第43話 伝承と劇場
村の歓迎会は佳境に入っていた。
アルフレド達は目を見張るほどのお酒や食べ物を、ご馳走してもらった。
その後は街の中心部で、『女神メビウスと光の勇者の物語の舞台劇』、それを見て欲しいと言われた。
だから今は、中央の舞台に置かれた、簡易的な椅子に腰を下ろしている。
『魔王が降臨し、世が乱れし時、西より金の勇者が現れる。その勇者の名はアルフレド。山のように大きなドラゴンを一刀両断する鬼神の如き強さを持ち、聖母のような優しさを持つ男。彼が駆るのは神龍の翼『ステーションワゴン』。文武両道才色兼備、多彩な魔法と多くの武技を使いこなす水色の才女フィーネ。細くしなやかな美しい腕でも、なんのその。岩をも砕く天才剣士にして赤色の美少女エミリ、倒れた民に慈愛の奇跡をもたらし、美麗な体術も使いこなす桃色の美少女マリア。彼らは女神メビウスの導きにて、東へ向かう。神の翼を羽ばたかせ、次に向かうはデスモンド。海を乗り越えアーマグへ。平和の象徴、我らがリディア姫を奪還し、魔王ヘルガヌスを倒す者なり。』
取ってつけたような勇者パーティの名前と特徴が入った歌と踊り。
でも嬉しい気持ちもないし、くすぐったくもない。
ただ、苦痛に聞こえる歌だった。
それでも、彼は身を粉にして頑張り続ける。
「そういうこと……か?」
歌を聞き、アルフレドはある発見をしていた。
こういう話が各地に残っているのかもしれない。
レイはこういう伝承を集めていたのだろう。
だから、ここまで導けたのだろう。
そして、彼は自分たちを導いてくれた。
——未来視より伝承の方が可能性はある
今はそう考えるしかなかった。
彼は魔族を助けてしまったことで、その考えを更に強める。
今の歌には、彼が語らなかった話もあった。
リディア姫、そして魔王ヘルガヌス。
だが、彼が語ったアーマグ大陸という言葉もあった。
そしてレイと思われる人物像がない。
「ねぇ、アルフレド。この村でもう一人仲間が来る、という話はどうなったの?」
「俺も思っていた所だ。だが、アーマグ大陸という名が含まれていた。」
「つまりあの人の言ってたことは正しいってこと?」
「さぁ?勇者様ぁ。どう思います?」
「どうもこうも、情報を集めるしかない」
この村にはもっと多くの情報があるのではないか、という考えに至る。
レイが語る『車がないといけない』理由もそこにあるのかもしれない。
二重の記憶の意味も分かるかもしれない。
アルフレドがするべきは、レイという存在に頼らない勇者になることだ。
「なぁ、その伝承をもっと詳しく知れないのか?」
アルフレドは立ち上がって、伝承を歌っていた女性に詰め寄った。
いきなりイケメン勇者に迫られて、歌い女はよろめいて尻餅をついてしまった。
それをまずいと思った彼は、手を差し出して彼女を立ち上がらせた。
すると、今度は拍手が飛ぶ。
だが、やはり嬉しさはなかった。
「え……、えっと。これが全てだと思います。これが……、この村に伝わる歌で……」
女性は手を握ってもらった嬉しさから、頬を紅潮させてそう言った。
その言葉にアルフレドは意気消沈して視線を落とした。
そこに村長が割り込んで来る。
「さぁ、勇者様。昼の部はこれで終わりです。あー、もしよろしければ、夜の部、つまり……、その。如何です?そういう趣旨のモノもご用意できますが……?修道院ではそういうケアもしているのですが?」
その言葉はアルフレドの表情を更に暗くさせた。
ずっと、気分が悪いのはやはりアイツのせい。
——そして、その時。
彼の背中から大きな歓声が上がった。
そして大きな歓声の後に、悲鳴が広がる。
そして
「銀髪の青年だ、やっぱりいたんだ!」
「ソフィアちゃんだ!生きてたのね!」
という声。
「指名手配の男だ、なんとしても捉えろ!」
「なんで銀髪の男と一緒なんだ!」
という声が入り混じる。
