるものでなければ意味がない。

 さらには車の運転なので、前が見えなければならない。

 あれだけ防御力が大事と言っておきながら、麻の服しか着ていないので、代用品が見つからない。

 そして何より、彼らの荷物を勝手に漁るのははばかられる。


「やっぱ探しても見つからないー。どんなのかも分からないし。しょうがないから、これ持ってきた。石を中に入れたらいけるかな。」


     ◇


 彼らは村から少し森に差し掛かったところにいて、レイとソフィアは森の中にいる。

 そして、マリアが車から戻ってきて、森に向けて何かを投げつけた。


「って、結局パンツじゃねぇか。しかもこれ、何も隠せないよ。表面積少なすぎなんだけど⁉」

「仕方ないですね。ナイト様には申し訳ないですが、私のパンツをお使いください。ちゃんと洗ってますから。」


 マリアが投げたのは黒の下着だった。

 そして、あまりにも細いというかスケスケでなんの意味もなさないものだった。

 それに彼女達にも、これこそが目出し帽だ、と説明していない。

 あれはあの時レイが無理矢理作ったものだった。

 ただ、その下着を見たソフィアが、カバンをゴソゴソ漁って白い下着を「はい」と、レイに渡した。


「いや、はいじゃないんだが。俺、髪を隠したいんですけど?」


 レイは手渡された白い下着を見て、複雑な顔をした。

 彼女もこれをレイが顔に被ると思っていたらしい。

 けれど、ソフィアならそこから見事にやってのける。

 レイに手渡した下着を一度手に取り、彼の頭に被せて、もう一度カバンを漁った。

 顔にそれをつけると完成だ。


「はい。できましたぁー!」

「おお、流石だな……って言うと思う⁉鏡ないけど、大体分かるからね? パンツを頭に被って女王様マスクって、完全に変態‼って、なんでこれ持ってきてんの? もしかしてスキル使う時、これつけるの?設定資料に載っていないってことは、リメイクした時にこれを想像しながら作ってたってこと⁉」

「もう、酸っぱい葡萄やってないで、お話しするんでしょう。ナイト様なんだから、堂々と行きましょう!」


 絶対に酸っぱい葡萄はやっていないのだが、彼女に彼女の設定の話をしても仕方ない。

 だからレイは渋々木の影から姿を現した。

 ソフィアに言われたように、しゃんと背筋を伸ばしてかっこよく決める。

 でも、出た瞬間にエミリとマリアが吹き出し、フィーネとアルフレドは顔を引き攣らせた。

 この世界では意外と大丈夫かもと思った自分が馬鹿みたいだ。

 でもソフィアは自信満々に立っている。

 ソフィアの性格が完全にぶっ飛んできた気もするが、ここまで来るとむしろせいせいする。


「これはこれは、勇者様。その表情を見ると、分かって頂けたようで。」


 レイは自分の姿が見えていないが、かなり面白いことになっている。

 それでも、彼はその気持ちを切り替えて、話そうと思っていた方向に話を振る。

 ただ、彼らの顔の引き攣りが、より一層増すだけだった。


「先せ……じゃなくて、マスクドパンツマンさん。勇者様の表情はマスクドパンツマンさんを見て引き攣っているだけですよ!」

「あら、赤毛の美少女エミリ様にはそう見えるのですね。これが私のナイト、マスクドパンツマン様の素顔ですよ?」

「っていうか、私のパンツ使ってないなら返してよ。マスクドパンツマン!」

「あら、このボロ雑巾は美麗な体術も使いこなす桃色の美少女マリア様のものだったのですね。ご丁寧にありがとうございます。私も捨て場所に困っておりましたので、ちゃんとお返ししますね!」


 そして石にそれを巻き付けたソフィアがマリアにソレを投げつけた。

 そのやりとりを呆然と眺めながら、レイはソフィアの設定が最後の一言でぶっ壊れたと感じていた。

 清楚系とは一体……

 勿論、あのスキルを発動させる為には、ソフィアの好感度が一定以上に……


 ……絶対に制作会社の悪意、……いや善意しか感じない。


「ソフィア、その辺にしておこう。流石に時間が惜しい。」

「そうですね。彼があの村で言いたかったことは理解して頂けましたか?」


 もう夜に差し掛かる。だから時間がない。

 彼らには日が沈むまでに、やって貰いたいことがあった。

 マスクドパンツマンの件は置いといて、ちゃんと会話を進める必要がある。


「彼女が俺たちの仲間になる……。そういうことか……えっと、マスクド。」


(おい、やめろ。なんかそういう名前に……。そういう名前に? 確かにこれはニイジマと同じような扱いなのかもしれない。)


