第40話 英雄コンプレックス

 フィーネは比較的軽症の者に治癒魔法をかけている。


 この場合は、意識がある者という意味だ。

 フィーネの治癒魔法では、死の淵にある者の蘇生は出来ない。

 だからといって、悔しくはない。

 自分の手で世界を救っている実感を持てる。


「フィーネ様、ありがとうございます。ここは私たちでもう大丈夫そうです。」


 その言葉を聞いてフィーネは別のテントに移動した。

 一応、治癒魔法使いはそれぞれの街に一定数はいる。

 回復魔法が使えるだけで、食いっぱぐれがないと言われる。

 それだけあって、習得率は比較的高い。

 スタト村では魔法使い総出で戦ったらしく、フィーネが辿り着いた時には治癒魔法使いまでもが重症を負っていた。

 だから、今ならば助けられる命を取りこぼしてしまった。


 ——治癒ができる者を必ず後衛に持っていく。


 フィーネが何度も前衛をやりたいと言ったのに、レイは頑なにそれを拒否していた。

 その後アルフレドの采配で前衛に着くことも多かったが、今になってその意味を思い知らされる。

 そして彼女は次のテントでも治癒魔法を行使する。


「やはり勇者様と同行されている方は違いますね。フィーネ様はかなり魔力と魔法をお持ちのようです。それに治癒される優先順位も大変参考になります。」

「いえ、生命活動に必要な部位、動脈を中心にして……」


 そこで彼女は息をついた。


「次の方を診てきます。」


 彼女は居心地が悪くなって、別のベッドに移った。

 そして、そこでも治癒魔法を行使する。

 そして、患者の苦痛の色が薄らいでいく。

 だが、彼は左腕を失った。

 それでも彼は何故か笑顔でこう言った。


「妻を……救って頂いて……有難うございました……」


 その顔を見て軽く会釈して、別の床に移る。

 そして……

 そして……



 エミリはずっと水を運んでいた。

 水門が開いてかなりの量が流れているが、エミリの怪力にかかれば造作もない。

 エミリの力は母親譲りだ。

 ちなみに母はそれがコンプレックスだと言っていた。

 父に農業を任せていたのは、父のような細かい管理が苦手だったからだけではない。

 彼女の馬鹿力を人に見られたくなかったからだった。

 そんな両親は彼に救われた。

 そしてあの時からずっと疑問に思っていることがある。

 どうして彼は母親だけで父親をスタト村に運べることを知っていたのかと。


「エミリ様、あとは私たちでなんとか出来ます。……あ、そういえば、私たちは探しているのです。何処にいらっしゃるのでしょうか——」



 マリアは意識を失った者の蘇生治療をしている。

 当然、全員を蘇生できるわけではない。

 重要な臓器が傷ついている者はまず助からない。

 だから彼女の手で救えない命が、指の隙間からどんどん溢れていく。

 けれど彼女は蘇生魔法を唱え続ける。

 だって、それは彼との出会いの瞬間だから。

 仲間たちと行動していると分かる。

 マリアはそっちの世界線の人間なのだと。

 そして彼の言葉とフィーネ、エミリの言葉を足すと分かってくることがある。

 彼は本当に二重人格なのだ。

 ある条件が揃うと彼は変貌してしまう。

 けれど、マリアの家にいた時にはそんなことは起きなかった。

 今日もきっともう一つの人格が出てきたのだろう。

 ただ、今日のあれは流石にやり過ぎだ、——勇者と魔族は相容れないのだから。


「マリア様。有難うございました。マリア様がいらっしゃらなかったら、救える命も救えませんでした。」

「いえ……、私はもっと頑張らないといけないと再認識しました。」

「ご謙遜を。多くの命を勇者様御一行に救って頂きました。本当に感謝いたします。……あの、ところで——」



 勇者パーティは頑張った。

 彼らが村を救ったと言っても過言ではない。

 ただ、四人が四人とも、ずっともやもやした気持ちを抱えていた。

 理由は誰の顔を見ても分かるし、確認しなくても分かる。