そこでフィーネがサッとアルフレドの側に寄る。
「アルフレド。アイツよ、どうする?」
「わ、あの子……、魔族が化けてた子じゃん!」
エミリとマリアは人混みを眺めている。
そして、その人混みの特徴だが、歓声は内側から聞こえ、悲鳴は僧兵が取り囲む周辺。
銀髪の男とソフィアを中心に歓声、悲鳴、僧兵と並ぶ。
この図は火事の現場で感じたそのままだった。
「ソフィア!確かに正面から行って正解だった。懐かしい歌が聞けた。って言ってもあそこはボイスついてないから、俺の声で読んだんだけどな。こんな使えるネタを忘れていたなんてな。やっぱフルボイスの方が心に残る。いや、それはそのゲームによる……か」
レイはソフィアをだっこしながら、そう言った。
レイモンドは大柄な男だ。
人混みが出来ても頭ひとつ分以上、体が見える。
そして左腕にソフィアを座らせているので、彼女の顔もレイと同じくらいの高さであり、彼女にも辺りを見回せた。
だからアルフレドもすぐにレイだと判断し、腰に手を持って行ったが、そこに剣はない。
武器を持っているのは残りの三人だが、エミリとマリアは武器を構える様子を見せない。
理由は簡単だ、しかも三つもある。
魔族を庇ったとはいえ元仲間、それが一つ。
先の大型モンスター戦で圧倒的な力の差を見せつけられた、それがもう一つ。
そして最後の理由、レイが不用意に目立つ行為をすると思えない。
色んな意味での信用、プラスかマイナスかは人それぞれである。
彼は絶対に何か考えている。
だからアルフレド達も不用意には動けなかった。
そして銀髪の男が緑の髪の少女を抱えながら、少しずつ歩き始めた。
彼の動きに合わせて、村人が追従する。
ソフィアと呼ばれる緑の髪の少女が生きていたと喜ぶ者、レイに感謝の言葉を述べ、何度も頭を下げる者。
村人が取り囲んでいるから、兵士も手を出せずにいる。
これはもう、どっちが勇者か問われなくとも分かる。
だから、アルフレドはそれを警戒した。
フィーネもエミリもマリアも、彼がどういうつもりなのか理解できなかった。
そんな彼の歩みはアルフレドと一定の距離を保ったところで止まった。
そして、これが大問題だった。
彼はあの悪そうな顔をしている。
それはアルフレド達が知っている殴りたくなるほどのモノではない。
只今、ユニークスキルは使用不可である。
でも、村長や修道院の上級職者を苛立たせるには十分だった。
ただ、相手は魔族と結託している者、敵う筈がない。
だから、彼らの視線は自ずとアルフレドに向く。
だが、ここで銀髪の大男は言う。
「これはこれは勇者様ではありませんか。魔族を逃した銀髪の大男が、興味本意に勇者様のご尊顔を拝みに参りましたぞ!」
レイの言葉は、的確に勇者パーティの心を汲み取ったものだった。
あくまで勇者と銀髪の男は無関係であるという趣旨の言葉だ。
だから、エミリとマリアの力が抜けた。
フィーネは困惑し、アルフレドは怪訝な顔をした。
仲間を抜けたいという旨を彼はずっと言っていた。
——ただ、それは今までのレイの話だ。
今は、魔族を逃したと本人が言っている。
これでは流石に戦うしか道が残らない。
だが、レイはその場に緑の少女、ソフィアを立たせて深々とお辞儀をした。
更に、アルフレドには意味の分からない言葉を喋り始めた。
「勇者様、私は聞いたことが御座います。村人と話をする時は、二度もしくは三度話しかけると違う話、もしくは本当の話が聞けると。今、その歌い手の女性に何度お聞きになられましたか?」
レイの本心はこうだ。
本来ある筈の緑の髪の少女の歌詞が抜けていた。
ゲームならちゃんと彼女の描写が挟まる。
だが、銀髪の男の名は出てこない。
ゲーム上ではここで彼女に問いただすと、「うーん、あと一人か二人いたような……、でも昔の言い伝えなんてその程度よね」という会話をするマシーンになる。
