第41話 サディスティックな懺悔室

 レイはソフィアと共に修道院の隠し廊下を歩いていた。


 そこで彼女が事の経緯を話し始めた。

 ソフィアは荷物を取りに行く過程で、住民の噂話に耳を傾けながら、この村が今どんな状況にあるのかを密かに探っていたらしい。

 常日頃から修道院の体制に疑問を抱き、一方で村民に慕われるソフィアならではの芸当だった。


「——というわけなんです。どうやらレイは指名手配、私は重要参考人なんです。そうなりそうだ、と思っていたので、ここで待ち合わせにさせて頂きました。」


 そんな話を聞きながら、レイは疑問に思った。


「……いや。逆にそれで、よくここで待ち合わせしようって思ったな。」


 ソフィアの豪胆さは理解したが、その状況で待たされていたとなるとゾッとする。


「えっと、レイってなんていうか、印象が薄いんです。それに尾鰭絵鰭ついていますから。噂の銀髪の男がこんな間近にいる筈ない、誰もが思う。私はそう思いました。でも……やはり、危なかったですか?」

「いや。俺がここにいるんだから、大正解だったんだろう。っていうか、逆に完璧すぎる。俺の状況まで把握しているのか。」


 ソフィアの言葉はレイの今の状態を体現していた。

 レイは今はレイモンドではなく、NPCであり、いわゆるニイジマ状態だ。

 勿論ネームドNPCではあるが、勇者パーティと比べるとゲームのシステム上では他の人間と見た目がほとんど変わらない。

 それを彼女は見事に見破っていた。

 もしくは彼女が持つ設定、この修道院に預けられ、虐められ続ける毎日を過ごしていたからこそ身についた洞察かもしれない。

 そこに待つのはひどい虐待だったのだろうと考察までされている。

 だから、彼女は極度の人間不信という考察もある。

 この辺は、後の考察がリメイクに取り入れられているケースだ。

 リメイク前は単純に捨て子という設定だったものが、リメイク後には大幅にひどいバックボーンに書き換えられている。


「ただ、ソフィアも目をつけられているとなると、……どうかな。今の俺、多分人類最強の更に上にいるし。ソフィア抱えて逃げるのは可能なんだけど……。俺たちが逃げても意味がないんだよな。」

「あ、あれですね!私を抱えて、ぱーって飛んで、大きなカラスをばばばーってやったやつですよね!私またあれやってみたいです!」


 ソフィアはそう言って、手を合掌の形にして頬に当てた。

 感情表現がすごいなぁ、と思いながらも、彼はその言葉であることを思い出した。


「そういえば、俺、あの時勇者様の剣を盗んだな。2000Gの報酬でなんとでもなるとは思うけど。これ返さないと。」

「返さなくていいです!それくらい貰って当然だと思います。寧ろ2000Gもレイに差し上げるべきです。私、すごいなって思いました。村の人たち、みんな銀髪の青年はどこだーって探してましたよ? 私を助ける前にすごい人数の村の人を助けたんだなぁ、さすが私のナイト様だなぁって誇らしくなりました!」


 レイはその言葉に一瞬だけ身構えた。


 これはやってはいけないこと、少なくとも陰から応援作戦が破綻している。


 いや、そんなことよりもソフィアだ。

 彼女が懐いているのは見ていれば分かる。

 自分が勇者のお株を奪って懐かれる、そしてレイモンド部分を知られて幻滅されるいつものパターンが思い出される。

 けれど、それはあり得なかった。

 もう、彼らの仲間になることはない。

 彼らにとってはレイは魔族を逃した大罪人だ。


 でも、ソフィアは彼らの所へ導かなければならない。


「俺が離脱することは決まっているからな。俺はソフィアに申し訳ないよ。俺がもっと良い関係値だったら、スムーズにパーティに入れたのにな。」

「大丈夫です。勇者様をこれからも鍛えるつもりなんですよね? だったら、私は無事に生還して、レイの元に帰ってきますから。」


 同じことを言ってくれた少女がいる。

 けれど今はもう仲間ではない。

 そしてソフィアもそのパーティに加入するのだ。

 言われれば言われるだけ辛くなる。


「鍛えるよ。あいつらが死ぬとこの世界は終わるからな。あ、これソフィアも含むから、絶対に死ぬなよ。この世界に復活という概念があるのかは分からないけど……。あ、そうか。ソフィアは僧侶だろ? 死んだ人間を蘇らせるって出来るのかな。」