「あぁ。私の名はマスクド。これはそういうことだ。話を補完していくか。今回の魔族は人間に化けて村を混乱させている。そして勇者アルフレドの前に二人の魔族の幹部が現れた。その幹部の一人はアズモデだ。もう一人はエルザ。エルザがソフィアに化け、アズモデがソフィアに変身魔法を使って、彼女をエルザの姿にした。そこからが勇者様達の記憶の始まりだ。」

「また、意味が分からないことを……。格好だけじゃなく、言ってることも意味不明……」


 この話は真面目に聞いてくれる、そう期待したがやはり上手くは行かなかった。

 直感ではなく、論理的に考えるフィーネには、元々受け入れがたい話だったのかもしれない。


「でも、本当のことですよ。私、そこの勇者様に殺されかけましたから。私、マスクドパナイト様がいらっしゃらなければ、今ここにいません。彼が勇者様のパーティに入って欲しいというから、私はここに来たんです。」


 ついにマスクドパナイトになってしまった。

 ソフィアのネーミングセンスがぱない。

 もはや彼女流の放置プレイだろう。


「そう言われるとぐうの音もでないな。正直言って意味がわからない。だが、一応謝る。でも、俺たちはまだ、君も彼も信じ切る訳にはいかない。」

「別に信じなくてもいいです。私はマスクドパナイト様の味方ですから。」


 そしてソフィアは布袋を取り出し、そこから一枚の紙を抜いた。

 彼女がそれをそのまま地面に放り投げると、布袋はジャラッという音を立てて形が崩れた。


「それ、マスク様の全財産と今後の生活費を除いた私のお金、3000Gです。それで今すぐ村に戻って装備を整えてください。」

「おい、ちょっと待て、ソフィア。お前のお金は聞いていないぞ。俺のだけって言った筈だ。それに……」

「いいんです。あれは貴方のおかげで手に入ったものです。あとナイト様は過保護すぎです。何を買ったらいいとかは、彼らに考えさせるべきです。だからいつまで経っても独り立ちできないんです。」


 それはソフィアがレイと話をしていて純粋に思ったことだった。

 これから手取り足取り育てる、それもかなりやり過ぎだと考えていた。

 だから彼女もそこだけは譲れない。


「お金で解決しろってこと? あんたらしいわね。こんなの受け取れる訳ないじゃない!」

「だって、それは——」

「ソフィア、もういい。」


 レイはソフィアの肩に手を置いて、彼女の言葉を止めた。

 彼らの言い分も理解できる。

 魔族と繋がりがあるかもしれない人間からお金を受け取ることはできない。


「でも、これは俺の問題だから俺に言わせてくれ。」


 そしてレイがそう言うと、ソフィアはすっと一歩下がった。

 彼女が自分のために頑張ってくれたことは、レイ自身もよく分かっている。


「率直に言って、今のお前達じゃ弱すぎるんだ。だから!そのお金を使って装備を整えて、ソフィアを守って欲しい。それにあの不可思議な現象はデスモンドにつけばおそらく収まる。道順通り行けば、キラリの登場シーンで最後の筈だ。だからこれから先は記憶が飛んだりすることは起きない。」


 キラリの登場により、レイモンドはパーティを抜ける。

 つまりレイが抜ける。

 今までは、レイが介入したことでイベントが左右された。

 けれど、レイが介入しなければ、彼目線ではNPCvsNPS。

 うまく行けば、何事もなくそのままクリア出来る。

 早送りをしても問題ないくらいだ。


「私は彼女をまだ信じた訳じゃ……」

「フィーネ、大丈夫だ。俺自身良く分かっている。マスク=ドパの言う通りだ。俺たちは間違いなく未熟だ。だから今は彼の言う通りにしよう。それにみんなも分かっている筈だ。車がなければ世界は救えない。デスモンドまでは彼に運転してもらわなければならない。」


 ちょいちょい、ソフィアが提案した名前を採択するアルフレドがフィーネをどうにか説得する。

 そしてフィーネの肩をポンと叩いて布袋を拾い、村へ引き返していった。

 エミリとマリアは一度つまらなそうな顔をレイに向けた後、勇者を追いかけていった。

 そんな彼らを見送った後、レイとソフィアは森の中の木にもたれながら座った。

 ここは村に入る前のモンスターエリアだ。

 彼らのレベルで危険はほとんどない。

 だから、ほとんど寛いだ状態で、レイはぽつりとソフィアに聞いた。


「つかぬことを聞きますが……」

「はい。なんでしょう?」

「このマスクとパンツ、いつまで着けてればいいの?」

「ふふ。この村を抜けるまでです。」

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