 色んな人が来て感謝の気持ちをくれる。

 けれど、一つだけ彼らの願いに応えられないことがある。


「銀髪のお連れ様はどちらにいらっしゃるのでしょうか? できれば直接お礼を言いたいのです。」


 彼については触れてはいけない。

 だからそれについては何も応えられない。

 一人一人が改めて理解せざるえなかった。

 彼はこの村の人間を、魔族から救いながら修道院にやってきた。

 だから彼のあの時の行為は、彼が正気だったということだ。

 エミリがすぐにフィーネに相談し、アルフレドへと伝えた言葉がある。


「彼については修道院長の話を聞いてから決定するから、笑って誤魔化せ」


 寧ろ、それしかあり得なかった。

 修道院は彼が魔族に加担した、という認識で固まっている。

 そして村人はというと、ちらほらとそういう声が聞こえてくるだけだ。

 直接じゃなくても、間接的に助けて貰った、それは間違いない。

 しかも、「勇者様のどなたか」に教えて貰った、という村人も含めれば相当の人数になる。


「とにかく、これは燃やしておこう。」


 修道院長と今から話し合いを持つ。

 だからとアルフレドはポケットにしまってあったぐしゃぐしゃの紙を火の玉パイロで灰にした。


 ——銀髪の彼への勇者たちからのメッセージ


 明らかに彼との繋がりを示すものだ。

 方針が決まるまでは見られる訳にはいかなかった。


「ねぇねぇ、勇者様、何を聞くの? 私たちの二重の記憶の話? それとも緑の髪の少女?」


 村長の家の客室で、エミリが頭の後ろで腕組みをして、勇者アルフレドに聞いた。


「二重の記憶は正直どう聞いたらいいのか分からないな。でも緑の髪色の少女は聞いても問題ないだろう。どんな素行の人間だったのか、聞いておくべきだ。村の人間は魔族が人間に化けていたと言っていた。魔族だった可能性は高い。」

「謎の銀髪の青年かぁ。みーんな、嬉しそうでしたよー。マリアもちょっと嬉しく思ったかもー。」

「マリア、銀髪禁止。でも、彼が正気だったと判明したわ。つまりアレは本気で魔族に寝返った。それにしては……」

「あぁ。数多くの人々を助けている。正直、あれがなければ、村は全滅していたかもしれない。」


 それは全員一致の意見だった。

 彼は何をしたか。

 彼は人々を魔族から救い、それだけでなく大カラスのモンスター三体を倒した。

 一方勇者四人は、一体もモンスターを倒していない。

 せいぜい人命救助くらいだ。

 でも、誰一人として、それは口にしなかった。


     ◇


 修道院長はいけすかない男だった。


 彼のことを良い目で見ているのは村長や裕福そうな人間のみ。

 そしてそれ以外の者は彼を見ようともしない。

 相変わらず、彼におんぶにだっこだった自分達に嫌気が差す。

 どう話を聞き出せば良いのか分からない。

 因みにだが、彼がこの場にいたとしたら、RPGの主人公なんて普通はそう、と笑って済ます話かもしれない。


 けれど、彼らだって真剣に悩んでいるのだ。


「光の勇者様、そして御一行様。我が村を救って頂き、誠に感謝しております。やはり女神メビウスのお示しは正しかったということですな。今後とも私たちメビウス教徒は貴方たちの味方です。どうぞ、本日は楽しまれてください。村総出で歓迎を致します。村長からも何か、言って差し上げなさい。」


 オオムギー・ビアという名の修道院長が村長に話題を振る。

 けれど村長も同じような話しかしてこなかった。

 これまた、レイがいれば、「RPGあるあるだよ」と言っただろうが、またしてもヒントがない。


「あのー。質問いいですかー? メビウス様のお示しって何ですか?」


 エミリが敢えて子供っぽく聞いた。

 そういうフットワークの軽さは彼女が一番かもしれない。


「魔王が誕生する時、スタト村に光の勇者現る。彼(彼女)は金色に輝く髪を持って生まれてくる※という碑文がございます。どうやら皆様、西からやって来られたご様子。間違いないでしょうな。」