 ゲームで毎回感じる疑問だ。

 昔は死と表現された。

 棺桶を持ち歩いていたゲームもある。

 けれど最近は『再起不能』という表現を使ったり、『仮死状態』と言ったりする場合もある。

 そしてこのゲームは確か再起不能だ。

 でも、再起不能とは何なのか。

 その線引きもよく分からない。


「勿論、神話とか伝説だと登場します。でも、それが出来たという話は聞いたことがありません。そもそも私は村でこっそり眺めていたんですけど、手や足を失った方もいらっしゃいましたし……。まず、失ったものは戻ってこないって考えていた方がいいですね。試せないですし。」

「成程、そこはそうなんだ。死はやっぱり存在する。」


 村の中心での歓迎会が決まっているらしい。

 でも、それまではこの修道院は厳重に警備されている。

 ソフィアは裏取引で使われる、ほとんどの人間が知らない抜け道を利用した。

 だから話す時間はまだまだある。

 歓迎会が始まって、この村の要人が村に行くことで、修道院の警備が分散するのを待っている。


「はい。人は傷つき、そして死ぬものです」

「そっか。なら鍛えないと。でも、鍛えるにしても、まずは車に行くことだな。あいつらも車がないとダメっていう概念だけは持っているし。あ、ソフィア。今時間があるから車について教えておくよ。」


 レイはステーションワゴンに見えなくなった、ラブワゴンの説明をした。

 レイしか運転できない。

 そして運転席がどんなものか、後部座席がどんなものか。

 さらに今まで何があったか、そしてこれから何をするのか。

 これは流石にソフィアも知っておかなければならない。


「うーん、確かにどれだけ聞いても全然イメージが湧きません。レイを虐めるためっていうのだけは理解できました。でも、その車を一度、勇者様に預けたのは、失敗でしたね。」

「そうだな。流石に俺も無責任だった。そしてこれからも俺が運転する必要があるってことが大問題だな。デスモンドで五人目のヒロインが来る。そして彼女は俺が運転しなくても自動で運転できるように改造してくれる。だから俺はその時点で抜けることが出来る。だからソフィアと一緒に居れるのは、デスモンドに着くまでの修行期間だけだ。本当にごめんな。」


 そこでレイは謝罪する。

 だが、ソフィアは白い目を向けた。


「もう……。それ、レイの悪い癖ですよ。私はあの時、本当は命を失いました。でも、レイが助けてくれた。私はあの時死んだんです。レイは世界を俯瞰できるんだと思うんですけど、それはレイが見ている世界で、私たちの世界とは違うんです。レイが嘘をついていないって分かっても、その言葉はちょっとだけ不快です。私はレイのために生きるって決めました。そして私が決めたからには、それが私の人生、私の世界なんです。レイの目線では私の世界は語れません。」


 ソフィアの達観がレイには奇異に映る。

 けれど、それはレイモンドではないからかもしれないし、NPC相手だからかもしれない。

 ただ、ちょっとだけ試してみたかった。

 理論的にそうだとは思っていたけれど、実際に試したことはなかった。

 だから、レイはど変態な行為をお願いした。


「もうちょっと時間あるよな。えっと……、ちょっと言いにくいんだけど、俺の脇腹を突っついて欲しい。あと念のためにそれ以外の場所も突っついて虐めてほしい。弱い、中くらい、強いの三段階くらいやってほしいかな?」

「え?何を言ってるんですか? やっぱり、レイは変態さんですか?」


 そう、レイはど変態な行為をお願いした。

 清楚担当ソフィアにはやはり無理だったようだ。

 そう思うと結構恥ずかしくなる。

 まるで自分の性癖を晒した気分だった。

 それが本当の性癖ではないと、ニイジマレイが主張したところで誰も興味を持たないだろう。


「あ、えっと、ごめんって。冗談!」

「嘘……ついちゃダメですよ。だ、大丈夫……です。えと……、その……、その代わり、『私めは汚い豚です。どうか、この卑しい豚めを踏みつけてください』と、情けない声で懇願して頂けますか?」


 はい?え?なんて言った?