名前を後付けしたのは分かっている。
でも、伝承なんだから緑の髪の少女は必ず知っている。
知っていなければならない、彼女はそういう設定なのだ。
——レイモンドの裏切りを示唆する存在である。
「い、一度だけだ。もしかして君は何か知っているか? なぁ、知っているなら教えて欲しい。」
銀髪の男は人々の信奉を得ている。
そして彼自身は魔族ではなく、ただの人間だ。
ソフィアもこの村で人気者の女の子。
つまり念を押せば、歌い手の女性は圧をかけた誰かに救いを求める。
彼女の目はそれを指示した男性、つまり村長へ向けられる。
そして村長はそのアイコンタクトを受け、その視線リレーを修道院長へと繋げた。
ただ、そのパス回しは当たり前すぎて、先が読めるものだった。
だから、誰でも修道院長に辿り着く。
そして彼はそのパスを貰って素直に、
「勇者様! その男は魔族と繋がっていますぞ。女神メビウスの使徒の名に恥じぬ戦いを‼」
言わず、そっちに誘導するタイプらしい。
「おやおや、この村の修道院はやはり考察が捗る。フラグを起き忘れたか、それともワザとか。ソフィア、さっきやったふわぁぁ!って飛ぶやつ、もう一回やる?」
「はい!お願いします!私のナイト様!」
彼らの動きはあまりにも遅い。
どれだけ成長曲線が低くても50レベル以上の差は伊達じゃない。
レイはソフィアをお姫様だっこして、兵士を避け、跳躍して屋根の上に立った。
「ソフィア、二本足なのに三つあるモノって知ってる?」
「知りません! 知らないって知ってて言ってますよね。」
「え、ノリ悪! ま、いいや。今から見せてあげるよ。勇者様!旅のご武運を祈っておりますよ!」
銀髪の人類の裏切り者は再び高木を蹴って、大跳躍をした。
そして、あっという間に村の外に消えていく。
そんな彼らを見て、村中から大歓声が舞い上がった。
村の人気娘が「私のナイト様」と言って、彼女のナイトに連れ去られたのだ。
それはもう、御伽噺の世界そのものだった。
乙女は眼前で行われたリアルの夢物語に酔いしれ、男共は村の看板娘を奪い去られて悔しがる。
伝承を謳った先の物語より、目の前で起きた本当の御伽噺に村中がお祭り騒ぎとなった。
その様子に意気消沈し、勇者は仲間達と顔を見合わせた。
「さて、どうしようかな。俺たちは追いかけるとするか。ただ、その前に俺たちは女神メビウスの使徒だ。その伝承はきちんと知る義務がある。修道院長、あなたが隠し事をしなければ、俺たちは即行動できるのだが?」
勇者御一行様だって、村人や修道院長に比べれば、かなり人間離れしている。
だから、やろうと思えば威圧できる。
しかも勇者に関わる事象を隠されたとあっては勇者の沽券に関わるどころか、人類に敵対する行為だ。
銀髪の男をどうこう言っている場合ではない。
「む……、むむむ。仕方あるまい。こうなってはそれを売りにした方が良さそうじゃ。歌の続きを聞かせてやれ。」
修道院長のその声を聞いた村の娘はほっと胸を撫で下ろして、抜け落ちた歌の続きを語り始めた。
「人々に愛されし、優しきエメラルドの髪の美少女という言葉が抜けておりました。誠に申し訳ありませんでした。」
ただ、その言葉はアルフレドの心を半分しか埋めなかった。
あの人物に関しての話が聞けると思った。
だから彼はもう一度聞いた。
つまり、これが三度目である。
「うーん、他にも何かあるのかもしれませんが……、でも昔の言い伝えなので、それ以上は……」
だが、先に述べた通り、彼女はレイモンド裏切りを伝える要員だ。
それ以上のモノは何も出ない。
それを聞いて、勇者は一度俯いて、そして刮目して顔を上げる。
「あの男の行きそうな場所はだいたい分かる。俺達も行こう。」
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