「ねぇ、こめじるしって何?」

「碑文ゆえ、分からないこともありますよ。ですが、間違いなく世界を救う使命を持って生まれたということです。」


 こんな時にレイがいればとストーリーテラーですら、ツッコみたくなるような言い回しを、彼らは平気で言う。

 おそらくは碑文や経典は存在するだろう。

 だが、どこまで細かく設定されているか分かったものではない。

 でも、彼らはそれはそういうものだろうとしか思えない。


「では、その光の勇者と認定された俺からの質問です。修道院に緑の髪の少女、正確にはエメラルドグリーンの髪の少女がいました。彼女はどんな人物ですか?」


 ただ、この質問はまるで意味がない。

 彼ら自身をミスリードさせるだけの質問だったりもする。


「あぁ、彼女はある意味、有名人ですよ。」


 その言葉にアルフレドたちは前のめりになった。

 情報収集が最も苦手だと、アルフレドは自覚している。


 主人公はちょっと馬鹿なくらいが良い。

 ミステリーものや、SFものだと違うだろうけれど、RPGの主人公の本体はプレイヤーである。

 どんどんトラブルを抱える方が、クエストが増えて楽しいに決まっている。


 でも、中の人がいないアルフレドだって真剣に考えたいのだ。

 だから無いものを強請ねだろうという純粋な気持ちが発生する。

 彼の気持ちが真っ直ぐとか正義感が強い、は関係ない。


「彼女のことは修道院でも問題になっていました。女神メビウスの権威を失わせる人物だとね。ただ、彼女が生きているかどうか、正直分かっておりません。修道院もかなりの人間が犠牲になりましたからね。それこそ勇者様が来てくださらなければ、どうなっていたことか。これをお納めください。我が修道院から掻き集めてきました。」


 そう言って、オオムギーはワザとジャリと音を立てて布袋を置いた。

 それなりの額が入っているが、果たして命の重みと比べてどうなのだろうか。

 いきなりお金を渡された経験のない勇者アルフレドは正直困惑していた。

 だから彼は三人に目配せをした。

 するとマリアだけが軽く頷いた。

 マリアは富豪の設定である。

 その金は回せないのかと、レイはずっと思っていたが、彼女に言ったことはない。

 一歩間違えば、バッドエンドが待っているからだ。


「では、これを世界の平和のために使わせて頂きます。」


 マリアの感覚を信じて、彼はそれを懐にしまった。

 そして懐にしまったところを見て、オオムギーは次の話を持ち出した。


「銀髪の男を見つけて頂ければ、その二倍お渡しします。彼は修道院の権威を傷つけました。話によれば、余所者という話。何か心当たりはありませんか?」

「いいえ、私たちには無関係です。」


 この質問が来ることはフィーネだけでなく、全員が予想していた。

 だから、全員の息はピッタリである。


「そうですか。では、見つけた時は出来れば生捕りにしてください。あの者が魔族かどうか、我々は審判しなければなりませんからね。」


 そしてこの瞬間、あの銀髪の男は指名手配になった。

 ただ、彼らの救いは名前がバレていないことだった。

 そして人物像も銀髪で大柄の男という記述しかない。

 だから、まだ誤魔化せる。


「では、我々は旅の支度がありますので……」


 アルフレド達は自分たちの役割を思い出し、この場を立ち去ろうとした。

 と、そこで。

 今までほとんど話をしてこなかった村長が、わざわざ立って両手で彼らの動きを制した。


「いやいや、流石に歓迎式をさせてください。火事で何もかも失った者もいます。家族を、家を、財産を失った者がおります。せめて、彼らに希望を見せたいのです。どうか、どうか……」


 そして、真昼間からお酒の入った宴が始まった。

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