 ……その時、どんなふうに心の中で思ったかは覚えていない。


「え、えと……私めは汚い豚です。どうか、この卑しい豚めを踏みつけてください……」


     (中略)



 その時は覚えていたかもしれないが、レイはこの後の記憶がない。

 ただ、恥じらいもプライドも、実はどうでもいい悩みさえも、全部もまとめて捨て去ることができた。


「ありがとうございます、ソフィア女王様……。今日はこの卑しい豚の女々しい願いを聞いて頂き有難うございました。とりあえず今のこの卑しい豚めはレイモードにはならないようです。」

「レイ。 もう、懺悔タイムは時間終了ですから、普通に喋って下さいね。延長は、当院にはありませんよ。」


 その瞬間、レイの時間が動き始めた。

 そう、これが彼女のスキル。

 コマンドバトルでは感じられない何かを彼は経験できたのだ。


(はっ! 俺はいったい何を……。こ、これって……ソフィアの数少ないリメイク後の追加スキル『サディスティックな懺悔室』……だ。3ターン、相手に対して、一方的に攻撃ができ、そのターン、モンスターは「涎を垂らし、下卑た笑みを浮かべている」という行動しかできない。っていうか、俺もそうだったんだろうか……。ソフィア専用スキル……。なんて、おそるべき中毒性なんだ……ってバカ! 開発スタッフのバカ!俺のバカ!清楚担当ソフィアになんてことをさせるんだよ! 一応、レイモードにならないのは確認できたけど、っていうか、公式設定資料編集者、ソフィアの性格の説明の文末に「実はドS」って付け足すんじゃない!「あり」か「なし」かでいうと、「あり」だけれども‼‼)


「あ、あの……。ソフィア……、そのなんて言っていいか……」


 すると、ソフィアは自身の両頬に手を当てて、顔を赤く染めた。


「迷える仔羊さんたちが時々お願いするんです。修道院の懺悔部屋裏メニューなんで、このことは絶対誰にも言っちゃダメ……みたいですけど、あ、あの……。私はずっと断り続けて……、逃げ続けて……。私、今のが初めてで……やっぱり下手……でしたか?」

「下手じゃない!下手じゃない!寧ろまたやって欲しいくらいだ!……って、あのぉぉ……なんていうか、他の人には絶対やらないで欲しいかな?うーん、やっぱり、この修道院って、そんなこともさせたのかな、今俺も利用者になっちゃったけど。ここに関しては色々考察されてたし。確かに無意味な秘密廊下も存在した。実際のゲーム上ではあんまり意味なかった気がするけど。いや、残り五十時間に……。あ、いや、そのなんでもなくて……。ソフィアはもうここから出るんだ。もし、忘れられるんなら……、全部忘れて欲しい。」


 そんな軽々しく彼女の記憶を消せとか、言ってはいけない気がした。

 けれど、ここでの日々を考えると胸が痛む。

 するとソフィアは自分の額をレイの胸に当て、両手も同じように胸に当てた。


「はい。今日、私は素敵な義賊に連れ去られるんです。こんなに嬉しいことはありません。」


 実際、子供向けゲームでも、大人になって考えてみると、これって……、という残酷な設定が結構ある。

 作っているのは子供じゃなくて大人なんだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。


「良し、じゃあそろそろ祭りも始まるだろうし、行動するか……。どうやって抜け出すか。この廊下は確か村の井戸につながっていたよな。でも、あの井戸ってほとんど村の中心……ってか掲示板の裏あたりだったか……。完全に祭りやってるとこの目の前だよなぁ。」

「いいじゃないですか。レイは悪いこと、一つもやってません。それよりちゃんと感謝されるべきなんです!」

「な、なかなか豪胆だな……。うーん。でもこういうステルスものって見つかっただけでアウトな場合もあるし、そういう場合って強制的に戻されるか、それとも……。あ、そうだ。井戸から出るってのはそのままやるとして、先にやっておくべきことがある。」

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